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ねずみ花火【SS】

作者: 高場しう

「まるで、君と結婚したみたいだね」


 そう言って小さな笑い声をあげるあなたと視線を合わさないように、笑うふりをして瞼を閉じた。見ないように。縋らないように。そうして一つずつ擦れてなくなってしまえばいい。


 そう心から思うのに。


 ***


 久しぶり、と言って差し支えない期間は空いていた。互いの仕事の繁忙期も過ぎたころ、「そろそろ会おうよ」、「じゃあご飯でも」なんていつも通りに話が進み、いつも通りに日時が決まり、いつも通りの店で聞かされた、いつも通りではない話。  


「最近どうなの」と水を向けた時点で、声色が少し、違った。奇妙な間が空いたかと思うと、もったいぶるように生ビールを一口飲んでからあなたは左手をテーブルの上に静かに置いた。


 あなたのその、木漏れ日みたいに柔らかい笑顔が大好きでした。名前を呼ぶと幼子みたいに間の抜けたような返事をする声が大好きでした。電車で眠り込み、寄りかかってくる肩から服越しに伝わってくる熱が大好きでした。甘えるような「お願い」も、「ひと口ちょうだい」も、「うち、来る?」も。この先一生、独占できるものだと信じて疑わなかったわけではないけれど。


 実際にあなたの声で、目を見て、微笑みながらその事実を突きつけられてしまうとどうしたらいいのか分からない。


 こちらの思いを知らないから、今に至るまで何度も何度もあなたは手を伸ばしてくれた。その手を取る度に体の奥から湧いてくる赤くて熱くて汚いものを、数えるのが嫌になるくらい押し込めた。押し込めて、押し込んで。時を経て圧縮された。潰し固めたはずだったのに。  


 堪え切れず目の端から零れ出てしまった、大切に溜め込んでいた思いの欠片を自分の指で丁寧に潰していった。

 指先を濡らすその温度を、気持ち悪い、と思う。


「どうして泣くの」と笑う声に「感慨深くて云々」などと適当なことを返してみる。

 一つ大げさに息を吐いた。ジョッキに口をつけたあとで、既に中身がないことを思い出したけれどそのまま大きく傾ける。大きな氷が唇にあたり、カチャンと小さく鳴った。

 いっそ正直に言ってしまったほうが冗談みたいに終われるかもしれないな。


「あなたのこと、誰よりも云々」


 言っている自分を想像してため息が出た。「冗談みたいに」なんて、噓も大概にしろ。この人にだけは冗談だと思われたくないんじゃないのか。だから一生明かさないと誓ったんじゃないのか。


 あたたかくてふわふわとした空間の中で、同じようにふわふわとした時間が指の間をすり抜けるように流れていってしまって、気が付けば腹に何も入らなくなっていた。

 頭も腹もいっぱいなのに、喉だけが燃えるように熱くて酷く乾いていた。

 

 気持ちの整理をするだけの余裕もないまま、薄い背を追って2軒目へと向かう。 既に何組か並んでいて、名前を書いていたあなたが突然嬉しそうに笑った。


「そういえばさ、 新しいみよじ、君と一緒なんだよね」 


 そういった後で小さく「あ」と零した。

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