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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.2:かくれんぼ
9/59

直感

「そう言えば、騒動の元になったその写真はどうしたんだ?」

「あー、そっちはもう家のパソコンにデータだけ送って、こっちのログは消した。我ながら不用心だったし」


 そう言いながら、俺はかなりデータ量が寂しくなったデジカメの画面を姉さんに見せる。

 食事中に無作法な仕草だが、我が家ではこのくらいのことはOKだった。


「ゴミ箱の写真しかなくなってるな……これが、その合唱コンクール会場の?」

「そうそう。これはもう、羽佐間にも見られてるから消す理由が無くて」


 逆に、他の写真はもう保存しておく理由が無い。

 羽佐間も言っていたが、誰かにデジカメを触られるリスクだって残っている。

 その時の被害を減らすためにも色々対策したのだ。


「……何度も言うが、そこまで気を付けなくても良いぞ。元より、お前はボヌールの事情に詳しい訳でも無いんだ。好きに言い触らせとは言わないが、お前なりに気を付けていたらそれで良い」


 何とも言えない顔で、姉さんは秘密保持に関する話を軽くまとめる。

 そして次に、彼女は口角を上げながら別の話題を振ってきた。


「……それよりも、玲」

「何?」

「相手の真意がよく分からないとは言え、お前に今日、記念すべき初彼女が出来たのは事実だ」

「まあ、うん」

「だからこそ気になるんだが……明日からお前、どういうことをするんだ?初デートはどこに?」


 ──うわあ……。


 心底楽しそうに前のめりになる姉さんを見て、俺は心底呆れた。

 彼女の瞳からはいつの間にか真剣さが消え失せており、代わりに獲物を前にした猫みたいな雰囲気を身に纏っていた。

 要するに、こちらをからかう体勢に入っている。


 姉さんには、元々こういうところがあった。

 野次馬根性と言うか、好奇心の化け物と言うか。

 自分の弟の困り顔を見ながら酒を飲むのだ、この人は。


「明日からって……知らないよ。さっきも言った通り、細かい事情も聞けないままに付き合い始めちゃったし」

「そうは言っても、向こうだって理由はどうあれ彼女になりたいと言ってきたんだ。何かしらそれっぽいことは期待しているかもしれないぞ?」

「それっぽいことと言われても……」


 腕を組んでニヤニヤ笑いする我が姉を適当にあしらいながら、俺は首の後ろをバリボリ掻く。

 そうして初めて、「そうか、本当ならそういうことも考えるべきだったのか」と思った。


 変なことばかりする羽佐間の真意がどうのこうのというのを除いても、俺と彼女の関係には問題が残っている。

 姉さんの言う通り、羽佐間とは明日からどう話せばいいのやら。


 一応は告白されたのだから、恋人として接すればいいのか。

 それともまた違った対応が普通なのか。

 困り果てた俺は、とりあえず目の前のニヤニヤ女に質問をぶつけてみることにする。


「……寧ろ、そっちの方が詳しくないのか?姉さん、俺より十年長く生きてるんだし」

「ん、私か?」

「ああ。もし姉さんが彼氏彼女のスタンダードな会話に詳しいのなら、参考にしようと思って」

「ふーん?」


 突然矛先が自分に向けられた姉さんは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった。

 そして、質問したこちらも意外に思うような真剣さで考え込み始める。

 しばらくそうしてから、彼女が出した結論はこんなものだった。


「恋人同士のやること、か……言われてみれば、私も大して知らんな」

「オイ」

「仕方ないだろう。そもそも私の場合、学生時代は異性とつるむことがほぼ無かったな。中学では氷川と遊んでばかりで、高校ではミステリー研究会の活動ばかりで……誰かに惚れたこと自体、無かったような」


 大学に入ってからも彼氏なんていなかったからなあ、と今更のような発言が続く。

 その呟きを聞きながら、俺はそうだったのかと一人驚いていた。


 いくら家族と言えど、恋人がいるかどうかなんて話は尋ねたことが無かった。

 だからこそ姉さんの恋愛遍歴は全く知らなかったのだが、この分だと割とまっさらなものらしい。

 ある意味姉さんらしい経歴だが、弟としてはちょっと心配になる経歴である。


 ──でも確かに、この人に恋人がいる姿が想像出来ないのもそうなんだよな……本当に、どういう人ならくっつけるんだろう?


 終いにはそんなことまで思ったが、慌てて俺は頭を振ってその考えを追いやる。

 今の俺は、自分の彼女のことを相談しているのだ。

 自分の姉の恋愛関係を気にしている暇は無い。


「でもそうなると、姉さんの経験は当てにならないか」

「期待に応えられなくて悪いが、そうなるな。ああそれと、話しついでに忠告しておくが……ウチの両親は、もっと当てにならないからな?間違っても相談しようとは思うなよ?」

「ん、ああ……そうなのか?」


 割と真剣な口調で忠告をされたことに、俺はちょっと意外の念を抱いて聞き返す。

 元より両親に相談する気は無かったが──二人とも忙しいし、それ以前に親に自分の恋愛関係を知られるのは恥ずかしすぎる──こうも断言されると逆に興味が湧く。

 そんなに恋愛偏差値が低いのだろうか、ウチの親は。


「誤解しないでほしいが、父さんや母さんや恋愛下手だとか、そういう話をしたいんじゃない」

「え、じゃあどういう?」

「恋愛下手の逆だから、参考にならないってことだ。前に聞いたことがあるんだが……あの二人、知り合って二週間で結婚したらしい」

「うそぉっ!」


 初めて聞く事実に、俺は近所迷惑なレベルの大声を出す。

 今まで両親の馴れ初めを聞いたことは無かったのだが、いくら何でもすぐには信じられない経緯だった。

 しかし姉さんは言葉を翻すことなく、代わりにすらすらと事の次第を述べる。


「まず若い日の母さんが、仕事の一環で都心の家のデザインを請け負ったらしいんだ。ある一軒家を建てた夫婦のために、内装やら外装やらを弄ってな」

「まあ、それが母さんの仕事だしな。建築関係のデザイナーなんだし……」

「で、工事が進めば家の完成が近づく。すると当然、母さんの手掛けたデザインが街の人の目に触れるようになるだろう?」

「それはそうだ」

「すると、その家を無断でパシャパシャ撮影する通行人が現れた」

「……その人が、父さん?当時はもうカメラマンだったはずだ」

「その通り。こうして知り合った二人は、自然と会話するようになり……あれよあれよという間に結婚したとか何とか」

「いや、待て待て待て。過程が飛んだぞ、過程が。たった二週間で何があった?」

「私に聞かれても困る。何にせよ二人は結婚し、なおかつ新婚旅行先で盛り上がって色々とヤった」

「実の親のそういうの、絶対に聞きたくないんだけど……」

「その時、父さんと母さんがうっかり避妊を忘れたために生まれたのが、私だ」

「生々しいなあっ」

「そして、私が九歳の誕生日に『おかーさん、次のプレゼントには弟が欲しいなあ』と言った結果生まれたのが、お前だ」

「そっちはもう百回聞いた……その前に、話ずれてる」


 段々と暴走する姉さんの話を前に、俺は手を振ってツッコむ。

 最初は父さんと母さんの出会いを話していたのが、いつの間にか俺たち姉弟の誕生秘話みたいになってきた。

 しかも、内容が変に生々しい。


「まあ要するに、色々とぶっとんだ経緯で結婚やら子作りをした人たちだから参考にするなってことだ。というか、参考にされても困る」

「それは十分過ぎる程分かったけど……」

「私が言うのも何だが、ウチの一族は変人が多いしな。もし彼女との会話に困っても、あまり親戚には頼らない方が良いんじゃないか?」


 ためになるんだかならないんだか分からないアドバイスをしながら、姉さんはモシャモシャと夕食を進めていく。

 その様子を見ながら、俺は説得力あるなあとだけ思っていた。

 何せ俺の目の前にいるこの人こそ、間違いなく「変人で恋愛関係のアドバイスが出来ない親戚」の一人である。


 ──でも、親戚の誰にも頼れないっていうのは言い過ぎかな。姉さんや両親は論外としても……あの人なら。


 姉さんを呆れ半分に見つめながら、そこで俺は机の下でこっそりとスマートフォンを弄り始める。

 そのまま、ノールックで無料通話アプリの画面を呼び出した。


 パッと出てくるのは、登録されている友達リストだ。

 学校での寂しい交友関係に比例して、友達よりも親戚の名前が目立つリスト。


 そのリストの一番上には、期待通りに彼の名前があった。

 名字が「あ行」で始まる人は、こういう時に分かりやすくて助かる。

 頼りたいと思うその従兄弟の名前が、すぐに目に入ってきた。




 ……先述したように、俺は小さい頃から事あるごとに父親の実家を訪れていた。

 下手すると人生において両親と会話した時間よりも、祖父母や伯父さん伯母さんと話した時間の方が長いかもしれない。

 俺が父親の実家を訪れる他の親戚とも親しくなっていったのは、必然だったと言えよう。


 その中でも、殊更に親しくなった人物がいた。

 父さんの妹の息子で、俺より一つ年上の従兄弟────相川葉。

 この人と、俺は昔から仲が良いのである。


 そして今日、俺は羽佐間とのことについて彼に頼りたいと思っていた。

 決して、仲が良いからというだけの理由ではない。

 俺が姉さんの忠告に逆らってまで彼に頼ろうとする理由は、ざっくり三つある。


 一つは、単純に性格。

 葉兄ちゃんは何だかんだと面倒見が良い人で、昔から俺の相談によく乗ってくれていた。

 こちらをからかったり、粗雑な対応をしたりするようなことはないだろうという読みがあるのである。


 二つ目は、これまた単純に所在地。

 彼は東京にも父の実家にも住んでおらず、明杏市という地方都市に住んでいる。

 プライベートな相談は、可能なら身近な人じゃなくて遠くにいる人に行いたいというこの気持ち、分かる人には分かると思う。


 そして、三つ目の理由が重要だ。

 この点こそ、彼を相談相手に選んだ最大の理由だった。


 葉兄ちゃんを葉兄ちゃんたらしめる、彼の最大の特徴。

 すなわち、最早この世の物とは思えない神懸かった「勘」。

 俺は、それを頼りにしているのだ。




「あんまり神懸かったとか言うと、また葉兄ちゃんに訂正されるけどなー……そんなに大層なもんじゃないって」


 姉さんとの夕食を終えて、自分の部屋に戻った後。

 自室に持ち込んだパソコンの画面を見つめながら、俺はボソリと呟いた。

 俺の視線の先には、先程デジカメから移動させたばかりの写真が表示されている。


 三年ほど前、父さんの実家近くで撮影した写真だ。

 伯父さんにデジカメを渡して撮ってもらったもので、写真の中央では俺と葉兄ちゃんが二人して笑顔で写っている。

 背景を構成する撮影場所は広い公園で、太陽光が燦燦と降り注いでいるのが印象的だった。


 だが、確かこの後────。


「葉兄ちゃんが、すぐに帰った方が良いって言ったんだよな。ただの勘だけど、そう思うって。それで車に戻ったら、すぐに雨が降ってきて……」


 記憶によれば、警報が出るレベルの物凄い大雨だったと思う。

 この写真撮影をした場所には、落雷まであったとの話だった。

 もし俺たちが外にいたままだったら、悲惨なことになっていただろう。


 要するに葉兄ちゃんの進言のお陰で、俺たちは命拾いした訳である。

 気象庁すら言っていなかったことを、彼は勘だけで正確に言い当てていた。

 写真で見て分かる通り、空は快晴だったというのに。


 写真に引きずられて過去を振り返りながら、俺は苦笑いをする。

 こういう体験をしてしまうとやはり、葉兄ちゃんの勘のことを「人知を超えた」とか「神懸かった」とか言ってしまう。

 葉兄ちゃんがどれほど否定しても、だ。


 相川葉という人は本当に、訳が分からない程に勘が鋭い。

 天気の変化は勿論、人の感情の機微、物事の移り変わり、果ては体調から流行まで。

 勘だけど、何となくこう思う────その一言で、全てを言い当ててしまうのである。


 本人は「あくまで無意識下の情報処理」とか言っていたが、傍から見ていると神通力や超能力にすら見えてしまう。

 俺の従兄弟は、そのレベルの勘の鋭さを持っている人なのだ。

 葉兄ちゃんの父親も異常に勘が鋭い人なので、ひょっとすると遺伝なのかもしれない。


 何にせよ、その勘の良さに俺は今まで何度も救われてきた。

 だからこそ現在の異常状況下でも、再び助けてもらいたいのである。

 上手くやれば、羽佐間の真意すら「勘」の一言で解決してくれるかもしれない。


「向こうも高校の文化祭が終わった時期で、そこまで忙しくは無いだろうし……出てくれるだろ、多分」


 いくらか打算を働かせながら、俺は改めてスマートフォンを操作。

 何気に最近電話してなかったな。

 そんなことを思いながら、向こうが出てくれるのを待った。

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