sequel(Interval-Ⅱ 終)
以上の記載をもって、この記録は終わりを迎える。
犠牲者は助け出され、探偵たちは謎を解いた。
故に、これ以上に記録すべき内容は存在しない。
これはマイナスからゼロに戻るための物語。
誰も何も手に入れることができず、分かりやすく幸福になった人物もいない以上、ここから先は記載することがない。
ゼロは所詮、どこまで行ってもゼロでしかないのだから。
────しかし、蛇足を承知で記載するならば。
各個人には、後日談がある。
警察にとって喜ばしいことに、「神帰月の奇跡」はその後も続いた。
当初のように、毎日重大犯罪者が逮捕されるとはいかなかったが、それからもポツポツ、音沙汰がなくなっていた事件が解決したと言うニュースが世間を走ることがあった。
私たちが折角一晩で解いたのに、逮捕状の請求に手間取るからこうも遅れるんだ────なんて発言が、アイドル事務所の中から響いたとか響いていないとか。
虹永中学校は、夏美の提案を呑んだ。
校長と担任教師にのみ真相がそれとなく伝えられ、生徒たちには羽佐間灰音は転校したことだけを伝えることになった。
既に勉強合宿に行っていた者にはそれすら省略されたため、彼らが教室に帰った時に見た光景と言えば、いつの間にか机が一つ減った様子だけである。
通常、箝口令を完遂するのは中々難しい。
しかし今回の場合は、灰音自身が地味な生徒であったこと、三年生の卒業が迫っていたこともあって、この口止めはあっさりと成功することになる。
十二月に入った頃には、誰も急に転校していった学生のことなど話さなくなった。
同時期、虹永中学校にいたピアニスト志望の女子生徒が転校したことは、少し話題になった。
母親の過剰な行動が問題視され、祖父母に引き取られることになったのだ。
その女子生徒が合唱コンクールでは何か不正をしていたらしいという噂と、母親がモンスターペアレントとして有名だったこともあって、こちらの話題はそれなりに長く語られたそうである。
もっともそうは言っても、所詮は中学生の噂話。
少し経ってしまえば、「委員長の世良君が後輩の女子と付き合い始めた」とか、「四谷慎吾の出ていたドラマが配信停止になった」とか、身近な話題からミーハーな話題まで、色々とどうでも良いことを語るようになる。
更に時間が経つと、学校は冬休みに入ってしまい、話題そのものが途切れてしまった。
羽佐間家が住んでいたアパートは、入居者がいなくなったことで再び貸し出されることとなった。
ただし「前の住人が一家心中を図った」と言う内容は隠し、あくまで普通の物件として募集をかけることになる。
実際の自殺場所は近くの空き地であって、この部屋自体は決して事故物件ではない、と言うのが大家の言い分だった。
一理ないこともない意見ではあったが、流石にボロさが響いてか、しばらく入居者は現れなかった。
この部屋が再び埋まるのは、次の年の春。
とある食い詰めたアイドルが、部屋の門を叩くのを待つ必要がある。
件のボロアパートに引き続き住み続けている、原田と名乗る住人。
彼もまた、箝口令に従うことになった。
何気に自殺直前の羽佐間家の様子を知る数少ない人物であったために、夏美が直々に口止め──詳細をSNSなどにアップしないで欲しいと頼んだのだ──をしたところ、快く了承したのである。
それは、彼が羽佐間家に対して大して興味を抱いていなかったからかもしれないし。
或いは、彼自身も人に言えない業を抱えていたからかもしれない。
何にせよ彼は約束を守り、あの夜のことを誰かに明かすことはなかった。
一年後、夏美とどこか似た顔をした少年が彼の元を訪れることがあったのだが、その際も羽佐間家に関することは決して話さなかった。
後述する夏美の計画のことを考えれば、この行動をとった彼こそMVPだったかもしれない。
羽佐間家が所有していた車は、残念ながら廃車となった。
フロントガラスが消滅しているのだから、無理もない。
正真正銘用無しとなったそれは、粛々と分解されたらしい。
因みに羽佐間灰音の入院中、下手人である紫苑はわざわざ弁償金を持参して病室を訪れたそうである。
灰音はそれを受け取らなかったが。
氷川紫苑の評価は、この事件では特に変わらなかった。
強いて言うならば、「神帰月の奇跡」の最中に突然、警視庁本部への出張が組まれていたのは周囲に驚愕されたが、そこで何をしていたのかは黙して語らず。
元々そこまで目立つ刑事でも無かったので、大して注目を浴びることは無かった。
ただし一応、夏美から模造刀は回収したそうである。
助手席の下が寂しくなった夏美は、それから色々とミリタリーショップを回ることになる。
遠く明杏市に構える日常探偵研究会には、大した影響が無かった。
概ねの出来事は東京で行われたので、この段階に入ると彼らとしてはやることがなく。
ごくごく当たり前に、学生としての日常を過ごした。
無理に変化を探すなら、部員に早見唯と言う弁護士の両親を持つ少女がいるのだが、その両親が急な仕事のために東京に飛んだため、少々寂しがっていたことだろうか。
両親に東京に行くように頼んだのが彼女自身であるため、表立っては寂しいとは言い出しにくかったらしい。
ただしそれも、葉が唯の寂しさを勘で察知するまでの話であり、気が付いた後は彼と部長の霧生光が上手く取り計らったようだが。
羽佐間灰音は、ひとまず児童養護施設に送られることとなった。
比較的軽症であった彼女は、麻痺の残った体で警察からの取り調べを受け続ける父親とは違い、割合にすんなりと退院して。
過去に関わっていた事件に関する証言を全て終えると、彼女は施設を運営する社会福祉法人の元に移動していった。
病院の前まで迎えに来た女性職員に支えられながら、彼女はしずしずと車に乗って。
見送りに来た夏美と紫苑に微笑みを返しつつ、東京を去ることとなる。
松原夏美の次なる計画は、着々と進んでいる。
弟の人生に大きく関わる計画であるために、さしもの彼女も躊躇いを抱えていた。
しかし、葉と相談する中で吹っ切れたらしい。
切っ掛けとなったのは、彼女の元に届いていたアイドルからの要望書。
レッスン場が汚れていることが多い、危ないから何とかしてくれ、と書かれたクレームだった。
丁度ボヌールの中では、掃除業者との契約を変えるか、別の掃除用のバイトでも雇おうかという話になっていた。
そのことをふと電話で話すと、急に葉は考え込んで。
一言一言、噛み締めるように告げてきたのである。
「あいつには、きっとその推理力を生かす場が必要だと思います────勘ですけど」
「謎を解くということは、誰かの心に入り込むということですから」
「玲は、それをゆっくりと知っていった方が良いと思うんです。人間関係で苦労したり、変なことに気が付いたりする前に」
これらの前提に続けて、葉は夏美にとある提案をした。
その提案は、夏美が元から考えていた計画とも重なる部分が多いアイデアだった。
もっと言えば、「どれだけ失敗しようが、夏美がフォロー可能な環境である」「日常生活とは違う場所であり、玲にとって歯ごたえのある謎に出会いやすい」「夏美が抱えているプロジェクトにとっても有益である」などのメリットもあった。
これらの話し合いの結果、彼女はわざわざ手書きで社長相手に要望書を書くことになる。
小さな便箋に、「アルバイト募集に関する懸念事項への対策上申及び人材紹介」と書くところから、それは始まった。
そして、松原玲は────。




