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Stage0  作者: 塚山 凍
Interval-Ⅱ:開演準備
56/59

unconscious

「確認するが、君たちが付き合い始めたのは合唱コンクール会場からの帰り道だよな?そこで玲が何でもすると言い出して、君が告白した」

「そうですけど……それが?」

「いや、この告白タイミング、変じゃないかと思ってな。どうして、玲と顔を合わせた直後に告白をしなかったのか。随分前から殺害計画を練っていたというのに、一日待ったのは何故だ?」


 玲の記録を参照する限り、灰音は玲と自己紹介をしたその日には告白をしていない。

 初日はあくまで顔合わせで終わり、その次の日に合唱コンクール会場に向かって仕事をこなした後、帰り道で付き合うことになったのだ。

 一家心中を提案されて焦っていた割に、一日待ったことになる。


「それは……さっき言った通りです。それと、流石に初日に告白すると怪しまれるから」

「なら尚のことおかしい。怪しまれないようにするためには、初日から積極的に声をかけた方が良いはずだろう?付き合いが長くなればなるほど、玲への告白が成功する確率が高まり、同時に玲に心の傷を負わせるという計画の効果も大きくなる」


 どの側面から見ても、灰音の初日の行動は不可解だ。

 自殺に巻き込むために焦っていたはずなのに、初日は自己紹介だけして帰って、次の日も最初は普通に仕事をこなして。

 先程の証言によれば夏美の写真を見たことで殺意を固めたようだが、逆に言えばそれさえ無ければ、告白にすら至れなかったのではないか。


 遺書の内容では、灰音は玲に心配されるまでは殺害計画にノリノリだったように書かれている。

 しかし実際の行動だけ見ると、少なくとも初期は計画の大前提である告白すら中々やっていない。

 計画の実行を躊躇っているようにすら見える。


「でも、実際に告白はしてしまった訳ですし……何度も言うようですが、殺意は前からありましたから」

「君が自覚している範囲ではそうだろうな。だが、別の見方もできる」

「どんな見方です?」

「単純に君は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 灰音が玲と付き合い始める直前。

 確かに彼女は、夏美の写真を見ている。


 だがその更に前に、彼女が見ている物があった。

 合唱コンクール会場のゴミ箱に捨てられていた卵パックについて、玲が推理する場面。

 玲が探偵としての才能を発揮する瞬間を、彼女は目撃しているのだ。


 この最初の謎に関しては、特に複雑な人間心理が関わっている訳でもないからか、玲が単独で全て解き切っている。

 夏美も後から記録は見たが、推理に問題がありそうなところは見られなかった。

 つまり灰音は、玲が完璧な推理をした後に告白を言い出しているのである。


「玲が一定の推理力を持つことを知った直後、君らは付き合い始めたんだ……だったら、こんな解釈も可能だろう」

「……どういうことです?」

「君はずっと、玲に助けを求めていたんだ。玲の推理力を見たことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この松原玲と言う少年なら、自分のSOSに気が付いてくれるんじゃないかと思ったんだ」


 それが今、逆に玲に全てを知られないように努力しているのは皮肉だがな。

 そう夏美が続けると、灰音ははっきりと大きな瞳を見開いていた。

 どこか色素の薄い虹彩を、驚愕に染めて。


「私は……無意識に、玲に推理してもらいたがっていたってことですか?ウチの家のことについて……」

「そうだ。こう考えると、その後の君の行動に説明がつく」


 例えば、カラオケボックスでのデート。

 紫苑も一度指摘していたが、本来なら下着売買に関係するこの場所でデートをする理由は全く無い。

 寧ろ、灰音が本当に玲の心を殺そうとしていたのなら──年末まで何もバレたくなかったのなら──この場所は避けた方が良い。


 現に、「客」の一人だった店員に見つかった節のことが遺書の中に書かれている。

 そのせいで色々あった訳だが、どうしてリスクを犯してまでデート場所を神舵区に限定したのか。

 お金がないにしても、ただの散歩に徹するか、或いは後でやったようにお家デートにしておけば何も起きずに乗り切れただろうに。


 そもそも、あの遺書だって疑問点はある。

 灰音が遺書の中で玲を庇っていたのは間違いないが、それならもっと上手い書き方があったはずなのだ。


 少なくとも、「カメラを持った裏バイトの学生に追い詰められた過去」の部分は省いた方が良い。

 そうでなければ、後で遺書に辿り着いた玲が真相を察する恐れがある。

 本当に玲に傷を負わせないようにしたかったのなら、遺書の内容はもっと簡素で良かったのだ。


 もっと言うならば、遺書の前半部、すなわち羽佐間家が追い詰められていった経緯の説明も不要である。

 そんなものは一々書かずとも、警察が消費者金融に探りを入れたら自然と分かってくることだ。

 遺書が警察に発見されることまで見越して動いていた灰音が、どうしてそんな不要なことをわざわざ書いたのか?


 遺書を書いている最中はまともな精神状態ではなく、秩序だった言葉を並べることはできなかったという事情もあるだろう。

 それでももう一つ、深層心理を読むならば────。


「何というか……全体的に君の行動には、『私のことを分かって欲しい』という思いが見え隠れしている気がする。なまじ、自分で助けを求める勇気が無かったからか?敢えて自分の内情に関するヒントを匂わせて、相手の対応を待つ。そんなことを無意識に繰り返していたんじゃないか?」

「それは……でも、もしそうだとしたら、私って凄く面倒臭い人じゃないですか?」

「そうでもない。寧ろ、極めて当たり前の心理だ。君自身、投票不正に関する話で述べていたそうじゃないか。悪い環境に置かれた子どもがどんな行動を取るかについて……」


 投票不正事件での犯人について、玲が心境が分からないと述べた時。

 灰音は玲に向かって教えている。

 虐待を受けるなどの形で強いストレスに晒された子どもは、時として奇行に走ることがあると。


 迷惑行為を繰り返したり。

 他の人に八つ当たりをするようになったり。

 或いは────無意識に、自分の境遇が発覚しかねない行動をとることがあると。


 それは例えば、デートに制服で来ること。

 まともではないカラオケボックスに連れて行くこと。

 もしくは、執拗に家族にまつわる話をすることだったのだろうか。


「そもそも君にこの手の知識があったこと自体、以前にどこかで児童心理に関する調べ物をした証拠だ。ネットは使えなかったそうだから、図書委員だった時にその手の本でも読んだのか?つまり君だってまるっきり父親に従っていた訳ではなく、本気で助けを求めようとした時期もあったことになる」

「……」

「だからこそ、玲の推理力を目の当たりにした時に、無意識に『これだ』と思ったんだろう。この人なら、自分のSOSに気づいてくれるかもしれない。まあ、表層意識の方にはそんな情報は上がってこなかったし、表向きに抱いた殺意だって嘘ではないだろうが」

「……」

「君自身、玲への殺意がコントロールできないと不思議がっていたことを遺書に書いていたが……その真相もこれなんじゃないか?玲への殺意を失うと、君が玲に関わる理由が消滅してしまう。それを危惧した君の無意識が、どんな形でも良いから玲の傍にいられるように、殺意を煽るようにして玲に関わり続けたんだ」

「……」

「まあ要するに、君も本当は死ぬのが嫌だったし、誰かに助けて貰いたかったってことだ。その本能を無視して、『自分なんかがこんなにしてもらって良いのか、生きていて良いのか』なんて悩むのは……少し変な気もするが」


 違うかな、と。

 どこか優しさを感じる口調で、夏美は灰音に語り掛ける。

 正確には、灰音の無意識に手を伸ばす。


 しかし、灰音は頑固だった。

 ぶんぶんと、何かを振り払うように首を振る。


「それでも……仮に貴女の推理が正しかったにしても、私が卑怯な人間であることには変わりありません。私は自ら助けを呼ぶ勇気が無く、代わりに効果があるかどうかも分からない手を使って、玲に勝手に期待してたってことなんですから。それって、凄く他力本願な……情けないやり方でしょう?」

「そうか?この行為をしたが故に、君の行動は玲の記憶に残り、玲は家に帰ってそれを書き留めた。そして別れ方に謎が多かったからこそ、玲は私たちにそれを伝えた……つまり何だかんだ言って、このSOSは正しく大人たちの耳に届いたことになる。結果論ではあるが、効果はあったぞ?効果的な手を無意識に打つのは賢さの顕れであって、卑怯とは言えない」

「だ、だけど……」


 更に何か言いかけたところで、灰音は口をつぐむ。

 自分の隣で、夏美が「さあどこからでも来い、全て打ち返してやる」とでも言いたそうな顔をしていたからだ。

 彼女相手には、何を言っても丸め込まれる感じがした。




「……納得してもらえたようで何より。そこで、次の話題に入りたいんだが」


 灰音が黙ったのを確認してから、夏美はさらりと話題を切り替える。

 先程までの推理は、所詮は分かり切っていたことの再確認に過ぎない。

 もう少し、これからのことについて語り合いたかった。


 元々、見舞いついでにこれを相談するためにここに来たのだ。

 僅かに声色を真剣な物にして、夏美は灰音に向き合う。


「玲の話題に戻るんだけどな。実はアイツ、明日にでも家に帰ってくる」

「……勉強合宿が終わるんですね」

「そうだ。そこで聞きたい」




 ────君は、玲に会いたいか?




 夏美がそれを告げた瞬間、灰音ははっきりと息を呑む。

 病室の雰囲気が一気に緊張感あるそれに変わったことを、双方が察していた。


「……自殺を図った時点では、遺書から見て、君は玲を巻き込みたくない様子だった。だからこそ、玲が何も知らないように手配をしたんだが……」

「はい……分かっています」

「しかし、君は生き延びた。だからこそ改めて聞きたい。玲に全てを隠したいという希望は、今でも変わっていないか?」

「何で……そんなことを聞くんです?」

「いや、君の希望を叶えたいからだが。実を言うと、玲の意見も君の意見も聞かないまま全てを隠したことについては、ちょっと私も気にしていたんだよ。当事者が蚊帳の外にいるまま事件を終わらせてしまったなあ、と思って」


 だから、詫びと言ってはなんだが。

 そう言いながら、夏美は自分のスマートフォンを取り出す。

 緊急用ではない、滅多に触らないプライベート用のそれを。


「もし君が、改めて玲と直に話したいのなら……今までの経緯についてやっぱり知って欲しい、自分の口から説明したいと意向を変えたのなら、その意見は尊重しようと思っている。勉強合宿終わりの玲を迎えに行って、ここに連れてくるだけだしな」

「い、良いんですか、それ……一週間前に皆さんがやった努力が、全て帳消しになってしまうように思いますけど」

「別に無駄になる訳じゃない。その場合は、君の意向も聞かないままアレをやった私が早とちりをしたってだけだ。犯罪者が複数捕まったことで社会貢献もできたし、無意味にはならないだろう」


 元からそれ込みの計画だしな、と夏美はしれっと告げる。

 一週間前の時点で、後から灰音が「やっぱり玲に全てを打ち明けたい」と言い出すことも想定していたのか。


「だから……君は選ばないといけない」

「玲に打ち明けるか……このまま、隠し通すかを?」

「そうだ。氷川の調べによれば、君に親しい親戚はおらず、母親も行方不明。ここを退院すれば、何らかの施設で暮らすことになる可能性が高い。そうなれば都内に留まれるかどうかは分からないし、玲と直接会う機会はほぼ無くなるだろう。ここで何も言わずに去ったなら、アイツとは本当に縁が切れる訳だ……」


 だからこそ、打ち明けるならば今しかチャンスが無い。

 さらりと、夏美は決断を促した。


「勿論、自殺未遂で入院している君を見たら、玲はショックを受けるだろうが……そこは私たちとしても割り切ろうとは思っている。当事者は君たちなんだし、アイツが自力で真相に気が付けなかったのは事実なんだしな」

「玲は悪くない……」

「……とにかく、玲に遠慮して何も伝えなかったら、本当にもう会えない可能性が高い。アイツはただの引っ越しと思っているから、その設定に乗っかる形で会いに行くことはできるかもしれないが、玲だって馬鹿じゃないんだから、そんなことをすればどの道バレる」


 だからこそ、改めて聞きたい。

 遺書に書かれていた意向は変わっていないか、もう会わなくていいのか。


 ひとしきり話した夏美は、相手の返事を待ってしばらく待ちの体勢に入る。

 流石に、灰音が長時間悩むと思ったのだ。


 しかし彼女にしては珍しく、この予測は外れた。

 殆ど即答と言っていいくらいの間で、彼女は返答する。


「私の意思は変わりません。私は彼に会いませんし、引き続き真相は秘密にしてください」

「……良いのか?」

「はい。さっき、貴女は私のことを凄く良い様に解釈してくださいましたけど……それでもやっぱり、これが一番良いと思います。玲は多分、これからの人生で、もっともっと素敵な人たちと関わっていくと思いますから……」


 はっきりと、夏美の前で灰音はそう断言した。

 彼女の言葉を聞いた夏美は、真顔でしっかりと頷く。

 そして、「全員、頑固だなあ」と呆れたように呟いた。

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