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Stage0  作者: 塚山 凍
Interval-Ⅱ:開演準備
55/59

murder

 世間が「神帰月の奇跡」に騒いでいる頃。

 逮捕劇の始まりから、丁度一週間過ぎた時期。

 とある街、とある大きな病院で。




 ──今更ながら、この病院は壁が白一色だな……今時珍しい。


 昭和の時代ならともかく、最近はもう少しカラフルな建築が多いのだが。

 ひょっとすると見かけよりも古い建物なんだろうか、と夏美は病院の廊下を歩きながらどうでも良いことを考える。

 こんなに内装を気にしてしまうのは、建築デザイナーの母親を持つが故だろうか。


 或いは単純に、今から会いに行く相手のことを心配しているのかもしれない。

 病院の内装に白が使われなくなった理由の一つに、白い物ばかり見ていると、患者が「空白」や「空虚」を感じて不安がるからというものがある。

 あの子はまさしくそんな不安を抱きそうなタイプだと思いながら、夏美は目的の個室にまで辿り着いた。


「らりほ~……見舞いに来たぞー」


 どうせ暗い顔をしているであろう相手のことを想像して、夏美は敢えてキャラを高めに入室する。

 表情は快活に、右手には持参したゼリーの箱を揺らして。

 左手に至っては、意味もなく振ってみた。


 しかしその全ては、病室の主によって無視された。

 チラリと横目で見てくれたのだが、そのまま何の反応も返されなかったのだ。

 部屋の中央でベッドに腰掛ける少女────羽佐間灰音は、夏美の来訪に一切の動揺を示さない。


「ゼリー、とりあえず冷蔵庫に入れておくぞ?念のため医者にも確認したが、このくらいは食べても良いそうだからな。回復が早くて何よりだ」

「……」

「そう言えば、自己紹介をしてなかったな。前会った時はそっちは意識が無かったし、それ以前はこっちが一方的に知っているだけだったから……はじめまして、私は玲の姉で、松原夏美という者だ。もっとも、そっちも玲のカメラを弄った時に私の顔は見ているだろうが。私がどんな関わり方をしたかも、先にここに来た氷川って刑事に聞いただろう?」

「……」

「しかし、ここの個室は割と広くていいな。暖房もきいているし、テレビも大きい。救急病棟からすぐに内科に移れたのはラッキーだった。年齢的には小児科でも良いんだが、内科ベッドしか空いてなかったのは結果的には良かったかもしれない」

「……」


 灰音の方は何も話していないのだが、夏美はそんなことはお構いなしに喋り続ける。

 彼女の話し方はフランクで、殆ど弟と接する時の態度と変わらなかった。

 だからなのか、次第に灰音は怪訝そうな顔をし始める。


 ──お、流石に無視しなくなってきたか……よしよし。


 狙い通り、と思いながら夏美は話題を変える。

 この一週間、きっと灰音が一番知りたくて、しかし知る手段の無かったこと。

 それを真正面からぶつけてみた。


「ああそれと、弟についてなんだが」

「……ッ!」


 効果は覿面だった。

 ポーカーフェイスを崩した彼女は、縋るような表情で夏美を見返す。

 震える唇も、じんわりと動き始めた。


「れ……玲は、どうなったんですか?何か、バレるとか……」


 後遺症のせいか、彼女の声は酷くかすれている。

 警察の取り調べや医師の問診には真面目に返答するのに、見舞い客を無視する理由はこれらしい。

 密かに推理しながら、夏美は淡々と事情を説明した。


「……玲は今回の件について何も知らない。そもそもあの日からは勉強合宿に行っているからな」

「勉強合宿……中学校の?」

「ああ。虹永中学校が落ちこぼれを集めてやっている奴だ……だから今は、受験勉強の真っ最中なんじゃないか?」


 灰音も玲と別れようとした際に言及していたが、進学実績に妙に拘る虹永中学校は、この時期に希望者を集めて合宿を行っている。

 郊外の宿泊施設に生徒の一部を集め、授業を休ませてまで勉強漬けにするのだ。

 参加する生徒ははっきり言えば劣等生ばかりなのだが、夏美は「希望者を集める」というこの合宿の仕組みを最大限利用していた。


「あの合宿、スマホもゲームも取り上げて、ネット環境の無い山小屋で勉強だけさせるからな。玲を外の情報から隔離するには丁度良かったんだよ。いくら報道を抑えても、外界と繋がっている内は万が一がある……そう言う訳で、私がゴリ押しで参加させた」

「ご、ゴリ押し?」

「ああ。箝口令を担任に頼むために中学校に行ったんだが、その際に無理矢理ねじ込んで……結果として、玲は君と別れた次の朝に突然迎えのバスが来て、何も分からないまま合宿に連れていかれた訳だが」


 連れ去られる最中にずっと私の名前を叫んでいたぞ、と当時の情景を述べると、その様子を想像した灰音は少しだけ笑う。

 入院後に美容師が髪を切ったせいもあってか、彼女の表情は自殺未遂者とは思えないほどに優美な印象を湛えていた。


「じゃあ玲は、またお姉さんが何か悪戯をしたと思っているんですか?」

「そうだろうな。ぶっちゃけ玲の成績で言うと、そんな合宿に行く必要はなかったんだが……まあ、勉強はやりすぎて損するものでもないだろう」


 だよな、と夏美が確認をとると、灰音もコクンと頷く。

 入室直後の様子とは裏腹に、二人の間にはすっかり雑談の雰囲気ができあがっていた。


 ちゃんとした会話は互いに初めてだったが、それとはまた違う繋がりが彼女たちを引き合わせている。

 その雰囲気が味方してか、しばし二人はどうでも良い話題をゆっくりと重ねる。

 そしてしばらく経ってから、灰音の方が本題に入った。




「その、お話は変わるんですけど……」

「何だ?」

「ここの医療費って……どなたが支払っているんですか?入院するにしても、普通は保護者の名前とかを病院に提出しないといけないと思うんですけど」


 今までは警察関係者ばかりがここに来ていたので、取り調べ中には流石に聞けなくて。

 そう付け加える灰音を見ながら、夏美はさらりと返答する。

 隠すことでもないと思ったのだ。


「君がこれからどこに行くのか、まだ完全に決まっていないからな。一先ずは私が立て替えている」

「やっぱり……その、本当に申し訳な……」

「いい、いい。謝るな。子どもが気にするようなことじゃない」


 手を振って灰音の謝罪をかき消すと、彼女はいよいよ途方に暮れたような顔をした。

 謝罪すら受け取って貰えなかったことで、何を言えば良いのか分からなくなったのか。


「でも私、刑事さんに聞いたんです。今回の一件で、貴女には物凄く迷惑をかけたって……遺書で『玲は知らなくていい』なんて我が儘を書いたから、それを叶えるために多くの人が動いて……だから病院のことだけじゃなくて、全部謝らないといけないと思っていて」

「いやあ。正直そこらへんは私がやりたくてやってたことだしな。偶然、君の希望と私の利益が合致していただけだ。だから別に感謝されることでもない」


 寧ろ私以外の人に感謝した方が良いな、と言いながら夏美はポツポツと協力者の名前を挙げていく。

 彼女の保護に関しては早見弁護士夫妻──日常探偵研究会部員の両親──に法律的なアドバイスを貰い、親権関係や児童の保護に関する手続きについても、夫婦ともども尽力してもらっている。

 その前の「神帰月の奇跡」に関しても、日常探偵研究会部員や相川葉の父親、果ては夏美と玲の両親にも推理面で協力を仰いでいた。


「私は『玲を真相から守る』という目的兼メリットがあるからまだ良いが、他のメンバーは完全にボランティアで協力してくれたからな。大多数は玲や君と会ったこともなかったにも関わらず、徹夜で頭を捻ってくれた……いつかお礼を言うべきなのは、そっちだろう」

「いつか……会わないといけないですね」

「そうかもな。だが会うのはいつでも良い。君は生きているんだから」


 生きている以上は、会いに行くチャンスはいくらでもある。

 もっと身辺が落ち着いてから、あの時はどうもと言いに行けばいいだろう。

 そんなことを夏美が告げると、一瞬だけ灰音は安心した表情を浮かべて────しかしすぐに、辛そうな顔をした。


「……どうした」

「いえ……その……何で、ここまでしてくれるのかなって思って」


 言いながら、耐え切れないように灰音は目元を伏せる。

 自分の傷を抉るような話し方をする子だな、と夏美は冷静に分析していた。

 そして、自分の言葉が彼女の傷を深くすると自覚しつつ、敢えて深掘りする。


「何でとは?詳しく教えてくれないか?」

「だって、私は……」


 ────貴女の弟さんを、本気で殺そうと思っていたんですよ?


 さながら、血を吐くように。

 灰音は裁きを待つ囚人に似た表情を浮かべる。

 対照的に、夏美は一切表情を崩さないまま、理屈を返していった。


「……別に、誰かに殺意を抱くこと自体は罪ではない。思考は自由だ。そんなものまで取り締まっていたら、この世の大抵の人間は捕まる」

「でも……自分や身内に対してそんな感情を抱く人がいたというのは、それだけで不愉快でしょう?貴女から見た私は、本来ならもっと……」

「そうか?私なんかは昔から無茶苦茶やっていたから、多分かなりの人間に殺意を抱かれていると思うが……特に気にすることなく生きているぞ、ほら、こんなにも力強く」


 自分の胸元をドン、と叩いて夏美は生命力をアピール。

 今一つ意図が伝わっていないような気になった灰音は、少し困った顔をした。


「だ。だけど特に私は……玲に目を付けた経緯も、アレですし。そもそも最初の『取引』だって……」

「『取引』と言うのは……君が私の写真を見つけて、黙っておく代わりに付き合おうと言ったアレか?」

「はい。実はあれを言い出したのは、また別の理由があって……遺書の中ですら、あまりにも情けなくて書かなかった部分ですけど」


 過去の自分を悔いるように、灰音は自分の前髪に手を伸ばす。

 毛先を弄って感情を誤魔化そうとしたのか。

 しかしそこにかつての前髪は無く、そのまま灰音は真相を告げることになった。


「今になって分かります……私、多分貴女の写真を見て、殺意をより強く固めたんです。折角の思い出すら、人を殺す理由にしてしまった」

「ほう、それはまたどうして?」

「……私、アイドルになるのが小さい頃の夢だったから」


 今ではこんな声ですから絶対に無理ですけどね、と灰音は自虐を交えて笑う。

 しかし、夏美は笑わなかった。

 灰音が言いたいことを察したのだ。


 当時の灰音は、精神状態が悪化して、周囲の幸せそうな人間全てを憎んでいた。

 幼少期から抱えていたアイドルの夢など、とてもじゃないが追える状態ではなかった。


 そんな彼女の前に、アイドルプロデュースに関わっている姉を持つ同級生が現れたのだ。

 わざわざ持参のカメラに姉の写真を保存しているあたり、仲も良さそうである。

 さて、彼女はどう感じたのか?


 ──多分、()()()()()()()。アイドルに関係する身内がいる玲のことが、羨まし過ぎて……自分が渇望する夢に、当たり前のように関わっている玲が妬ましかった。


 だから直後に付き合おうと言い出したのか、と夏美は納得する。

 詰まるところ、憎んでいた金持ち風の少年が身内の面でも恵まれていると解釈して、彼女は殺意をいよいよ強くしてしまったらしい。


 ──そう考えると、玲が私の存在をずっと学校で隠していたのは正しかったな……確かに、プロデューサー補佐の弟と言うだけで変な勘違いをする同級生は現れる。


 まさか玲も、自分の彼女がその筆頭だとは思っていなかっただろうが。

 玲が一家心中の後押しを意図せず行ってしまったように、夏美は玲への殺害計画の後押しを意図せず行っていたと言うことか。

 黙々と確認をする夏美の隣で、灰音は必死に自分の罪を訴える。


「……本当に、最低ですよね。別にアイドルに関わる身内がいたって構わないのに。それでこっちが傷つく道理なんて無いのに。だけど、私はもうアイドルになれないのに、この人は姉に頼めば、アイドルに会うことすらできるのかもしれないと思うと、許せないなんて思って。だから……」

「玲への殺意を固めて、あの心の傷がどうのという計画を始めた?」

「はい……だから思うんです。こんな酷いことをした私が、こともあろうに玲のお姉さんたちにここまでしてもらって良いのかなって」

「んー……」


 ──大分精神的状態が悪化しているな。前とは別の方向で。


 医師の話では、意識を取り戻した彼女は積極的な自殺願望が無い様子だと判断され、精神病棟ではなく内科への入院となったとのことだったが。

 入院している間に、罪悪感から再び落ち込み始めた様子だった。

 放っておくと、それこそ「入院費を支払わせるのが申し訳ない」と言って病院を抜け出しそうな勢いである。


 予想した流れではあったが、不味い流れでもあった。

 故に、夏美はそこで一つ、灰音の前で指を立てることになる。

 彼女自身が気づいていないことを指摘するために。


「今の言葉を聞いて、改めて思ったことがあるんだが……言っても良いか?」

「……どうぞ」


 今度こそ叱責されるのか、と思っていそうな顔で灰音が頷く。

 どこかそれは、叱責を期待しているようですらあった。


 しかし生憎と、夏美はその期待に応える気はない。

 彼女はただ、彼女の思いついたことを告げた。




「遺書を読んでいた時にも思ったんだが……羽佐間灰音。君は正直なところ、最初から玲を殺したくなかったんじゃないか?玲に期待していたのは、もっと別のことだろう?」




 軽く告げると、灰音はポカンとした顔を浮かべた。

 彼女が欠片も想定していない言葉が返ってきたらしい。


「え、いや、殺したくなかったって……あの、その辺りは遺書に書いた通りですけど。最後は正気に戻りましたけど、最初は本気で殺意を……」

「まあ、確かに殺意自体は意識していただろう。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()って話だ。人間の表に出ている意識なんて、所詮は氷山の一角。人の行動を決めるのは、海面下に沈む無意識の方だ」

「はあ……」

「そして無意識の力って言うのは、中々どうして馬鹿にできない。無意識の情報処理から『勘』を得る奴もいるし、何が良くて何が駄目なのかを瞬時に判断して、周囲をコントロールする奴だっている。およそ人の行動を語るならば、無意識の判断を無視することはできない」


 だからこそ、君の行動についてはこんな推理もできる。

 そう前置きをしてから、夏美は最後の謎解きを始めた。




「さて────」

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