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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.9:神帰月の奇跡
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擁護

「夏美さんは……カメラを持って羽佐間家の車付近を撮影していた玲君が、闇金の手先と勘違いされて……それで、自殺が早まったと言いたいんですか?この自殺の最後の後押しをしたのは、玲君だと」

「……」


 夏美は何も言わなかった。

 しかし、それが答えだった。

 紫苑が本当に的外れな推理をしているのなら、夏美は即座に話を打ち切っている。


 ──でも、だとしたら……夏美さん、なんて残酷な推理を。


 遅かれ早かれだったとは言え、自分の弟の行動が羽佐間家の一家心中を加速させてしまったというのが真実なら。

 それを推理する夏美とて、辛くないはずがないだろうに。

 反射的に夏美の心配をする紫苑とは対照的に、夏美は冷徹に理屈を紡いでいった。


「……父親本人からの証言は現状無いから、この推理に証拠は無い。本当に遺書に書いてある通り、気分の問題だったかもしれない。だが私としては、これが真相だと思う。意味なく引っ越しをするほどに被害妄想が強くなっていたらしい父親にとって、闇金の手先がまた来たと言うのは、間違いなく最後のトドメになるだろうからな」

「確かに、そうですけど……」

「それに明確な証拠ではないが、後押しとなる情報くらいはある……玲の記録によれば、合唱コンクールが終わった日、玲と灰音は二人で歩いて帰っている。これは話したな?」

「ええ、聞きました」

「不思議に思わないか?どうして合唱コンクールを見に来ていた灰音の父親が、会場で娘を車に乗せずに先に帰っているのか。どうせ家は神舵区にあるのだから、一緒に帰るしかないのに」


 そう言えばそうですね、と紫苑は考え込む。

 話によれば、玲と灰音は結局学校で別れ、彼女はそこまで父親に迎えに来てもらったはずだ。

 ガソリン代すら捻出できなさそうな状況だと言うのに、父親と灰音はわざわざ二手に分かれて帰っていることになる。


「玲が闇金の手先と思われていたなら、それも分かる。多分父親は、玲と話した後に闇金に追われていると思ってすぐに会場を出たんだろう。そして出ていく直前に、どうにかして娘に今日自殺することと、後で迎えに行くことを告げた。だから彼女は、仕方なく歩いて合流地点の学校まで向かった訳だ」

「逆説的に、父親が合唱コンクール会場で『何か』に遭遇したことは確定する訳ですね。何も無ければ、親子で一緒に帰ったでしょうし」

「その通り……納得してくれたか?」

「で、でも……やっぱり信じられません。本当に、そんな勘違いをしたんですか?」


 どうにも信じられず、つい紫苑は反論をしてしまう。

 玲にとって身内となる夏美がこの酷い推理を確信しているのに、他人の紫苑が信じないと言うのも変な話だったが、仕方がなかった。


「だって玲君、父親の前で自己紹介はしていたはずで……普通に考えれば、ただの同級生だって分かるでしょう?」

「いや、同級生と分かったところで疑惑を解くことはできない。現に過去に羽佐間家を追い詰めたバイトは、灰音の同級生だったはずだ。父親の目から見れば、娘を探らせるためにわざわざ同級生が雇われたように映った可能性がある」


 反論をしてみると、即座に的確な否定がされる。

 事実、彼女の推測は的を得ていた。

 そのような過去を持っていたのなら、確かに同級生なんて身分は警戒を強める要素にしかならなかったかもしれない。


「でも確か、玲君はそこで探し物をしているだけって言ったはずですよね?玲君はその時、投票の不正について調べるために外を探していて……」

「その通りだが、父親が玲の言葉をそのまま信じた可能性は低い。玲に謎解きをする趣味があるなんて、そうそう分かるはずもないからな」

「だから、探し物を別の意味で捉えた……?闇金に頼まれて、債務者を探しているかのように」

「そう言うことだ。一度相手の行動を悪いように捉えてしまえば、他の全ても怪しく見える。精神的に追い詰められた人間の行動としては、普通のことだろう?」


 まあそうですけど、と紫苑は頷く。

 要するにこれは、悪条件が揃った上でのただの勘違いに過ぎない。

 そして勘違いだからこそ、救いが無い。


「灰音さんは……この勘違いに気が付いていたんですか?さっき、庇っていると言っていましたけど」

「ああ、彼女は父親から『カメラを持った中学生と会った』という内容を聞かされていると思う。そもそも玲自身、彼女に対して父親と会ったと報告しているからな。羽佐間灰音だけが、全ての事情を知っていたんだ」

「でもそれなら、どうして灰音さんは誤解を解かなかったんです?父親に自分たちが投票不正を捜査していたことを告げれば、せめてその日に死ぬことは止められたんじゃ……」

「止められない、と思ったんだろう。父親の精神状態がヤバいのは前からだったそうだし、彼女自身も自殺は許容していた。変に拒絶して無理心中になってしまうくらいなら、自殺に頷いて父親を宥めた上で、玲が悪くないという内容の遺書を書いておくのがベストと思ったんだろう」


 ──……遺書の内容からすると、父親は灰音さんに依存していて、彼女に去られることを恐れていた。だから変に拒絶すると、何をされるか分からなかったということでしょうか?無理心中に切り替えることすら有り得そうだった……。


 色々と新情報を聞いた紫苑は、灰音を取り巻く状況を考え直す。

 嫌な気分になる真相だが、こうとしか考えられない。


 遺書によれば、灰音はこの時期、玲に自分たちの家について知られることを恐れていた。

 できれば何も知らないままでいて欲しい、という内容がそこかしこに書いてある。

 自殺は止められなくても、玲がそれの内容を知らずに済むか、知ってもダメージが少なくなる手法を探していたのだ。


 だが父親が無理心中を起こしてしまえば、羽佐間家のことが報道されるのは避けられないだろう。

 要は父親が娘を殺したということになるので、殺人事件として世間の注目を引いてしまい、虹永中学校に取材陣が来ることだって考えられる。

 そんなことになるよりは、遺書も残して静かに死ぬ方が──仮に報道されるにしても──まだマシと踏んだのか。


 だから敢えて抵抗せず、交換条件として遺書を書く時間を作らせた。

 彼女は勘違いの真相を知っていたので、そこを省いた内容にした上で。


 無理心中を避けて、できるだけ報道の扱いが小さくなるように。

 仮にそれがバレて、玲が彼女の遺書を読む機会を得たとしても、彼の行動が自殺のトリガーとなったとは知られないように。

 遺書の中で警察に頼みごとまでしていたのは、この目的のためだった。


 ──夏美さんの言う「庇っている」と言うのは、これのことですね……確かに遺書の中では、自分を卑下して、玲君を褒めるような言葉が極端に多かったですけど。


 あの言葉自体は本心かもしれないが、玲に自分の行動を振り返らせないようにするために、過剰なまでに持ち上げたところもあったのだろうか。

 玲の行動には何も問題がないと強調したくて、あのような書き方になったのかもしれない。


「この推理……夏美さん、いつ考えついたんですか?」

「最初からだ。玲の記録を見た瞬間から、最悪の場合としてそれは想定していた。裏バイトのことは、この前お前から聞いていたしな……だから警察も呼びたくなかったんだ。未然に止められたのなら、事件化しないだろう?」


 なるほど、と紫苑は疑問を氷解させる。

 呼び出された時から気にしていたのだ。

 どうして夏美は、最初から警察や救急車を呼び出さなかったのかと。


 相手の救命を考えるのなら、ダメもとでもそちらへ連絡は入れておいた方が良い。

 しかしそれでも、夏美は知り合いの刑事にしか声をかけなかった。

 それはきっと、灰音の父親に警察が取り調べをすることで、「合唱コンクール中に闇金の手先らしい、松原玲と言う中学生に見つかった。だから死のうとした」と証言されることを避けたかったのだ。


 警察がそれを公表するかどうかはともかく、そんな証言が記録されれば、どこかで玲に伝わってしまう恐れがある。

 この自殺未遂事件を起こしたのは自分だと、そう思われる可能性があった。

 そうなってしまえば玲が傷つくだけでなく、父親を騙して玲を庇う遺書まで書いた灰音の希望すら叶わなくなる。


 だからこそ、可能な限り夏美たちだけで決着を付けようとしていたのだ。

 少人数しか関わらないのならば、口をつぐませることも簡単だから。

 自身の推理を信じたくないと口にしていたのも、それが理由なのか。


「そもそも、葉がエマージェンシーコールをしてまで伝えてきた理由もそれだからな。文章を読んだだけで、葉はそれを察したんだ……アイツの勘は、やはり鋭すぎる」

「でも、こうなると……本当に、どうします?現に羽佐間家の二人は病院に向かい、警察も付き添って行きました。遅かれ早かれ、事件の経緯を警察は把握します。玲君のことも、きっと……」


 先程までよりも更に真剣な表情で、紫苑は夏美に問いかける。

 刑事である自分が一般人に対応を聞くのも情けない気分だったが、本心だった。

 彼女にも、どうすれば良いのか分からない。


 灰音と夏美の双方が心配していた通り、今回の一件の真相は玲には伝えにくい内容を多々含んでいる。

 自分の行動が自殺を早めてしまったという真実────まだ中学生の彼にとって、どれほどの衝撃か。


「勿論、玲君は全く悪くありません。言っては何ですが、カメラを持ってうろついている中学生を見るだけで自殺を図る、父親の被害妄想の方が異常なんです。そんな人のことを想定しながら行動するなんてできっこない……でも、玲君は」

「そうは思えないだろうな。真相の全てを知れば、きっと強く気にする。それにカメラに関しては父親の勘違いにしても、玲が一家心中に気が付ける立場にありながら、あと一歩及ばなかったのは事実だしな」

「そこまで言うのは……玲君に厳しすぎると思いますけど。児童相談所の職員やカウンセラーと言ったプロでも、そう言う事例を見抜けないことはあると聞きますし」


 夏美の玲への評価が辛口に過ぎると感じた紫苑は、少しだけ眉をひそめて彼のことを庇う。

 プロの刑事である自分だってこんな有様なのだ。

 一介の中学生に全ての真相を見抜けなどと命じる権利は、この世の誰にも無い。


「……常に周囲の人に高い能力を求めるのは、夏美さんの悪い癖ですよ。誰も彼もが、夏美さんみたいな名探偵として生きられる訳じゃない。昔から言ってますよね?」

「そうだな。お前が正しい……」


 本気で叱りつけると、夏美はあっさりと頷いた。

 しかし同時に、こんな風に続ける。


「それでもこの一件だけは、玲に全てを見抜いて欲しかったな……無茶振りだとは自覚しているが」

「どうしてです?」


 本気で疑問に思って、紫苑は強く詰問する。

 すると、夏美はスッと表情を消して即答した。


「玲はもう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。一度でも『探偵』として推理をした者は、それ相応の生き方が求められる。望む望まないに関わらずな。謎を解くと言うのは、人の人生に関わること……中途半端は許されない」


 私もそうだった、と。

 殆ど聞き取れない声で呟く夏美の両瞳は、何の光を反射したのか不可思議な蒼い光で輝いていた。

 その光に魅せられて、紫苑は思わず口をつぐんでしまう。


「ある意味……玲がもっと馬鹿な男子なら良かったんだけどな。その場合、羽佐間灰音を彼女にしようが、その果てに自殺されようが、そこまで重大なダメージは負わなかっただろう」

「頭が悪ければ、そもそもにして相手の苦境に気が付かない。その分、精神的なダメージを負う機会すら無い……という意味ですか?」

「そうだ。能力が無いと言うのは、ある種幸福なことでもある。どんな失敗をしても、『自分みたいな馬鹿には最初から無理だったんだ』みたいな言い訳ができるんだから」


 しかし玲には、そんな言い訳は許されない。

 自分を馬鹿に偽るには、彼は謎を解き過ぎた。


 今更、「自分は馬鹿なんだ、だから羽佐間家のことに気が付けなかったのも仕方がないんだ」と思い込むのは難しいだろう。

 この理屈は一般人の擁護にはなっても、探偵の自己弁護にはならない。


「その逆なら……つまり玲が完全に探偵として覚醒していたなら、それはそれで良かった。玲が私みたいに、相手の気持ちを考えずにズケズケと真相を探る人でなしだったら……きっと早期に自殺の計画に気が付いて、未然に防げただろう。冷酷なまでの推理力って言うのは、社会的には非常識な物であっても、この手の計画を見抜く際には役に立つ」

「要するに……玲君が単なる馬鹿な一般人ではなく、かといって冷酷で非情な名探偵でも無かったから、こういうことになったと言いたいんですか?」

「そうだ。若いから仕方がないとはいえ、アイツは一般人でも探偵でもない、中途半端なところにいる……どっちにも振り切れていない」


 なまじ探偵としての好奇心があるために、割と積極的に謎解きに関わってしまい。

 しかし一般人としての常識もあるため、「ここまで聞くのは相手に悪いな」とか、「相手の家庭の事情に部外者が口を突っ込むべきじゃないか」とか言い出して、謎解きの手を途中で緩めてしまう。

 だからこそ、推理や捜査が中途半端なものになってしまい、今回のような経験をしてしまう────夏美はボソボソと、そんなことを語った。


 ──それ、中途半端って言うんですかね……?普通に、玲君が常識的で理性があるってだけでは?別に探偵としてレベルが高くなったところで、自殺事件を全て見抜けるとは限らないでしょうし。


 夏美の話を聞いた紫苑は、ついそこで首を捻ってしまう。

 正直、紫苑は夏美が何を嘆いているのか分からなかった。


 今回の一件、どう考えても最初から玲には一切の義務が無かったのだ。

 当事者である灰音すら、遺書の中で玲を責めてはいない。

 だと言うのにどうして、夏美は今回のことを失態だと捉えているのだろうか?


 ──でも夏美さん、決して悪意や偏見でこれを言っている訳じゃないですね……間違いなく、真剣に危機感を抱いている。玲君の抱え持つ何かに対して、本気で心配している?


 しかしそこは長い付き合いということもあり、紫苑は夏美が冗談でこんなことを言っている訳では無いと気が付いていた。

 彼女の悩み方は、今になってこの問題に気が付いた感じではなく、ずっと前から気にしていたような様子ですらある。

 玲君の保護者代わりとして、何か思うところがあったのでしょうか────そう思ったところで、夏美は自身のスマートフォンを鷲掴みにして顔を上げた。


「だが現に、玲はここまで来た。しかし氷川の言う通り、まだそれを受け止められる状態じゃない。なら私も、とことんやり切るしかないな……」

「やり切るって、何をやり切るんですか?」

「今回の一件、こちらで色々と調整する必要があるってことだ」


 きっと、それが灰音の要望に沿うことでもあるだろう。

 そう言うなり、突然、夏美は慌ただしくスマートフォンを弄り始めた。


「な、何しているんですか、夏美さん?」

「決まってるだろ?お前が言ったんじゃないか。今回の事件の真相は玲にとって残酷過ぎる。だからこそ、告げるべきかどうか迷うって」

「確かに言いましたけど……」

「だから決めた。勝手で悪いが、()()()()()()()()()()()()()()()()。いやそれどころか、世間の連中の殆どにも知られないように細工しよう」


 私の推理が正しければ、それが一番良いと思う。

 さらりと夏美がそんなことを言ったものだから、紫苑は目を剥くことになった。

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