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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.1:全ての卵
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撮像

 特に記述していなかったが、俺の父親はカメラマンを生業としている。

 海外を拠点としているせいか日本での知名度はゼロに等しいのだが、それでも一応プロとして活動している人物だ。

 よく分からない写真ばかり撮る人だが、一応評価はされているらしい。


 そして、ずっとそんな職業をしているからだろうか。

 ある年に父さんが俺に贈ったクリスマスプレゼントは、一風変わっていた。

 まだ幼い俺に対して、唐突に高級なデジカメを贈ってきたのである。


 父さんはフィルムカメラも大量に持っているのだが、わざわざデジカメにしたのは、子どもにも扱いやすいと踏んだのだろうか。

 彼は簡単な使い方を教えた後、「好きな物を、好きなように撮りなさい」とだけ言って俺にそれを渡し、そのまま海外へと旅立った。


 無論、いくらカメラマンの息子だからってカメラや撮影が好きとは限らない。

 俺の場合、父さんの忙しさもあって互いの交流が少ないので猶更だった。

 変に高いデジカメを貰ったからと言って、撮影が上手くなる訳でもないだろう。


 しかし暇潰しの玩具に飢えていた当時の俺にとって、やはりこのデジカメは心躍るものだった。

 結局父さんの目論見通り、俺はデジカメでの写真撮影をポツポツと行うことになる。

 今ではすっかり、読書の次くらいに並ぶ趣味となっていた。


 要するに俺はいつも、何か気になるものがある度にパシャリとやる癖があるのである。

 学校に行っている間すら──校則違反を承知の上で──俺はデジカメを持ち歩くようになっていた。




 ──それでも、使い過ぎないように自重していたんだけどな……今はちょっと、仕方ないか。


 そう考えながら、俺は素早く鞄からデジカメを取り出す。

 スマホは電源を切っているので、写真を撮るならこちらの方が早い。

 実際俺の愛用カメラは、ボタンを一つ押すだけでちゃんと起動してくれた。


 その勢いのまま、俺は問題のゴミ箱をサクッと撮影する。

 後で気になることができても確認可能なように、何枚か別角度でも撮ってみた。

 これで、トイレを離れても謎解きの続きができる。


「……松原くーん?いないの?」


 そこで、背後から羽佐間の声が聞こえてきた。

 トイレから出てきても俺の姿がないことに一抹の不安を覚えたらしい。


「あ、はいはい、今行く!」


 らしくもなく元気な返事をして、俺はデジカメをしまいながら駆け出す。

 といっても手洗い場はトイレの出口に近い位置にあるので、走った距離はほんのちょっとだ。

 トイレから出た瞬間、待っていた羽佐間に鉢合わせる形となった。


「待たせてごめん、ちょっと色々あって」


 何となく言い訳をしながら、俺は手で謝った。

 しかし、羽佐間もそれを気にしている訳ではないのだろう。

 ここに来る時と同様の無表情に戻った彼女は、「そう」とだけ呟いてホール出口へと視線を向けた。


 とりあえず、合流した以上はさっさと帰りたいらしい。

 こちらとしても同意見なので、俺たちは特に会話することもないまま足だけを速めることになった。

 先程出会った謎はさておき、合唱コンクール委員としては学校に戻るのが先決である。


 ──中断された推理は、帰り道を歩きながら改めて考えようか……どうせ三十分も歩くんだから、推理する時間くらいはある。


 羽佐間の隣でテクテク歩きながら、俺はそんなことを思いついた。

 依然として、あの謎の卵パックに説明をつけられないというモヤモヤは持続している。

 自分に納得を与えるためには、推理を続けた方が良さそうだった。


 ──あーでも、推理中に羽佐間が話しかけてきたら面倒臭いな。ただでさえこの子、突拍子のないことをいきなり聞いてくるし。


 ふと、そんなことにも気が付く。

 彼女はここに来た時とは違って黙々と歩いていたが、俺としてはやはり警戒が残っていた。

 再び、殺人がどうのこうのと言われるのではないかと思ったのである。


 さっきは特に考え事をしていなかったので別に良かったのだが、推理に集中するとなると話は変わってくる。

 こんな小さな謎相手だとしても、考え事をしている時は正直話しかけてきてほしくない。

 内容がああいう物騒な話題だと言うのなら、猶更だった。


 ──でもなあ、正直に「今から考え事をするから、できれば黙っていてくれ」なんていきなり言うのも変だし……何様だよって感じになる。


 こんなことを口にすれば、俺も羽佐間のことを言えなくなってしまう。

 ほぼ初対面の相手にするコミュニケーション手法としては、突然人の殺し方について聞いてくるのと同レベルの奇行だろう。


 どうしたものかな、と俺は初手から考え込む。

 しかし幸いというか何というか、考え込んですぐに閃くことがあった。


 ──待て、せっかく写真を撮ったのなら……いっそのこと。


 思いつきに従うまま、俺は鞄を漁ってみた。

 羽佐間がこちらをチラリと確認したのは分かったが、動きを止めない。

 そのままデジカメを手探りで取り出し、羽佐間の前であることも気にせずに起動させてみる。


 羽佐間が流石に驚いたような顔をしたのは見えていたが、敢えて無視した。

 デジカメのボタンをポチポチ弄って、過去撮影した写真を呼び出していく。


 操作をミスったせいで、姉さんの古い写真が最初に出てきた──ボヌールに入社した際。我が家の前で撮ったものだ。ご丁寧に「祝 ボヌール入社」という垂れ幕を姉さんが持っている──のには参ったが、すぐに例の写真は表示された。

 ゴミ箱の真ん中に、卵パックがポツンと捨てられている写真。

 それを片手に、俺は改めて羽佐間に向き直った。


「なあ羽佐間。ちょっとどうでも良い話をしたいんだけど、ちょっと良いか?」

「別にいいけど……それ以前に、何、その高そうなカメラ?」

「ええっと、そこの説明も兼ねて、ちょっと一緒に考えてみたいことがあるんだけど」


 俺が推理に集中したい時、羽佐間に関係ない話題を振られるのは少々困る。

 だったら、いっそのこと俺が見た謎について相談してしまえばいいのではないか。

 俺の思い付きとはつまり、そういうことだった。


「この写真を見てくれ、今さっき、トイレで変なものを見てさ……」


 これで断られたらまたややこしかったのだが、彼女も俺が言うことに興味をあったらしい。

 意外と素直にデジカメの画面を見つめてくる。

 それ幸いと、俺は自分の考えについて述べていった。




「要するに、こういうこと?松原君はついさっき、男子トイレで何故か生卵のパックが捨てられているのを見つけた。トイレにそんなものがあるのはおかしいし、そもそもあの建物は飲食禁止だから食べ物が屋内に持ち込まれていること自体が変。だからこそ、どうしてあんなゴミが出ているのかが気になる……」

「そうそう。羽佐間、話をまとめ直すの上手いな」


 何となく褒めてみると、羽佐間は大して嬉しくもなさそうに「ありがとう」と返した。

 そこを褒められても、とでも言いたげな表情である。

 その表情のまま、羽佐間は流れるように推理に参加した。


「でも確かに、変な話……せめて職員さんたちが建物内でお昼ご飯を食べているんなら、そのために持ってきたのかなって気もするけど」

「毎日揃って外食となると、自分で何か持ってくることはなさそうだしなあ」


 無論、あのおばさんが適当に話をしていて、実際は職員さんたちも建物内で弁当を食べている可能性もある。

 もしくは、外食だって全員が全員参加している訳ではないのかもしれない。


 しかしだからと言って、あの生卵を職員が持ってきたものだとは断定できないだろう。

 先述したように、食用だとすれば十個は多い。

 もっと何か、別の目的のために持参したと考える方がしっくり来た。


「じゃあ例えば、あのホールで工作教室とかがあったとか?『卵パックをリサイクルして作る小物入れ』みたいなのを皆で作っていて、余ったパックを捨てたとか」

「考えられなくもないけど……どうしてわざわざトイレに捨てたのかって疑問は残るな」


 料理教室について考えた時と同様である。

 そんなイベントがもしあったとしても、ゴミ箱はトイレ以外に用意されるはず。

 ゴミが沢山出ると分かり切っている以上、ゴミ箱はその工作教室や料理教室の会場近くに大量に設置するのが普通だ。


 それがどうして、卵パックを持ってトイレに向かっているのか。

 普通ならホール設置のゴミ箱に捨てるだろう。

 可能性だけで言えば「何となく手に持ったままだったパックをトイレに行く際に捨てた」とか、「トイレの近くで誰かが卵パックを落としてしまい、それを拾った誰かがトイレに捨てた」なんて可能性もあるが、俺の勘はそれは違うと言っていた。


 そもそも工作教室や料理教室自体、開かれた様子が見られていないのである。

 ゴミ箱の中にちり紙などが捨てられていなかったことからすると、最近あのトイレを利用した人自体が少ないのではないだろうか。

 それでも尚、あのトイレに立ち入る人と言えば────。


「それこそ、最近あのトイレを使った人って掃除業者くらいかもしれない。業者なら流石に必ず来るだろうし。或いは、突発的にトイレを借りに来た通行人とか?」


 ある種の冗談も込めて、俺はそんなことを言ってみる。

 すると意外にも、羽佐間は「もしかしてそれ?」と何か思いついた顔をした。


「今思いついたんだけど……もしかして、その掃除業者が犯人?」

「え?どうして?」

「だって、トイレ掃除だから」

「……だってと言われても」


 そんな風に共感を求められても、俺としてはピンとくるものがない。

 思わず微妙な表情を浮かべると、羽佐間はすらすらと解説してくれた。


「実は卵の殻って、水回りの掃除をする時に使えるの。カビを取ったり、水垢をこそいだり……だから」

「……掃除業者が、トイレ掃除のために卵の殻を使ったんじゃないかってことか?掃除道具として、それを常備していたんだと?」

「そうそう。だからこそ使い終わった卵パックをゴミ箱に捨てた……どう?」


 これこそ正解なんじゃないか、と言いたげに羽佐間はこちらを見つめてくる。

 彼女の様子はどこかハイテンションで、何だか一人で盛り上がっているように見えた。

 もしかすると、向こうもこういう謎解きみたいなことが好きな性格なのか。


 だとしたら俺としては好ましい相手なのだが、生憎と彼女の推理は的を外しているように思えた。

 今聞いただけでも、疑問点が幾つか浮かぶ。

 意地が悪いと自覚しながらも、俺は即座にそこをついた。


「でもその場合、必要なのは卵の殻だけだろう?だったら掃除場所に来る前に卵を割って、殻だけを持参するんじゃないか?わざわざ卵パックごとを持ってこなくても……」

「そこは……卵黄も掃除に利用する手段があったとか」

「余計汚れそうな気がするけど……第一、このゴミ箱には殻が捨てられてない」


 言いながら、俺はデジカメを操作して画像を拡大する。

 表示されるのは、プラスチック製の卵パック「のみ」が捨てられているゴミ箱の様子。

 最初からここには、空のパックだけが単体で捨てられているのだ。


「もし卵の殻を掃除に使ったというのなら、その殻もここに捨てられてないとおかしいような」

「それは……別の掃除現場でも使う気だったから、殻だけ持ち帰ったとか」

「卵の殻って、二回も三回も使えるほど丈夫じゃないんじゃないか?」


 そうツッコんだところで、明らかに羽佐間はしょぼんとした顔になった。

 しまった、マジレスし過ぎたか、と思った時には後の祭り。

 すっかりしょげた感じになった彼女は、拗ねたようにこんなことを言う。


「でも……だったら、これどうなるの?松原君の考えからすると、職員も利用者も掃除の人も犯人じゃない。そうなると本当に、通りすがりのトイレを借りた通行人くらいしか犯人がいなくなるけど」


 ──確かにそうだが……。


 こうなってしまうと、いよいよ思考の袋小路に迷い出てしまう。

 どういう理由があれば、通りすがりの通行人がトイレに生卵のパックを捨てるのか。

 掃除業者が犯人であるとする羽佐間の仮説よりも、さらに説明がつかない。


 ──せめて、トイレのゴミ箱じゃないといけない理由が分からないとな……何かないかな、普通のゴミ箱とは違う、トイレ近くのゴミ箱じゃないと有り得ない特徴。


 期待薄と思いながらも、俺は改めて自ら撮った写真を見つめる。

 こうも悩んだ事柄について、そんな簡単に閃きはしないよな、と思いつつ。


 ……しかし、写真と言うのは何を起こすか分からない。

 本当にこの時、唐突に。

 何度目かの写真観察を行った俺は、脳裏に何かが走ったのを知覚した。


 それを思いついた瞬間、俺はピタリと足を止める。

 同時に、いつの間にか背後を走っていたらしい通行人の自転車がリンリンとベルを鳴らした。

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