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Stage0  作者: 塚山 凍
Interval-Ⅰ:警視庁映玖警察署内記録文書「Dear R」
48/59

灰色の家族

※作成者注


 本文書は昨年発生した神舵区の自殺未遂事件において、当事者となる女性(事件発生時十五歳)が所持していた遺書を書き起こしたものである。

 実際の遺書は多数の書き損じ、誤字脱字、判読不能の文字列などにより読むのが困難であったが、捜査関係者への説明のために解読可能だった部分を清書した。


 事件発生は神舵区内であったが、当事者たちが長らく映玖市で生活していたことから、詳細な事件経緯を示すこの文書は映玖署でも保存する方針である。

 なお、事件発生時から報道各社への公表はほぼなされていないため、署員たちにも情報の秘匿をお願いしたい。


 映玖署 氷川より。




<以下、遺書の全文>




 小さい頃、アイドルになるのが夢でした。

 何故そう思ったのかは、自分でも覚えていません。

 気が付いた時には、キラキラした場所で楽しく歌うアイドルに憧れていたように思います。


 憧れるだけではなく、多少は努力しました。

 暇さえあれば歌って、テレビを参考にダンスの真似もして。

 家族の前で歌って踊ってみせたこともあります。


 今思えば、それは幼児がやるパフォーマンスのレベルを超えていなかったことでしょう。

 だけど両親は、子どもなりに歌って踊る私のことをとても褒めてくれた。

 自宅のリビングでやってみせた時には、パチパチと拍手もしてくれました。


 思えばあの瞬間だけ、私は本当にアイドルになっていたのかもしれません。

 自宅の中限定でしたけれど。

 こうして振り返っても、あの頃が、我が家で一番幸せな時間だったと思います。


 そう、本当に幸せだった。

 父が経営していた工場に、しかめっ面をした銀行員が何度も現れていても。

 その銀行員の前で、母が何度も縋りつくように土下座をしていても。


 それでもあの頃は、まだ幸せだったと断言できます。

 私が笑うと、家族も一緒に笑ってくれた。

 それだけで、私は十分だった。




 いつからでしょうか。

 自分の家が、どうやら他の家とは違うらしいと気が付いたのは。

 他の家と比べて、色々と困ったことが多いと理解したのは。


 それは例えば、小学校でノートを使い切ったから新しいのが欲しいと言った時、母親に嫌な顔をされたとか。

 誕生日にプレゼントが欲しいと言ったら、父親に突然怒鳴られたとか。

 サンタクロースに何を頼もうかと思っていると、サンタなんていないと素っ気なく言われた時とか。


 そういう記憶の中で、自然と分かってきていたような気がします。

 ああなるほど、ウチにはお金がないんだ。

 何かを望んではいけないんだと。


 一度気が付いてしまえば、それを示すことはたくさんありました。


 小学校の制服を古着屋で買ったのは、私の家だけ。

 ノートを使う時に「小さな文字でちょっとずつ使いなさい」と母親に言われるのは、私の家だけ。


 買い物の時にお菓子が欲しいとねだると、すぐにビンタされるのは私の家だけ。

 他の子が一緒に遊園地に行こうと誘ってくれた時、その子の家に「ウチの子を金がかかるような場所に誘わないでください」と怒鳴り込むのは私の家だけ。


 熱が出た時、病院に連れて行ってくれないのも。

 朝ごはんがしばしば無いのも。

 大切にしていた自転車がいつの間にか売られていたのも。


 無料のティッシュを山ができるくらいに貰ってくるのも。

 利子がどうのという話で、両親がいつも殴り合いのケンカをしているのも。

 その間、ずっと私が外のベランダに置いておかれるのも。


 全部全部、私の家だけでした。




 後から聞いた話ですが、切っ掛けは私が三、四歳の時、祖父が死去したことにあるようです。

 より正確に言えば、長らくネジ工場のトップを務めてきた祖父の立ち位置を、一人息子である父が継いだことでしょうか。


 祖父がやっていた頃は堅実な経営をしていた工場ですが、父には経営のセンスが無かったのか、程なくして上手く行かなくなった。

 お得意先には見限られ、何の受注も受けていない状態になったとか。

 先述した銀行員に縋りついてどうのと言うのは、この時期の記憶です。


 当然、父は焦り始めます。

 無茶な営業をかけたり、リストラをやろうとしたり。

 割と見栄を気にするタイプの人なのですが、そんな見栄も忘れてなり振り構わずに行動していた。


 だからでしょうか。

 父はその中で、怪しい話に乗ってしまったのです。

 M資金だかW資金だか忘れたのですが、何とかいう詐欺に引っ掛かったとのことでした。


 これにより、残っていた資金をごっそり持っていかれました。

 それどころか、その詐欺師に対して借金をしてまで貢いでいた父には、借金だけが残った形になります。


 そこからは、ドラマでよくあるような状態だったそうです。

 更に人は減り、仕事は受注できず、資金繰りは全てショートして。

 それでもどこかから資金を借りて延命するも、そんな状態も長くは続かず。


 結局、私が小学四年生になった頃、工場は潰れました。

 詐欺に引っ掛かった時期からの借金だけを残して。

 退職金すら満足に払えなかったらしく、工員たちが恨めしそうな顔をしていたのをよく覚えています。


 その後のことも、フィクションの貧乏キャラとかによくある流れでした。

 父が何かしかのバイトを見つけたとかで、一家は他県に逃亡。

 詳しい事情は聞いていませんでしたが、夜逃げだったのでしょう。


 それで新生活を送れたならまだ良かったのですが、父のバイトは長続きしませんでした。

 これまた後から聞いたのですが、一応は工場主だったということにプライドがあるのか、父はバイト先で若い社員と揉めてクビになることを繰り返していたのです。

 この無駄なプライドの高さが、本当に。

(作成者注 この後の言葉は塗りつぶされている、「愚」という文字だけが薄く見える)




 一つ、書き忘れていました。

 この時期────我が家から、母が消えます。

 多分、色々なことに耐えられなくなったんだと思います。


 母は、別れの言葉も残しませんでした。

 ある日突然、どこかに消えました。

 置手紙に「限界です、灰音はあなたに任せます」とだけ書いて、蒸発したのです。


 彼女が消えた日のことも、よく覚えています。

 小学校から給食の残りを抱えて──父からの命令で、それは習慣になっていました。我が家の夕食にするのです──当時借りていた家に帰ったら、父が手紙を読んで泣いていたのです。

 またバイトをクビになったのかと嫌な気分になっていると、父は突然振り返って、私にこう言いました。


「なあ……お母さん、いなくなっちゃった」


 その言葉を受け止めきれない内に、父は私を抱きしめました。

 いえ、抱きしめたというよりは、縋りついてきました。

 まだ小学生の私のお腹に、鼻水塗れの顔を擦りつけながら。


「灰音は……いなくならないよな?お父さんを見捨てないよな?」


 それから、父は。

 三十分くらい、ずっとそう言い続けていました。

 声が枯れないのかな、と他人事のように心配したような気がします。


 でも、どれだけ心の中が冷めていても、これは他人事ではありません。

 自分のことです。


 だからでしょうか。

 私はそこで、どうしても。

 父の言葉に「いいえ」と言えなかった。


 こう考えると、それからのことは私の責任も入っているような気がしてきます。




 しばらく、似たような生活が続きました。

 父は何とか仕事を見つけ、しかし変な拘りから揉めてすぐに辞めて、家では「あれは相手のせいだ、世の中間違っている」と言い募る。

 最後に「灰音は分かってくれるよな?」と言うので、それに相槌を打つのが私の仕事でした。


 勿論、給食の残りを持ち帰ってくるのも仕事として継続していました。

 学校の生徒にはかなり変な目で見られましたが、続けざるをえませんでした。

 これを持ち帰らないと、本当に食べる物に事欠いてしまいますから。


 生活保護のような、公的な支援は受けられませんでした。

 父が、自分は断じて受け取らない、と宣言したからです。

 そんなだから(作成者注 判読不能の文字列が続く)。


 周囲の目線が気になることもありました。

 特に学校教師の中には、家庭訪問に行っても何度も追い返されるとのことで、我が家の事情に薄々気が付いていた人もいたと思います。


 しかし彼らが何かしら行動を起こしそうになると、父はいつも、引っ越しをするように提案してくるのでした。


 警察や児童相談所の目が入れば、父親である自分は娘と離れ離れになってしまう。

 だからこそ彼らは追い払わないといけないし、見つかりそうになったら逃げる必要がある。

 父の言い分は、そんなところでした。


 最初に言われた時はよく分かりませんでしたが、要するに母に去られた時のことがトラウマになっていたようです。

 私が行政に保護されて、完全に一人きりになるのが怖かったのでしょう。

 だからこそ父は私に縋りつき────私もまた、いつも諦めた表情でそれを認めていました。


 父は、私に去られるのが怖かったようですが。

 私もまた、外の「まとも」な世界で生きていくのが怖かったのかもしれません。

 何だかんだ言って、私はこんな場所でしか生きてこなかったのですから。


 ただ、引っ越しと言うのは当然ながらお金がかかります。

 荷物自体は自分たちで頑張って運ぶにしても、入居費用はかさんでいく。

 普段の生活費すら足らないのに、そんなお金が用意できるはずもなく、父は消費者金融の常連となっていました。


 終いには消費者金融のブラックリストに載ってしまったらしく、そういう場所に行ってもお金を貸してもらえないくらいになっていました。

 多分、向こうの人間にも呆れられていたんじゃないかと思います。

 消費者金融の窓口で、「そんな無駄な引っ越しにウチの金を使うくらいなら、食事代にでも充てたらどうですか」と忠告されたことすらあるみたいです。


 しかし、そんな言葉を聞く父ではなく。

 どうしてもお金が足りなかった父は、やがて闇金に手を出し始めます。

 消費者金融の利率が可愛く見えてくるほどの高利貸しに。


 そこからは、転げ落ちるように生活環境は悪化していきました。

 今までも十分悪かったですが、それ以下になっていったのです。


 闇金の金利と言うのはそもそも、そんな簡単に返済できるようになっていません。

 闇金への借金を中々返せず、よせばいいのに変なギャンブルにも手を出して、父はどんどん身を持ち崩していきます。


 結局、また夜逃げをする羽目になりました。

 闇金からの借金を全て踏み倒して、都会の方に逃げたのです。

 それまで住んでいたところはかなり田舎の方だったので、敢えて都市圏に行けば人に紛れて逃げられるのではないか、という目論見でした。


 しかし結果から言えば、この夜逃げは大失敗に終わりました。

 引っ越し自体は上手く行ったのですが、逃げた先で追いつかれたのです。

 闇金の手先である、カメラを抱えた中高生によって。




 この遺書を読んでいるのは恐らく警察関係者でしょうから、説明は不要かもしれませんが────父がお金を借りていた闇金業者は、とても変わった手で債務者を追い詰める業者でした。

 彼ら本人が返済の催促に赴くのではなく、一般人の中高生を裏バイトで集めて、そのバイトたちに取り立てをさせていたのです。

 高そうなカメラをそんなバイトたちに渡し、分かっている限りの情報も伝えた上で、債務者を追いまわす猟犬に仕立て上げるのがスタイルのようでした。


 その仕組みによって追い詰められた私が言うのもアレですか、中々の悪知恵だと思います。

 裏バイトに手を出す考えの浅い中高生たちには、割の良いバイトとしてしか認識されず。

 追われている債務者たちも、いかにもな強面には警戒していても、普通の中高生までは注意を払わない。


 今でもあの闇金業者たちがこの手法を続けているのかは分かりませんが、少なくともこれは、我が家には効果的な手でした。

 何せ家が見つからなくても、バイトの学生たちに債務者の娘を追わせることだってできるのです。


 それが、我が家にはドンピシャでした。

 既に私は中学校に上がっていましたが────そこの同級生が、この裏バイトをしていたのですから。

 裏バイトとして採用されてすぐ、彼は私のことを上司の闇金に伝えたようでした。


 娘を見つけてしまえば、後は尾行するだけで家を特定できます。

 結果、闇金の手先に見つかった父はボコボコにされ、更なる返済を約束させられました。

 当然ながら、夜逃げ先での多少は安定した暮らしも終わりました。


 その時の借金自体は、また別の闇金から借りて返したそうです。

 でも、私がそれよりも悔しく思ったのは。

 私たちを見つけて、闇金業者に伝えた同級生が、本当に嬉しそうにしていたことでした。




 私たちが闇金業者に見つかった次の日。

 その同級生は、随分と楽しそうな様子で学校に来ていました。

 あのおじさんたちがお小遣いをたくさんくれた、と言いながら。


 彼の手の中にあったのは、闇金業者から渡されたカメラ。

 財布には、中学生にしては大金──闇金からすればはした金──であろう札束がありました。

 彼はそれを、嬉しそうに学校で見せびらかしていました。


 どうだ、凄いだろうなんて。

 スポーツの大会で優勝したくらいのノリで、自慢げに。


 ……分かっています。

 分かっているんです。


 元はと言えば、お金を返そうともしない父が悪いのです。

 ちゃんとした人は、最初からそんなところに頼らない。


 その学生も、所詮は中学一年生のお馬鹿な男子。

 多分、自分が何をしているかもよく分かっていなかったのでしょう。

 闇金の指示で裏バイトをすることがどんな危険性を持つかも分からず、粋がっていただけに過ぎません。


 だけど、それでも私は。

 嬉しそうにカメラを見せびらかす彼を見て。


 はっきりと、()()を抱きました。

(作成者注 原文でも傍点が使われている)


 私たちの暮らしを追い詰めておきながら。

 お気楽そうに、幸せそうに生きている人を。

 私は、殺したかった。




 この頃からです。

 私は、自分よりも幸せそうな人間のことを無条件に嫌うようになりました。

 我が家よりもお金がありそうで、高そうなカメラを見せびらかすような人間は、特に。


 ……ここで、こんな八つ当たりめいた思考をしてしまうあたり。

 本当に、私はどうしようもない人間なのでしょうね。


 所詮は、あの父とあの母の娘でしかないのです。

 生まれた時から、ずっと。


(作成者注 現在、遺書内に出てくる裏バイトは規制されている)

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