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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.8:これが「日常」(裏)
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抜刀(Stage0.8 終)

「でも夏美さん、灰音さんの乗っているであろう車の外観、分かるんですか?」

「それは大丈夫だ。一度家に帰った時、玲のカメラを拝借してある。玲は合唱コンクール中に起きた事件で、駐車場の写真を撮影していたはずだから……」


 そう言いながら、夏美は鞄を漁って玲のデジカメを取り出し、メモリを確認。

 一瞬で重要な点を記憶すると、ほいっと紫苑に差し出した。

 慌ててそれを受け取った紫苑は、夏美とは対照的にじっくりと写真を確認する。


「何枚も写真は撮られていますし、車もたくさん映ってますけど……最後の奴ですかね?これだけナンバーが他県のそれですし、軽自動車だったという話とも符合します。そもそも玲君、羽佐間家の車を撮影したところで、父親と遭遇して撮影を止めたんですし」

「ああ、間違いないだろう。羽佐間家は一年前に映玖市に引っ越してきたが、それまでは他県に住んでいた訳だ。地方出身だからこそ、逃げた先が東京だったと考えると辻褄も合う」


 なるほど、と思いながら紫苑はその車の外観とナンバーを頭に叩き込む。

 同時に、夏美が再び弾丸のような速度で車を走らせ始めた。

 人が碌にいないのを良いことに、どう考えても法律を守っていない速度で街を疾走する。


 右は左へと揺れる車に翻弄されながらも、紫苑は周囲の光景を注意深く観察した。

 剣術を得意とする彼女は、身体捌きだけでなく視力も優れている。


 今夜のように満月であれば、夜景と言えど見逃す方が難しい。

 そうやって瞳を力ませていると、不意に夏美がとある指示を出した。


「まずは手近な空き地に行くが……その前に氷川、座席の下を漁っておいてくれ」

「え、座席の下?」

「早く!」


 夏美の声は切羽詰まっていた。

 意図は分からなかったが、その勢いに引きずられた紫苑は言われるがままに身をかがめ、助手席の下に手を伸ばす。


 ──あれ、何か棒みたいなのが……。


 指示されているのはこれか、と思いながら彼女はその棒を一気に引き出してみた。

 そうして改めて手元を確認した結果、彼女はぎょっと顔を強張らせることになる。


「こ、これ……()()()ですか?」


 古めかしい鍔に、長い鞘に収められた刀身。

 どこからどう見ても、それは日本刀だった。

 流石に説明を求めて運転席を凝視すると、当然のように解説がなされる。


「正確には摸造刀だがな。お前が高校時代、剣術修行のために使っていたやつだ。高校卒業の時に私が預かっただろ?」

「いやまあ、そうでしたけど……夏美さん、あれからずっと持ってたんですか!?」


 一般車の助手席から摸造刀が出てくるという珍事に、紫苑は思わず状況も忘れてツッコんでしまう。

 よくもまあ、今まで銃刀法違反で捕まらなかったものだ。


 ──普段なら、いくら夏美さん相手とは言え事情聴取を始めるところですけど……。


 しかし現状、それどころではないのも事実だった。

 今日の紫苑は、「氷川刑事」ではなく「氷川紫苑」なのだから。

 故に紫苑がそれ以上の質問をぐっと我慢すると、それを待っていたように夏美はシンプルな命令を下した。


「良いか?目的の車を見つけたら、私たちは中の人間を引きずり出さないといけない。しかし、恐らく車は自殺のために、テープだの何だのでぐるぐる巻きにされているはずだ」

「外から切って開けるとなると、時間がかかり過ぎる状態にあるってことですね?」

「そうだ。だがうかうかしていると、本当に救命できなくなってしまう。だから氷川、目的の車を見つけたら……」

「見つけたら?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……」

「普通のウィンドウガラスを割っても、軽自動車のそれだと窓が小さくて換気が不十分になりかねない。その後の救出の手間も考えると、フロントガラスを全損させるのがベストだ……やれるな?」


 常識的に考えるなら、無茶振りとしか思えない命令。

 実行可能かどうかを考慮もされず、反射的に拒絶されかねない指示。

 しかし紫苑は────その指示を受けて、あっさりと頷いた。


「分かりました、やります」


 普段は夏美の非常識に振り回される彼女だが、こと剣術に関しては、彼女は誰よりも非常識な存在である。

 だからこそ即座に、彼女は助手席のシートベルトを外す。

 いつでも飛び出せるように。


 夏美の方も、その様子を確認すらしない。

 必ず受諾してくれると確信しているのだ。

 夏美は視線を外から逸らすことなく、記憶した車の捜索に専念した。


 この状態のまま、二人は無言で夜の神舵区を駆け抜ける。

 グネグネと曲がりくねった道を、轟音と共に踏みしめながら。

 だが数分後、夏美が沈黙を破った。


「見えた、あそこだ……!」


 夏美の知る限り、先程のアパートから最も近い位置にある空き地。

 地主が碌に管理していないのか、不法投棄された粗大ごみや、誰かが乗り捨てたのであろう廃車が放棄されてしまっている場所。


 それが見えてきた瞬間、夏美は目を凝らして廃車の様子を観察した。

 捨て置かれている車は、ざっと十台。

 その中央にある車は────。


「あるぞ、真ん中の軽がそれだ……」


 中央に玲が撮影したそれと同一の車があることに気が付き、夏美はブレーキを踏もうとする。

 しかしその動きを、紫苑の鋭い声が封じた。


「止めないでください、夏美さん!そのまま全速力で、空き地の横を通り抜けて!」


 紫苑にしては珍しい大声に、夏美はうっかり助手席の方に振り向いてしまいそうになる。

 しかしそれを精神力で抑えると、彼女は指示通りにアクセルを踏んだ。

 ここで親友の言葉を疑ってしまう程、彼女たちの関係は浅くない。


 実際、紫苑のオーダーは的確な物だった。

 夏美よりも更に視力が良い彼女には、見えていたのだ。

 目的の車の中、運転席のハンドルに倒れこんでいる男性の姿が。


 間違いない。

 あれこそが羽佐間家の車であり、彼らは今まさに、中で練炭を焚いている最中なのだ。

 既に一刻の猶予もない。


 それを察知したからこそ、紫苑は動いていた。

 夏美に大声で指示出しをすると同時に、助手席側の窓を全開にする。

 そうして開け放たれた窓から、彼女はするりと身を乗り出した。


 常人よりも遥かに鍛えているとは言え、紫苑はかなり細身の体格をしている。

 加えて、卓越したボディバランス。

 彼女にかかれば、日本刀を抱えたまま走行中の車の天井に移動することすら、たやすいことだった。


 アクセルを踏みながら夏美が驚愕しているのを尻目に、紫苑は車上で立ち上がる。

 車自体がとんでもない速度で疾走中であるため、当然の現象として痛いくらいの風が彼女を襲った。

 彼女の主観で言えば、外に出た瞬間から風の音しか聞こえなくなってしまう程に。


 しかしその全てに、紫苑は執念で耐えた。

 大抵の物が吹き飛ばされる風圧に一人佇み、靴の底を上手く車に引っかけて固定。

 そのまま、彼女は日本刀を静かに構えた。


 斯くして、非常に奇妙な光景が東京都神舵区に完成する。

 ゴーストタウンのど真ん中を、法定速度ぶっちぎりで爆走する暴走車。

 その天井に佇み、日本刀を腰に携えたまま低く身を沈める女剣士。


 日常的かどうかで言えば、間違いなくそうではない光景。

 目撃者がいたところで幻覚だと思われそうな、非日常の権化。

 それが今、目の前の命を助けるためだけに、自らの命を懸けていた。


 廃車置き場で自殺を図る親子という、救いの無い姿。

 世界のどこかで毎日起きている、「日常」的な風景。

 誰もが知識として知っていながら、気がつくことなく放置される者たち。


 その光景が今、非常識を極めた二人によって破壊される。

 ありふれた「日常」は、「非日常」によって食い破られる。

 氷川紫苑が斬り捨てる。




「……行きます!」




 夏美はオーダーを果たした。

 紫苑の要求通り、一切の減速をしないまま空き地の隣を通り過ぎようとする。

 刹那、紫苑は動いた。


 敢えて刀の根元を、鞘ごと鷲掴みにするようにして握り締めて。

 そのまま、車の加速を利用して足を踏み出す。

 次の瞬間、轟音と共に彼女は車上から飛び出した。


 目指す方向は勿論、廃車置き場の一画。

 そこだけを目指して、文字通り矢のように紫苑は空を駆ける。

 目の前に並ぶ全ての廃車をすっ飛ばし、列の中央に直接降り立つために。


 ──イチ、ニ、サン、シ……そこ!


 心の中でタイミングを合わせ、計算通りに彼女は羽佐間家の車のボンネットに着地する。

 着地と言うよりも墜落と呼ぶ方が正確だったかもしれないが、とにかく辿り着いた。

 すぐに彼女は古いボンネットに足を打ち込んで、まるでアンカーのように固定する。


 無論、それだけでは彼女の勢いは途切れない。

 暴走車から飛び降りたことによる慣性が、アンカーとなった足を軸にして体を動かそうとする。

 より具体的に言うと、勢い余って転げ落ちそうな姿勢になっていた。


 しかし、これも紫苑の狙い通りだ。

 ここで減速してしまっては、わざわざ夏美にブレーキを踏ませなかった意味がない。


 彼女は勢いを決して殺さず、寧ろその力を利用する形で半回転する。

 フィギュアスケートの選手のような、美しい弧を描く回転。

 それで勢いをつけてから、彼女は刀の鞘を勢いよくフロントガラスに叩きつけた。


 パアン、と殆ど銃声のような破裂音が夜の街に響く。

 諸々の力を籠められた鞘の衝突に、フロントガラスが敗北したのだ。

 元々老朽化していたのか、あっという間にそれは細かなヒビだらけになってしまう。


 しかしそれでも、フロントガラスは崩れ落ちはしなかった。

 やはり、と紫苑は自らの知識を確かめる。


 自動車のフロントガラスと言うのは丈夫にできていて、強烈な衝撃が一回加わるだけでは、ガラスが飛び散るような状態にはまずならない。

 割れたりヒビが入ったりはするが、一撃だけでは意外と原形を残すのだ。

 それは交通事故の際には強力な味方となるのだが、今のように自動車を叩き壊してでも内部に侵入しようとしている際には邪魔となる。


 だからこそ、紫苑は一撃目で抜刀しなかった。

 敢えて最初は鞘による粗雑な攻撃で、蜘蛛の巣状の割れ目を作るにとどまらせる。

 こうして目論見通りの光景を作ってから────今度こそ、彼女は抜刀した。


 次の一撃は、さして力を籠める必要もない。

 いつもの素振りのように、やり慣れた抜刀術のように。

 ボンネット上でもう一回転した彼女は、居合の要領でヒビだらけのフロントガラスを斬りつける。


 この一瞬、響いたのは風切り音のみ。

 斬撃一閃。


 しかし辛うじて原形を保っていたフロントガラスにとっては、それがトドメとなった。

 紫苑が模造刀を振り抜いた瞬間、ザラザラと音を立てながらガラスの破片は吹き飛ぶ。

 刀の勢いが速すぎるのもあって、それらは一瞬で薙ぎ払われ、廃車置き場の周囲に飛散した。




 それはまるで、少し早い雪のように。

 暗い廃車置き場に、ガラスの破片が吹雪と化して舞っていく。

 満月の光を跳ね返す破片たちは、ともすれば本物の雪よりも美しかった。


 その雪に包まれて、紫苑は立つ。

 日本刀を抜き放ち、鞘を放り捨て、ガラス片の幾つかに肌を切られながら。

 彼女は一人、そこに立っていた。




 ……紫苑とて、ここまでの動きによる反動が無い訳ではない。

 正直なところ、足も腕も悲鳴を上げていた。

 だが、ここで倒れるわけにはいかない。


「大丈夫ですか!今、出しますから……」


 必死に声を絞り出し、紫苑は開放された車内の状況を確かめる。

 密閉状態ではなくなったが、だからと言ってすぐに命が助かる訳ではない。

 未だに車内に一酸化炭素が満ちているとしても、状態は見ておかなければならなかった。


 最初に確かめたのは、運転席に座っていた男性の姿。

 意識を失っていたが、彼が父親だろうというのは一目でわかった。


 彼の奥、本来ならシフトレバーがある辺りには予想通りの物が置かれている。

 かなりの量の練炭が容器の中で焼かれていたのだ。

 ついでに言えば、ドアの隙間などは全て目張りされてもいる。


 そして、助手席。

 そこでは扉に寄りかかるようにして、一人の少女がいた。

 長い前髪で表情の隠れた、虹永中学校の制服を着た少女が。


 ──二人とも、意識はない……でも、そんなに時間は経ってなさそうですね。これなら……。


 息を止めて車内に侵入した紫苑は、器用に父親と娘の脈を確認する。

 そして確かな拍動が残っていることを確認すると、一応声をかけた。


「ちょっと、手荒に行きますよ……」


 生憎と水を持ってきていないので、練炭の燃焼を止める手段がない。

 彼らを救命するには、二人を車外に出すのが手っ取り早かった。

 割れたガラスで怪我をしかねない状況だが、引きずり出させてもらう。


「氷川!……手伝う!」


 そこで背後から声が響き、紫苑は振り向かずに夏美さんですね、とだけ思う。

 恐らく、爆走していた車を適当なところに駐車してきたのだろう。

 速度が速度だったので、止めるのに時間がかかってしまい、合流が遅れたというところだろうか。


「……夏美さん、二人とも脈はあります。まずは外に出して寝かせましょう。救急と警察にも……」

「ああ、そうだな。もう実行していたとなると、警察沙汰になるのは仕方がない」


 どこか悔しそうな言い方をしつつ、夏美は救急隊への連絡を始める。

 彼女の光景を見ながら、紫苑は「そう言えば、どうして最初から警察を頼らなかったのか聞いていませんでした」と不意に思った。

 この事件、夏美は事が大きくなるのを望んでいない様子が見えるのだけれど────。


 どうしてなんでしょうと思いながらも、紫苑は手を休ませず、二人を車外に出そうとする。

 一先ず、体重が軽そうな灰音を担ごうと助手席に手を伸ばした。


「……あれ」


 その流れで、ふと彼女は、灰音が何かを抱えているのに気が付いた。

 メモ用紙ではない、綺麗な手紙の束。

 遺書でしょうか、と推測するのは当然の流れだった。

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