信号
「……凄い、松原君。犯人心理も読めるようになっている。不可解で合理的じゃない行動が、ちゃんと推理に含まれているというか」
全ての推理を語り終えると、羽佐間は最初にそこを褒めた。
あ、そこからなんだ、と俺はちょっと拍子抜けする。
もう少し、推理の内容をツッコまれるようなことがあるかとも思っていたのだが。
「あー、因みに今の話に質問とかは?気になる点とか」
「私は無いかな……正直、話を聞いて納得したくらい。そっか、だからあの子の左手はあんな風だったんだって」
そう言って、羽佐間は思い出したように拍手。
パチパチパチとやられると、何だか気恥ずかしくなってきた。
犯人心理を読むも何も、俺としては羽佐間の真似をしてみただけだったのだが。
今回の事件、犯人がまだ中学一年生だったのと、投票用紙の杜撰な偽装自体に焦りが見えることもあって、理屈だけでは推理しきれないところがあった。
犯人が非合理で非効率な選択をしたと推定しないと、読み取れない場所が多かったというか。
そのために羽佐間の真似をしたのだが、それが思いのほか高評価に繋がったようである。
──そう言う意味では、前に言っていた推理のレベルアップについては着実にこなせているのか?こんなところで実感するのも何だけど。
そう思いながら。俺は話を切り替えることにする。
時間的に、あともうちょっとすれば二年生の部が終わってしまう。
次の休憩時間に入ってしまう前に、この一件の証拠を確保したかった。
「だから羽佐間、申し訳ないんだけど、もう一度その子のところに行って名札を確保してくれないか?俺が行っても良いんだけど、このタイミングで知らない男子が来たら向こうも警戒するだろうし……」
「そうね。一度は空っぽの鞄を見せて出し抜けたと思っている私相手なら、向こうも安心するかもしれない……すぐに行ってくる」
「ありがとう。俺は世良君に話を聞いてくるから」
互いに自然な成り行きで役割分担をしつつ、俺たちは慌ただしく動こうとする。
しかしそこで、俺は「……あっ」と言って足を止めてしまった。
聞き忘れたことがあった、と思って。
「ゴメン、羽佐間。ちょっとストップ」
「ん、何?」
「直に会いに行く前に、羽佐間に教えて欲しいことがある……実はまだ、犯人の行動について分かっていないことがあって」
俺が静止をかけると。羽佐間は律儀に振り返ってくれる。
その優しさに感謝しつつ、俺は問いを投げかけた。
俺がさっきやったのは、所詮は猿真似の心理予測。
本家本元から、あと一つだけ聞いておきたいことがあったのだ。
「さっき、犯人は荷物置き場を見た瞬間、容疑の擦り付けを思いついたって言っただろう?」
「うん。それが?」
「いやこれ、理屈的には変な行動だよなと思って……だって容疑の擦り付けって、不正が暴かれることが前提の行動じゃないか?いくら本物の投票用紙を長く持っていたくなかったにせよ、行動基準がブレている」
今回の犯行はそもそも、犯人が属する一年六組を一位にするためのものだ。
つまり、自分がすり替えた投票用紙たちを、合唱コンクール委員に本物だと思わせることが犯行の絶対条件。
そうでなければ、集計結果である「一年六組が一番だった」という事実が公式結果にならない。
だから本来、不正の存在に勘付かれることは避けたいはず。
そういう思考があったからこそ、本物の投票用紙の隠し場所に拘っていたはずなのだ。
もしもそれらが見つかってしまったら、一年生の部の集計結果自体を疑われてしまうから。
しかし、そこまで分かっていたはずの犯人は何故か、荷物置き場まで来たところで投票用紙を俺のロッカーに置いて行ってしまう。
推理中に述べた通り、これは俺に容疑を擦り付けるもの────誰かが不正について疑い始めた場合に備えての対応だ。
最初は不正の存在に気が付かれないように振る舞っていたはずなのに、ここで唐突に、不正がバレることを想定して立ち回るようになっている。
「冷静に考えると、俺のロッカーに投票用紙を置いて行ったのは良いやり方じゃない。偶々俺たちはこれを発見した時点で既に不正を疑っていたが、そうじゃない場合も十分有り得たんだから」
「そうね。全てが上手く行って、誰も不正に気が付いていなかった場合でも……松原君が何気なくロッカーを触ってそれらを見つけてしまえば、騒ぎになってしまう。そうなれば、折角バレていなかった不正が逆にバレてしまう。不正が疑われ出してからああいうことをするならともかく、まだバレてもいない段階であんなことをするのは……」
「明らかに変だろ?どう考えたってメリットよりもデメリットが大きいというか……犯人の行動原理が、途中で破綻している節がある」
まるで、二つの犯行計画を無理矢理合体させたかのような歪さだ。
犯人が荷物置き場の前を通った時点では、まだ誰も不正には勘付いていなかっただろうに、どうしてわざわざ自分から証拠を開示するようなことをしたのか。
「羽佐間の真似をして、犯人心理を頑張って読んでみたけど……これだけは分からなくて。だから、羽佐間に聞いてみたかった」
この犯人の矛盾した行動にも、何か理由はあるのかと。
そう問いかけてみると、何故か羽佐間は酷く疲れたような顔をした。
この一瞬で、フルマラソンでも終えてきたかのような表情。
「……羽佐間?どうかしたか?」
「……ううん、何でもない」
思わず心配する俺を振り払うように、羽佐間は掌をブンブンと左右に振る。
そして、さらりと俺が知りたかったことを述べてくれた。
「その矛盾した行動については、私も想像で話すしかないけど……多分、犯人は捕まりたかったんじゃない?」
「捕まりたかった?」
「正確には、この事件が公の物になって欲しかった。勿論、無意識にだけどね」
──無意識?公の物?
流石に意味が分からず、俺はきょとんと固まってしまう。
それを見て自分の話が飛躍し過ぎたことに気が付いたのか、羽佐間は分かりやすい例示をしてくれた。
「大前提の話になるけど……ええと、犯人の子ってあまり居心地の良い家庭の出身じゃないって話だったでしょ?親が厳しくて、話を聞く限りでは人格にも問題がありそうな感じで」
「ああ……多分、子どもに滅茶苦茶期待をするタイプの人なんだろうけど」
「期待なんて言葉で済ませちゃ駄目じゃない?……教育虐待、と言わなくちゃ」
はっきりとそれを言葉にした羽佐間に気圧されながらも、俺はその通りだと思った。
伝聞だけで決めつけるのもどうかと思ったので、今まで断言はしていなかったが。
犯人の子の家庭環境は、推理するまでも無く問題がある。
その子が不正行為をしてまで一位になろうとしたというのは、つまり。
一位にならなければ、親から酷い目に遭わされるということ。
少なくとも子どもの方は、そう想定していたのだろうから。
「それで、これは私も前にどこかで聞いた話なんだけど……虐待を受けている子どもって、中々それを言い出さないんだって。寧ろ親を庇ったり、平気な風を装うこともある」
「ああ、俺も聞いたことがある。親に逆らえなかったり、助けを求めて失敗した時の暴力を恐れてだったり、理由は色々だそうだけど……」
「本音はその子にしか分からないけれどね。でも勿論、そんな環境にいる子どもはずっと強いストレスにさらされる……だから」
時として、そういう子どもたちは。
奇妙な行動に出ることがある。
羽佐間はさらりと、そんな事例を紹介した。
突然、他の子どもたちのことを八つ当たり気味に虐め始めたり。
家出を繰り返して、警察のお世話になったり。
落書きや暴言と言った、迷惑行為を繰り返したり。
強いストレスに晒された子どもたちは、偶にそういった、傍目には奇行か非行にしか見えない行動に走ることがあるのだという。
虐待を受けながらも助けを呼べないという救いの無い状況で溜まった感情が、変なところで暴発してしまうのだ。
言ってみればこれらの奇行は全て、未成熟な精神から発せられるSOS信号でもある。
しかし生憎と、このSOS信号が周囲の大人たちに正確に伝わることは少ない。
場合によってはただの迷惑な子どもに思われ、親の元に連れ戻されることすらある。
虐待をしていた親が捕まった後、周囲の人間が「あんなに悪ガキに見えていた子が、実は虐待を受けていたのか!?」と衝撃を受けることもあるという。
「……まあ要するに、余裕の無い状況でずっといると、秩序だって行動することもできなくなるってこと。当然だよね。無意識下では助けを求めているんだから」
「だからこそ……その子は、本物の投票用紙を俺のロッカーに隠したのか」
「そうだと思う。だってそのまま投票用紙を鞄の中に入れて、隠しきってしまったら……」
羽佐間は言葉を濁した。
しかし、続きは自然と分かった。
詰まるところ、その子は無意識に────不正がバレることなく、完全犯罪になってしまうのを恐れていたのだ。
彼女の犯行は杜撰なところも多かったが、同時にすり替え自体は普通に成功していたのも事実である。
彼女の主観としては、このまま全て上手く行ってしまうように思えたのかもしれない。
そもそもの話、仮に投票結果から不正が疑われたところで、問題化するのを面倒臭がった学校側がそのまま一年六組を一位にする可能性だってあるのだ。
しかし当然、そうなれば。
犯人の家庭環境が表に出るチャンスも、なくなる。
一位になったことで少しは褒められるかもしれないが、そんなのは所詮一時的な物。
きっとまた、犯人の親は何かと酷いことをし始めるのだろう。
平和な家庭で育った俺の頭では、これ以上のことは思いつかないのだけれど。
きっと、犯人の子も本当は分かっていたのだ。
このままでは救いは無いと。
「勿論、本人ははっきりとバレたいと自覚してはいないけどね。表に出ている気持ちでは、普通に不正を成功させようと動いていた。だけど無意識が自分の行動を歪めて、バレやすそうな行動に誘導してたってだけ」
「心の底では、自分の犯行発覚を切っ掛けに助けが来ることを願っているのか……」
羽佐間のこの予測は、俺の推理以上に証拠が無かった。
犯人心理を読むと言うのは常にそういう側面があるが、それにしても妄想が過ぎるというか。
しかしそれでも、俺は彼女の言葉に説得力を感じていた。
というのも俺は、無意識が意識に影響を及ぼす事例を既に知っている。
俺の従兄弟である、葉兄ちゃんがそうだ。
あの人は非常に勘が鋭いが、確かあれは無意識下での情報処理が原因だったはずである。
無意識に推理した内容が、過程をすっ飛ばして結果だけ意識に届けられるので、「勘」や「天啓」という形でしか出力されないとか何とか。
無意識下の情報処理が歪な出力をされると言うのは、現実に起きることなのだ。
──そう言う意味では、俺はその子の無意識なSOSを、何とか受け取れたってことになるのかな……。
控室を改めて見渡しながら、俺はそんな考えをする。
こう考えると、彼女が偶然とは言え、俺のロッカーに投票用紙を隠したのは僥倖だったのかもしれない。
色々と偶然が重ならなければ、こうも早く真相は分からなかっただろうから。
「……じゃあ、私はその子のところに行ってくるから」
考え込んでしまった俺を置いて行くように、もう一度宣言してから羽佐間はその場を立ち去る。
俺は彼女から少し遅れて、もう一度駆けだした。
「ああ、柚葉のこと?確かに名札を代わりに返してくれると言っていたよ。それで渡したんだけど……それがどうかしたか?」
観客席に行ってすぐに質問をしてみると、世良君は期待通りの反応をしてくれた。
予想通り、柚葉とかいう犯人から細かいことは何も聞かされていないらしい。
「ああいや、ちょっと気になっただけで……答えてくれてありがとう」
世良君に礼を言いながら、俺は不意に少し、悲しい気持ちになる。
今思うと、この行動に別の解釈ができることに気が付いたのだ。
──羽佐間の推理が正しいのなら……この「唐突に名札を借りようとする」という行動も、彼女のSOSの一つだったのか?昔から付き合いのある世良君に、何かしら察して欲しかったとか。
そう考えると、筋は通る。
かなり最初の方から、犯人の柚葉という子はアピールをしていたのだ。
今私には、とても酷いことが起きていると。
しかし残念ながら、そこで解決とはいかなかったらしい。
世良君でも気が付けなかったか、或いは気が付いてこそいたが、他所の家庭の事情には中々踏み込めなかったか。
まあこの辺りは、後で大人たちに任せる話だろう。
「何にせよ……聞きたいのはそれだけだ。時間を取らせてゴメン」
「いやいや、松原には仕事を押し付けちゃった引け目があるからな」
さらりと感謝だけ述べて去ろうとしたところで、世良君はまだその話題を引っ張ってくる。
そんなに気にしなくてもいいのにな、と思ったところで。
彼は話をこう続けた。
「羽佐間さんから『世良君は本当に忙しそうだから、もっと時間に余裕のある男子に変わった方が良いと思う。松原君とかは役職が無いみたい』なんて言われた時は、本当に仕事を譲っても良いのかとちょっと心配だったんだけど……今日の様子を見る限り、杞憂だったと思うよ。本当に」
「……へえ」
そういうことか、と。
彼に聞こえないように呟きながら、俺は静かに観客席を去った。




