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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.6:あなたが一番
38/59

前任

「……犯行の手口とか犯人の正体とかは、今まで言った推理で間違っていないと思う。犯人はきっと羽佐間が会いに行ったその子で、やり口も投票用紙をすり替えただけだ」


 真相が分かってすぐ。

 俺と羽佐間は、再び控室に戻っていた。

 荷物置き場で話すと門番に話を聞かれてしまうので、移動したのである。


 幸いと言うか何というか、未だにこの控室に人はいなかった。

 本当に、投票用紙の管理が杜撰なところである。

 だからこそこんなことを思いついたのかな、と思いながら推理を続ける。


「だから残る謎は、ここで投票用紙をすり替えた後の犯人の行動だ。彼女は本物の投票用紙を持って帰ったはずなのに、手元にそれはなく、代わりに俺のロッカーに全て入っていた」

「そう、そこが不思議……合唱コンクール委員でも無いあの子が、どうやってあのロッカーに用紙を隠したのか。そもそも、どうして松原君のロッカーに……」


 そこだけが分からない、と言いたげに羽佐間は考え込む。

 彼女にしては珍しい表情だった。

 なまじ門番から話を聞いたので、難しく考え過ぎてしまっているのかもしれない。


「帰り際に門番の子に更に詳しく聞いたんだけど、あの部屋に名札も持っていない生徒は来てないって。別の出入り口から入り込むことも不可能だと言ってた」

「まあ、そうだろう。他の出入り口から入れたら見張りの意味がない」

「だから投票用紙を松原君のロッカーに隠そうと思えば、どこかで合唱コンクール委員の名札を調達しないといけない……一体、どうやって?」


 まあ普通に考えれば難しいよな、と思う。

 ただのコピー用紙だった投票用紙とは違って、学校が用意したこの名札関連は複製が難しい。

 学校名が印字された首紐も、校長の判子も、普通ならコピーできない物だ。


 他の委員から借りるという手段もあるが、そんなことを頼めば絶対に「何で?」と聞かれるだろう。

 仮に不正がバレてしまった場合、名札を借りに来るなんていう怪しい動きをしたその子は真っ先に疑われてしまう。


 逆に言えば、彼女はそんなリスクを犯さずに名札を手に入れていたはずで────。


「これに関しては、単純に考えて良いと思う。その子はきっと、()()()()合唱コンクール委員の名札を持っていたんだ」

「持っていたって……どうやって?あれは顧問の先生が配る物で、委員も今日中は肌身離さず持ってる。投票用紙と違って、事前に盗むのは難しいと思うけど」

「ああ、だから盗んだんじゃない。普通に貰ったんだよ」


 ここで、羽佐間はいよいよ不可解そうな顔をする。

 それを可哀想に思った俺は、勿体ぶらずに核を述べることとした。


「この名札は、確かに合唱コンクール委員にのみ配られる物だ……だけど、一人いたじゃないか。合唱コンクール委員に選ばれながらも、この名札を使わなくなった人がさ」


 羽佐間の反応は早かった。

 この辺り、彼女の確かな推理力を感じる。

 特にこの推理においては、彼女も良く知る相手なのだから当然なのかもしれなかったが。


「もしかして……()()()?一度は合唱コンクール委員を引き受けていたけど、松原君に役目を譲ったから……」

「その通り」


 一ヶ月くらい前のことなので殆ど忘れていたが、俺が現在合唱コンクール委員をしているのは、前任者である世良君が辞任したからだ。

 そういう経緯があったからこそ、あの雨の日に彼は謝ってきたのである。


 そして前任者がいたにも関わらず、俺は彼から名札を譲り受けてはいない。

 俺の名札は、個別に顧問の教師から貰ったものだ。

 だからこそ考察の余地がある────彼が委員就任時に貰っていたであろう名札は、どこに行ったのか?


「その名札を、あの六組の子が世良君から盗んだと言うの?確かにあの子は、世良君と前々から親しい関係だったと思うけど」

「盗んだ訳じゃないだろう。それなら流石に世良君も気が付く。だから多分……こんな感じじゃないか?」


 そう言いながら、俺は時系列順に犯人の行動を追っていった。

 あまりにも杜撰で、必死で、同時にどこか悲しい少女の反抗を。




「まず、犯人がこんな不正を思い立った理由は簡単だ。親からの期待に応えるべく、どうしても一位になりたかったんだろう」


「話によれば彼女の親は色々ややこしい人らしいし、合唱コンクールに過剰に拘っていてもおかしくは無い。何なら、娘の所属しているクラスが合唱コンクールで一位にならなければ、それだけでまたクレームを入れてくる可能性だってあるだろう」


「娘として、そんな様子を見たくなかったんだと思う。クレーマーの親がいるって、それだけでクラス内で嫌な知名度に繋がるし」


「だからこそ一位になりたかったんだけど……実際に練習を始めると、問題が生じた」


「単純に、彼女が所属している一年六組はそんなに歌が上手くなかったんだ」


「彼女としては歯がゆかっただろうな。その子自身はピアニストだから、歌には関与できない。でも『合唱』コンクールである以上、歌が上手く無ければ一位はとれない」


「そもそも全員が全員、彼女レベルで合唱に熱心な訳でも無いだろうしな。本番一ヶ月前くらいには、自然と悟ったんだろう。あ、これは無理だ。ウチのクラスはまず間違いなく一番にはなれないって」


「そして追い詰められた彼女は、投票結果に不正をするという方法を思いついた」


「多分、世良君のような先輩を当たって投票方法については独自に調べたんだろう。投票用紙は箱に入れて放置しておくだけだから、すり替えようと思ったら意外と簡単にできるって確信したんだ」


「だからこそ、委員の荷物から投票用紙の原本を拝借して、四百枚以上のコピーを作り上げた」


「ただ、実際にこれを持参しようとしたところで問題が生じた」


「多分、いくら何でも名札を付けずに控室に行くのはどうなんだろう、と不安に思ったんだ」


「俺はさっき、別に名札をつけていなくても堂々としてればバレない、なんて言ったけど……よくよく考えて見れば、犯人心理としてこれはおかしい」


「だって彼女、一年生なんだからな。去年までの合唱コンクールの雰囲気を知らないし、合唱コンクール委員の様子も体験としては知っていない。いくら『投票用紙はかなり適当に扱っている』と聞いていても、不安は消えなかったはずだ」


「可能なら名札も用意して、誰かに本物の合唱コンクール委員じゃないとバレるリスクを減らそう。そう考える方が普通だろう」


「上手い具合に、チャンスも巡ってきた。彼女と昔から付き合いのある世良君が、図らずもその機会をくれた」


「……思えば、犯人が世良君と親しい立場の人間だということはもっと早く気が付いても良かったな」


「最初、赤城さんが犯人候補について教えてくれただろう?一年六組にはクレーマーの親を持つ子がいて、その子は音楽に拘っているって」


「あの時、二年生の赤城さんがどうして一年生の噂について妙に詳しいのか不思議だったけど……今なら分かる」


「彼女はきっと、世良君からその子の情報を聞いたんだ。六組にはそういう子がいるから、合唱コンクール委員の赤城さんも気を付けるようにとか言われたんだろう。あの二人は何かと会話していただろうから──あの時の相合傘に限らず──そういう会話をする機会もあったはず」


「だから赤城さんが妙に犯人について詳しかった時点で、それは世良君関係の情報だと絞っても良かったかもしれない」


「反省はこれくらいにして、話を戻そう。重要なのは、ここで世良君が言い出したことだ」


「彼はこのタイミングで、合唱コンクール委員を辞任すると言い出した」


「それを聞いて、彼女は世良君の元にさりげなく向かい……こんなことを言ったんだと思う」


「忙しい中、これまでお仕事お疲れ様でした。この名札は私が代わりに返しておきます。今度ピアニスト役の打ち合わせで合唱コンクール委員にはどうせ会うから、その時顧問の先生に渡しましょう……」


「言葉にしてみるとちょっと怪しいけど、概ねこんなことを言って名札を確保したんだ。世良君としても、名札一つのためにもう一度辞任した委員会の元に出向くのは手間だったんだろう。代わりに返してくれるという人が現れたら、そう断りはしないと思う」


「勿論、彼女はその名札を返しはしない。今日のために、ずっと隠し持ってきた」


「だから合唱コンクール委員会としては、名札が一つ返ってきていない状況になっているんだけど……これはまあ、シンプルに顧問の先生が気が付いていないんだろう。世良君の辞任自体、かなりイレギュラーなことだったから」


「何にせよ、これで偽装は完了した」


「本番となった今日、彼女は一年六組の演奏が終わった直後、世良君の名札を首にかけて、偽造した投票用紙の束を持って控室まで出向く」


「一年生の合唱に対する投票を行っているんだから、この時、控室に集まる合唱コンクール委員は二年生と三年生だけだ。一年生の合唱コンクール委員はまずいない」


「だからこそ、彼女が『世良』なんて名札をつけて控室に混ざっても、そんなに不自然には思われなかった。俺が赤城康子さんのことをよく知らなかったのもそうだけど、同じ委員でも他学年のことはよく知らないのが普通だ。仮に見つかっても、こういう子もいたのかと思われるのが精々なはず」


「実際、投票用紙を持って行った俺はその子とすれ違ったはずだけど……世良君の名札を見た記憶はない。特に気にせずに、スルーしたってことだ」


「まあそれでも、『待てよ、世良なんて名前の委員が前にもいたような……いやでも、アイツは辞めたはず』なんて思う人が現れたら、そこで彼女の犯行は詰みだったんだけど」


「幸か不幸か、そんな鋭い人は現れなかった」


「犯行は完遂された」


「だからこそ、後は本物の投票用紙を持って帰るのみ……だが」


「ここで少し、彼女は新たな思い付きを得た」


「この本物の投票用紙を、どうにか誰かに押し付けられないかと思ったんだ」


「これまた犯人心理の話になるけど、彼女は本物の投票用紙の束をずっと持っておきたくはなかったんだろう。最大の物証を自分で抱え持つことになるんだからな」


「もしうっかり鞄の中身をぶちまけてしまうようなことがあれば、そこで不正がバレてしまいかねない。可能なら、一刻でも早く手放したかったはずだ」


「そんなことを考えて歩いていた彼女の前に、荷物置き場が現れた」


「時間帯的に、まだ二年生の門番がいた時だ。名札さえ見せれば入れる空間に、彼女は立ち寄った」


「多分、あの場所を見て思ったんだろう。ここに投票用紙を捨てれば、仮に不正がバレてもその容疑を別人に押し付けられるんじゃないかって」


「自分は、鞄の中から明確な物証を消せる。そして不正がバレて騒ぎになっても、ロッカーの中にこれらを隠せば、ロッカーの使用者に容疑がかかるんじゃないか……そんなことを考えた」


「だからこそ、世良君の名札を使って堂々と荷物置き場に入り込んだんだ」


「あそこの門番は生真面目に名札を見せるように要求していたけど、名札の名前まで読み上げてチェックしていた訳じゃない。本当に、名札を持っているかどうかだけを確かめていた。さっきの門番の子も言っていたけど、入室してからの行動にも大して注意を払っていない」


「だからもう辞任した委員の名札を使っても、特に見咎められなかったはずだ。名札の仕様自体は本物なんだしな」


「そして、結果から言えば俺のロッカーに本物の投票用紙を詰められたんだけど、これは別に俺を狙ってのことじゃないと思う」


「犯人が適当にロッカーを開けたら、それが偶然俺の使っているロッカーだったというだけの話」


「こうして本物の投票用紙は投票箱から消えさり、彼女もまた証拠を自らの手元から消し去った……」


「以上が、彼女の行った不正の全てだ」


「そしてここまで分かれば、後は簡単に証拠が集まると思う。二つ、確かめればいいだけだ」


「一つは世良君だ。まず間違いなく、彼はこの子の計画について聞かされていない。本当にただただ、返してきてくれるというから名札を渡しただけだ」


「だから今からでも世良君に聞いて、委員の名札を誰に渡したかを聞いてしまえば、それだけであの子の名前が出てくると思う」


「そしてもう一つ、名札については犯人本人からも物証を回収できる」


「本物の投票用紙は俺のロッカーに詰め込んだようだけど……犯人はこの時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「まあ、これは当然だ。投票用紙を置いた後も、委員の振りをしながら観客席に帰らないといけない──少なくとも一階に降りるまでは外したくない──んだからな。そこで捨てる理由は無い」


「世良君の名札だけはちゃんと持ち帰って、極秘に処分する必要がある訳だ」


「処分と言っても、適当なタイミングを見計らって顧問の先生のところに行って、『世良先輩から返却するように頼まれていたんですけど、返すのを忘れていました。今戻しておきます』とか言って名札を渡すだけで良い。そうするだけで、自然に名札を手放せる」


「でも、流石に今はまだそんなことはしていないはずだ。二年生の部も始まっていて、顧問の先生は司会やら何やらで忙しい。渡す暇は無かったはず」


「つまり犯人の子は、世良君の名札をまだ持っているはずなんだ」


「勿論、空っぽだったって言う鞄の中には無いだろう。かといって、首にかけたままじゃ怪しすぎる。ポケットにツッコむにしても、名札ってそこそこの大きさがあるから、形が浮かび上がりそうだ」


「隠す場所は限られていると思う……言っていたよな。その子の左手、妙にむくんでいたって」


「完全に想像になるけど……首紐の部分を腕にぐるぐる巻いて、腕輪みたいにした上で、長袖の制服の下に隠しているんじゃないか?だからこそ、指先がうっ血してむくんでしまったんだ」


「つまりもう一度彼女に会って、左腕さえ見せてもらえば……もう、言い逃れはできないはずだ」

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