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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.6:あなたが一番
37/59

疑惑

「外に出てきたは良いが……」


 観客席へと駆けだしていった羽佐間にどこか急かされるようにして、俺は会場外まで足を伸ばしていた。

 現在立っているのは敷地の隅、控室の窓が見える位置にある駐車場だ。

 仮に犯人が本物の投票用紙を外に投げ捨てるような真似をしていたら、この付近にそれが落ちているはずだった。


 ──まあ、可能性はかなり低いけどな。袋か何かに入れてから捨てれば、用紙が舞い散るようなことは無いだろうけど……窓から何かを捨てる行為自体が目立つし、下にいた人が届けてくれたらそこで不正が発覚するし。


 内心そう思いながらも、俺は一応真剣に周囲を漁ってみる。

 羽佐間が割と積極的に犯人候補のことを調べてくれていることもあって、こちらも真面目にやらないといけない気がしてきたのだ。

 例えゼロに近い可能性だろうと、それがゼロに近いことを証明しなければ推理が進まない。


「だったら、撮っておいた方が良いかな……後で羽佐間に報告しやすいし」


 ふと思いついて、俺は自分のポケットを漁る。

 そのまま、流れるようにいつものデジカメを取り出した。

 どうもこの会場に来ると、常にこれを取り出している気がする。


 毎度毎度の校則違反だが、今日はイベント中ということもあって、教師陣もそこまで写真撮影にうるさく言わない日だった。

 一年生の部が終わった直後には、堂々とスマホで自撮りしている生徒すらいたくらいである。

 本来ならカメラもスマホも起動した時点で校則違反だが、自分たちの思い出を残すくらいなら目をつむるということだろう。


「だから、ここで現場の写真を撮っていてもそこまで怒られない……はず」


 自分にとって都合のいい理屈を並べながら、俺はカメラで周囲をパシャパシャと撮影していく。

 ここには何も無かったということを証明しないといけないのだから、できるだけたくさんの写真を撮らないといけない。

 駐車場の車も含めて、俺は周囲の様子を正確に切り取っていった。


 ──でも、本当に何も無いな……やっぱり、会場外に放り捨てるのは無理筋か。


 丹念に周囲を練り歩きながら、俺はそんな確認をする。

 カメラまで取り出して意気込んだはいいものの、撮影されたのは平凡な駐車場の光景だけだった。

 何も無いことを証明するって手間がかかるなあ────なんて思ったところで。


「その……何をしているんです?」

「え、はい?」


 俺は突然、背後から声をかけられる。

 不味い、叱られると思った俺は即座に振り向いた。

 巡回中の教師に見つかったと思ったのである。


 カメラを取り出したこと自体は見逃してもらえるにしても、現在の俺は、二年生の合唱も聞かずに外をブラブラするという不審行為の真っ最中だ。

 教師に見つかったら、連れ戻されてしまう。

 振り返っている最中も、どう言い訳しようかということだけを考えていた。


 ──ん、あれ、でも……教師っぽくない人だな?


 しかし相手を真正面に見た瞬間、俺はきょとんとしてしまう。

 俺が見たのは、学校では見慣れない顔。

 別に教師でも何でもない、四十代くらいのくたびれた男性の顔だった。


「これ、私の車なんですけど……君、誰かに頼まれでもしたんですか?」

「……ああ、いえ、そういうことじゃなくて」


 なんだ、この駐車場に車を停めている人か、と正体を察する。

 自分の車の近くを妙に念入りに撮影している中学生がいたものだから、不審に思ったらしい。

 当然と言えば当然の疑問だったので、俺は慌てて釈明する。


「別にその、車を撮影していた訳じゃないんです。ちょっとここで探し物をしていて……すいません、誤解を招くようなことをして」

「そうなのかい……?」


 説明を聞きながらも、彼は不審そうな顔を隠さない。

 いやそれどころか、ある種の恐怖を抱いたかのような顔をしていた。

 これはかなり変に思われているな、と俺は更に焦って言い訳をする。


「いやその、俺、今ここで合唱コンクールをやっている中学校の委員をやってて、その、三年生なんですけど。仕事の一環でちょっと探し物をしていたというか。ええっと、だから変なことはしていないというか」

「三年生の合唱コンクール委員……じゃあ、ウチの娘の知り合いですか?」


 ──娘?この人、合唱コンクール委員の親か?


 そう言われたところで、俺はその男性の顔にどこか見覚えがあることに気が付く。

 実を言うと、初めて見た瞬間から少し思っていたのだ。

 この人の顔、誰かに似ていると。


「あの、もしかして……」

「何だい?」

「貴方は羽佐間の、いえ、()()()()()()()()()()()()()()()?今日の合唱コンクールを見に来た?」


 その気づきに引きずられるように言及してみると、向こうも驚いたような顔をした。

 当たっていたらしい。


「ウチの娘を……知っているのか?」

「あ、はい。まあ仲良くさせていただいていて……」


 どう説明していいか分からず、俺はそんな説明に留める。

 彼氏ですと言っても良かったのかもしれないが、羽佐間が自分の父親にどこまで説明をしているか分からない。

 ここは一先ず、警戒を解くのに専念した方が良さそうだった。


「だからその、娘さんに聞いてもらえば俺のことは分かるはずです。別にそんな、変なことはしてないって」

「そうですか……いや、すいません。最初は車上荒らしか何かに見えてしまって」


 未だに強張った表情を解かないまま、羽佐間の父親は苦笑を浮かべる。

 こちらも第一印象の悪さに困ってしまい、苦笑を返した。

 彼女の父親に会うと言う出来事はきっと、本来はもっと感慨深いものがあるイベントだと思うのだが、最悪の形でそれを果たしてしまった感じがある。


 ──どうするよ、この空気……。


 何を話して良いか分からず、俺は視線を逸らして彼の車を見る。

 かなり古い軽自動車だった。

 車内には何故か、バーベキューの網やらガムテープやらばかり積まれている。


 ──キャンプが趣味なのか、羽佐間の家?


 そんなことを思ったところで、羽佐間の父親が「あのー……」と言った。

 かなり気弱そうな彼は、こんな年下の子ども相手にも敬語を使っている。


「君が合唱コンクール委員なら……中で仕事をしないと駄目なんじゃないでしょうか。その、こんな外にいないで」

「ああ……まあ、そうなんですけど」


 正論でツッコミをされてしまい、俺はハハハと笑う。

 そしていよいよ気まずさがピークに達したこともあって、俺はくるりと振り返ってしまった。

 すいませんと言いながら、逃げ帰ったのである。




「そう……お父さんに会ったの?」

「ああ、バッタリ出会っちゃって……ゴメン、お父さんを色々不安がらせたみたいで」

「それは別にどうでも良いけど……それより、外の様子はどうだった?」


 会場内に逃げ帰ったところで羽佐間と合流すると、最初に父親の話題になった。

 割と気まずい感じで終わったこともあり、とりあえず娘の方に謝ったのである。

 しかし羽佐間としてはどうでも良いことだったらしく、話題はすぐに立ち消えになった。


「外は別に、何も無かった。写真も一応撮ったけど、特に見るべきものは無いレベルで……そっちは?」

「噂のその子に会ってきたけど、投票用紙は見つからなかった」


 その時のことを思い返すように、羽佐間はポツポツと話し出す。


「その子、私が話をしに行ったらすぐに何のことか分かったみたいな顔をして……そのまま、殆ど空っぽの鞄を見せてきた。ほら、何も無いでしょうって言いながら」

「ふーん……すぐに、か」

「うん……逆に怪しいって思ったのは、私だけ?」


 どこか同意を得るように問いかける羽佐間に対して、俺はしっかりと頷き返す。

 普通に考えれば、盗んだと思しき投票用紙を持っていないその人物は容疑者から外れる。

 しかし、本当にその子がそんな態度を示したと言うのなら、なるほど確かに怪しそうだった。


「普通、先輩から突然『鞄を見せてくれ』なんて言われたら、もっと抵抗するはずだ。例え何も変な物を持ってなくても、自然と渋ってもおかしくない。それなのに、『すぐに見せてきた』か」

「ええ。私も正直、時間をかけて説き伏せないといけないと思ってた。それなのに、こっちが拍子抜けするくらい簡単に鞄を見せてきて……」

「もっと言うと、鞄の中身が殆ど空っぽって言うのも気になるな。合唱コンクールで授業が無いとは言え、流石に何か荷物があるだろう、普通」


 かなり独断と偏見が織り交ざった推測だが、俺たちはこの点において意見を違えなかった。

 どうやら俺も、羽佐間も、その子が怪しいという認識は変わらないらしい。

 潔白を示そうと鞄を見せたのだろうが、彼女の異様なまでの潔さは寧ろ不審だった。


「でもその子が犯人だとすると、また話が元に戻るな。結局、本物の投票用紙をどこに隠したのかという謎はそのままだ」

「そうね。どこかに捨てるのは難しいという話をしたばかりなのに……」

「因みに、他に何か気になったことは?」

「気になったこと……ピアノの練習のし過ぎなのか、ちょっと左手がパンパンにむくんでいたこととか?血の流れが悪そうだった」

「なるほど……」


 何だかはっきりしないな、と言いながら俺たちは荷物置き場へと歩いていく。

 外での調査やら何やらで喉が渇いたので、水でも飲もうと思ったのだ。

 ここでの会話は、そこへ辿り着くまでの雑談なのである。


「それと私も一応、一年生の座席から控室までの間にあるゴミ箱やトイレの様子を軽く見てきたんだけど、おかしなことは何もなかった。別に床に何かが捨ててあるようなこともなくて……」

「そうか、ありがとう。まあそこに捨ててあるなら、とっくの昔に見つかっているはずだしな」


 どうなっているんだ、と思いながらも俺たちは無意識に首から掛けている名札をかざす。

 いつの間にか、荷物置き場に辿り着いていたのだ。

 入口のところにいる門番──二年生が合唱中なので、一年生の委員に変わっていた──にそれを見せてから、自分のロッカーへと向かっていく。


「……関係ないけど、ここのロッカー前ではああいう門番がいるのに、投票用紙が置いてある控室は特に何も無いんだな?」

「確かにね。まあでも、ここは委員のお財布とかが置いてあるから……そっちの方が、投票用紙よりも更に重要なんじゃない?」


 どうでも良いことを話しながら、俺は自分のロッカーを解放する。

 すると────どさり、と何かが落ちてきた。


「ん?」


 流石に不思議に思って、俺は床に視線を落とす。

 同時に、目を見開いた。

 隣にいた羽佐間に至っては、「ええっ」と珍しく声を張り上げる。


「それ……()()()()?」


 悲鳴に近い声をあげる羽佐間に見守られながら、俺は床に落ちたそれを拾い上げる。

 コンビニとかで使われているようなレジ袋と、その中に入っている紙の束。

 恐る恐る取り出して見ると、案の定だった。


「一年生の部の、投票用紙だ。それも、割とくたびれた感じ……いや、不均一な感じの」


 言いながら、俺はパラパラと中身を確かめる。

 しかし後から思えば、そんなに何枚も見ないで良かったかもしれない。

 数枚めくってみるだけで、それが本物であることは察せられたのだから。


 投票箱に収まっていたそれよりも、紙の新しさはまちまちで。

 用紙の角はすり減っていたり折れ曲がっていたりして、何人もの人間の手を経たことを思わせる。

 丸の書き方は大差ないが、シャーペンだったりボールペンだったり、はたまた蛍光ペンだったりと、筆記用具はバラエティ豊かだ。


()()()()()()()……どうして、松原君のロッカーに?そもそもここ、名札が無いと入れないのに」


 信じられない、と言いたげに羽佐間は首を振る。

 そしてそのまま、門番たる一年生たちに話を聞きに行っていた。


「ねえ君たち、あのロッカーを使っていた人に心当たり無い?」

「え、ロッカーですか?……いやその、正直そこまで見てないんですけど」

「俺たち、ここに来た人が委員の名札を持っているかどうかだけを見ているんで……名札持ってるなら委員だろうってことで」

「そう……ありがとう」


 情報を得られず、気落ちした様子で戻ってくる羽佐間。

 彼女を見ながら、俺は不意に一つだけ質問を投げかける。

 少し、思いついたことがあったのだ。


「……なあ、羽佐間」

「え、何?」

「さっき、君は犯人候補の子に話を聞きに行っていたけど……それって、赤城さんとかにその子の居場所を聞いてから行ったのか?」


 問われた羽佐間は、唐突に切り替わった話についていけないように目を白黒とさせる。

 しかし、俺が真剣な表情をしているのが分かったのだろう。

 一度その疑問は引っ込めて、俺の質問に答えてくれた。


「いえ、普通に一年生の座席に会いに行ったの。私、その子の顔を知っていたから」

「それはどうして?」

「前に、その子が世良君と話しているところにバッタリ遭遇したことがあって……その時、一年六組の子だって紹介されたの。ほら、世良君は最初の頃、合唱コンクール委員だったから」

「……世良君は、その子と親しいのか?」

「そうじゃない?家が近いとかで、昔から知っているとか言ってた。ピアノの音がよく聞こえてくるとか言ってたし」


 だからピアノを習っていて、親が異様に厳しい六組の子となるとその子しかいないと思って。

 そう述べる羽佐間を見ながら、俺はようやく告発に至るまでの証拠が揃ったことを確信した。


 故に、呟く。

 羽佐間にこの推理を聞いてもらって、添削してもらうために。




「さて────」

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