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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.6:あなたが一番
36/59

改竄

「でも仮にその子が……その子に限らず、一年六組が一位になることを望む人がいたとしても、具体的にどんな不正をするの?」


 そこまで話を聞いたところで、羽佐間が真剣な表情になって質問をしてくる。

 彼女もまた、推理モードに入ったようだった。

 この一件に興味が湧いてきたのか。


「この投票用紙、四百枚以上あるけど。松原君、どういう不正をしたら、六組に票が集中すると思う?」

「パッと思いつくのは、まあ買収とか……」


 腕を組んで考えたところ、最初に出てきたのがそれだった。

 本物の選挙なら一発で捕まるだろうが、これは所詮ただの学校行事。

 有権者たちを抱き込むこと自体は、そんなに難しいことでもない。


「それこそ、お菓子をあげるから六組に入れてくださいってレベルでもいいだろう。多少の票ならそれで稼げる」


 実際、最初に書いた通り、過去にそんな命令を出した人物はいたらしい。

 その人物の場合は、部活の後輩に命じただけだったが。


「でも、いくら何でも二年生と三年生の半分を買収するというのは……」

「ああ、現実的には無理があるだろうな。というかそこまで大規模な買収をすると、本番開始前にどこかでバレたはず」


 羽佐間の反論に頷きながら、俺はすぐに買収説を捨てる。

 俺たち中学生と言うのは、大人が思っているよりも強く「噂」という物に影響されて生きている。

 合唱コンクールで買収を頼まれたなんて、格好の噂話のネタだ。


 部活の後輩に自クラスへの投票を命じたという過去の事例だって、結局はバレてお説教コースだったのだ。

 二年生と三年生の半分を買収するなんてことをしたら、絶対に隠しきれない。

 そもそも俺も羽佐間も、そんな話を聞いたことが無かった。


「多分、どんな不正が行われていたにしても、そんな大人数を巻き込むような不正じゃないと思う。さっきも言ったけど、関わる人が多ければ多い程バレやすくなるし……」

「犯人がいるとしたら、せいぜい一人か二人ってことね」

「ああ。逆に言えば、行われた不正はそんな少数犯でも可能なこと……」


 そう言いながら、俺は改めて投票用紙の塊を見やった。

 考えを進めたことで、自然と疑うべき対象が絞られたのである。


「……恐らく、二年生と三年生の投票行為自体には何も細工していないだろう。めいめい自由に投票させていたはずだ」

「私たち自身、何も考えずに普通に投票したものね。クラスの子たちの様子も普通だった」

「ああ、だから……投票用紙の方を何か弄ったんじゃないか?」


 例えば極端な話、開票作業をした()()()()()()()()()()()という手がある。

 この場合、投票用紙の内容が何であろうが、結果をいくらでも弄ることができる。

 開票中の投票用紙に消しゴムをかけて、二枚に一枚のペースで六組に丸をつけていけばいいだけの話だ。


 無論、本当に彼らが犯人の手先なら、彼らは自分で行った不正に対して「不正が行われているかもしれない、大変だ」と騒いでいたことになる。

 それは流石におかしいので、彼らの犯行という可能性は低いだろう。

 重要なのは、提出された用紙さえ弄ってしまえば、特定のクラスを一位にするのは簡単だということである。


「俺、ここに投票用紙を提出しにきたから分かるんだけど……投票の時って、本当に各クラスの委員が控室に来て、箱の中に用紙を入れるだけだったんだ。別に見張りもいないし、どのクラスのものか確認するようなこともしていなかった。しかも全クラスの投票用紙が集まった後も、開票されるまでは箱ごと放置されていたと思う」

「つまり、投票箱に集まった用紙に何か細工をすることは意外と簡単だった?」

「そうだ。丁度一年生の部が終わった直後ということもあって、人通りも多かった……その流れに乗っかってしまえば、意外と見咎められなかったんじゃないか?」


 言ってしまえば、俺だって投票の結果を弄ることは可能だったのだ。

 やる理由がないからしなかっただけで。

 一般生徒に投票させるだけあって、かなり適当なのである。


「それでも流石に、ずっとこの場に留まって用紙の書き直しをしているとバレると思うけど……」

「だろうな。細工はもっと、一瞬で終わる方法だったはずだ」


 羽佐間の言う通り、この場で細工をするのは怪しすぎる。

 投票箱に消しゴムやシャーペンを突っ込んでいる人がいたら、結果を今まさに操作していますと明言しているようなものだ。

 そもそも、四百枚以上ある投票用紙に細工をするのはかなりの時間がかかってしまうだろう。


「そうなると……この場で弄ったというよりも、()()()()()んじゃないか?その方が納得がいく」

「すり替えた?」

「ああ。犯人は事前に、大量の投票用紙を自分で印刷しておくんだ。何本もペンを用意して、六組が絶対に勝つような内容も書いておく。いかにも、ちゃんと生徒たちが一人一人投票したように……そして一年生の部が終わり次第、偽造投票用紙の塊をここに持ち込む」


 元々その時間帯は、多くの合唱コンクール委員たちが投票用紙の塊を控室に持ち込んでいる時間帯だ。

 その中に一人くらい、他の人より多い用紙を持って歩いてくる人がいたってバレないような気もする。

 俺もそうだったが、合唱コンクール委員の中には投票用紙を鞄に入れて保管し、そのまま持ってくる人もいたのだから。


 ここに辿り着きさえすれば、後は全クラスの投票用紙が投票箱に集まるのを待って、中身を自分の用意した偽造投票用紙にすり替えるだけだ。

 当たり前のように作業をしていれば、投票箱を触っていても特に疑われない気もする。


 俺が他学年の合唱コンクール委員たちのことを碌に知らなかったように、同じ委員たちでも別学年の生徒を判別できるとは限らない。

 普段見ない顔が控え室にいても、訝しく思うのはハードルが高いだろう。

 箱の中身を取り出している瞬間すら、ちょっと早いけど開票作業をもう始めるのか、くらいにしか思われないのではないだろうか。


「大胆と言えば大胆な手だけど……不可能とまでは言えないはずだ。少なくとも、特に上手くも無かった一年六組の歌に、全体の半分の票が『自然に』集まるよりは確率が高いだろう」


 思いつくままに推理を述べてから、俺は羽佐間の反応を伺いたくてそちらを見る。

 すると、彼女は真剣な表情のまま幾つかの質問をしてきた。


「投票用紙は基本、各クラスの合唱コンクール委員が印刷するルールでしょう?もし話題に上がっていた六組の子が犯人だとしたら、どうやって投票用紙を偽造したの?その子は合唱コンクール委員では無かったと思うけど」

「その子自身が委員でなくとも、一年六組にはそのクラスで選ばれた委員がいるはずだ。だから当然、その子たちが事前に投票用紙を用意していたはずで……一枚ぐらいちょろまかすことは可能だったと思う。一枚だけでも手に入れば、後は自分でコピーすればいいんだから。原本の時点でどこにでもあるコピー用紙に印刷したものだから、複製は難しくない」

「じゃあ、次。四百枚以上の投票用紙を全て偽造するということは、その子は一人でそれだけの物を書くということ。筆跡でバレない?」

「いや、あの投票用紙は匿名で、最初から印刷してあるクラスの番号に丸を付けていくだけだ。文字を書くスペース自体が無いんだから、筆跡も何もないだろう。強いて言えば丸の書き方は似てしまうかもしれないけど、それだって普通はそんな個人差が無いものだ」

「それなら最後。合唱コンクール委員では無い以上、その子は名札を首から下げていないはず。目立たないの?」

「荷物置き場は門番がいたけど、この控室はそんな門番もいない。堂々としていれば、意外と見咎められないんじゃないか?例えばこの会場に来たばかりの俺たちとか、別に名札無しで歩いていたし……」


 リズミカルになされる質問に、俺はテニスのラリーでもしているような気分で答えていく。

 すると羽佐間は次第に口数が少なくなり、最後にはこくんと頷いた。


「……実際に成功するかどうかはともかく、発想としては問題無いと思う。二・三年生を買収するとか、投票用紙をその場で書き直すとかよりも説得力がある。いっそのこと丸ごと取り換える方が簡単というのも、その通りでしょうね」


 ──おお、認めてくれた。


 今まで羽佐間には、俺の推理の問題点や矛盾を指摘されるようなことが多かったので、この言葉は嬉しかった。

 らしくもなく高揚しそうになってしまう。


「ただ、証拠はあるの?それが無いとただの言いがかりになってしまうけど」

「んー……証拠と言えなくもないことなら、一つ」


 そう言いながら、俺は懸案の投票用紙の束を手に取って、パラパラパラとめくってみる。

 すると、予想通りの光景が広がっていた。


「さっきも言ったけど、この投票用紙は各クラスの委員が各自で用意したものだ。印刷自体は職員室のコピー機でやった人が多いだろうし、紙の種類や色が全部一緒なのもおかしくはない……ただ、いくら何でもこの投票用紙、紙の質が同じ過ぎると思う」

「紙の質?」

「ああ。各自が用意した都合上、これが印刷された時期っていうのはクラスごとに違うはずなんだ。随分前に印刷して、今日の時点では紙がちょっと古くなっていたクラスだってあったはず。でもここにある用紙は、全て新品同然に見える」


 パッと見る限り、皺がよっていたり端がよれてしまっている紙と言うのが一枚も無い。

 投票の途中で用紙を折り曲げた生徒なんかも多少はいてもいいはずだが、その様子すら無かった。

 四百枚以上の用紙全てが、均一に新しいのである。


「本当に各生徒から集めたなら、こんな風にはならない……不正の証拠になるかは微妙かもしれないが、投票用紙がすり替えられた証拠にはなると思う」

「犯人が四百枚以上を自宅で一気に印刷したから、全て質が一緒になっているってことだものね。これが本当に各クラスで集めたものなら、そんなことは有り得ない」

「そうだ。まあ勿論、これだけじゃ犯人の正体は分からないんだけど」


 現状確定しているのは、何者かが投票用紙を丸ごとすり替えたということのみ。

 その他の点についてはまだ断言できないところがある。


 ──先生に言うのなら、もうちょっと証拠が欲しいな……警察相手ではないとはいえ、これも告発の一種だろうし。


 過去の苦い経験も踏まえると、現状では動くには足りないように思う。

 すると俺の躊躇いを見抜いたように、羽佐間がポツリと呟いた。


「松原君の推理が正しいなら……すり替えられた後、本物の投票用紙は犯人が持ち去ったんでしょう?」

「ああ、この控え室に置いていく訳にはいかないからな」

「それ、どこに持って行ったと思う?」

「どこって……まあ普通に考えるなら、どこかに捨てないといけないだろうけど」


 反射的に呟いたところで、いや捨てるのは無理かと思い直す。

 犯人の行動経路を考えると、即座に捨てるのはリスクが高すぎる。


 まず、会場内のゴミ箱に捨てるのは論外。

 以前俺が卵パックを不思議がっていたことから分かる通り、この会場は人が少なくてゴミ箱が綺麗なのだ。

 そんなところに大量の投票用紙を丸ごとツッコんだら、いくら何でも目立ち過ぎる。


 かといって、会場外まで捨てに行くのもナンセンスだ。

 そうなると最早、目立つ目立たないのレベルじゃない。

 サボりを防ぐために、敷地内には教師の巡回もあるのだから。


 仮に犯人の親などが共犯であるのなら敷地外に行くのも可能だが、偽造の粗さ──紙の質まで気が回っていないし、六組に票の半分を集中させるのも大胆過ぎる──などから考えると、大人の共犯者はいないと思われる。

 大人が関わっているのなら、このくらいのミスには気がついても良いはず。

 逆に言えば、これは所詮生徒の単独犯でしかなく、それ故に会場外に捨てるのは難しいのだ。


 他に考えられるのは、細かく千切ってトイレに流すとかだろうか。

 しかし俺がさっき困ったように、トイレはどこも行列だ。

 これだけの量の紙を千切って流すのはかなりの時間が必要となる上、うっかりトイレを詰まらせてしまったら目も当てられない。


 燃やして隠滅したという線もなくはないが、今回は考えなくていい気もする。

 煙なんて立てたら、トイレに籠るよりも悪目立ちしてしまうのだから。


 つまり、総合的に考えると────。


「犯人はすり替えた本物の投票用紙を持ち帰っていて、そのまま今も持っている可能性が高いってことになるな……」

「でしょう?だから一度、容疑者であるその子の鞄を確かめるのも一つの手だと思うけど」


 犯人に負けず劣らず大胆なことを言い出す羽佐間を前に、俺は少し驚く。

 しかし同時に、その提案が有効なことも理解していた。


 もしその子が犯人だとして、本物の投票用紙の束を持っているところを押さえられたなら話は早い。

 有無を言わさず、そこで犯人確保となる。


「その子も男子に問い詰められたら警戒すると思うから……私、行ってこようか?今はその子も観客の一人として合唱を聞いているはずだから、鞄を見せてもらうくらいは簡単だと思うけど」

「あ、ああ、頼む。俺は一応、外の様子とかを見ておくから。犯人が控室の窓から本物の投票用紙を投げ捨てた可能性とかも、ゼロじゃないし」


 生き生きと話す羽佐間のことを訝しく思いながらも、俺は提案を呑む。

 だがその時にはもう、羽佐間は控室から出ていってしまっていた。


 ──本当に……今日は妙に行動が積極的だな?


 三年生の部の時間も迫っているから、焦っているのだろうか。

 虚ろに彼女の背中に手を伸ばしかけてから、そんなことを思った。

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