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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.6:あなたが一番
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荷物

 何だか羽佐間との交流で色々あり過ぎたのでここで確認しておくが、俺たちの役職名はあくまで「合唱コンクール委員」である。

 会場に挨拶に行ったのも、手土産に飲み物を贈ったのも、全ては仕事の一環。

 羽佐間とドタバタやっている間にも、合唱コンクール本番は着々と迫っていた。


 当然ながら、クラスでも普通に課題曲の練習をしている。

 もっとも俺は大して歌が上手くもないので、他の男子に混ざってマニュアル通りに歌っているだけだったが。


 クラス内ではある種の様式美のように、「先生、男子が真面目に歌ってません!」「これが最後の合唱コンクールだよ、ちゃんとしようよ!」なんてこともやっていたが、クラス内で浮きに浮きまくっている俺は蚊帳の外である。

 本気で歌えば結構上手いであろう──この前のカラオケで知った──羽佐間も、合唱中は随分と控えめだった。


 他にも、割り振られた仕事自体はちゃんとこなしている。

 ピアノを弾く役の子のために楽譜もコピーしたし、どのクラスが学年で一番上手いかを決めるための投票用紙もちゃんと印刷した。

 リハーサルもきっちり参加して、合唱コンクール委員専用の荷物置き場の場所まで把握した。


 だからなのだろうか。

 忙しい忙しいと聞いていた割に、合唱コンクール委員の仕事はテキパキと終わって行き。

 いつの間にやら、合唱コンクール当日がやってきていた。




「はーい、じゃあバスから降りて。こちらについてきてー」


 バスが会場に着いた瞬間、学級委員長の世良君が自然とそう言って先導する。

 本来なら担任教師がやることなのだろうが、超優等生の彼にかかれば教師の職務すら自分の領分らしい。

 クラスメイトたちは当然のように彼について行き、担任教師の方も世良君の指示で動いているような様子だった。


 ──懐かしいな、このノリ。学校行事って大抵、こういう優等生に引っ張られる感じで進むんだよな……。


 体育祭以来の学校行事ということもあり、俺は結構な懐かしさを感じながらその流れに身を任せていく。

 ウチの学校は公立の割に妙に進学実績に拘っているところがあり、遠足や校外学習がほぼほぼない。


 代わりにあるのは、成績の悪い生徒を集めた勉強合宿なのである。

 全体的に見れば、合唱コンクールの方が例外なのだ。

 だからなのか、この雰囲気自体が随分と久しぶりだった。


「……松原君、こっち」


 らしくないことを考えながらバスを降りると、ススっと近づいてきた羽佐間が俺の制服の袖を軽く引っ張る。

 彼女のお陰で、俺はうっかり忘れかけていたことを思い出した。

 そうだ、俺たちはこの流れに乗ってはいけないのだった。


「ええっと……リハーサルのあの部屋に集合だったっけ?」

「うん、準備組の人たちがもう用意はしていると思うから。私たちは荷物を置くだけで終わりだけど」


 クラスメイトたちから静かに離れつつ、俺と羽佐間はコソコソと打ち合わせをする。

 イベント当日の合唱コンクール委員は、「会場に先に到着して、会場準備をする準備組」と「全ての行事が終わってから、会場の後始末をする撤収組」の二つに分かれるのだが、俺たちは揃って後者だった。

 だからこそ、イベント当日でも最初の方は焦る必要はない。


 しかし荷物置き場だけは共通なので、会場に着くと真っ先にそこに行かないといけないのである。

 手間と言えば手間だが、ルールなので仕方がない。


「でも、どうして合唱コンクール委員だけ荷物置き場が別なんだろうな?特に分ける必要もない気がするけど」

「単純に、投票関連とかで観客席を離れる機会が多いからじゃない?荷物をずっとそこに置いておくのも……」

「ああ、なるほど。確かに投票がある以上、ちょっと不用心か」


 グダグダと言いながら、俺たちはこの合唱コンクールのシステムについて思い返していた。

 俺たちが今日やる仕事の一つ、投票作業を。




 合唱「コンクール」と名前が付けられているだけあって、この学校行事はクラス対抗で行われている。

 全てのクラスが歌い終わったところで、各学年で一番上手かったクラスを発表するようになっているのだ。

 一年生の優勝クラスは二組です、なんて感じで。


 これだけならどこでもあることだが、ウチの学校がちょっと変わっているのは、その順位を決めるための審査が学生自身の手で行われる点だ。

 例えば一年生が歌う際には二年生と三年生が、二年生が歌う時には一年生と三年生がという風に、他学年の生徒の投票によって「一番上手かったクラス」が審査されるのである。

 ある学年の全クラスが歌い終わった時点で、他学年の生徒から投票用紙──全クラスの番号が予め書かれてあり、一番上手いと思ったクラスの番号に丸をつけるようになっている──を回収して、集計するのだ。


 こういう制度なので、ぶっちゃけた話コンクールとしては質の高いものではない。

 審査員の大多数に音楽の知識が無い上、合唱コンクールにおける各クラスの出来不出来なんて、正直似たり寄ったりなのだから。

 だからこそ、大抵の生徒が適当に「このクラスが上手かった気がする……多分」という感覚で投票している。


 俺自身、去年も一昨年もそんな感じだった。

 そもそも、各クラスの歌を真面目に聞いていたかどうか。

 ぶっちぎりで上手いクラスがあればそこに投票するが、それ以外の場合は適当にやっていた。


 しかし投票というのは面白いもので、こんなに適当な審査方法でも、結果発表の際にはそれなりに盛り上がる。

 中には熱心な生徒もいて、過去の三年生には部活の後輩を呼んで、「絶対にウチのクラスに投票して!」なんて頼んだ人もいたらしい。

 流石にそれは教師の説教を喰らったそうだが、この手の謎の盛り上がりがあるため、合唱コンクール委員の方でも投票の集計は重要な仕事と認識していた。




「先輩、入室前に名札を見せてください」


 羽佐間と共に荷物置き場となっている一室に向かうと、出し抜けに入口で待ったを喰らった。

 静止したのは、二年生らしい生徒の二人組である。

 俺も名前は知らないのだが──同じ合唱コンクール委員でも、他学年の生徒は殆ど知らない──生真面目そうな顔をした男女二人だった。


「ああ、ゴメンゴメン……これで良いか?」


 硬い表情の二人を前に、俺は手持ちの名札を呈示する。

 会社員が付けていそうな首紐付きのプラスチックケースに、名刺サイズの「合唱コンクール委員 松原玲」とだけ書かれた紙。

 首紐には虹永中学校と白字で印刷され、ケースにも校長の印鑑が押されているなど、妙に凝っている仕様の名札。


 この行事の間、合唱コンクール委員はこれを常に身に着けることになっている。

 いわば、身分証の代わりなのだ。

 当然、それを呈示された二人組は表情を緩めた。


「はい、どうぞ。好きなロッカーを使ってください」


 荷物置き場の前に置かれたパイプ椅子に座ったまま、二人組はぺこりと頭を下げる。

 とりあえず、通行許可をもらえたようだった。


 ──荷物置き場に入る時、こんな門番がいるのか……。


 学校行事には似つかわしくない妙な固さがおかしくて、俺は部屋に入りながらちょっと笑ってしまう。

 準備組の仕事の一つに、部外者が立ち入らないように荷物置き場で門番をするというのがあったことは知っていたが、こんな風にちゃんとやっているとは思っていなかった。

 合唱コンクール委員が来るたびにあれをするのも大変だと思うが、そういうルールとして割り切っているのだろうか。


 ──そう思うと、この名札は絶対に失くせないな……最悪ここに入れなくなる。


 そんなことを思いながら、俺は取り出したばかりの名札を首にかける。

 合唱コンクール委員になってすぐに渡されたこの名札、正直存在感がなくて持ってくるのを忘れそうになっていたくらいなのだが、思わぬ重要アイテムと化していた。


「……松原君、投票用紙の半分はここに置いておく?それともずっと持っておく?」


 そこで、俺の後ろをついてきた羽佐間がそんなことを聞く。

 一年生から歌い始めるため、俺たち三年生はしばらく審査員に徹することになる。

 当然一年生用の投票用紙はすぐに配布することになるのだが、二年生用の投票用紙も最初から持っておくか、そちらはここに置いていくか迷ったらしい。


「置いて行っても良いけど、ここにまた取りに来るのも手間だし……ずっと持っておこう。俺、鞄の中に入れておくから」

「そう、ならお願い」


 特に拘っていることでも無かったのか、羽佐間はすんなりと頷いてウチのクラスの投票用紙をこちらに渡してくる。

 誰かが失くしたり破いたりした時のために多めに印刷してあるため、その紙束はちょっと重く感じられた。




 ────この後、俺たちは普通に観客として合唱コンクールに参加したのだが、そこの描写は省略する。

 基本、ダラーっと並んで歌を聞いているだけだ。

 俺たちには他の役職──投票結果の集計など──も割り当てられておらず、合唱コンクールの最中は特に仕事が無いという事情もある。


 ただし、一つ。

 一年生の全クラスが歌い終わった後、俺たちには仕事が発生した。

 言うまでも無く、投票用紙の回収である。


『……これにて、一年生の部の発表は全て終わりました。二年生と三年生の生徒は、お手元の投票用紙をご覧ください。そして一番上手いと思ったクラスの番号に丸をつけたら、各クラスの合唱コンクール委員にお渡しください。各クラスの合唱コンクール委員は、投票用紙を全て回収し次第、控室にまで持ってきてください。それでは、これから三十分間の休憩に入ります……』


 放送委員が綺麗な声でアナウンスする中、一年生で最後に歌った組が緊張から解放されたようにドヤドヤと壇上から観客席に帰ってくる。

 一方、二年生と三年生の席は途端に騒がしくなった。

 投票用紙を渡すように呼び掛けているからである。


「はーい、こっちに回してくださーい!」

「おい、さっさと丸をつけてくれよお。そんな迷わないでさあ。適当で良いんだって、適当で」

「ちょっと、適当で良いって何よ。これに本気の人の気持ちを考えて!」

「いや、だからさ……」


 あちらこちらで呼びかけやら喧嘩やらが聞こえる中、俺と羽佐間もウチのクラスの分を回収しようと動く。

 幸いにして我らが三年三組は特に遅れることもなく、普通に投票用紙は回収された。


「全員分ある?」


 自分の集めた分を俺に渡してから、羽佐間はちょっと心配そうに尋ねてくる。

 言われて、俺はささっと紙の数を数えた。


「三十七枚……ちゃんとあるな」


 厳密に言うと匿名の投票用紙なので、枚数だけ調べたところで本当に全員分あるかは怪しいところもある。

 仮に何者かが投票用紙を複製し、他の用紙を握りつぶした上で自ら捏造した投票用紙を混入した場合、俺には判別できないだろう。

 もっとも、たかが学校行事にそこまでやる暇人がいるかという話になるのだが。


「一緒に持っていく?」

「いや、これを控室のメンバーに渡すだけだし、俺一人で行くよ」


 特に二人で運ぶ理由もないので、羽佐間の提案は断っておく。

 しかし今の言葉もそうだが、今日の羽佐間は割と頻繁に話しかけてくる印象がある。

 普段とはかなりの違いだ。


 ──合唱コンクール本番ってことで、意外と羽佐間もテンションが上がっているのか?


 同行を断られたことで座席に引き返していく羽佐間の背中を見ながら、ちょっとそんなことも考えた。

 個人的には、そういうタイプではないと思っているのだが。

 どうにも彼女の心情は分からないままである。




 ────座席を離れてからの行動、すなわち控室での出来事も描写を省略する。

 何をしたか思い出そうとしても、荷物置き場の近くにある会場二階の控室にまで投票用紙を運んで、机上に置かれた箱にそれらを放り込んだだけだ。

 二年と三年の委員たちが投票用紙をそれぞれ持ってきていたのと、控室に残って作業をしていた合唱コンクール委員──一年生は直前まで歌っていたので、二年生が多かった──が出ていこうとしたのが重なって、混雑していたことだけが印象に残った。


 強いて変わった行動を挙げるとすれば、帰り際にトイレに寄ったくらいだろうか。

 どうせ休憩時間も長いし、と思ってふらっと向かったのだ。


 ただ正直、これは失敗だった。

 と言うのも、トイレが異様に混んでいたのである。

 歌うのが終わって弛緩した一年生、そしてこれから本番の二年生がめいめいトイレで行列を作っていて、中々用を済ませられなかった。


 これは駄目だと思って別のトイレに行くと、そこにも行列。

 結局、会場内をグルグル回るようにして色んなトイレを探し回り、「合唱コンクール委員くらいしか立ち入らない二階のトイレなら、人が少ないのでは」ということに気が付くまで十五分。

 ヒーヒー言いながらことを済ませて、何だが妙に疲れた様子でトイレから出てきた時には、休憩時間も終わりかけていた。


 ──もう二年生の部、始まっちゃうな……さっさと戻らないと。


 別に観客席に戻るのが遅れても罰則は無いので、急いで戻る理由は無いのだが、二階に留まる理由はもっと無い。

 駆け足で一階の観客席に戻ろうとした俺は、経路の都合上、控室の前を駆け抜けるような形になって────瞬間、何やらそこが騒がしくなっていることに気が付き、ふと足を止めた。

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