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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.5:言の葉
33/59

将来(Stage0.5 終)

 そんなこんなで、「意外と余裕あるダイイングメッセージ」の推理をした二日後。


 夏美は事務所内でネットニュースに目を通していた。

 普段から仕事の関係でこの手の情報は真偽問わず集めているが、今回に限っては目的が違う。

 これから紫苑に電話するに当たって、世間に公表されている分を先んじて知っておきたかったのである。


「お、あったあった」


 検索してすぐに出てきたのが、四谷慎吾が何者かに殴られて緊急搬送されたことを伝える記事。

 その次に、四谷慎吾と同じ事務所に所属している後輩タレント・NATSUが殺人未遂で逮捕されたというニュース速報が出てくる。

 彼女の本名が松原梛津実(マツバラナツミ)であること──偶然だが、夏美が先日の推理で当てはめた漢字と全く一緒だった──を確認してから、夏美は紫苑に電話をかける。


「もしもしー……紫苑?」

『はい、もしもし……夏美さんですね?』

「ああ、突然だが電話させてもらった。今、大丈夫か?」

『大丈夫ですよ。実はこの前、事件のせいで徹夜コースだったことを話したら、茶木刑事たちが気を遣ってくれまして。今日は有給を回してもらいました』


 だからゴロゴロしているんですよねと言いながら、電話の向こうで紫苑はふふっと笑う。

 彼女がはにかむ姿を想像して、夏美はそれは良かったとだけ思った。


 夏美の方はそんなこと関係なしに連勤中だが、流石にそれは言わない。

 現役刑事よりもブラックな労働環境にあるボヌールの社員事情には中々興味深いものがあるが、今回の電話の主題はそれではなかった。


「想像はついているだろうが、電話したのはこの前の四谷慎吾の件でだ。犯人、捕まったようだな」

『ああ、報道みてくれたんですね。現役タレントの殺害未遂事件ということで、割と大きく扱われているようです』

「四谷慎吾はともかく、NATSUという浮気相手の方はそんなに知名度がある人でも無かったんだがな……向こうの事務所、今は全社員がこの世の終わりみたいな顔をしているらしいぞ」


 不謹慎を承知の上で、夏美と紫苑はそんな雑談をする。

 彼女たちはあの夜の時点で真相が分かっていたが、他の多くの人間にとっては青天の霹靂と言って良いニュースだったことだろう。

 四谷慎吾はその後意識を取り戻したが、退院したら凄まじい状況になるに違いない。


「因みになんだが、動機関係の細かいところはどんなだったんだ?普通に浮気がバレたからだったか?」

『いえ、ちょっと違うみたいですよ。夏美さんもちょっと言ってましたけど、四谷慎吾は色んな女性を口説いていたのと元妻への支払いとかで、慢性的に金欠だったそうなんです。だから浮気相手の何名からはお金を借りることもあったようで……今回の犯人、松原梛津実はその借金相手の一人でした』

「単なる浮気相手というより、チョロい金蔓として扱われていた女性だったんだな。事務所の先輩にあたる四谷慎吾が、後輩女性から借金をするというのもかなり情けないが」

『それでもお金を貸したあたり、愛は盲目ということなんでしょうけど……その金銭トラブルが、事件の主因みたいです』


 簡潔に言えば、あの日もまた四谷慎吾は借金を頼みにきていたということだ。

 絶対にいつか結婚するから、今は金を用意して欲しいと結婚詐欺師のようなことを言っていたらしい。

 そのくらい、二度の離婚を経た彼の経済状況は悪化していたのだ。


 しかしその道すがらで、愚かなことに彼は夏美を口説き始める。

 これから金を借りようとしている女性を、喫茶店の奥で待たせて。

 当然ながら、彼女はその光景をバッチリ見ていた。


『松原梛津実は、相手が浮気性なことにそれまで勘付いていなかったそうなんですけど……そんな光景を目の前で見たら、流石に不安になりますよね』

「で、お金はもう貸せない、そもそも結婚の話は本当なのかと問い詰め始めた。そこからはお決まりの泥沼か」

『そういうことです。その後は完全に推理通りで……夏美さん、自分と彼が話をしたことを事件の原因の一つに挙げていましたけど、割と当たっていたことになりますね』

「私に責任を被せないでくれよ」


 夏美は時として人間味を感じない程に強靭なメンタルを持つ人間だが、殺人未遂事件のトリガーを引いてしまったかもしれないと刑事に指摘されるのは、いくら何でも聞いていて気分の良い話ではなかった。

 だからこそ愚痴を言うと、紫苑はすぐに「冗談ですよ」と返した。


『元々、問題があった関係ですし……こういうことを刑事が言ったらいけないのかもしれませんけど、遅かれ早かれという気もします』

「確かにな」

『概ね、報道されていない範囲の情報はそんなところですけど……聞きたいの、それだけですか?』


 だとしたら意外だ、とでも言いたげに紫苑は問いかける。

 夏美の性格的に、この程度のことを確認するためだけにわざわざ電話をすることはないと分かっているのだろう。

 実際、未だ本題に入っていなかった夏美はそこで声を整える。


「そうだな、実はまだ聞きたいことがあるんだ。決して余所では公言しないから教えて欲しい」

『内容によりますけど。何が聞きたいんです?』

「一つだけだ。四谷慎吾は経済的にかなり苦しかったそうだが……実は交際相手だけでなく、闇金からも金を借りていたということは無いのか?」

『闇金?……そんな話は聞いていませんけど、どうしてですか?』

「いや何、最近ボヌール周囲にカメラを持った中高生がうろつくことが多くてな。それだけなら珍しくもなんともないんだが……この前聞いた話を思い出して」


 紫苑が話していた、最近の闇金業者が活用しているという裏バイトの話である。

 曰く、中高生を騙してバイト感覚で債務者の情報を漁らせ、借金回収の材料にしているという話。

 健全な中学生たちは話題すら聞かない事案だろうが、それでも少年課が大規模に捜査をする程に映玖市に蔓延していた手口のはずだった。


「四谷慎吾がもし闇金に金を借りていたのなら、そういうバイトたちに近辺を漁られることだってあるかもしれないだろう?例えば、四谷慎吾が粉をかけていた女性の身元を押さえるとかな。ついでに言うと、ボヌール所属のアイドルの中には、本名が『マツバラ』とか『ナツミ』の人もいる」

『ああ、なるほど。要は、四谷慎吾の浮気相手がボヌール所属のアイドルの中にもいるんじゃないか、そのせいで闇金の手先にボヌールは調べられているんじゃないか……それを心配しているんですね?』

「可能性は低そうだとは分かっているんだけどな……一応、警察の口から聞いておきたくて」


 言いながら、夏美は首の後ろをバリボリと掻く。

 現実的に考えれば、ボヌール前にいるのはただの野次馬かミーハーなファンだろう。

 推しのアイドルに一目会おうと、事務所前に張り込むファンは定期的に現れる。


 ただ、タイミングがタイミングだったので少し心配になったのだ。

 四谷慎吾関連だけでなく、実はボヌール関係者に借金をしている者がいるのではないか、そのせいで彼らは来ているのではないか。

 無いとは思いつつも、可能性を潰しておきたかった。


『安心してください。少なくとも現在は、そんなバイトはいないとは思いますよ。その手口を使っていた闇金業者、つい先日捕まりましたから。罪状は未成年者への裏バイト斡旋関連じゃなくて、債務者への暴力ですけど』

「捕まったのか……つまり、今たむろしている中高生たちがそんなバイトを続けている訳じゃないな」

『はい。そもそも最近は手口が有名になりすぎたこともあって、そのやり方はしていなかったそうです。そういう裏バイトがある、という噂だけが広まっていたというか』

「しつこいようだが、別の闇金がその手口を模倣した可能性は?」

『ないでしょう。捕まえてから分かったそうですけど、中高生を雇って手先にしたところで、大してメリットは無かったそうですしね。碌に相手のことを調べられなくて、そのままバックレるバイトも多かったと取調室でぼやいてましたよ』

「まあ、プロの探偵でもないバイトなんだからそうなるな……何にせよ、安心した」


 ふう、と息を吐きながら夏美は椅子に座り直す。

 自分でも無いとは分かっていながらも、やはり確証がない内は不安が勝っていた。

 元より気になったことはとことん調べる性格だが、こういう時は自分の性格に面倒くささを感じてしまう。


「しかし、その業者たちが捕まったという話は何気にどこのサイトでも見ていないな。未成年者に闇金の手伝いをさせていたという手口の悪質さからすると、もっと報道されていてもよさそうなものだが」


 それを見つけていれば電話の必要も無かったのだが、と思いつつ様子を聞いてみる。

 すると、紫苑からは苦笑混じりの声が返ってきた。


『まあそうなんですけど……どうしてもネットニュースの類だと、四谷慎吾殺害未遂事件の方が大きく扱われているみたいで』

「世間的なインパクトが大きいからな……なるほど、どちらかと言えばこちらの話だったか」


 世間の耳目を引くニュースがあると、例え重大な話であろうが他のニュースの扱いが小さくなるのは珍しい話でもない。

 所詮、マスメディアも商売だ。

 その商売に乗っかってアイドルたちを売り込んでいる夏美としては、理解しやすい話だった。




 これで概ね聞きたいことは聞けたか、と夏美は一息つく。

 すると同時に、電話の向こうで何か風切り音のような音が響いていることに気が付いた。

 まるで、紫苑が棒きれを振り回しているかのような。


「……どうでも良いんだが氷川、お前、何かをぶん回していないか?スマホをスピーカーモードにして……」

『あれ、よく気が付きましたね。確かに真剣で素振りをしてますけど』


 それが聞こえていたんですか、とケロリと述べる紫苑の姿に夏美は戦慄を覚える。

 この時代に真剣で素振りをしているのも凄いが、その最中に電話をしているのはもっと凄かった。

 手が滑って体を傷つけてしまったら、ということを考えないのだろうか。


 ──いや、それは有り得ないんだろうな……何せコイツは、「人斬り紫苑」だ。


 今回の一件では特に発揮されなかったが、氷川紫苑には彼女自身を象徴するような特技がある。

 剣術を極めているのだ。


 幼少期から剣術を学び、中学生の時点で警察官の剣道大会に勝手に紛れ込み、そのまま優勝した女剣士。

 そんなフィクションめいた存在こそ、夏美の幼馴染の正体である。

 流石に日常生活でその剣腕を振るう機会はそうそうないが、逆に一度抜刀してしまったら、容赦という概念は消え失せる。


「というかお前、休日だからゴロゴロしてるとか言ってなかったか?」

『ええ、だからゴロゴロしているんです。素振りもたったの千回しかやってません』

「……」


 そう返答されたところで、夏美は人間じゃない生物の心配をすることを止めた。

 普段は夏美が紫苑を驚かせてばかりなのだが、こと剣術に関しては、紫苑の方がいつも常識知らずなのである。

 彼女が戦国時代や幕末に生まれていれば、この小さな島国の歴史は変わっていたかもしれない。


 何にせよ、こうして絶句する度に夏美が漏らすのは────。


「好きこそものの上手なれ、とはつくづく至言だな……本当に良かったよ、お前が警察に就職して。その剣腕が悪事ではなく、治安維持に活かされて」


 しみじみとそう零すと、紫苑は「夏美さん、いつもそんなことを言いますね」とやや不満そうに返答した。

 このやり取りは、紫苑が刑事になってからしばしば行ったことのあるやり取りだった。

 そしてこういう時、紫苑が次に言う言葉も決まっている。


『そういう夏美さんこそ、謎解きが好きで得意なんだから、刑事になるのも一つの手だったでしょうに。今でもちょっと夢を見てますよ、夏美さんと私がバディになる未来』

「中々な未来だが……それは無理だな。私は謎解きが好きだが、同時にアイドルたちの人生を動かすのも好きなんだから」


 就活を開始した大学時代から、何度となくやってきたやり取り。

 ある種の儀式のように、夏美はかつての言葉を再現する。


「確かに私が刑事になったら、それはそれで活躍できるかもしれない。自惚れに聞こえるかもしれないがな」

『自惚れでもない気がしますけどね。警察の中で塩漬けにされている未解決事件なんかも、その気になれば解決できるんじゃないですか?朝花市の強盗殺人とか、かなり古いですけどWANの失踪事件とか』

「かもしれない。だがそういう自分とは直接関係してない事件については、どうにも推理力が働かないからなあ……」


 今回の事件のように、自分が当事者である場合は良いのだ。

 どんな謎に出会おうが解いて見せるし、やり切れるだけの自信もある。


 自分だけでなく、玲のように身内が関わった事件でも同様だ。

 家族を守るためだと思えば、普段以上に気合が入る。

 それが尻拭いや後始末であったとしても、やる気が起きないということはない。


 しかし、かつてどこかで起きた未解決事件なんかになってくると、途端にやりづらくなる。

 解けない訳ではないし、実際完璧に推理してみせたこともある。

 他人が他人に対して起こした事件でも、推理力自体は落ちることが無い。


 それでも個人的には、段々と謎を解くのが面倒になってしまうのだ。

 何で私が赤の他人のためにここまで推理してやらなくちゃいけないんだ、と思ってしまう。

 興味がない謎にまでこんなに努力したくない、と感じてしまう。


 言ってしまえば、夏美にはボランティア精神がないのだ。

 気になったことをとことん考える癖があると言うのはつまり、気にならないことは考えたくないと言うことなのだから。


 解くべき謎が極めて重要な殺人事件だったり、解けないと多くの人が困るような事件であったりしてもこれは変わらない。

 身内が関わらない、自分でも興味の薄い話になると、途端に気力が萎えてしまう。

 高校時代くらいまでは、その若さ故に赤の他人の事件にも首を突っ込んでいたが、最近ではもうそこまでのエネルギーは無い。


 ある意味では仕方のないことだ。

 人間というのは中々どうして、顔も知らない人のためには全力を尽くせない。

 地球の裏側で何万人死んでいようが、自分の周囲が平和ならそれで満足してしまう人は多いだろう。


 そう言う意味では、夏美のこの感覚は正常とも言えた。

 奇人変人怪人の称号をほしいままにした彼女にしては珍しい、普通な部分である。


 そしてだからこそ、この感覚の持ち主が市民の平和を守る警察官になるのは難しいと言うことにも勘づいていた。

 警察のためにもならないし、夏美自身楽しくない。

 そう考えて、夏美は高い推理力を持ちながらも刑事や探偵と言った職に就くことを諦めたのだった。


「不思議と、アイドルプロデュースだと完全に他人相手の話でもやる気が湧くんだよなあ……今回の電話もそうだが、我ながら細かいことまで努力を惜しまない。推理とは別ベクトルで楽しんでいるのか……」

『前から聞いてますけど、不思議ですよね、その感覚』

「まあな。だから何にせよ、私は転職しないよ」


 例えそれが刑事を上回る程の激務だったとしても、である。

 そういうことを述べると、あっさりと紫苑は「そうですね」と言った。

 こう返されるのが分かり切っていたように。


 紫苑のこういうところが、夏美は昔から好きだった。

 こういうことをしたら良いのにと推薦することはあっても、夏美の意見を潰してまでのごり押しはしない。

 夏美のような我儘ばかりを言う変人にこんな対応をしてくれるのは、家族や親戚を除けば、昔から紫苑だけだった。


「まあそういう訳で、仕事はお互いに頑張ろう。そっちも明日は勤務だろう?」

『はい。ああ、それとこの前の飲み会ですけど……また、やり直しでもしませんか?』

「良いな、それ。この前のはどうしても事件のせいで、最後にみそが付いた感じがあるから……」


 最後にそんな雑談をしてから、適当なところで夏美は会話を終わらせる。

 電話を終えてからは、フウーッと一息。

 それで意識を切り替えた彼女は、目の前の書類の山に敢然と立ち向かっていった。


「ええっと、これはレコード会社からの報告で……こっちは別のアイドルからの要望書か?『レッスン室の床が汚い、バイトの人にでも掃除をして欲しい』か。我儘言いやがる……」


 ブツブツ言いながら、彼女は迅速に仕事をこなしていく。

 プロデューサー補佐というのはつまり、こういう手間の多い作業の連続なのだが、不思議と面倒くささは感じていなかった。

 無尽蔵にやる気が湧いてくる。


 ──もしかして、育てているアイドルたちが私の中で「身内」判定になっているからか?だから飽きないとか?


 ふと、そんなことを思った。

 先ほども疑問に思ったことに対する、一つの解答を。


 ただ、これが正解かどうかは今ひとつよくわからない。

 今度、正真正銘身内である弟に聞いてみようか。

 そんなことを考えながら、夏美は黙々とキーボードを叩き始めた。

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