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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.1:全ての卵
3/59

殺人

「……何でそんなことを知りたいんだ?」

「何となく」


 一先ず、ジャブのようにこちらから質問を返す。

 しかしこれには、断片的な解答がなされるのみだった。


 明確ではあるが、内容がはっきりしない言葉。

 意味が分からない。

 何となくで聞くことだろうか、これ。


 ──今までこの子とした会話の時間、五分も無いぞ……その状態で話すのか、これを?


 じわじわと、彼女の質問が現実になされたものであることを理解した俺は、ここではっきりと困惑した表情を浮かべる。

 そのまま、首の後ろをバリボリと掻いた。

 しかしどれほど強く皮膚を引っ掻いたところで、脳内の混乱は解けてはくれない。


 ……困った。

 ただの委員の仕事をしているだけだったのに、こんなに意味不明な空気になるとは。

 シチュエーションはアレだし、話している内容は物騒だし、どの点で困れば良いのかすら分からなかった。


 もっとこう、羽佐間がギャグっぽい雰囲気で聞いてくれたのであればまだ分かるのだが、口振りからしてそういう感じでも無かったのである。

 どういう訳か知らないが、本当に彼女は俺が殺人をする際の手法を知りたいらしい。

 怖いなオイ、と内心でドン引きする。


 ──普通に考えれば、無視しても良い話題な気もするけど……。


 そんなことをチラっと思ったところで、逆に俺は羽佐間からチラっと横目で見つめられる。

 いや、チラっとかいうレベルじゃない。

 ちゃんと歩けるのか心配になるくらいに、彼女はこちらを凝視していた。


 さながら、俺の解答を心待ちにしているかのように。

 彼女の視線の圧にたじろいだ俺は、思わず再確認してしまう。


「そんなに……聞きたいのか?」

「うん」


 即答だった。

 いよいよもって途方に暮れる俺に、彼女は小首を傾げる。

 そして、言い訳のようにこう続けた。


「だって松原君、よく読んでいるでしょう……殺人の本」

「殺人の本?」

「探偵とか、警察とか出てくる本」


 ──推理小説のことか?


 あまりにも物騒な形容をされたせいでピンとこなかったが、そこまで言われて何とか意図を掴む。

 どうも、俺の本の趣味について言っているらしい。

 確かに俺は読書をよくするタイプだし、推理小説を読むことも多いのだが────その前に。


「いや、どこでそれを……」

「私、一学期は図書委員だったから。図書室で松原君、そういうのよく読んでたでしょ?それを覚えてて」

「一学期?……あー」


 そう言われると、ようやく話の全容が掴めてきた。

 いや、彼女の質問の意図は依然として不明だったが、その背景を察したのである。

 どうも、俺の趣味がこの会話の原因だったらしい。


 まず大前提として、俺の推理小説の類を好んで読んでいる。

 仲の良い従兄弟に推理小説が好きな人がいて、彼の影響でよくそういうのを読むようになったのだ。

 自分で言うのもアレだけど、中学生にしては推理ジャンルに詳しい方だと思う。


 無論、学校でもその趣味は変わりなく、中学校に入ってからは図書室によく通っていた。

 図書室に置いてある推理小説を、全て読破しようと思っていたのである。

 中三の夏休みにはその目標を達成したが、それまでは本当に、休み時間のほぼ全てを図書室で使っていた気がする。


 ──まあその後は目標が無くなって……休み時間も、全部寝て過ごすようになったんだけど。


 変なところで過去を振り返りながらも、俺はなんとか意識を今に追いつかせる。

 これまでの話を総合すると、どうも羽佐間はあの時期、図書室で俺のことを見かけていたらしい。


 向こうは図書委員として、こちらは利用者として。

 クラスで顔を合わす以外にも、接触する機会はあったということか。


 ──んーとつまり、羽佐間は俺が推理小説を好きだってことは知っているんだな?だから……共通の話題として、唐突に殺人に関する話を振ってきた?


 何じゃそりゃ、と俺は自分で自分の推理にツッコむ。

 彼女が俺の読書傾向を知っているのはともかく、その後の行動が繋がっていない。

 そもそも推理小説が好きだからって、殺人の話をこんな道端でしたいとは思わないのだが。


 ──何かこの子、ミステリ好きに対して変な勘違いでもしているんじゃないか?


 終いにはそんなことまで思って、俺はいよいよ呆れた眼で羽佐間を見つめ返す。

 しかしどういう訳か、彼女はそれでも引こうとはしなかった。


 じいっと、無垢な子どもが玩具を凝視するように。

 スタスタと歩く足は止めず、彼女は俺から視線をそらさない。

 穴が空くようにという表現があるが、羽佐間の様子はまさにそれだった。


 しかし、そんなに見つめられても俺の口が開く訳じゃない。

 自然、俺たちの間には妙な空気が流れた。


 羽佐間は質問を撤回せず、ただただ俺を見つめて。

 俺はその隣で、ひたすら困って。


 ……ただ結論から言えば、この沈黙に負けたのは俺が先だった。

 彼女が質問をしてから、一分も経たない内に返答をしてしまったのである。

 彼女が望んだように、殺人のやり方を考えて口にしたのだ。


 誰だって、こういうことはあるだろう。

 意味の分からない質問であっても、沈黙よりはマシだと思って何となく答えてしまう気分。

 この時の俺は、まさしくそんな気分だった。


「もし、本当に俺が人を殺すなら……そうだな。当然、手段から決めないといけないんだろうな。捕まるのはやっぱり嫌だし、失敗するのも嫌だろうから、良い感じの殺し方を探さないと」


 具体的な内容は述べない、少し濁した解答。

 しかし、羽佐間は食い付いた。

 動揺もなく、さっきまでの沈黙が嘘のように受け答えをしてくる。


「殺す手段を練らないといけないってことね。なら、松原君はどういう手段を選ぶ?」

「まあ……普通に考えて、車で轢くとか、そういうのは年齢的にできない。拳銃で撃つとかいうのも、まず武器が手に入らないし」

「もっと、中学生でも出来る手段で殺す?」

「多分そうなると思う。でも俺、別に力が強い訳でもないから……殴り殺すとか、刺し殺すとかは難しいし」


 羽佐間の妙な雰囲気に怯えながら、しかし真剣に。

 ポツポツと即興の考えを述べてみると、割と的確な相槌がなされる。


 そのせいか、会話の内容の割にテンポよく俺たちは話し続けた。

 仮に松原玲が誰かを殺したくなったとして、その誰かをどんな手段でどう殺すか?

 そんな物騒な思考実験をしているかのように。


「毒殺とかも、毒を用意するのがまず難しい……水で溺死させるとか、そういうのも結局は腕力がないと無理だろ?」

「そうね。考えてみると殺人って、力が無いと根本的に無理な手段が多いかも」

「ああ、だからこう言うとアレな言い方になるけど……手軽にサクッと殺せるやり方を選ぶと思う。その方が捕まりにくいだろうし」


 今まで読んだ推理小説を思い返しながら、俺はかなり酷いことを述べる。

 倫理観も何もあったものじゃない。

 ただ、正直な気持ちでもあった。


「推理小説とかを見るとよく感じるんだけど、ああいう作品に出てくる犯人って手間をかけ過ぎていると思う。密室とかアリバイとか……あんな複雑なことをするから証拠が増えて、結果的に犯人自身の首を絞めてるんだ。人を一人殺すだけなら、もっと簡単な手段あっただろうってツッコミたくなる作品も多い」

「そうなの?」

「まあ、俺の個人的な感想だけど」


 この辺りは前々から思っていたことなので、話し方も滑らかになる。

 なってしまう。


 なまじ親戚以外にミステリオタクの知り合いが居ないので、クラスメイトにこういう話をする機会は今まで殆ど無かった。

 そのせいで、色々と溜まっていたのかもしれない。

 俺はきっと、自分のミステリに関する考察を述べる機会に飢えていたのだ。


 オタクと言うのは基本、推しジャンルに関する自分の持論を語れる場が用意されると、何故か長々と語りたくなってしまう生き物である。

 いつの間にか俺は、羽佐間の奇妙な雰囲気も忘れて熱弁していた。

 理想的な人の殺し方、捕まりにくい犯罪手法を。


「究極的な話、人を殺しても証拠が一切出てこないのなら警察には捕まりにくい……仮に捕まっても、裁判で言い逃れしやすいんだからさ。人を殺す時はもっと、シンプルで曖昧な手段で良いと思う。推理小説の犯人みたいなトリックなんて要らないはずなんだ、本当の完全犯罪をしたいのなら」

「じゃあ、どんなやり方なら完全犯罪になると思うの?」

「例えば橋の上からちょっと背中を押すとか、満員の駅のホームで背中を押すとか……そういう、『背中を押す』系?上手くやれば、何とか事故として言い張れそうなことだけやるっていうか」


 こういうタイプの殺人の良いところは、凶器が存在しないという点である。

 高いところから突き落とすにせよ、電車に轢かせるにせよ、直接的な危害を加えるのは自分以外の存在だ。

 手元に血塗れのナイフが残るとか、余った毒薬を処分する必要に駆られるとか、そういうことが有り得ない。


 これはつまり、足が付きにくいということである。

 こっそり隠した凶器を警察に発見されて即逮捕、という流れを潰せるのだから。


 ついでに言えば、相手の死体が見つかった際に他殺を連想されにくいというのも素晴らしい。

 これが射殺体とかだったなら、死体を見つけた警察は他殺の疑い濃厚とみて捜査をする──現代日本で拳銃自殺をする人間はかなり少ない──だろうが、「背中を押す」系の犯罪に関しては事故や自殺の可能性も考えてくれる。

 被害者に自殺願望があったのでは、或いは病気でふらついたのでは、なんて考えてくれたら儲けものだ。


「だから、可能な限り介入が少ない形で……殺された本人ですら、誰に突き飛ばされたのか分からないような死に方。そういうのが一番良いと思う。殺す側のメンタル的にも、生々しさが少なくて楽だろうし」

「そう……松原君は、そういう殺し方が好きなのね」

「好きというか……捕まりたくないのなら、そういうやり方を選ぶだろうって話。証拠不十分にさえ持ち込めば、検察だって動きにくいだろうし」


 そこまで話したところで、俺はふと正気に戻る。

 俺は一体、何を話しているのだろうと。

 羽佐間が上手い具合に相槌を打ってくれるのもあって、スラスラと話し続けてしまっていたが────俺はいつの間にか、とんでもないことを口走っているんじゃないか?


「あ、その……でもこれは、あくまで仮定の話だ。実際は、俺は殺したい人間なんていないし、うん。現実的には、殺人なんて割に合わないことは絶対にしない」


 戻ってきた正気に引きずられるように、俺は慌てて手を振って今までの言葉を否定する。

 仮の話にこういうのを付け足すのはダサイ気もしたが、何だが場の空気がマジっぽくなっていたのに焦ったのだ。

 羽佐間が真剣に聞いてしまうせいもあって、本当に犯罪計画でも考案しているかのような雰囲気になってしまっていた。


「そもそも本当に人を殺しても、罪悪感に耐えられる気がしないしな。もし本当にそんなことをしたら、多分すぐに自首すると思う。どれだけ計画を練っても、耐えられないんじゃないか?こう……人として」

「……そういうもの?」


 僅かにだが、不思議そうに。

 羽佐間はゆっくりと首を傾げた。

 俺のフォローに、どこか納得がいかないように。


 ──殺人方法については頷いていたのに、ここには疑問を覚えるのか……いよいよ変な子だな、この子。


 疑問符を浮かべる彼女を前に、俺はまたそんなことを思う。

 普通は逆じゃないだろうか。

 殺人に関する話に疑問を示し、人としてすぐに自首するという話には理解を示すのなら、まだ話が分かるのだが。


「というか……本当に、何でこんなことを聞いてきたんだ?そんな、参考になるような意見でも無いし。あんまり、外で話すようなことでもないと思うけど」


 その疑問に支えられるように、俺は改めてそこを聞いた。

 今度こそ教えてくれという懇願も込めて。

 すると羽佐間は今までの熱視線が嘘のように、ぷいと顔を逸らす。


「別に……ちょっと、興味があったから」

「興味?」

「うん。松原君みたいな人が殺人をするのなら、どういう殺し方をするのかなって」

「……」


 ──何だ、松原君みたいな人がって。


 最初よりは理由を述べてくれたが、疑問を解決してはくれなかった。

 どれだけ聞いても意味が分からない。

 しかし、これ以上突っついても答えてくれなさそうなオーラもあった。


 だからだろうか。

 俺はより深く聞き返すことはせず、代わりにこんなことを聞いた。

 ちょっとした意地悪と、純粋な興味本位で。


「……少し聞きたいんだけど、良いか?」

「聞きたいって、何を?」

「いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()と思って」

「私?」

「ああ。羽佐間は……本気で人を殺したいと思ったのなら、どういう殺し方をするんだ?」


 街中の往来でするには不適切過ぎる質問。

 俺自身が言っていたように、出会って五分でするには有り得ない話題。

 それをそのまま、俺は羽佐間に跳ね返す。


 趣味の悪い行動だったが、大した意味のある言葉でも無かった。

 彼女の言葉を借りるなら、「興味があったから」。

 ほぼ初対面でこんなことを聞いてくるこの怪人物がどう答えるのか、少し気になったのである。


 俺に答えさせたんだから、答えてくれよ。

 そんな願いのままに、俺はじっと彼女を見つめる。


 自然、立場は逆転していた。

 今度は俺の方が羽佐間を見つめ、向こうはそれを気にしないように前を向く。

 しばらくそうして、そのまま。


「私か……そう、私なら……」


 ぽつり、と呟きが返ってきたのは数秒後。

 彼女の声色に惹かれるように、俺は耳をそばだてた。

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