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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.4:子どものしたことですから
25/59

姉弟

 どこかのタイミングで記載した通り、俺の趣味というのは限られている。

 読書、カメラ、そして偶に謎解き。

 この三つだけをグルグル行い続けている日常だ。


 これ以外のこととなると、自分でも呆れる程さっぱり興味を持っていない。

 だがそんな俺にも最近、趣味が増えた。

 葉兄ちゃんに倣って、日記を書き始めたのである。


 書き始めた動機は、はっきりしたものではない。

 何となく、と言うのが一番正確か。

 葉兄ちゃんから送られた「探偵など要らない学園生活」を見て、ふと自分でやってみたらどうなるだろうと思っただけである。


 一度思い立ってしまえば、環境は揃っていた。

 元より日記と言うのは、そんな大層な準備を必要とする趣味じゃない。

 パソコンでワードファイルを立ち上げてポチポチと打ち込んでいけば、いつしか長文を書きなぐっていた。


 一度始めてしまえば、書くことはたくさんある。

 ここのところ、羽佐間のせいで妙に濃い時間を過ごしてきた。


 彼女のこともそうだが、合間に普通の合唱コンクール委員の仕事──パンフレット作成とか、ポスター貼りとか──もこなしているので、日記に書くネタが多いのである。

 あっという間に、俺は羽佐間と出会ってからの過去について日記を完成させていた。


 葉兄ちゃんに影響されたのか、文章に妙に小説風。

 印象に残ったことばかり多めに書くので、俺の日記というよりも羽佐間の奇行記録みたいにはなったが、趣味は趣味である。

 俺はいつしか、寝る前にはその日の行動記録をパソコンに書き残すのをルーティンとするようになっていた。


 我ながらかなりの分量になっているので、姉さんとかにいつか見せようとも思っている。

 羽佐間とのあれこれについて聞きたがっていたし、また姉さんが忙しくなった時には、この文章を余暇時間に読んでもらうことで報告としよう。


 そういう訳で、俺は日記を毎日コツコツと書き、終いにはデスクトップにショートカットを用意するくらいには「日常」とするようになったのだが。

 ある日だけは、そのショートカットを見えないように工夫した。

 パッと見は、そんなデータは無いように偽装したのだ。


 何故かと言えば単純な話。

 今日は、羽佐間が俺の家に来る日だったからだ。


 初デートからやや時間が経過した平日。

 教育委員会の都合がどうのとか言う理由で、学校が午前中しか無かった日。

 合唱コンクール委員の仕事も殆どなく、早めに学校を出た俺の前で────羽佐間ははっきりと、「松原君の家にお邪魔してみたい」と言った。




「お邪魔しまーす……」


 心持ち緊張した声色と、どこか普段よりも重く感じる彼女の前髪。

 服装は放課後なので当然制服だったが、それも着用者の緊張に引きずられて硬直化しているように見えた。


 実際、緊張していたのだろう。

 我が家の玄関にまで来た羽佐間は、前髪や制服よりも強張った様子で足を進める。

 これに関しては奇行などではなく、純粋に「彼氏の家を初訪問する彼女」のテンプレートのように思えた。


「ど、どうぞ……上がって」


 そして向かい合う俺も、緊張の度合いで言えば似たり寄ったりである。

 前回の突発的なデートではここまで恥ずかしくなかったのに、家に呼ぶというだけで全身がむず痒くなってくるのは何故だろう。

 自分なりにスムーズに羽佐間を招き入れたつもりだったが、玄関脇の姿見には油の切れたブリキ人形みたいなのが映っていた。


「前に来た時も思ってたけど……一軒家、なんだね。中から見ると、改めて大きい」

「あー、うん。元々は、デザイナーの母さんが仕事の一環で紹介された土地らしくて。父さんがそれを気に入って家を建てて……父さんの仕事が不安定なカメラマンなものだから、ローンの審査が厳しかったとか愚痴ってた」

「でも、凄いお父さんとお母さん。東京の真ん中に大きな一軒家って時点で」

「いやいや、東京と言ってもここは映玖市だから……都心とは訳が違う」


 何故か家から褒める羽佐間を前に、俺も家主でもないのに謙遜する羽目になる。

 思えば、彼女どころか親族以外の他者をこの家に招き入れる事自体がこれまで殆ど無かった。

 羽佐間は羽佐間で他所の家を訪問したことがほぼ無いのか、互いに会話はぎこちない。


 そのせいで遠慮が出たのか、俺は一先ず羽佐間をリビングの方に案内した。

 普通なら自分の部屋に誘うのかもしれなかったが、何だか躊躇われたのである。

 どうせ他の家族もいないのだし、とリビングのソファに座らせ、飲み物の準備に移る。


「松原君、お姉さんは芸能事務所のマネージャーでしょう?お父さんがカメラマンで、お母さんがデザイナー……皆さん、バリバリに働いているのね」

「ああ、全員仕事を全力で楽しむタイプで……仕事に没頭して家に帰ってこないものだから、うっかりすると数か月単位で家族の顔を見ない」


 適当にコーヒー原液やら紅茶パックやらを引っ掻き回している間も、羽佐間の質問は続いた。

 どうも、俺の家族の姿が一人も見えないことが気にかかったらしい。

 彼女の予想では、家に行けば俺の親か姉さんが待っているはずだったのか。


 ──というか、親のいない家に彼女を呼び寄せるって今更ながら良かったのか?厳しい家だと、そういうのも禁止されることがあるらしいけど。


 それこそ、前回羽佐間が引っ張り出してきた校則なんかに書かれている理屈である。

 保護者のいないところで遊んではいけません、泊まってはいけませんなんてことが書かれているアレ。

 もしや羽佐間、そんなことまで気にして家族の話題をしているのか。


 いやまさかな、と俺は思考を打ち切る。

 前回もそうだが、いくら何でもあれは羽佐間が利用している方便だろう。

 そう判断して、俺はまともに取り合わずに話の方向をずらす。


「そう言えば、羽佐間には姉とか弟とかがいないんだよな?この前一人娘って言ってたし」

「そうだけど……それがどうかしたの?」

「いや、兄弟姉妹が一人もいないっていうのは羨ましいと思って。正直、前から一人っ子に憧れているところはあったし。姉さんと色々やってるとさ」


 ようやく紅茶を淹れ始めてから、そんな雑談をする。

 この「姉がいることによって生じる理不尽」というのは、ずっと前から誰かに語ってみたかったことだったのだ。

 だからこその話題だったのだが、羽佐間はよく分からない様子で首を捻る。


「そうなの?私からすると、頼れる社会人のお姉さんがいるなんて羨ましく思えるけど。昔、親に対してお姉ちゃんが欲しいってねだって困った思い出もあるくらい」

「いやいやいや……羽佐間、それは俺の姉さんを知らないから言える言葉だ。漫画とかだと年上の姉って凄く優しい人に描かれるけど、実際はそんな良い物じゃないから」


 これに関しては心の叫びだったので、つい強く主張してしまう。

 我が出過ぎたのか、羽佐間に持って行った紅茶のカップがガチャガチャ揺れてしまった。

 俺の熱意に当てられたように、紅茶に奇抜な形の波紋が作られる。


「いいか羽佐間、リアルの姉なんてのはとにかく理不尽な生き物なんだ。特にウチの場合、十歳も年齢が離れているからな。小さい頃の俺はもう、姉さんやその友達の玩具にされまくっていた」

「玩具って、例えば?」

「どうでもいい悪戯を仕掛けられたり、意味もなくプロレスされたり、理由もなく弄られたり……とにかく、色々だ」


 解説していると、自然と姉さんにまつわる過去の記憶が想起されてくる。

 幼稚園児の頃のクリスマス、何故かサンタクロースではなく殺人鬼の仮装をして俺を追い回した姉さん。

 俺がホラー嫌いだと知るや否や、自ら偽造した心霊写真で脅かしてきた姉さん。


 幼児だった俺が襖に落書きをすると、仕返しと称して俺の顔に油性マジックで落書きをした姉さん。

 俺が姉さんの分のケーキを間違って食べた時、廊下で助走をつけてまで本気のドロップキックを放ってきた姉さん。

 小学生の時に授業参観に現れ、数多の伝説を残していった姉さん。


 ……どうしよう。

 碌な思い出が無い。


 語れば語る程、語ったそれを凌ぐ酷い話が思い出される。

 自然、俺はポンポンと姉さんに関するエピソードを語っていった。


 お家デートで話すことかとは思ったが、それはそれ。

 羽佐間が結構興味深そうに聞いてくれたこともあって、マシンガントークになってしまう。

 そうしてたっぷりとエピソードを羅列してから、俺はしみじみと話をまとめた。


「いやほんと、なまじ年が離れていたせいなのかな。弟と言うよりも面白いガキくらいに見られてた節があるというか……この世に存在する悪戯の大半はもう浴びたよ、俺」

「ふうん、じゃあ松原君は……」


 ────お姉さんのこと、嫌いなの?


 口調そのものは、随分と軽く。

 しかし意外と真剣な声色で、それは問いかけられた。

 過去を振り返りながら紅茶を飲もうとしていた俺は、そこで「おっ」となる。


「……そう聞こえたか?」

「聞こえると言うか、随分と困ったお姉さんみたいに話すから。前に言ったけど、松原君の話や趣味からは両親の影響が透けて見えるんだけど、お姉さんのことは最初の『取引』以外にあまり話題に出ないし」


 話に出したくないくらいに嫌っているのかもって思った、と続く。

 それを聞いて、俺は羽佐間の意見に驚いていた。

 付き合い始めた理由が姉さんの写真絡みだったので、何となくそれを深掘りする話題をする機会が無かっただけなのだが、それが羽佐間の誤解を招いていたらしい。


「いやあ……口にするのも何だか恥ずかしいけど、そんな大嫌いって程じゃないよ。いや勿論、困った人だとは思うし、偶にガチで喧嘩になることもあるけど」

「それはどうして?話を聞く限り、嫌な目には一杯遭わされているみたいだけど」

「んー、まあ、それはそうなんだけど」


 どう言えば良いかな、と思いながら俺は首の後ろをバリボリ掻く。

 正直、羽佐間の意見は非常に常識的だった。


 確かに姉さんは俺に対してしばしば洒落にならない悪戯や性格の悪い謎かけを行うし、一般的な家庭なら絶縁されてもおかしくない人物なのかもしれない。

 これは否定しようがない。

 変人の多いウチの一族だが、あの人はレベルが違う。


「それでも……本気で姉さんを嫌いになったことは無いなあ。冷酷な面はある人だけど、残酷な人ではないし。嫌う程の理由は無いというか」

「……家族の絆ってやつ?」


 いよいよ理解出来ない、という風に羽佐間がまた首を傾げる。

 話が奇怪過ぎて紅茶を飲む気がしないのか、カップは放置されていた。

 そんな静かなカップを見つめながら、俺は補足する。


「ええっと……もし姉さんが、百パーセント悪意でそういう悪戯を仕掛けてくるような人だったなら、流石に嫌っていたと思う。好きになる理由が無いし。だけど姉さんは基本、そう言う原理では動かないから」

「じゃあ……お姉さんから松原君へのそういう行為は、家族愛故にってこと?」

「いや、違う。それはそれで気持ち悪いというか、愛があるなら許されるって訳じゃないだろうし」


 もしその理屈が成立するなら、DVも虐待も犯罪ではなくなってしまう。

 愛があれば何でも許される、とはいかないだろう。

 俺が姉さんのことを許すというか、互いに憎しみを抱いていないのはまた別の理由だ。


「上手いこと言えないんだけど……姉さんが困った人で、俺を利用して遊んでるのは事実だ。でも同時に、俺に与える悪戯を超えるレベルで俺のことを守ってくれている人でもあるんだよ。俺がミスした時なんかは、特に。だからかな」

「守ってくれる?」

「そう、具体的な例については、話すと長くなるんだけど」


 そこまで言ったところで、俺は少し話を躊躇った。

 促されるままに語り続ける中で、いつの間にか我が家のかなりプライベートな部分まで語ろうとしていることに気が付いたからだ。

 いかに彼女とは言え話して良いのか、と一瞬戸惑って────ええい、と言ってしまった。


「例えばさ、五年くらい前の話なんだけど……」


 俺がまだ小学生で、姉さんが大学生だった頃。

 俺と姉さんの二人で、父親の実家に帰省していた時の話。

 この話こそ、俺の姉さんの関係を示すのに一番ふさわしいものだろう。


 そう思った俺は、天井を見つめながら昔話を始める。

 羽佐間はそんな彼氏を、嫌に真剣な表情で凝視していた。

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