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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.3:知ってはいけない
21/59

露出

「んー、すっきりした。カラオケなんて久しぶりだから……」


 数分後、凛音の曲を歌え終わった羽佐間は言葉通りにすっきりした表情でマイクを下ろした。

 アイドル好き云々を除外しても、純粋に歌を歌うこと自体が好きなタイプなのかもしれない。

 マイクと端末を片付ける彼女は、全力で歌っていたというのに疲労した様子が見られなかった。


「じゃあ、そろそろ出よう。もう時間ギリギリだ」


 割と歌うの上手かったなあと思いながら、俺はゴソゴソと自分の財布を漁る。

 このカラオケボックスは料金が後払いなので、出る時に使用料を清算をしなければならない。

 看板に出ていた金額はかなり安かったから、紙幣は必要なさそうだった。


 ──でもこう言うのって、俺が奢ることになるのか?ネットだとこの話題でかなり荒れていたけど……。


 昨日の調査で知ったことを思い返しながら、俺は一応自分一人でも払いきれる額が財布にあるのかを確認してみる。

 何せデート自体が初めてなので、自分なりの正解と言うのを決められていなかった。

 こういうこと一つでも、ちょっと悩んでしまう。


 いつかは慣れる日が来るのだろうか、なんて思いながらじゃらじゃらと小銭を確認。 

 羽佐間の様子を伺うと、俺と全く同じ仕草をしている彼女の姿が目に入った。

 向こうも、マイクを手放して財布──簡素なプラスチック製だった──を弄っていたのである。


 まさか同じことを考えていたんだろうか、と俺はちょっと硬直。

 やがて彼女も顔を上げ、これまた似たような硬直をした。

 数秒後、俺たちは二人してにへらっと苦笑する。


「……割り勘にするか」

「お願い」


 最終的に俺たちが支払ったのは、互いに三百四十七円ずつ。

 中学生かつボロいカラオケボックスだということを差し引いても、安上がりなデートである。




「……あ、ちょっと待って」

「何?」


 個室を出てレジに赴き、じゃらじゃらとした勘定を終えた後。

 カラオケボックスの敷地から出て行こうとした羽佐間に、俺は反射的に声をかけた。

 不思議そうに佇む彼女を前に、俺は首の後ろをバリボリと掻く。


「どうしたの?忘れ物でも?」

「いや、そうじゃなくてさ……どうせなら、と思って」


 我ながら主語の欠けた言葉遣いだった。

 案の定さっぱり意味が伝わらなかったのか、羽佐間は意味が分からなそうな顔をする。

 彼女の顔になんとなく急かされているような気分になった俺は、ええいと手を動かした。


 取り出す物は、ポケットにずっと入っていた愛用のデジカメ。

 それを突き出し、やや気恥ずかしくなりながら提案する。


「どうせなら記念に一枚撮らないか、と思って……ここの前でさ」

「撮るって、写真を?」

「ああ。君風に言うのなら、皆がやってることなんだし」


 初デート記念に、とは言えなかった。

 いくら何でも恥ずかしすぎるというか、俺のキャラじゃないというか。

 いやまあそれを言うなら、このタイミングで撮影を提案すること自体がキャラじゃなかったが。


 仕方がないだろう。

 カラオケボックスを去ろうとしたこの瞬間、何故だか唐突に写真が撮りたいと思ってしまったのだから。

 父さんの言葉を借りるなら、「撮りたいときに、撮りたい物」が現れたのだ。


「別に、誰かに見せるとかじゃなくて、俺が思い出に撮っておくだけなんだけど……良いか?」

「……断る理由、ないと思う」


 言い訳がましい俺の言葉に、羽佐間は感情の読めない表情で応じる。

 そして、「こう?」と言いながらピースサインをした。

 仏頂面の彼女とピースサインはどうにも似合っておらず、俺はその場でフフッと笑ってしまう。


「……何?」


 流石に機嫌を損ねたのか、羽佐間はいよいよ仏頂面を酷くする。

 ゴメンゴメンと謝りながら、俺はその表情を解くことに専念した。

 いくら何でも初デート記念の写真がこれでは、何時か見返すであろう未来の俺の気分がアレである。


「ピースサインはしてもしなくてもよくて……ええっと、自然に立ってみてくれ」

「……」


 根が律儀なのか、羽佐間は仏頂面のままでも俺の指示に従って動いてくれる。

 のそのそと敷地の端を移動してから、だらりと両腕を垂らしてこちらを見つめた。

 さっきよりは普段通りだな、と思いながら俺はデジカメを構え直す。




 ────そこからの数秒間で、幾つかのことが同時に起こった。

 だからここでは、一つずつ起きたことを列挙しようと思う。




 最初に、羽佐間の背後にあったカラオケボックスの扉が音を立てて開いた。

 俺たちとは違う別の利用者が、丁度このタイミングで退室したのである。

 結果、俺の視点だと羽佐間の背後にその利用者──私服姿の女子だった。多分中学生だろう──が映りこむことになった。


 彼女の出現を受けて、俺はデジカメの撮影を一時中断する。

 今の状態で撮影すると、羽佐間の背後にその女子が入りこみかねない。

 この時代、無許可で街中の人を撮影すると色々と面倒なことになる。


 これまでの経験でそれを知っていた俺は、彼女が立ち去るまで写真は撮るまいと画面から視線を外した。

 早く去ってくれと思いながら、カラオケボックスから立ち去るであろう彼女の動きを目で追う。


 そして、この次に起きたこと。

 これに俺は目を剥いた。

 というのもこの利用者は、異様に素早くカラオケボックスの敷地から出て行こうとしたのである。


 本当に、全力ダッシュに近いような速度だった。

 つい数秒前までいた個室から一刻も早く離れたいかのように、こちらに向かってダダダダっと駆けてくる。

 本人も前を見る気はないのか、顔を伏せたままの疾走だった。


 しかしこの時、彼女の進行方向には俺の指示通りに立っていた羽佐間の姿がある。

 羽佐間は背後で起きていたことに気づいていなかったらしく、普通にそこにいたままだった。


 だから、最後に起きたことは必然の事象だったのだろう。

 俺の目の前で、立ち去る利用者と羽佐間が激突して。

 二人とも、その場ですってんころりんと転んでしまったのは。


「は……羽佐間!?」


 あっという間に激変した状況をポカーンと見ていた俺は、ここでようやく声をかける。

 変なところに力が入ったのか、デジカメのシャッターも押してしまっていた。

 しかし今は、そんなことに構っている場合ではない。


「大丈夫か、怪我は……」


 慌てて羽佐間たちのコケた場所に駆け寄った俺は、放り出された彼女の手を握る。

 もう一人の女子には悪いが、やはりここでは羽佐間の方が優先された。

 随分と細い彼女の手を握り、自らの方へと引っ張り上げる。


 羽佐間は何が起こったのか分かっていなかったのか、俺にされるがままだった。

 特に抵抗されることもなく、俺の胸に寄りかかる。

 華奢な体格をしているせいか、そこまでされても重さはあまり感じられなかった。


 ──とりあえず、怪我はなさそうだな。普通に立っているし、擦りむいたところも……。


 彼女の手を掴んだまま、俺はざっと様子を確認する。

 制服の下までは分からないが、少なくとも目に見えるところに怪我はなさそうだった。


 そのことに安堵した瞬間、足元の方に動きがある。

 羽佐間の隣で転がっていた女子が、自力で立ち上がったのだ。

 直後、彼女は次の行動に移った。


「あれ……ちょ、ちょっと貴女っ!」


 反射的に声を出すが、もう遅い。

 俺が羽佐間のことを助け起こしている内に、その女子中学生は素早くこの場を立ち去ってしまった。

 あっという間に、彼女の背中すら見えなくなってしまう。


 端的に言えば。

 カラオケボックスから突然出てきたその人は、謝罪もなくどこかに去っていったのだった。

 平たく言えば、規模の小さい当て逃げみたいなことをされた。


 ──えー……何だったんだ、あの人。


 たった数秒の間に色々と起こったこともあって、俺はついその場で呆気に取られてしまう。

 突然カラオケボックスから人が出てきたのはまあともかく、人にぶつかっておきながら即逃亡というのはちょっと理解を超えていた。

 一体何を急いでいるのか、あの人は。


 もしかしたら激怒しても良い場面だったのかもしれないが、謎が多すぎてそういう感情も出てこない。

 ただただ、その場でポカーンとしてしまった。

 感情の限界値を超えてしまっている感じがある。


「……あの、松原君」


 そうやって混乱していると、不意に自分の胸元からか細い声が聞こえてくる。

 それでようやく自分を取り戻した俺は、慌てて羽佐間のことを気にかけた。


「は、羽佐間。大丈夫か?今更だけど……」

「う、うん。怪我とかは無いし、別にどこも痛くないから。後ろから突き飛ばされた分、手を前に出してガードしたし」

「ああ、なるほど。そう言う意味では良かったな。受け身がとりやすくて」

「だから……その、この体勢は」


 もうしなくてもいいじゃないかな、と続く。

 ここまで言われてようやく、俺は自分の腕の動きに気が付いた。


 転んだ羽佐間を引き上げた時の勢いで、俺はいつの間にか羽佐間を抱きかかえるような動きを取ってしまっていた。

 傍から見れば、彼女を外で堂々と抱きしめているようなポーズである。


「あ……ご、ゴメン。無意識にやってて」


 彼女が何を恥ずかしがっているか分かって、即座に両腕を彼女から離す。

 それによってようやく自由になった羽佐間は、何か感情を抑えるように大きく息を吸った。

 多分だが、向こうも相当気恥ずかしかったのだろう。


 しかしそれは俺も同じだった。

 意図せずとは言え、世良君たちの相合傘レベルのことを堂々とやってしまった。

 その照れに耐えられず、俺はつい話題を逸らす。


「……何だったんだろうな、あの人」

「……私にぶつかった子のこと?」

「ああ、何だか変に急いで……何だかんだで、一言もこっちと話してないし」

「さあ……用事でもあったんじゃない?」


 それよりも、と羽佐間は顔を上げる。

 先程の女子の話題を振り切るように、彼女は俺の手元のデジカメをビシッと指さした。


「写真、撮り直そう?今度こそ、ちゃんとしたのを」

「ん、ああ……そっか、そうだったな」


 自分たちが写真撮影中だったことを思い出した俺は、今更のようにデジカメを構える。

 あの謎の女子中学生に邪魔される形となったが、元はと言えば俺が撮影を言い出したのだ。

 互いにどれだけ恥ずかしがろうが、さっさとこの撮影は終わらせた方が良いだろう。


「じゃあ羽佐間、またカラオケボックスの近くに立って……ああいや、扉の前はもう避けよう」

「そうね。この辺りに……」


 互いにぶつぶつ言いながら、俺たちはポジショニングに精を出す。

 羽佐間も羞恥心が残っているのか、前髪をずっと弄っていた。

 たかだかハグした程度でこれとは、随分初々しいなあ────俺の中の冷めた部分が、そんな感想を残す。


 ──仕方ないだろ、こういうの経験無いんだから……。


 自分で自分の理性に言い訳をして、俺はデジカメを構え直す。

 だがその瞬間、画面の端に「未確認」という文字があるのに気が付いた。

 内部メモリーに確認していない写真がある時、デジカメ側が警告として出すマークだ。


 ──ああそっか、さっき驚いた拍子にシャッターを押しちゃったから。二人がコケた瞬間の様子を撮影しちゃったのか。


 それが内部に保存されているために、こう表示されたのだろう。

 要は無駄な写真が一枚残っているというだけなので、俺はさっさとデータを呼び出してそれを消去しようと動く。

 別に後で消してもいいのだが、それだと消すのを忘れてしまいそうだったので──そして先日の姉さんの写真のように、変なタイミングで表示されても困るので──今の内に消そうと思ったのだ。


 特に手元も見ずに、かつて羽佐間も押した過去データ確認のボタンをポチリ。

 一秒もかからず、羽佐間と例の女子中学生がこけた瞬間の写真が呼び出される。


 後は削除のためのボタンを押すだけ。

 それで、中断されていた写真撮影に移ることができるはず。

 だったのだが────。


「……は?」


 呼び出された写真を何となく確認した俺は、ついそんな声を零した。

 撮像された光景が信じられず、動きを止めてしまう。

 その様子は羽佐間から見ても異様だったらしく、心配そうな声が飛んできた。


「どうしたの?お化けでも写ってた?」

「……いや」


 そうではない。

 そんな変な物は表示されていない。

 ごく普通に、二人の転んだ女子が映っているだけである。


 一人は羽佐間で、俺の記憶通りにうつ伏せに倒れている。

 後ろから衝突されたので、前方に倒れたのだ。


 一方もう一人、何故か全力ダッシュしていた女子中学生。

 彼女は見事に尻もちをついていた。

 多分、羽佐間とぶつかった衝撃で弾き飛ばされてしまったのだろう。


 それを前方から撮影したものだから、割とあられもないポーズが映ってしまっている。

 尻もちをついた上で股を大きく開いて、なおかつこちらに腰を突き出すような感じになっていたのだ。

 なまじスカートなんて身に着けている物だから、その中身が丸見えになっていた。


 これだけでも、十分アレな写真ではあるだろう。

 下世話な例えになるが、エロ本とかに出てきそうなポーズだ。

 意図せずこんな写真を撮られた彼女からすれば、即刻消して欲しい写真かもしれない。


 しかし、ここで俺が驚いたのはその点では無かった。

 ポーズではなく、スカートの中身に驚いたのだ。


 俺は最初、そこには下着の類が映っているものだと思っていた。

 ごく常識的に、普通の写真として。

 しかし俺の手元にあるこの画像には、そんなものはどこにも存在していなかった。


「何でこの人……()()()()()()()()()()?」


 信じられない、と呟く。

 漫画みたいに、リアルに目を擦る動作までした。

 しかしそれでも、目に映るそれは変わらない。


 デジカメの画面には、ある種堂々と。

 下着を身に着けていない、下半身を露出した女子中学生の姿が映し出されていた。


 間違いない。

 この人、下着を履かないままスカートだけを着用しているのである。

 そのまま転んでスカートがめくれ上がったために、露出狂めいたこの光景が撮影されてしまったのだ。

私の作品には何故か、下着を身につけない女性の秘密を暴くエピソードがしばしば存在します。

手癖なのでしょうか。

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