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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.3:知ってはいけない
20/59

歌唱

「因みに羽佐間、行きたい場所とかあるのか?特に決めずに来たけど」

「ううん、全く。この駅を指定したのも近いってだけ」


 ああそうかい、と再び俺は微妙な表情。

 昨日から薄々感じていたことだが、彼女がデートを思いついたのは大部分思い付きであるようだ。

 こうやって適当に散歩しているのも、決められた予定がないからなのだろうか。


 ──それ以前に、制服だと行ける場所が限られるよな……下手すると断られそうだし、悪目立ちもするし。


 どうしたものかな、と雑談しながら頭を捻る。

 羽佐間にデートに誘われたということに動揺し過ぎて、そのあたりのプランは真っ白なままだった。

 羽佐間の方にも予定がないとなると、本気で行き場所に困ってしまう。


「見たい映画とか、一度行ってみたい遊園地とか……そう言うのも無いか?」

「……松原君は行きたいの?そういうところ」


 質問に質問で返された。

 そしてこう直接的に問われると、自分がそこまでどこかに行きたいと思っていないことに気が付いてしまう。

 再三言っているが、読書写真推理くらいにしか趣味がない男なのだ、俺は。


「でもそうなると、本気でこうして散歩しているだけのデートになるけど」

「私はそれでも良いと思う。誘った私から言うのもアレだけど、中学生としては健全でしょ?」

「健全過ぎないかな、それはそれで」


 多分本気じゃないな、と思える発言だった。

 制服を着た理由に学校の規則を持ち出したのもそうだが、今日の羽佐間は真面目キャラで行くつもりなのだろうか。

 相変わらず行動に一貫性の無い人である。


 そんなことを言い合っている内に、俺たちは自然と駅から離れた場所をテクテク歩くような形になっていた。

 目的地もなく散歩していたので、いつの間にか結構な距離を歩いていたのである。

 話していたのはどうでも良いことばかりだったが──羽佐間が英語が苦手だとか、塾にも通ってなくて受験勉強は正直全然できていないとか──街の様相がガラリと変わったところで、羽佐間がふとそのことに言及した。


「ここまで来ると、目立つね。街並みのちぐはぐさ」

「ん、ああ……確かに」


 彼女の言葉に釣られて、俺は周囲の風景を見渡す。

 そこには、本当に東京二十三区なのかと疑問を覚えるアンバランスな光景があった。

 平たく言えば、真新しいビルと古い民家が混在しているのである。


 ある場所に高そうなホテルがあるかと思えば、その隣には安そうなアパートがある。

 道の右側に高級車の販売店があるが、向かい側では廃墟と化したコインランドリーがあった。

 いかにもこの場所、東京都神舵(かんだ)区らしい光景と言えるだろう。


「確かこの辺りは、急な開発の影響で新しい建物と古い住宅が混ざっているって話だったけど……予想以上だな」

「そういう理由があったの?初めて聞いた」

「いや、俺も親から聞いただけなんだけど」


 建築デザイナーの息子として生きていると、興味がなくともそういう話をチラっと聞く機会はある。

 俺が写真を趣味としているのと同じ理屈で、自然と生活の中に入ってくると言うか。

 そんな感じのことを俺はぼんやりと説明した。


 俺として適当な世間話のつもりだったのだが、羽佐間は嫌に真剣な表情で話を聞いてくれる。

 思えば、自分の家族に関する話をきちんとするのは初めてだ。

 だから真剣に聞いてくれているのか、と考えたところで彼女はポツリとこう返した。


「話を聞いているとよく思うけど……松原君、家族と凄く仲良いのね」

「え、そう聞こえたか?」

「うん、意外?」

「意外というか……」


 傍から見るとそう解釈されるのか、と驚いたのである。

 何度も言っているように、俺の両親は忙しくて中々会う機会がない。


 だからこうして「仲が良い」と断言されると、嬉しさなどよりも不可思議さが先に来る。

 一応は保護者代わりである姉さんはともかく、碌に話さない両親と俺の関係はそう表して良い物なのだろうか。

 羽佐間は、そんな俺の疑念を吹き飛ばすように首を振った。


「もし本当に仲が良くないのなら、親から教わった知識なんてもっと嫌そうに喋るもの。私が聞いている限り、松原君は普通だったよ?」

「ふーん……まあ確かに、極端に仲が悪くはないけど」


 首を斜めに振りながら、俺は自分のポケットを指先で撫でる。

 そこには羽佐間と付き合う切っ掛けにもなったデジカメが存在していた。

 デート中に写真でも撮ろうかとも思って、家から持ってきたのである。


 これだって、家族からの影響の一つではあった。

 碌に会っていないとは言え、俺にこれを買い与えたのは父さんなのだから。

 羽佐間の目には、これも俺と親の仲の良さの象徴のように見えているのかもしれない。


 ──それでもやっぱり、あの親と仲が良いって言われると不思議な気分だな……というか、そういうことを言うなら。


 意外な評価を咀嚼している内に、全く逆のことが脳裏をよぎる。

 ぼんやり歩いているだけというシチュエーションもあって、俺は深く考えることもなくそれを口にした。


「……そういう羽佐間はどうなんだ?」

「どうって」

「いや、羽佐間のご両親ってどういう人たちなのかなって思って。何気に、羽佐間についてよく知らないから」


 差し支えなければ教えて欲しい、と頼んでみる。

 普通なら、ずっと前にしておかなくてはならない会話だった。

 奇妙なことに、ちゃんとした自己紹介もしないままに俺たちは付き合い始めたのだから。


「……別に普通だと思うけど。お父さんは小さなネジの工場を経営してて、お母さんもそこの手伝い。私は一人娘で、家族仲も普通だと思う」

「へえ……あれ、でも羽佐間って去年転校してきたんだろう?親が自営業で工場をやってるなら、何故転校を?自営業ならあまり転勤とかなさそうだけど」

「自営業だからって、転校が無いとも限らないと思うけど」

「……あー、そっか。工場の移転や増設もあるし、単純に父親がマイホームを購入したとかでも引っ越しはするな」

「そう、それ。去年新しい家に移ったから」


 だから転校してきただけだと聞いて、俺はよくある話だと思う。

 俺たちの住む映玖市は東京の端っこにあり、都心よりは地価が安い。

 故に都心で働く人が、職場に通いやすい家を求めて映玖市に移住することも多い────これもまた、母さん由来の知識だった。


「私の話よりもさ……ねえ、あれ」


 そこで不意に、羽佐間は俺の服の袖をくいっと引っ張る。

 釣られて動きを止めると、彼女はいつしか前方の一画を指さしていた。


 何だと思って見つめてみれば、複数個のプレハブ小屋が目に入る。

 代わり映えの無い雑然とした一画に、無造作に並べられた小屋たち。

 道沿いに看板が立てかけられてあったので、辛うじてそこが工事現場ではなく何らかの店だということが分かった。


「……『空桶館』?」


 看板の文字を反射的に読み上げ、即座に首を捻る。

 どういう意味なのか、一瞬分からなかったのだ。

 だが幸いなことに、数秒後には意味が通じた。


「空の桶……ああ、カラオケか。カラオケボックスなのか?」

「そうだと思う。ああいう感じで営業しているお店もあるって聞くし……だからさ」


 どうせなら入ってみないか、と。

 軽く提案されたところで、俺は今がデート中であることを思い出した。

 ただの雑談散歩では無かったらしい。




 そして約二時間後。

 制服姿でも普通に通してくれた空桶館の受付に感謝しつつ利用したカラオケボックスで、代わりばんこに歌う中で。

 俺は羽佐間の歌を聞きながら、付き合いで手拍子をしていた。


「……私たっちはー……はってしなーいーこーいをするー!」


 最後のサビを歌い終わり、羽佐間がはあと息を吐いたのがマイク越しに響く。

 ほぼ同時に、少し音割れした音源も沈黙。

 元より短い曲だったせいか、あまり余韻を残さない感じのメロディーだった。


 何にせよ自分の彼女が歌い切った後ということで、俺は精一杯拍手をする。

 それを照れくさく思ったのか、羽佐間は手を振って顔を伏せた。


「そ、そんな上手くないでしょ、私。だから……」


 拍手を止めろ、と言いたいらしい。

 このカラオケボックスに入ってから、羽佐間はずっとこんな調子だった。

 割と歌うのは好きなのか積極的にリクエストを入れるのだが、歌うごとに恥ずかしがっている。


 ──こんなに歌を聞かれるのが恥ずかしいのなら、どうしてカラオケボックスに誘ったんだろうな、この子……というか、合唱コンクールも大丈夫なのか?


 内心、かなり不思議には思っていた。

 しかし羽佐間を嫌がらせるつもりはないので、言われるままに拍手は止める。

 代わりに、歌に関係する別の話題を振ってみた。


「さっきから思ってたんだけど……羽佐間ってアイドルが好きなのか?何曲も入れているみたいだけど」


 備え付けの端末を操作して、これまでにリクエストされた曲の履歴を呼び出す。

 そこには俺と羽佐間の歌った曲が並んでいるが、羽佐間のリクエストしたそれは殆どがアイドルソングだった。

 テレビを殆ど見ない俺でも知っているような有名曲が、一通りリクエストされている。


「確かに、アイドルの曲は好きな方だけど……別の曲が聞きたいの?」

「いや、そういう訳じゃないけど」

「じゃあ、ボヌール所属のアイドルにして欲しいとか?お姉さん繋がりで……」

「いやいや、そんな営業はしてないけど」


 姉が芸能事務所に勤めているからって、まさか私生活でまで徹底しているわけではない。

 何なら俺自身、アイドルについては大して詳しくないくらいだ。


「ただ単に、歌の好みってあるんだなあと思っただけ。俺はあんまり好きな曲とかがないから、そういう感覚が物珍しくて」

「……確かに、松原君はそういう感じのリスト」


 俺の呼び出した履歴を見て、羽佐間はクスリと笑う。

 それを言われると気恥ずかしいな、と俺は首の後ろをバリボリ掻いた。


 羽佐間のリクエストしたアイドルソングを除くと、そこには当然俺が歌った曲が載っている。

 その並びは、自分でも分かるくらいに統一感がない。

 音楽の授業とかに出てきそうな歌ばかり歌ったので、自然とそうなったのだ。


 ──そもそも、カラオケとかあんまり来たこともないしな……知らなかった、俺ってここまで音楽に詳しくない人間だったのか。フルで歌える曲が少なすぎる。


 羽佐間にばかり歌わせるのも疲れるだろうと頑張ったのだが、正直既にストックは尽きていた。

 もう他に覚えている曲と言えば、童謡と校歌と合唱コンクールの課題曲くらいしかない。


 流石にここで課題曲を歌うのもな、と思った俺は助けを求めるように時計を見る。

 そして、ようやく時刻を意識した。


「……おお、いつの間にか十二時前か。歌を思い出すのが大変で、時計見てなかったけど……」

「あれ、もうそんなに?」

「ああ、ここの利用時間ギリギリだ。流せるの、後一曲くらいじゃないか?」


 確か、これ以上制限時間が迫ると歌のリクエスト自体ができなくなるはずだった。

 ここを利用する際、そういう説明を受けた記憶がある。


「じゃあ、最後に何か歌おうかな。どうせなら……」


 そう呟きながら、羽佐間は俺から端末を貰って素早く操作し始める。

 俺も歌う曲に困っていたくらいなので、最後を彼女に譲るのに異存はなかった。

 どんな曲を締めにするのかな、と素直に少し待ってみる。


「……よし、トリはやっぱり凛音様かな」


 いくらか逡巡した末、羽佐間は力強くターンッとリクエストを打ち込む。

 途端に流れてきたのは、ボヌール所属の超人気アイドルが歌う曲のイントロだった。

 これまた俺でも知っているレベルの曲だから、余程世間でヒットしたのだろう。


 そんな感想を抱いている内に、彼女はいそいそとマイクを掴んで第一声に備え始めた。

 マイクを握っていない方の手は、何故か肩に置かれている。

 この歌を歌うアイドルの振り付けがそんな感じだったのか。


 ──やっぱり、アイドル好きなんだな……動きを覚えるレベルで聞きこんでいるみたいだし。好み自体は広く浅くみたいだけど。


 何となく、そんな推理をする。

 これまでの曲のリクエスト傾向を見ると、そうとしか思えなかった。

 人気曲を全てチェックする──少なくとも、フルで歌えるレベルになる──くらいには、アイドルソングに造詣が深いのだろうか。


 ──でもそれなら……いよいよどうして、俺に「アイドルのサインをもらってこい」みたいな取引を提案しなかったんだろう?付き合って欲しいなんて変なことを言わなくても、そっちの方が彼女に利益がありそうな気もするけど。


 そこがやっぱり疑問だと。

 凛音のMVが流れる画面を横目で見つつ、俺はついつい考えていた。

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