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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.3:知ってはいけない
18/59

解読

 そして数時間後。


「……長いな」


 凝り固まった首を手で解しながら、俺は愚痴をこぼした。

 読み込みが完了してからずっと葉兄ちゃんの日記を読んでいたのだが、流石に体の方がキツくなっていた。

 普段はそんなにパソコンばかり弄っている訳でもないので、画面に座って向かい合い続けるというのが既に辛い。


「あー……目が」


 嫌な疲れ方をしている。

 もう少しマシにしようと目を閉じて上から揉むと、一層疲れが自覚された。

 電子媒体は、どうしてもこの手の欠点がある。


「でも頭の方も何か疲れたな……葉兄ちゃんの日記、読みにくいし」


 一度愚痴をこぼしたせいか、芋蔓式に別の愚痴まで飛び出てきた。

 どうやら本当に疲れているらしい。

 自分から頼んで送ってもらっておいて失礼な言い方だが、本音なのだから仕方がないだろう。


 この数時間で確認する限り、葉兄ちゃんの日記はかなり読みにくかった。

 誤字脱字がちょくちょくあるのと、だらだらと起伏の無い展開が書かれ続けているのが読む側のテンションを下げてくる。


 ──いやまあ、あくまで個人の日記なんだから仕方ないんだけど。例えば俺が日記を書いても、こんな感じになるだろうし……それを抜きにしても、日記っぽくない文章が多いのは気になるけど。


 この辺りが、「興が乗って小説みたいになった」部分なのだろうか。

 日記を書いている内に興が乗るというのがどうにも分からないが、まあそういう瞬間もあるのだろう。

 どうして個人の日記の中で推理小説の考察が定期的に書き殴ってあるのかは、さっぱり分からないが。


「というか、まだ全体の一割強しか読めてないぞ……読むのにどんだけかかるんだ、これ」


 今のところ、日記内の季節はまだ五月である。

 ようやっと、ゴールデンウイークの手前まで進んだのだ。

 数時間かけてこれでは先が思いやられる。


 流石にちょっと時間を置こうかと判断し、俺はそこで画面を消した。

 そろそろ昼食の時間だし、思えば空腹も限界に達している。


「でも、なんかあったっけ?母さんの作り置き……」


 ぼそぼそ言いながら、俺はリビングへとシームレスに移動。

 ついさっき姉さんが何かごそごそやっていたことから推測するに、冷蔵庫に昼食になるものは残っているらしかった。

 外に買いに行く元気はないし──数時間パソコンと向き合っていると、本当にそんな気分になる──それで済まそうと計算する。


 しかし、まさにその瞬間。

 リリリンと聞き慣れた音が響いて、足を止めてしまった。


 俺のスマホが鳴っているのだと認識する前に手が動く。

 ポケットからそれを引き摺りだうぃ、反射的に画面を確認していた。


「電話……公衆電話から?」


 大きく「公衆電話」とのみ表示されている画面を見て、珍しいと感じる。

 俺のスマホに電話が掛かってくること自体珍しいのだが、公衆電話からというのは輪をかけて珍しかった。

 かなりの人がスマホか携帯電話を所持しているこの時代、あれの使用率は低下しているだろう。


 ──誰だ?別にそんな、誰かが連絡をとってくる予定はないはずなんだが……。


 首を傾げながら、俺は一応その電話に出てみる。

 すると、意外にもスマホからは聞き覚えのある声が響いた。


「もしもし、どちら様ですか?」

『もしもし……羽佐間だけど、松原君?』


 ──……羽佐間か。


 ちょっと驚いて、俺はその場で瞬きをする。

 悪戯電話なんじゃないかとすら思っていたので、彼女が掛けてきたというのは予想外だった。


 そもそも予想外以前に、初めての経験である。

 家に突然押しかけられたあの時を契機として、羽佐間に番号は教えていたのだが、まさか早速使ってくるとは。

 彼女自身はスマホの類を持っていない──家の方針で、中学生の間は持たせないらしい──とのことだったので、連絡もほぼ無いだろうと踏んでいたのだが。


 ──いやでも、何で公衆電話から?……何か、外からこっちに電話するような用事があったのか?


 疑問符に包まれながらも、俺はスマホを持ち直す。

 何はともあれ、話を聞かないといけない。


「松原だけど……ええと、何か急ぎの用事が?」

『うーん、急ぎって訳じゃないんだけど』

「あ、そうなのか」

『でもまあ、ちょっと電話したいことがあって。突然なんだけど、良い?』

「電話されるのは別に良いけど……」

『良かった、じゃあ提案があるんだけど』


 軽く安堵したように口調を緩めて、それから羽佐間はさらりと続きを述べる。

 交際中の恋人からの言葉としてはありふれた、しかし俺たちの間では奇妙に思える言葉を。


『もし、松原君に時間があったら……明日にでも、デートしない?』






「で?お前、そのままOKしたのか?」

「ああ……何かこう、断り切れなくて」


 羽佐間との通話が終わった直後、俺は姉さんとリビングでそんな会話をしていた。

 デートの約束について受け止めきれず、何とも言えない表情でうろついていたところを昼食中の姉さんに見つかったのである。

 どうかしたのかと問われた俺は、先程の通話の内容をそのまま話してしまっていた。


「何故か知らないんだけど、羽佐間が積極的だったんだ。できれば明日の午前中にでも集まりたいとか、集まるなら近い駅のホームが良いとか色々提案してきて……その上で不都合はないかって」


 数分前の会話を追想し、俺は釈然としない顔を浮かべる。

 決して話は盛ってはいないつもりだ。

 本当に羽佐間は今日に限って妙に準備が良く、デートの段取りまで向こうで勝手に決めて電話してきたのである。


 俺としては、彼女にまくし立てられたものだから口をはさめなかったというのが正しい。

 あれよあれよという間に、俺たちが明日デートすることは確定事項となってしまっていた。


「でも、このデートの提案も変な話だよな?昨日までそんなこと一切言ってきてなかったのに、突然言ってきたし。一体、何がしたくて……」

「公衆電話で掛けてきたということは、外にいるってことだろう?彼女が外出中、突然デートすることを思いついたというのが思いつくセンだが」

「そうだとすると、妙に準備が良かったのが引っ掛かるんだよな。突然思いついたのなら、あの用意は一体……」


 うーん、と俺は姉さんの前で謎に唸る。

 羽佐間にまつわる不思議な点がまた増えてしまった。


 この件についても、一体どう解釈すればいいのやら。

 一人で悩んでいると、唐突に姉さんが話題を変えてくる。


「……今の電話の話を聞くと思うんだが、お前、唐突に変な提案をされるのに意外と弱いな?告白の時もそうだが、なし崩し的に相手の要求を丸呑みしがちと言うか」

「あー……うん」

「その羽佐間って子も、それが分かってるのかもな。だからそんな電話をいきなりしてきた」

「んー……」


 気恥ずかしさから首の後ろをバリボリ掻くと、姉さんは未だに寝癖の残った髪を揺らしつつ、ケケケと漫画チックな笑い方をした。

 同時に、昼食である豚の角煮を実に美味しそうにむしゃむしゃと食べ始める。

 分かっていたことだが、俺の困りごとは姉さんにとっては最高の肴らしい。


 相談中にこういう対応をされるのも中々酷い話だったが、指摘自体は的確だったので何も言えなかった。

 実際、俺は唐突な展開の変化に結構弱いところがあると思う。

 告白の時も今回も、その癖のせいで羽佐間に振り回されているのだ。


 ──我ながら、漫画のデータキャラみたいな弱点だな、これ……この辺りも、羽佐間が言ってたことに繋がるのか?なまじ理屈っぽい分、感情を読めないっていう。


 ふとそんなことを思った。

 瞬間、姉さんがニヤニヤ笑いのまま話を戻してくる。


「それで、そのデートの誘いはどうするんだ?事情は分からないが、相手はやる気満々なんだろう?」

「どうするって、行くしかないだろ。流されてとはいえ頷いちゃったし、そもそも今更行きたくないって言うにしても……」


 向こうが公衆電話で掛けてきているので、羽佐間に電話して予定変更するということが不可能なのである。

 彼女はスマホを持っていないそうだし、家に固定電話はあるかもしれないが、その番号を俺は知らない。

 必然的に、俺としては既に決まった予定を受け入れる以外の道はないのだった。


 ──というか羽佐間、これも見越して公衆電話から電話してきたんじゃないだろうな?俺が行きたくなくなっても、断りの連絡を入れられなくするために……だとすると、もう謎を超えて怖いんだけど。


 内心そんなことを思っていると、姉さんが目の前で「ごちそうさん!」と声を発した。

 食べ終わったらしい。


「まあ何にせよ頑張るんだな、玲。前も言ったが、私はこの手のアドバイスは無理だ」

「はいはい……」

「ああそれと、今日の午後からは私も出かけるから。晩飯は自分で食えよ」

「了解……どこかに遊びにでも?」


 カチャカチャと食器を片付ける姉さんを見ながら、ふと予定を聞いてみる。

 昼までゴロゴロと寝ていた姉さんが、貴重な休日を何に使うのか気になったのだ。


「遊びじゃ無いな。三時にとある劇団の公演があるんだ。舞台演出の面で何か新しいことをしているっていうから、研究がてら見に行こうと思って」

「劇団……え、それは仕事で?ボヌール事務所の方から指示を受けているとか?」

「いや、私が個人的にチケットを買っただけだ。いつか、私のやっているプロデュースに役に立つかもしれないからな」


 平然と言う姉さんを前に、俺は「仕事の一環じゃん」と少し呆れる。

 生真面目というか、ワーカーホリックというか。


 アイドルプロデュースに関わる人たちというのは、偶の休日ですらこんな感じなのだろうか。

 その苛烈さに、俺はしばしデートのことを忘れて純粋に姉さんを心配してしまう。


「いつも思うけど……姉さん、仕事に関しては滅茶苦茶真面目だよな?高校時代は学校をおかしな理由でサボったり、勝手に抜け出したりしてたのに、今では休みの日も研究に精を出してるし」

「真面目というのも変な評価だが……どうかしたか、何か不満でも?」

「いや、そうじゃないけど」


 その情熱はどこから来るのかな、とちょっと気になっただけである。

 我が姉は元々バイタリティ溢れる人物だったが、それにしたって芸能事務所への就職以降、仕事に対する熱心さには今まで以上のものがあった。

 だからこそ、一度聞きたかったのだ。


「何というか、姉さんってもっと不良社員みたいなのになるかなあって思ってたから……最近の行動を見てると、ちょっと意外な気がして。学生時代にヤンキーをエアガンで追いまわしていた人が、こんな真面目に働いてるのに違和感があるというか」

「お前の中の私のイメージ、大概酷い気がするが……まあ、社会人だしな。これでも社会に適応しているんだよ、私も」

「ふーん」

「それにアイドルプロデュースという仕事の都合上、どうしたって複数人の人生を背負っているからな。それを思えば、とてもサボってはいられないんだよ」


 ──お、雰囲気が変わった。


 昼食に使った皿をゴシゴシ洗いながら、姉さんはどこか真剣な雰囲気で口を開く。

 彼女にしては珍しいことだったので、俺は無意識に居ずまいを正した。


「今、私は中高生の五人組をアイドルとしてプロデュースしているが……本来なら彼女たちくらいの年齢の子どもは、仕事なんてせずに遊び惚けるのが普通だろう?学校に行ったり、友達と遊んだり、趣味に走ったり……そういう楽しい生活を送っている子の方が多い」

「まあ、そうだろうな。俺と同年代なんだし」

「私はそんな子たちをスカウトして、叶うかどうか分からない『夢』を餌に、撮影だの歌だの大人でも音を上げるようなレッスンを課している。普通の学生なら誰でもできる、長電話も買い食いも男女交際も禁じて……言ってしまえば、私が彼女たちをスカウトしたことで、彼女たちは人並みの青春を奪われたとも言える」


 だからこそ、私は仕事をサボるようなことは絶対にできない。

 アイドルにならなければ味わえたであろう青春を奪った上、アイドルとしての成功まで達成できなかったのなら、大人になった彼女たちの掌には何も残らないかもしれない。

 極端な話、彼女たちがこれから幸せな人生を歩めなかったのなら、その原因は全て私たちにあると言ってもいいのだから。


 そんなことを、姉さんはらしくもなく真剣に述べた。

 思ったよりも重い決意を聞かされた俺は、そこでポカーンと口を開けてしまう。

 まさか、こうもちゃんとした「大人の正義」が語られるとは思わなかった。


 ──俺からすると、姉さんはずっと姉さんだけど……いつの間にかそういう覚悟を決めた人になってたんだな、この人。


 どこか感心しながら、俺は姉さんのことをちょっと違った目で見つめる。

 いつもは俺のことをからかうばかりの人だが、こう見ると尊敬すべき大人にも見えるような────。


「まあそういう責任ある立場だからこそ、お前の彼女事情なんかは暇潰しのエンタメとして楽しんでいる。また進展有ったら教えろよ。成就しようがフラれようが、良い娯楽になる」

「いや、台無しだな!」


 さらりと付け加えられた言葉に、俺は反射的にツッコミを入れた。

 こちらの反応が分かっていたかのように、姉さんはまたケケケと笑う。

 先程感じた真剣な雰囲気は、とっくの昔に雲散霧消していた。


 ──この人は、全く……何なんだ、本当に。


 本気で感心していた分、落とされた時の衝撃も大きい。

 そのせいかどうかは分からないが、俺の腹がぐううと鳴った。


 とりあえず、俺も昼食を食べた方が良いらしい。

 デートへの対策を練るのはそれからだ。

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