誤謬(Stage0.2 終)
そこからの話の流れに、羽佐間は口を挟まなかった。
特に意見を出すこともなく、俺の推測に黙々と頷き続ける。
そんな彼女の様子に少し引っ掛かりながらも、俺は推理を語り続けた。
「今まで聞いた話を総合すると、今朝の彼女が家を出たのはそれなりに早くだろう。雨による混雑を見越した世良君が早めに家を出る可能性があるから、彼女の方も余裕をもって早くに家を出たんだ」
「両親には知られたくないから、一応普通に学校に行ったフリをして……ある程度歩いてから引き返した。傘を取りに行った俺と同じように、店の裏手から自動販売機の裏にまで向かったんだろう」
「一度裏に隠れたら、後は待つだけだ。普通に傘をさして、自販機と酒屋の間の隙間──この二つに挟まれている、傘立てが作っているスペース──から通学路の様子を伺った」
「勿論、傘が壊れたというのは彼女が世良君に吐いた嘘だ。さっきも言ったように考えにくいセンだし。そもそも早くに家を出たんだから、傘が壊れたなら代用品を取りに戻るだろう」
「だから普通に、彼女は自分の傘をさしたまま隠れていたと思う」
「ただ、そのままだと通学路からも自販機裏の様子が丸見えだ。普段は人が少ないはずの裏路地に人がいるというのは、それだけで目立つ」
「目立たずに隠れておきたいのなら、もう少し遮蔽物が必要だろう。せめて、赤城さんがしゃがんだらその姿を完全に覆い隠してくれるくらいの」
「傘立てが一応あるけど、流石にそれだけだと心細い。できれば傘立ての上にもう一つ、何か壁になるものが乗っかっているくらいが望ましい」
「例えば……飲み物をいれる大きめの箱なんかは、おあつらえ向きなはずだ」
「そこまで考えていたからこそ、彼女は家を出る時にボール紙を持ち出したんだ」
「普段は物を置いてないような階段の隅にそれが置いてあったものだから、もう捨てるゴミなのかと勘違いしたんだろう。仮に使うものだったとしても予備があるから、持って行ってもそう困らないと踏んだか」
「何にせよ、持ち出したのは家を出る時だ。両親の隙を見てちょろまかし、自販機の横に放り込んで置いたんだろう。自動販売機の裏に来た彼女は、それをその場で組み立てた」
「一度組み立てたら、紙の箱とは言え結構嵩張る。傘立ての上に置けば、丁度酒屋の壁と自販機の間をぴったり埋めるだろう。加えてしっかりした材質だから、多少の雨にも耐えてくれる。故に、傘立ての上に載せて放置した」
「あとは簡単だ。彼女は世良君が来るまで、その箱の裏にしゃがんだまま隠れる。彼が来たらすぐに傘を捨てて──多分、折り畳み傘だったんだろう。普通に鞄にしまったんだ──箱の方も悪目立ちするから、折りたたんでそこらに捨てる」
「持って行っても良いんだけど、流石に理由もなくボール紙を所持しているのは目立つしな。どうせ家の近くなんだから、学校から戻った後に片づけようと思っていたんだろう」
「何にせよその後は、世良君に駆け寄って『傘が壊れた、このままだと遅刻だから入れて欲しい』というだけ」
「流れ的に、相合傘までねだる理由は無いんだが……雨の中で世良君を待つ中で、ふと思いついたのかもしれない。この雨を利用すれば、そういうこともできるかもしれないって」
「何にせよ、おおむねこういう経緯で今朝の光景は作られたんだと思う。だからこそ、あの箱は自販機の裏に打ち捨てられていたんだ」
全て言い終わってから、俺は羽佐間の表情を改めて伺った。
さて、この子は俺の推理にどういう反応を示すのだろうと思って。
前回は推理を述べた後に幾つか質問をされたので、それに備えようと考えたのだ。
しかし、この場での彼女の行動は俺の予想したそれとは異なっていた。
──え……笑ってる?
反射的に瞬きをしてしまう。
どういう表情なのか、と思って。
だが、見間違いでは無かった。
羽佐間は本当に、そこでうっすらと笑っていた。
それは、あまり感じのいい印象を与える笑みではなく。
どちらかと言えば苦笑いに近かった。
手のかかる子どもが何か失敗をした際に、仕方が無いなあと零す親のような表情。
「どうした、羽佐間……?」
十五歳という年齢には似合わないその老成した仕草を受けて、俺は微かに動揺する。
そのまま、引き込まれるように問いかけた。
「何か、今の話に気になる点でも?」
「気になるというか……うん、松原君らしい推理だなって思って。昨日から、ちょっと思ってたんだけど」
微笑を消さないまま、羽佐間は淡々と話し続ける。
彼女の様子はいつしか、普段の地味な装いではなくなっていた。
今まで見たことのない雰囲気を身に纏い、言葉が紡がれる。
「松原君、とても推理力が高いんだけど……どうしてもこう、理屈が先行してしまってるところがあるかもね」
「は?……え、何だ急に」
唐突に講評めいたことを言われて、俺は呆気にとられる。
しかし、羽佐間は止まらない。
「なまじ頭が良いものだから、実際の犯人が思いつかなかった最高効率の選択肢を思いついているのかな。犯人よりも賢い分、馬鹿な犯人の振る舞いまでは予測できないのかも」
「どうした……?何が言いたいんだ?」
「ううん?別に、大した話じゃないよ。松原君は推理力が高いって言うのと……なまじ推理が上手い分、今回みたいな一件は読みにくいのかなってだけ」
別に松原君を責めている訳じゃないし、松原君が悪い訳でもないんだけど。
そう言いながら、羽佐間はなぜか足を速める。
彼女の背中を追いかけながら、俺は必死に話についていこうとした。
一つは単純に、話の続きが気になって。
そしてもう一つは、語ったばかりの自分の推理が不安になってきて。
「君の口ぶりから察するに……ええと、今の俺の推理には何か間違いがあったのか?羽佐間にはもっと違う真相が見えているとか、そういう話か?」
「大きな間違いってほどじゃないよ。寧ろ、推理の大部分は合ってると思う。捨てられてた紙の箱は実際にそう使われただろうし、康子ちゃんが世良君と一緒に登校するのを楽しみにしていて、その流れで相合傘を思いついたってのも間違いないはず」
でもね、と羽佐間は軽く告げる。
そう考えたら少しおかしいよね、と続けるために。
「松原君、言ってたよね。傘が壊れたというのはおかしい。もし本当に壊れていたとしても、普通なら家に取りに戻るはずだって」
「……ああ、言った」
「それを聞いた時に思ったの。松原君が指摘するように、康子ちゃんの『傘が壊れた』っていう言い訳は物凄く不自然で……だったらどうして、世良君はそのことを指摘しなかったんだろうって」
あっ、と声が出そうになった。
赤城康子という少女にばかり注力していて、彼のことはすっかり忘れていたのだが────言われてみれば確かに。
俺の推理のままだと、赤城さんはともかく世良君の行動が変になる。
「確かにそうだ……俺が話を聞いてすぐに疑問を抱いたくらいなんだし、世良君だって気が付けるはずだ。あんな小雨で、傘が壊れたから相合傘してくださいって頼まれること自体が少し不自然なんだし」
「そうそう。しかも世良君、優等生な上に超真面目でしょ?この不思議さに気が付かないってのも少し変だし……そういうの、なあなあにする性格じゃないよね?」
「ああ。それは間違いない」
それこそ、今朝見た光景が証拠である。
自分はいくつもの委員を兼任して忙しくしている立場なのに、そのうちの一つを放りだしただけで謝罪してきた。
クラス内で存在感ゼロの俺に対して、である。
几帳面と言うか、生真面目と言うか。
良くも悪くもきっちりした人なのだ。
「彼の性格なら、赤城さんの言い分をすぐに信じて相合傘をするなんてことは考えにくいってことか……」
「そういうこと。そもそもバリバリに目立っちゃうしね、相合傘なんて。だからこそ私たちが注目したくらいだもの」
つまり世良君としても、普通なら相合傘なんて行為は可能なら避けたいということである。
少なくとも、頼まれたところですぐに了承はしまい。
「でも現に、世良君たちは相合傘の状態で登校していた。そうなると……」
「考えられる可能性は二つだと思う」
俺の呟きに合わせるように、羽佐間が二本、指を立てる。
いつの間にか、会話の主導権は彼女に移り変わっていた。
「一つは、実は世良君も相合傘を悪く思ってなかった可能性。世良君の方が相合傘に積極的なら、一々細かいことを気にする必要は無いでしょ?」
「……実は両想いだったってことか?相合傘を躊躇わないくらいに?」
確かにそれなら、世良君が赤城さんの行動の疑問点を問いたださなかった理由にもなる。
二人とも相合傘をやりたがっていたのであれば、まさか断るようなことはないし、細かい疑問点は無視するだろう。
「でも……ちょっとそれ、想像しにくいな。そもそもこの推理、赤城さんが片想いが続いていて焦っているっていう前提で考えてたし。そこまで脈ありってことになると、話が変わってくるというか」
推理を聞かせてもらっている立場でありながら、俺はつい反論してしまう。
実際、この仮説は納得感が薄かった。
赤城さんが待ち伏せしてまで「一緒に登校」に拘っていたのは、世良君の卒業が迫って彼女に焦りがあったから─────この前提が崩れると、違和感が強くなる。
「それに世良君の方も、今朝の様子を見る限りは割と淡々としていて……そこまで相合傘を喜んでいるようには見えなかった」
だからこそ、実は両想いという仮説は無理があるのではないか。
そんなことを言ってみると、羽佐間は意外にもすんなりと頷いた。
「私もそう思う。だから真相はきっと、二つ目の可能性の方じゃない?」
「二つ目……どんな可能性なんだ?」
「単純に、世良君は別に積極的に相合傘をしたいとは思ってなかったけど、そうせざるを得なくなったってこと」
さらりと述べられた言葉を聞いて、すぐに首を傾げる。
それは一体、どういう状況なのかと思ったのだ。
追加の説明を求めて、俺は羽佐間に目で話を促す。
しかしここでは、羽佐間は望んだ言葉はくれなかった。
僅かに逡巡してから、「……その説明は、この用事が済んでから」とだけ述べる。
そのまま、彼女は合唱コンクール会場へと無言で向かってしまった。
────結果から言わせてもらえば。
俺が推理の続きを聞けたのは、数十分後のことである。
予定通りに昨日も訪れた事務室で飲み物セットを手渡し、今度は何も起きないまま帰路について。
再び「赤城酒店」近くを通り過ぎたところで────羽佐間は「あ」と、軽く驚いた呟きを漏らした。
「丁度良かった……ほら、前」
なんだなんだと思いながら、俺は促されるままに前方を見る。
瞬間、俺は羽佐間と同じく「あ」と零すことになった。
仕方が無いだろう。
ずっと話し合っていたその対象が、そこにいたのだから。
「今朝会った子……赤城さんだよな、あそこを歩いてるの」
「うん。多分、彼女は委員の仕事がもう終わったんじゃない?だから帰る途中なんだと思う。今日はグラウンドの状態が悪いから、サッカー部の活動は無いはずだし」
まあそうだろうと思いながら、俺はしげしげと数十メートル先にいる制服姿の女子を見つめる。
俺たちは通学路を歩いているのだから、帰路につく彼女と出会うこと自体は不思議でもなんでも無かった。
単純に、俺たちが買い出しに長く時間をかけ過ぎなのである。
そんなことを考えていると、羽佐間は不意にバッと右手を挙げた。
そのまま、彼女は手をブンブンと振り始める。
「康子ちゃーん……」
大声という程でもないが、そこそこに声を張り上げて名前を呼んだ。
唐突な行動に隣で俺がぎょっとしていると、道の向こうで赤城さんも同じような顔をしているのが目に入る。
とりあえず、声は届いたらしかった。
羽佐間の呼びかけを聞いた赤城さんは、しばし反応に迷うような素振りを見せていた。
しかし先輩に声をかけられて、無視をするのも忍びなかったらしい。
タタタっとこちらに駆け寄ってくると、立ち止まっている俺たちに改めて声をかけた。
「……お疲れ様です、羽佐間先輩。それと、ええっと……松原先輩。何か用事でも?」
「ううん、ちょっと聞きたいことがあって」
不思議そうな顔をする彼女の前で、羽佐間は浅く笑みを返す。
そしてそのまま、単純な質問をした。
「さっきふと思い出したんだけど、私たち、今朝この辺りで会ったよね?」
「ええ、まあ……そうですけど」
「その時、康子ちゃんの隣にいた世良君が康子ちゃんの傘が壊れたって言ってたけど……具体的に、どんな壊れ方をしたのかなって思って。それが聞きたくなったから、呼んだんだけど」
「……はあ」
赤城さんの表情が、「え、今更?」とでも言いたげなそれに変わる。
実際、真っ当な感想だった。
まさか彼女も、そのことをこのタイミングで聞かれるとは思ってはいなかっただろう。
だが彼女は、その意図を問い返してくるようなことはなかった。
ひょっとすると、反駁するよりも従った方が楽だと思ったのかもしれない。
何でもないような様子で自分の鞄を開けた彼女は、意外と気軽に「それ」を見せてきた。
「私、折り畳み傘を使ってるんですけど、今朝見たらこんな状態で……それで、偶然通りがかった世良先輩に傘に入れてもらったんです。他の傘は持っていませんから」
それだけですよ、と言って彼女は取り出した折り畳み傘を展開する。
赤色をした、何の変哲もない傘だ。
しかしその傘が広げられた瞬間、俺はぎょっと身をのけ反らせた。
──傘に大穴が空いてる……壊れたって、これか?
目の前で展開された傘、本来なら雨を受け止めるべき布の部分。
その一画に、分かりやすい穴が空いていた。
破れているとかそんなレベルではなく、はさみか何かでそこだけを切り取ったかのような塩梅である。
なるほど確かに、これでは雨は防げない。
例え小雨レベルであっても、外を歩くには心細いだろう。
「……もう良いですか?本当に、それだけなんで」
そう言いながら、彼女はシャッと傘を畳む。
羽佐間が「ありがとう、それだけだから」と言うや否や、長居は無用とばかりに家に帰っていった。
最後まで、怪訝そうな顔はしていたが。
「……どう、松原君?」
彼女が去ってから、羽佐間は静かに問いかけた。
俺の横顔を見つめながら。
「世良君が相合傘を受け入れた理由、何となく分かってきた?」
「……分かるも何も」
単純かつ明確な理由である。
羽佐間が述べた「傘が壊れたという説明に世良君は疑問を抱いたはず」というのは、あくまで傘の実物を見せられていない場合の話。
あそこまで大穴が空いた傘を見せられては、世良君だって「相合傘は嫌だ、濡れて学校に行け」とは言えないだろう。
今の話からすると、他の傘は持っていない様子でもあった。
本当かどうかは知らないが、少なくとも世良君にはそう言ったのだろう。
どちらにせよ今回集中するべきは、そこではなくて。
寧ろ、あの様子から分かることと言えば。
「あの傘の大穴……もしかして、彼女自身で?」
「そうとしか考えられないでしょ?自然にできるような穴じゃない」
「だよな……自然に裂けたのなら、もっと布の線維に沿ったような破れ方をするはず」
不意に、自動販売機の裏の様子を思い出した。
雨に濡れたまま、地面に打ち捨てられていたボール紙。
そして、それに張り付いていた布っぽいもの。
「まさか彼女、自販機の裏で世良君を待つ中で上手くすれば相合傘を頼めると思いついて……そのためには、今持っている傘があるのは邪魔だと思って……」
「手持ちのハサミで、傘を切り取ったんだと思う。そうすれば、相合傘を頼むことに説得力が増すでしょ?」
「馬鹿な……たった一回の相合傘のために、そこまで?」
どうにも信じられず、俺は表情を引きつらせる。
自販機の裏で切り取られたらしい傘の一部を見ている以上、羽佐間の仮説に筋が通っているのは分かっていたのだが、それでも理解できなかった。
相合傘で登校する、それだけのために自分の傘を壊すなど。
赤城さんの持っていた折り畳み傘は、俺の持っているような安物のそれではない。
そもそも折り畳み傘は、ビニール傘よりも値が張ることが多い。
それをその場の思い付きで壊すなど────次に雨が降ったら、彼女はどうするつもりなのだろう?
全く持って、合理的じゃない。
言うなればこれは、コスパが悪すぎる「日常の謎」だった。
「でも世良君はもしかしたら、康子ちゃんが自分で傘を壊したことには気が付いていたのかも。自分のためにそこまでやるのかっていう驚きがあったから、相合傘を断り切れなかったとか。そういうのも有り得そうじゃない?」
羽佐間が平然と推理の続きを述べるが、今一つ頭に入ってこない。
新鮮な驚きが頭の中で反響していた。
解ける解けないというよりも、寧ろ。
「恋愛一つのために……そこまでやるのか」
つい呟いた。
呆れと驚愕と感嘆と、そして畏怖を均等に込めて。
羽佐間はそんな俺を、どこか冷淡な目で見ていた。
そのまま、何か諭すような口調でこう続ける。
「松原君の推理は当たっていることが多いんだろうけど……だからと言って、人の心の全てが読み解けるわけでもない。今回は多分、そういう話だった」
「……人の心か」
「そう。人間は、どうしたって感情の生き物だから。恋愛一つでも、理屈に合わないことを簡単にやってしまう」
だから私は、康子ちゃんの行動をそんなに不思議には思わないかな。
どこか共感するように、羽佐間は前を見つめる。
赤城さんが歩いて行った、彼女の家がある場所を。
──……名探偵だな、羽佐間。
全ての話を聞き終わった俺は、素直にそんなことを思った。
そう思うしかないだろう。
俺に解けなかった恋愛絡みの人間の不条理な行動を、彼女は全て読み切っていた。
それはともすれば、ただの推理よりもよっぽど難しいことをしているようにも思える。
彼女自身が言っているように、本来なら人の心とはそう簡単に読み解けないものなのだから。
──そう考えると、昨日とは立場が逆になったな。今日の出来事に関しては、羽佐間の方が推理が上手かったような。
思い返せば、この「羽佐間に推理をされる」というのも驚くべき事態だった。
今更ながらそんなことにも気が付く。
何だかこう、彼女にまつわる謎がまた一つ増えた気がした。
昨日の一件では、彼女は別に謎解きに積極的な様子は見せなかった。
しかし今回のような話だと、俺も分かっていなかった疑問点を鋭く洞察している。
彼女にはこういう特技もあったのか、と驚くばかりだった。
そんな驚きが強かったからだろうか。
話は終わったとでも言いたげに、スタスタと学校に戻ろうとする羽佐間を追いかけて。
俺はふと、ずっと気になっていたことを聞いた。
「……なあ、羽佐間」
「何?」
謎解きが終わってしまったせいか、彼女の声色は少し煩わしそうだった。
そのことにも驚きつつ、俺は最後の確認をする。
「いや、さっき君、人間は恋愛事一つでも非合理なことをするって言っただろ?」
「言ったけど……それが何?」
「だったら……昨日の羽佐間が突然俺に告白したのも、その一例なのか?」
ずっと気になっていたことを。
ここまで、時間が作れずに聞けなかったことを真正面から問いかけてみる。
やっと言えた、と思いながら。
羽佐間の反応を一つも見逃すまいと、目を見開いて観察もする。
昨日から続いたこのモヤモヤ、晴らしてしまいたかったのだ。
だが、俺の努力は無駄に終わる。
あの時の告白に勝るとも劣らない突然の質問だったにも関わらず、彼女は一切の動揺を見せないで。
羽佐間はにっこりと、今までに見たことがないくらいに明るい笑みを浮かべた。
「そう思うなら……推理してみて?」
きっとできるって、大丈夫。
随分と軽い口調でそう続けられる。
「いや、推理って……たった今、恋愛絡みだと推理を外してるって君に言われたばかりなんだけど」
「だったら、苦手分野を克服できるチャンスでしょ?この機会に挑戦してみて」
「挑戦?」
「うん……いつか、答え合わせをするために」
最後まで、こちらを煙に巻くような言い方を崩さないまま。
俺の彼女に当たる人は、今度こそ学校へと戻っていった。