既知
「それはまた、変な話ね……松原君といると、何だかこういう話が多い気もするけど」
俺が自販機の裏で妙な発見をしてから、更に十数分後。
合流した上で話を聞き終えた羽佐間は、軽く呆れの見える口調でそう口にした。
戻ってくるのが遅くなった事情を説明するために事情を語ったのだが、どうもそれが昨日のことを思い出させたらしい。
──まあ羽佐間からしたら、彼氏と別行動する度に相手が変なものを見つけてくるんだしな……向こうは向こうで、俺のことを変な奴って思ってるのか?
何となく変な気分になって、俺は首の後ろをバリボリ掻く。
葉兄ちゃんにも指摘されたことだが、こういう謎の発生率が俺の周囲だと妙に高い気がする。
たった二回目にして羽佐間が軽く呆れているのも、その辺りのことを察しているからかもしれなかった。
「一応その後のことも言っておくと……とりあえず、店主さんもその箱が見つかって驚いていたのは確かだ。何でこれが自販機の裏にあるんだって言ってた」
「一応確認するけど、全く関係ない誰かがポイ捨てしたものではないの?」
「ああ。箱の片隅に、出荷日を書き留めたシールみたいなものが貼ってあったんだけど……それが事前に用意したそれと一致したって。間違いなく、今朝まで店内に用意してあったはずのものだって言っていた」
合流が遅くなった理由自体はとうに説明し終わっていたのだが、流れで俺は店主の様子も話す。
あの後、捨てられていた箱を店主に返し──張り付いていた布めいたものは一応除けた──少しだけ事情を聞いてから、全力ダッシュで羽佐間にまで追いついたのだ。
この事象について深く考える暇もなかったため、こちらとしても考えをまとめたかった。
「あの箱自体は、店主さんが元々用意していた物らしい。学生が来るのはどうせ放課後だからってことで、今朝までちゃんと用意してなかったらしくて……本体の桐箱に飲み物は詰めていたけど、外装で包むまではしてなかった」
だから今朝、店長は店員の一人でもある妻に指示を出していた。
店の階段のところに包装用のボール紙を置いておいたから、学生さんが買いに来るまでに梱包をしておいてくれと頼んだのだ。
「でも実際に奥さんが階段に行くと、その紙の箱は置いてなかったらしいんだ」
「……普通に考えたら、連絡ミスを疑うところだけど。言い間違いとか」
「まあそうなんだけど、奥さんはそう思わなかった。他の店員が代わりに梱包をしてくれたのかと思ったらしいんだ。だからこそ、特に誰も報告せずにそのまま放置した。それで、俺たちが訪ねた時のあの様子に繋がる」
店主はとっくの昔に梱包は終わっていると思っているから、気軽に店員に箱を持ってくるように言って。
話を聞いた奥さんは、誰かが代わりに梱包をしてくれたと思っているため、特に慌てずに構え続ける。
それでも見つかったのは、包装されていない桐の箱のみ。
本来あったはずのボール紙の行方が分からず、事情が分からないまま右往左往────バックヤードでは、そんな様子だったそうだ。
「それでも代わりのボール紙自体は普通にあったから、とりあえずそれで間に合わせたらしい。待たせちゃ悪いって話になったらしくて……ボール紙を組み立てるだけだしな」
「その代わりの箱に詰めたのが、私が持っているこれってこと?」
会話に合わせて、羽佐間は託したままになっている贈答品の箱を軽く掲げる。
袋を上から見れば、先程捨てられていたそれと同じデザインが覗いていた。
「店主さんが長話をしている間、他の店員さんが用意した代用品ってことね、これ」
「そういうことだ。それでまあ、俺たちの買い物は終わって……俺たちが去ってから、本物はどうなったのか話をしていたらしい」
所詮は安いボール紙の話なので、失くしたところでそこまで困る話でもない。
客である俺たちに対しても、代用品を渡して決着はついている。
しかしそれでも、店内では真相が気になっていたようだった。
「そんな話をしていたところで、松原君が捨てられていた紙箱を拾ってきたのね」
「ああ。何でか分かりませんけど、自販機の裏に落ちてましたって言って渡して……店主さん、物凄く変な顔をしてたよ」
彼はずっと、一体何がどうなんているんだと言いたげな顔をしていた。
ここまで話した店内の事情は彼から聞いたものだが、彼がベラベラとこんな話をしたのも混乱の賜物だろう。
自ら用意した備品が妙な場所で見つかるというのは、ほぼ初対面の中学生相手に不必要な情報をまくし立てるくらいに動揺を残すのか。
「でも……実際、どういう事情なんだろうな、これ?時系列順に行くと、店内の階段に置いてあった紙の箱がいつの間にか消えて、人知れず外で雨晒しになっていたってことになる。しかもあの箱、捨てられている時にはちゃんと箱状に組み立てられてあったし」
話している内に疑問が強くなった俺は、そこでうーんと唸る。
どうでも良いと言えばどうでも良い話なのだが──この謎を解いたところで、俺たちに何か得がある訳でもない──不思議と考え込んでしまっていた。
昨日と同様、既に俺の中の推理好きな部分が興味を抱いてしまっているらしい。
──なまじ規模が小さい謎な分、「頑張れば解けそう」って感じが強いんだよな。だからこそ、こうして考え込むのか?
自分で自分を分析しながら、俺は思考を進めていく。
どうせ今は、昨日と同じ道を辿るだけの暇な時間なのだ。
羽佐間との会話の種にもなるし、考えてみるのも悪くない選択だろう。
こうして、俺たちの雰囲気は自然と切り替わり。
昨日と同様に、浅い出来事に深く考察する時間となっていった。
「謎自体はシンプルで、誰がやったのかって話なんだよな。通りすがりの人が捨てていった可能性が低いなら……」
俺が一番にして唯一の疑問点を述べると、羽佐間はコクリと頷いた。
彼女としても、話を聞きながら気になっていたらしい。
故に、考えるべき点についても察しがついていたようだ。
「……でも普通に考えるなら、あの店主の家族の誰かか?」
「家族?普通の店員さんは外れるの?」
「ああ。話によるとその箱を置いてあったとかいう階段、母屋の方にあるらしいし……一般の店員は立ち入らないだろうから」
事情を聞く中で知ったのだが、あの酒屋の店舗は店主一家の母屋も兼ねているとの話だった。
一階部分が店舗で、二階には普通に店主たちが住んでいるのである。
つまり話に出ていた階段というのは、店舗と母屋を繋ぐルートの一つということになる。
そういう場所に、家族でもない店員がそんなに立ち寄るかなという気はした。
だからこそ、店主も階段近くでの作業を他の店員ではなく妻に頼んだのだろうし。
「勿論、店員さんが梱包したと奥さんが勘違いしたくらいだから、店員さんが母屋に行くことも有り得なくは無いんだろう。でも可能性的には、やっぱり店主一家の方が怪しいと思う。そもそも奥さんがボール紙が無いことに気が付いた時間帯は、店員さんも出勤していないような早朝らしいし」
「店主、奥さん、そして娘の康子ちゃんが容疑者になるってこと?」
「そうそう……まあ、容疑者が分かったところで、動機が分からないとさっぱりなんだけど」
自分から話しておいてアレだが、容疑者候補をこの三人に絞り込むのは必然の流れだ。
推理というより、常識的な憶測である。
この小さな謎がややこしくなるのは、ここからだった。
彼らの内、誰が下手人だったにせよ────どうして商品の一部として売るはずだった物を、近くの自販機の裏に捨てたのか?
ここがさっぱり分からない。
まず店主が犯人だと考えると、彼の行動原理が意味不明になる。
この場合、彼は自分のところで売る商品の包装を妻に頼んだ後、密かに自分でそれを捨てたということになってしまうのだ。
その上で、「どうしてボール紙がなくなっているんだ?」と一人で不思議がっていることになる。
言っては何だが、これは正気の沙汰ではない。
仕事を頼んだ妻に対する嫌がらせにしかなっていないし、それ以前に何の得があるのか。
店主が自分のところの商品を雨の中に捨てる理由なんて、さっぱり思いつかない。
これは店主の妻に関しても同様である。
容疑者の三人の中では、最も消えたボール紙に触りやすい立ち位置にいる人物だが──何せ、包装を頼まれた側なのだから──彼女もまたこんなことをする理由が無い。
何らかの理由で仕事をしたくなかったのかもしれないが、それにしてもあんな近くに捨てなくてもいいだろう。
最後の一人、娘だという「康子」が犯人だと考えると、これはもう意味が分からない。
彼女の場合はそもそも、酒屋の仕事に関わっている人物ですらないのだ。
親の仕事を邪魔するメリットというのが、果たして彼女にはあったのか?
実は彼女が両親と仲が滅茶苦茶悪くて、何でもいいから親の仕事を邪魔したくて嫌がらせをした……なんて可能性は考慮できる。
しかしこの場合、何で商品の一部を捨てるだけで済ませたのだろう。
折角母屋と店舗が繋がっているのなら、もっと大きな嫌がらせ──レジのお金を抜くとか、商品を叩き割るとか──だって可能だと思うのだが。
「……いやそもそも、そこまで仲が悪いとは思えないか。店主も困った娘だとは言いながらも、普通に可愛がっている感じだったし。娘の方が凄い不良というのもなさそうだし」
段々と非現実的になってきた思考を抑えるべく、独り言も呟く。
家族間の不仲については、考察しても仕方がなさそうな予感があった。
因みに何で娘が不良ではなさそうかと言うと、その子が合唱コンクール委員であるのは分かっているからである。
あの酒屋の娘さんが委員をやっているからこそ、俺たちは飲み物を赤城酒店に買いに行ったのだ。
仕事が面倒なことで有名なこの委員を、物凄い不良が引き受けるとは思えない。
「何をぶつぶつ言っているか分からないけど……康子ちゃん、普通の子だよ?そんな、嫌がらせとかをするような子には思えないけど」
そんなことをしている内に、独り言を聞いていたらし羽佐間がツッコミを入れてくる。
その発言を聞いて、俺はおや、となった。
さっきからそうだが、少し引っかかる言い方があったのである。
「康子ちゃんって……」
「何?変に不思議がって」
「いや、あの酒屋の娘さんのことを知ってるのかと思って。さっきから、割と親しい感じで呼んでるから」
何となく、羽佐間はその康子という合唱コンクール委員のことをよく知らないのだと思っていた。
向こうの方が学年は下だと言っていたし、同じ合唱コンクール委員でも面識がないのはそんなにおかしな話では無い。
だがこの言い方からすると────流石に、そこまでではないのか?
「別に親しいって程でもないけど……この買い出しを引き受けた時に、赤城康子ちゃんとはちょっと話したの。ほら、このお店の場所を聞かなくちゃいけないから。別に重要なことでもないから、今まで言ってなかったけど」
俺の質問に対して羽佐間は軽く返答する。
本当に、彼女にとっては当たり前のことだったようだ。
それこそ、一々言及しないくらいの。
──話したことくらいはあったのか……でもそうか。羽佐間がこの酒屋への道順を知っている時点で察するべきことだったな、これ。買い出しの手順を知るためには、その酒屋の娘に聞くのが一番手っ取り早いんだから。
放課後になってすぐ、今日の仕事内容を聞くために教室から姿を消していた羽佐間のことを思い出す。
すぐに帰ってきた記憶があったが、どうやら出向いた先で康子ちゃんとやらから話を聞いていたらしい。
考えて見れば当たり前のことだったな、と俺は今更ながら頷いて────続いての発言にその頷きを止める。
「そもそも、松原君だって会ってるでしょ?康子ちゃんには」
「え、俺?」
「うん。だってほら、今朝の通学路で姿を見たでしょ?世良君と一緒に居るところ……」
──世良君って……。
瞬間、今朝の風景を思い出した。
傘をさす世良君と、その隣で縮こまるように佇んでいた少女。
言われてみれば、あの子は二年生のバッジを付けていたような────。
「もしかして、あの相合傘をしてた女子?あの子が、酒屋の娘さんなのか?」
「うん、そう。赤城康子ちゃんっていう二年生。まあ私も、今朝の時点では名前もよく知らなかったけど。名前まで聞いたのは、道順を教えてもらった時だから」
ケロリと話す羽佐間を前に、俺は内心で盛大に驚く。
てっきり面識がないものとばかり思っていた相手が、実は知っていたというのはやはり結構な衝撃があった。
あの子も合唱コンクール委員だったのか、という新鮮な驚愕。
それと同時に。
もう一つ、俺の心中で生まれるものがあった。
「でも、あの子が娘さんだとすると……」
「どうしたの?」
不思議そうにこちらを見つめる羽佐間を前に、俺は口元に手を当てて考え込んだ。
そのまま十秒近く固まってから、「……なるほど」と声を漏らす。
同時に、走ってまで取りに行った傘の先端がコツンと地面を叩いた。