表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.2:かくれんぼ
13/59

投棄

 そして、先例通りと言うか何というか。

 急いで荷物をまとめて羽佐間を追いかけたものの、俺と彼女が行きの道中でじっくり話をすることは無かった。


 未だに雨が少し降っていて、合流するまでに時間がかかったというのが理由の一つ。

 もう一つ、単純に目的地が割と近くて話す時間も碌になかったということもあった。

 今朝世良君と会った場所、そこから少し離れた辺りに目的の酒屋はあったのである。


 通学路の一画に鎮座する、二階建ての商店と「赤城酒店」という大きな看板。

 所有しているのであろう大きな自販機に囲まれたその店を見ながら、俺たちは無言で入口に向かった。




「お、君ら虹永の?そうかそうか、今日だったか、アレ。はいはい、じゃあすぐに出すからねー」


 傘を入口の傘立て──店舗と自販機の間に置いてあった──に置き、そのまま酒屋の扉を開いてみると、店主らしい壮年の男性はすぐに事情を察したようだった。

 まあ、これは当たり前だろう。

 制服姿の中学生が酒屋を訪れる理由なんて、そうそうあるものじゃない。


「ええっと、贈答用ドリンクセットのBをお願いします。申し訳ありませんが、包装も……」

「はいはい。店員に用意させるからちょっと待ってて。でも君たち、確か実行委員さんなんだろう?ウチの康子の先輩……偉いねえ、こんなところにまで来て仕事をして」


 台本を読むように買い出しを続ける羽佐間とは対照的に、店主の男性は朗らかだった。

 話によれば、この人には中学二年生の娘がいるはず。

 俺たちみたいな中学生のことは皆可愛く見えるのだろうか。


 ただ、彼の場合は正直────。


「いやあしかし、お二人とも真面目だね。ウチの康子にも見習わせたいよ。ここ最近、アイツときたらやれ化粧だ、ファッションだと変なことばかり気にしていて……いくら年頃でも、ああも色づくとこう、なあ?」

「はあ……」

「大方、気になる男でも居るんだろうけどな。運動部に入っているんだが、それも誰かに近づくためだとか言っていて……不純だろう?」

「へえ……」

「親としては、そんなことに努力するくらいだったら、遅刻癖を何とか治して欲しいくらいなんだがねえ。いっつもギリギリまで二階の自分の部屋にいて……こっちが何度怒鳴っても出てこないくせに、今日なんかは恐ろしく早く出ていった。何がアイツの切っ掛けになっているんだか」


 ──な、長い……待ち時間、ずっと話す気か?


 ついつい、俺は顔を引きつらせる。

 元々多弁な人物なのか、店主の話は止まらなかった。

 丁度暇な時間帯だったのか他の客も存在せず、彼としても聞いて欲しい話が溜まっていたらしい。


 昨日の受付のおばさんもそうだが、大人と言うのは、俺たちの前では多弁になってしまう病気を抱えているのだろうか。

 どうにも、話を止めてくれなかった。


 しかしこう話されても、俺としてはまず彼の娘である「康子」の顔すら知らない。

 何せ、昨日実行委員になったばかりなのだ。

 これで「康子」が知り合いならまだ盛り上がれたのかもしれないが、立て続けにこんなことを言われても適当に頷くしか出来なかった。


 羽佐間も似たような心境なのか──多分、彼女も康子さんとやらとは親しくないのだろう──俺の隣で何とも言えない表情を浮かべて佇む。

 先程とは別の意味で、俺たちは微妙な雰囲気に包まれていた。

 コミュニケーションって難しい。


 ただ幸いなことに、この時間は永遠には続かなかった。

 やがて奥から箱を抱えた店員が姿を見せ、自然と店主は話を打ち切ってそちらを見やる。


「おう、持ってきたか。嫌に遅かったな」

「いやあ、すいません。何でか知りませんけど、紙箱が無くて……」

「ん?何でだ、朝に用意してたはずだが……」

「俺もそう思ったんですけど、なんかなかったんですよ。それで今、改めて別の箱を探して詰め直したんですから」

「……家内に言っておいたんだけどな、階段のところに箱を置いてあるから詰めといてくれって。失くしたのか?」


 ──ん、何か揉めてる?


 店員と店主が不思議そうな顔をしながら会話する様子を見て、俺もまた軽く困惑する。

 どうも話し振りからすると、今から受け取る贈答品のドリンクセットには何やら予定外のことが起きていたらしい。

 漏れ聞こえた範囲で推測するに、贈答用の箱に関して不手際があったようだった。


 しかしその不手際は、深刻に話すことでも無かったらしい。

 俺たちが待っていることに気が付いた店主は、はっとした顔になって店員との会話を打ち切る。

 そのまま店員から贈答品を受け取ると、にこやかにこちらに差し出した。


「はいはい、すいませんね、お待たせしました……虹永中学校さんに納入する、ドリンクセットです。こっちが袋で、こっちが領収証」

「あ、どうも」

「いえいえ、ではまた……ウチの娘もよろしく」

「はあ……」


 やはり困った声で羽佐間が反応している隣で、俺は無言で箱を受け取り、中身を確認してみる。

 店主から受け取ったそれは、一目で贈答用の飲料だと分かる綺麗な桐の箱だった。

 正確には大きな桐の箱が本体として存在し、ボール紙で作られた紙の箱がそれを包んでいる形になる。


 ──桐の箱が剥き出しだと汚れが目立つから、緩衝材も兼ねて紙箱を被せているのか。それで、この紙の箱が揉め事の原因?……いやまあ、どうでも良いんだけど。


 店主にぺこりと頭を下げながら、俺はついついそんなことを考えていた。

 どうでも良い他人事なのだが、どうにも気になってしまう。

 人間、あからさまに目の前で何かトラブルが起きていると、自分には全く関係ないことでも興味が湧いてしまうものだ。


 しかし同時に、そんな細かいことを気にしている暇が無いのも事実。

 ここのところ日も短くなってきたし、さっさと買い出しを終えて会場に向かわないと暗くなってしまう。

 そう思い直した俺は特に新しく聞くことも無く、羽佐間と共に酒屋を立ち去った。




「……雨、もう今日は降らないみたいね。この分だと」


 ぽつりと羽佐間が口を開いたのは、酒屋を出てから数分経ってからである。

 相変わらず天気の話題ばかりなのはアレだが、今回は割合的確な発言だった。


 というのも、酒屋で買い出しをしている間に雨が止んでしまったのである。

 羽佐間も傘は畳み、それを杖のようにして歩いていた。


「確かに、この分だと明日は晴れかも。いやまあ、今朝だって土砂降りって訳じゃなかったけど」

「小雨と普通の雨の中間くらいだった」

「そうそう、ギリ傘が要るレベルというか」


 今朝の天気を思い返しながら、俺たちは平和な会話をする。

 昨日も同じ道を歩きながら話をしたが、あの時の殺人談義に比べれば非常に穏やかな話だ。

 そんなことを思ったところで、ふと羽佐間の手元を見た俺は「……あっ!」と小さく叫んだ。


「どうしたの?」

「いや……しまった。傘、あの酒屋に忘れてきたかも」


 羽佐間の手元、その傘を杖のように扱う様子。

 それを見て、唐突に自分の傘が手元にないことを思い出したのである。

 今は雨が止んでいるので、ただ歩く分には何も違和感が無かったのだが……。


「酒屋に着いた時、入り口の傘立てに傘を置いたんだ。当然、帰りに回収する気だったんだけど……」

「あー……帰りに袋を受け取ったものだから、回収するのを忘れた?」

「多分、そうだ……ごめん、ちょっと取ってくる。後で追いつくから、先に行っててくれるか?」

「別にいいけど。その袋、預かった方が良い?」

「助かる」


 置き去りにしてしまった傘は、別段大事にしている傘でもない。

 しかしだからといって、あの酒屋に忘れ物を放置する訳にもいかないだろう。


 仮に店主があの傘の存在に気が付き、学校にわざわざ届けるようなことをされると話がややこしくなる。

 申し訳ないし、教師相手に忘れ物がバレるのも恥ずかしいし。

 今ならすぐに引き返せる位置に居るのだから、出来ればすぐに回収したかった。


「じゃあ、すぐに戻るから……先に」

「うん。そうしておく」


 奇しくも、学校を出る時と似たような会話をまたしてしまった。

 俺たちはどうして、目的地が同じなのに隣で歩けないのだろうか。

 少し疑問に思いながらも、俺は先程の酒屋に向かって逆走を開始した。




「お、あったあった」


 元より歩いて数分の距離しか進んでいないので、件の酒屋に戻ってくるのはすぐだった。

 軽く走るだけで、見覚えのありすぎる商店の姿が確認出来るようになる。

 自販機の色が良い背景になって、隣にある傘立てに俺の傘がちゃんと残っているのは遠目でもよく見えた。


 良かった良かった、と思いつつ俺は足を速めようとする。

 しかし酒屋の直近にまで来たところで、ちょっと待てよとなった。


 ──普通に歩いて行くと……酒屋の真ん前を通ることになるな。当たり前だけど。


 本音を言えば、それはちょっと気恥ずかしい。

 それなりに共感してもらえる感覚だと思うのだが、忘れ物を取りに行く様子を他人に見られると言うのはある種の羞恥心を伴う。


 どうして戻ってきたの、なんて聞かれたらもう最悪だ。

 愛想笑いと共に「すいません、実は忘れ物をしちゃって」なんて言うのは、どうにも情けない感じがある。

 気まずいというか、いたたまれないというか……何にせよ、避けられるなら避けたい。


 もっと言うと、このままだと店主に見つかってしまうというのも何となく嫌だった。

 さっきのように色々話し込まれるのはもうごめんである。

 ここまで考えた結果、俺はまあまあ非効率的な決断をした。


「ぐるっと、裏から回るか。店の裏道……というか、あの自販機の裏から行けば、店主に見つからずに傘立てに近づけるはず」


 ぶつぶつ呟きながら、足を進める方向をぐいっと変える。

 酒屋の手前で横に曲がり、細い路地を駆け抜けるようにして裏手に回る。

 そのまま店の壁に沿って歩いて行くと。狙い通りに隠れていたスペースにまで出てこれた。


 裏手から回ったお陰で、細身の自販機の裏側が見えてくる。

 無論、その隣には傘立ても存在していた。

 よしよし、上手く行ったなんて思いながら俺はゆっくりと──あんまり駆け足で近づくと、音で店主に気づかれる可能性がある──自販機の裏手にまで歩み寄る。


 ここの自販機は酒屋の壁に沿うように設置しているのではなく、自販機の前面が酒屋前の通りに面するように置かれていた。

 いわば裏路地が自販機(とついでに傘立て)で目隠しされている状態であり、表の道からは俺の姿はほぼ見えない。

 裏側から手を伸ばす都合上、かなり腕を差し込む必要はありそうだが、店主に見つからずに傘を回収するのは可能そうである。


 こういう設置で助かった、なんて思いながら俺は足を進めて。

 その最中。

 俺は「ん?」となった。


「何だ、これ……」


 今まさに近づこうとしている自販機の裏側────その足元に、何かが捨てられていた。

 何か、丈夫な厚紙かボール紙みたいなものが。


「……何だこの紙?」


 捨てられたゴミ、と言うにはちょっと新しい。

 というか表面にメーカー名やら何やらがくっきり書いてあって、何だかゴミに見えない。

 だからこそ思わず、俺はその厚紙を凝視してしまう。


 幸いと言うか何というか、俺はその正体がすぐに分かった。

 何せ同じものをついさっき見ている。

 見たどころか、購入していた。


 ──これ……さっき俺と羽佐間が受け取った箱と同じやつだ。桐箱を包んでいた、外装の紙箱……。


 随分と濡れて汚れてしまったそれをしげしげと見つめながら、俺は確信する。

 勘違いのしようがない。

 記憶が新しすぎる。


「大きさも同じだし、箱の隅に『赤城酒店』って書いてあるのも一緒だ……いやまあ、状態は大分違うけど」


 意味なくゴミをつま先でつつきながら、俺はそうも呟いてみる。

 実際、そう言いたくなる程度にはこちらの箱は悲惨な状態だった。


 まず、全体的に濡れている。

 様子から見るに、それなりの時間ここに打ち捨てられていたらしい。

 だからこそ、午前中に降っていた雨で水浸しになったのだ。


 当然、地面の砂利やら何やらも引っ付いてしまって随分と汚らしくなっている。

 端っこの方には、何か円形の布みたいのまでくっついていた。

 地面に元々捨ててあったゴミが、雨で張り付いたのか。


 だが、そんな違いは俺にはどうでも良かった。

 寧ろ気になるのは────。


「さっき、酒屋で失くなったとか言っていたな……まさか?」


 これがそうなのか。

 だとしたら、どうして。

 それだけを思って、俺はずぶ濡れの箱を凝視し続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ