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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.2:かくれんぼ
12/59

相合

「それより、アレ、見てくれない?」


 傘の話題にも発展性がないせいか、羽佐間はそこであからさまに話の方向性を逸らして前方を指さす。

 釣られて視線を向ければ、当然ながら学生たちがポツポツ見える普通の通学路が視界に入った。

 その一角、彼女の指の先に見えるものを釣られて確認して────俺はつい、「おおー」と感心した声を漏らす。


「あれはまた……分かりやすいな」


 今まで気が付かなかったのだが、三十メートル程前方に一組の男女が歩いていた。

 羽佐間と気まずいなりに話している内に、どこかから出てきたらしい。

 その二人が、今俺たちの興味の的になっていた。


 理由は単純。

 その二人が、堂々と()()()をしながら歩いていたからである。

 俺が見た瞬間に「分かりやすい」と言ったのも、これが理由だった。


 傘を持つのは、背の高い男子生徒。

 傘自体は俺のそれと全く同じ傘──先述したように、ウチの中学の男子は大体これを使っている──で、傘の柄を掴む左手のすぐそばに小柄な女子生徒が控えている。


 傘の直径があまり大きくないこともあって、二人は寄り添わざるを得ず、結果として非常に距離が近くなっていた。

 誰がどう見たって、初々しい彼氏彼女の姿にしか見えない。

 羽佐間としても、その風景は気に留めるべきものだったようだ。


「因みに、羽佐間の知ってる人?」

「さあ……傘に隠れて、よく顔が見えないし」


 何となく気になった俺たちは、二人に聞こえないように声を潜めてごにょごにょと雑談をする。

 野次馬根性丸出しだが、元々の会話の無さも相まって自然と語り合う形になった。

 まあ、要は暇潰しである。


「珍しいね、ああいう風に堂々と相合傘……それも、登校中に」

「家を出る時点で、彼女の方は傘を持ってきてないってことだしな。帰る時もやるのかな、アレ」

「というかそもそも、初めて見たかも、私。リアルに相合傘をしてる人」

「あー、確かに」


 率直な感想を漏らす羽佐間に対して、俺は一つ頷く。

 漫画やアニメではそこそこ見るシチュエーションだが、確かに俺も見たのは初めてだった。

 ここで見なかったら、永遠に見る機会は無かったかもしれない。


「まあ実際、普通に歩くだけでもムズそうだしな、アレ。どう考えたって、お互いの肩がかなり濡れるし」

「だよね?実際、あの二人も……」


 歩くの遅いよね、と羽佐間は淡々と愚痴を吐く。

 無粋な感じもする発言だが、その指摘は当たっていた。

 隣の女子が濡れないように気を遣っているのか、前方の男子生徒はかなりゆっくり歩いていたのである。


 自然、俺たちと彼らの間にそれなりの速度差が生じていた。

 こちらが普通に歩いているだけで、彼らの背中が自然と近づいてくる。


 このままだと、二人の背後に密着するような形になってしまうようだった。

 それを理解した俺たちは、仕方なく無言で彼ら二人を追い抜く体勢に入る。

 しかし歩道が狭い上に全員が傘をさしているので、人を追い抜くだけでもちょっと手間が要った。


 まずは、相手に傘がぶつからないように角度を調整。

 その上で、足取りは平均台の上を歩いているかのように細く収める。

 最後に、さながら忍者のように体を沈めて早足で駆けた。


 こんな、雨の日に誰しもやったことがありそうな動きで俺と羽佐間は前進する。

 そうやって相合傘の二人を追い抜く瞬間、ほんの少し、俺は横目で彼らの顔を見た。

 普段はこんな通行人は気にしないのだが、羽佐間と話したこともあってちょっと気になったのだ。


 ──女子の方は知らない顔だな。バッジの色からすると、二年生?隣の男子の方は……あれ。


 一目見た瞬間に男子が誰なのか察して、俺は僅かに驚く。

 そのせいなのか、見つめられた側である向こうからも反応があった。

 雨の日に似合わない快活な声で、即座に挨拶をされたのだ。


「あれ、おはよう」

「あ、うん。えっと、おはよう……世良君」


 あんまり朝に元気よく挨拶をしたことが無いので、変に戸惑ってしまう。

 挨拶してきた相手が、クラスの学級委員長ということも影響していた。

 俺もまさか────クラス内で断トツの優等生である世良君に、ここで会うとは思っていなかったのである。


 俺が驚いている間に、彼はこちらを見ながら目を細めた。

 恐らくだが、俺の名前がパッと出てこなかったので記憶を振り返っているのだろう。

 クラスの端っこにいる俺の存在感など、こんなものである。


 もしこれで思い出されなかったら中々悲惨だったのだが、幸い彼は記憶力が良かったらしい。

 数秒もしない内に、「ああ、松原……」と小さく呟いた。

 表情全体が、こんなところで会うとは奇遇だな、と告げている。


 その驚きが影響してか、俺たちは揃って足を緩めてしまう。

 なまじ挨拶なんてしてしまったものだから、ちょっと会話しないといけないような雰囲気になってしまったのだ。

 大して親しくない間柄でのみ発生するこの雰囲気に引きずられるようにして、世良君は「そうだ、言う機会を逃していたんだけど」と俺に声をかけた。


「委員、引き受けてくれてありがとうな、松原。途中で放り出したような形になって、本当に申し訳なかった。羽佐間にも感謝しないといけないと、ずっと思っていて」

「え?……何の話?」


 本気で訳が分からず、俺はキョトンとしてしまう。

 すると、世良君は意外そうな表情を浮かべた。


「いや、ほら。先生から話があっただろう?合唱コンクール委員の」

「あ、あー……それか」

「今思い出したのか?先生から、松原が引き受けたと聞いて……悪いことをしたな、と思ったんだけど」

「いや、それは別に良いけど」

「本当に?」


 そんなにあっさり許されるとは、という顔で世良君は傘を揺らす。

 彼としては、もう少しこの件で何か言われると思っていたようだ。

 こうやって通学路でつい話題に出す程度には。


 しかし、俺としてはこの反応が本音だった。

 世良君に言われて初めて、そういえばそう言う事情だったと思い出したくらいである。


 ──言われてみれば、世良君が「仕事が多いから、合唱コンクール委員までは兼任できない」って音を上げたのが始まりだったんだっけ?あれで俺が委員に繰り上がって、羽佐間に会った訳で。


 確かに全体を振り返ると、俺は世良君のせいで厄介な仕事を増やされている形になる。

 世良君がこうして突発的に謝ってきたのも、その辺りを気にしていたからだろう。

 もっとも昨日から色々あったので、俺は世良君の事情をさっぱり忘れてしまっていたが……。


「世良君、忙しいしさ。俺、実際に暇だったし……だからまあ、そんな謝られることじゃないよ、うん」


 結果、俺は気遣いでもなんでもなく本心からそんなことを述べてみる。

 先を行く羽佐間はずっと、先を急ぐような焦った顔をしていたが、俺を急かすようなことはしなかった。

 それが功を奏して、俺と世良君はさらりと謝罪を済ませる。


「まあ、そう言ってくれるなら……ありがとう、松原」

「いえいえ、どういたしまして」


 元々の親密度のせいか、俺たちの会話はやや他人行儀だった。

 通学路の端っこというラフな場所でしている割に、変に形式ばっている。

 ただ何にせよ、これで数日前からの小さな出来事はケリがついた。


「……」

「……」


 そして謝罪が終わってしまうと、微妙な沈黙に包まれてしまうのが俺たちである。

 謝罪の下りが終わったために、互いに話すことが無くなってしまったのだ。

 雨の音がうるさく感じる。


 ──というか、彼が世良君だとすると……この子はいよいよ一体?


 会話が途切れたせいで改めてそこが気になった俺は、ふと彼の隣に視線を逸らす。

 当然ながら、そこには世良君との相合傘を続けている女子生徒の姿があった。

 俺たちの会話には立ち入らなかった──多分、合唱コンクール云々の事情を知らないのだろう──彼女は、しずしずと世良君に寄り添っている。


「……彼女、サッカー部のマネージャーなんだ。マネージャーは一人しかいない、というかサッカー部にしかない役職なんだけど、一人でずっと頑張ってくれてた子で」


 俺の視線を読み取ってか、世良君は何も聞いていないのに説明し始める。

 彼としても、周囲からの視線は気になっていたのだろう。


「今日ここの手前まで歩いて来たら、バッタリ会ってさ。それで傘が壊れちゃったって言うから、一応知らない仲じゃないんだし、と思って」

「ふーん……」


 ──何も聞いてないのに、言い訳めいたことを話すなあ……。


 微笑ましいような、或いは少し呆れてしまうような。

 何とも言えない感情を抱いて、俺はちょっと笑ってしまう。

 説明を続ける世良君の隣で、女の子が恥ずかし気に縮こまっているものだから猶更である。


 何となくだけど、このやり取りだけでも色々と見えたものがある気がする。

 例えば、世良君のちょっとした鈍感さとか。

 ついでに、こう言いながらも実際は満更では無いんだろうという予測とか。


「……松原君、行こう?」


 不意に、羽佐間が前方から声を投げかけた。

 きっと、俺と同じようなことを考えたのだろう。

 邪魔をしてやるなと言いたいらしい。


 無論、俺としても気持ちは同じである。

 羽佐間の提案に乗っかった俺は、世良君に「そうか、じゃあお先に」とだけ言って前を向く。

 そしてそのまま、羽佐間を追いかけるように学校に向かった。


 ──世良君は良いなあ……普通の中学生っぽい恋愛してて。


 同じ「中学生の男女が二人で登校」でも、俺たちとは凄い違いである。

 再び黙ってしまった羽佐間に着いて行きながら、そんなことを思った。




 ────こうして始まった、俺と羽佐間との交際生活一日目。

 すなわち付き合ってから初めて過ごす学校は、思ったよりも普通だった。


 通学路では先述のように、世良君たちと少し話した後は押し黙って話をせず。

 学校に着いた後は、当たり前のように授業を受けた。

 二人とも授業中にコソコソ喋るようなことはしなかったので、学校内では会話が無かったと言っても良い。


 俺も一応、「休憩時間は何かあるかも」などと思って珍しく起きてはいた。

 しかし羽佐間は、特に話しかけてくるようなことは無かった。


 それどころか、休憩時間になる度にどこかに姿を消してしまっていたくらいである。

 彼女の真意を知りたい俺としても頑張って探してみたのだが、どうにも見つからなかった。

 そのくせに、授業が始まるとどこからともなく教室に帰ってくる。


 ──本当に……何がしたいのか分からない子だな。目的はなんだ?


 諦めて昼寝をしながら、そんなことを思った。

 実は一応、羽佐間の真意として「相手は誰でもいいから、恋人っぽい青春らしいことがしたかったのではないか?」なんてことも考えていた。

 だからこそ、取引を利用して彼氏を作ったのではないかと。


 ただそれも、今日の態度を見ると可能性は薄そうである。

 交際経験ゼロの俺が言うのも何だが、付き合って初日のカップルって、もうちょっと色々あるんじゃないだろうか。


 それが実際にやってみれば、同じクラスなのに顔を合わせることすらない。

 これでは、純粋に他人だった頃と大して変わらないのではないか。


 結局、授業のある日中は何事もなく過ぎていって。

 俺と羽佐間が会話をしたのは、放課後になってから。

 予定通り、合唱コンクール委員の仕事が始まってからだった。




「……飲み物セットの買い出し?それが次の仕事か?」

「うん。合唱コンクール委員の二年生に、家が酒屋さんをしている人がいるんだって。お酒だけじゃなくて、飲み物全般売っているところなんだけど。そこが合唱コンクールのパンフに広告載せたり、当日に差し入れしたり、スポンサーみたいになってるから……飲み物を安く売ってくれるらしくて」


 そう言う事情もあって、酒屋から飲み物セットとやらを買ってくるのが仕事らしい。

 買った上で会場に手土産として持っていくとか何とか。

 先に委員会で今日の仕事を聞いてきた羽佐間は、そんなことを述べた。


「そんな酒屋さんがあるんだったら……いっそもう直接、会場にそれを送ってくれたら楽な気がするんだけど」

「私もそう思うんだけど、先生が駄目だって。自分で買い出しをすることで、委員の社会性を育むことがどうとか」

「社会性……?」

「だから自分たちで買い出しをして、それを昨日の会場に持って行く必要があるらしいの」

「またあの会場に行くのか……すっごい二度手間になってる気がするけど」

「私もそう思うけど、これも社会性の教育なんじゃない?」


 よく分からないが、とにかく教育の一環としてその買い出しはしないといけないらしい。

 この分だと、「酒屋の娘が委員にいるんだから、彼女に買うのを任せれば話が早い」などと言っても退けられそうである。

 まあ本当に買いに行くだけなら大した仕事でも無いか、と俺は思い直した。


「それなら、今日も俺たちは外で仕事か」

「そういうこと。昨日と同じで、やらなきゃいけないのはこれだけだから」


 簡潔に述べた羽佐間は、テキパキとした動きで自分の荷物をまとめて手に持つ。

 そう言う意図はないのだろうが、どこか俺を急かしているようでもあった。

 実際にちょっと焦った俺は、慌てて自分の荷物をまとめ始める。


「……先に行ってるから。道は昨日とほぼ同じだし、追ってきて」


 俺の動きを待たず、羽佐間はそれだけ告げて先に行ってしまう。

 待ってくれないのかよと内心でツッコミながら、俺は荷物をまとめる手をスピードアップした。


 ──何か、昨日から羽佐間としっかり話す時間が無いな……もしかして、わざとか?


 今の言葉も、俺と一緒に歩く時間を短くするためのものなんじゃないだろうか。

 俺がここでそんな邪推をしたのも、無理はないと思う。

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