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Stage0  作者: 塚山 凍
Stage0.2:かくれんぼ
10/59

恋人

 葉兄ちゃんへの電話は、意外にも多少の時間を要した。

 彼に電話をかけると大抵はすぐに繋がるのだが、どういう訳かは今日は話し中だったのである。

 俺と同様に友人が多くない彼にしては、珍しい兆候だった。


 レアな状況だなあと失礼な感想を抱きつつ、その場で待つことしばし。

 別の電話との間隙を縫うようにして電話を掛け直し、何とかつながった。


 彼と話すのは久しぶりだったが、だからと言って何か変わる訳でもない。

 最初は普通に「久しぶりー、ちょっと今良い?」「玲か、どうした?」と言い合って。

 そのまま俺は、昨日から起きたことをずらずらと語っていった。




『要するに……ほぼ初対面の相手から何故か告白された、そして真意が気になって思わずOKを出した。だからこそ、その子の真意を推測出来るものならして欲しい。ついでに明日からの対応も考えたい。そういうことか?』

「その通り。今更だけど突然ごめん、葉兄ちゃん」


 話の全てが終わり、的確に話をまとめ直す葉兄ちゃんに頷きを返す。

 勘もそうだが、こういうところも葉兄ちゃんは話が早い。

 俺に推理小説を勧めてきただけあって、思考の根本的な部分が理屈っぽいのかもしれない。


『それにしても……久しぶりに電話してきたと思ったら、随分と不思議なことに巻き込まれているな、玲』

「俺のせいじゃないでしょ」

『まあそうだが……何だろうな、お前の周りでよくそういう変なことが起きるのは。こう、お前の雰囲気か何かが引き寄せているのか?』

「んー、それも酷くない?というか、葉兄ちゃんも人のこと言えないじゃん。葉兄ちゃんと出かけると、いつも勘で変なことを見つけてきて……」


 昔馴染みということもあってか、互いの口調は軽い。

 葉兄ちゃんの前だと俺も気が抜けてしまい、子どもっぽい話し方に自然と回帰していった。

 昔ながらの距離感で、俺と葉兄ちゃんは話を進めていく。


『まあ、それはそれとして……本題に入ると、確かに不思議な話だな、それ。羽佐間とか言うその子は一体、何を考えているのか』

「葉兄ちゃんの勘でも、そこは分からない?」

『無茶言うな。その子と面と向かって話したお前にすら分からなかったことが、俺に分かる訳無いだろう』

「んー、それは自分の勘を過小評価してる気もするけど」


 葉兄ちゃんはしばしば、電話越しでも勘一つで謎を解くようなことがある。

 俺が何か困りごとを抱えていて、縋る思いで彼に電話してみたら、通話五分で「勘だけど」と言いながら解決策を提示してきたことすらあった。

 少なくとも直感というジャンルにおいては、俺なんかよりもよっぽど名探偵なのである。


 しかしその葉兄ちゃんも、今回は羽佐間の真意が分からないと言う。

 彼が俺に嘘を吐く理由は一切ないから、これは本音だろう。

 羽佐間はこれだけ鋭い人から見ても真意の読めない、純粋な奇行に走っている訳だ。


『素直に考えるなら、実はその子は前からお前のことが好きで、今回のことを良いチャンスだと考えて告白してきたってことになるが』

「いやあ……正直、それは考えにくいと思う。今まで羽佐間と話したことなんて、本気で一回も無いし。好きになられる理由が無いというか」

『会話はなくても、完全に外見だけで一目惚れしたとか?』

「……自分で言うのも何だけど、知らない人を一目惚れさせる程の魅力は無いよ、俺の顔」


 口にするだけで哀しくなってきたが、事実なんだからしょうがない。

 どう贔屓目に見ても、俺の顔はイケメンのそれじゃないのだ。

 見るだけで吐き気がするレベルでも無いとは信じているのだが、逆に言えばそれだけである、


 だから当然、親戚のお世辞などを抜きにすれば、他人から容姿を褒められた経験自体が無く。

 誰かに一目惚れをされるなんて言うのは、一種のファンタジーだと思って生きてきた。

 そんな俺が、この時期に突然女子に一目惚れされたというのも考えにくい。


「一応、羽佐間は俺のことを前から知っていたらしいんだけど……」


 彼女自身、図書委員として俺を見たことがあったとか何とか言っていた。

 同時にクラスメイトでもあるのだから、他の知り合いから俺のことを聞く機会はあったかもしれない。

 俺が思っているよりは、彼女が俺のことを知っている可能性自体はあるだろう。


 だがどう考えても、告白に至る程の情報量じゃなかった。

 そもそもクラスメイトから俺に関する話を聞いても、集まる情報と言えば「本を読むか寝ているかしかしていないぐーたら中学生」だけなはず。

 世良君のような優等生相手ならいざ知らず、これだけの情報でどう惚れたというのか。


「だから多分……羽佐間は俺のこと、別に好きじゃないんだと思う。何か他の目的があって、そのために告白してきた。その方が納得できる」


 そこで、俺は我ながら悲しい推理を披露する。

 邪推のように聞こえる文言だったが、少なくとも一目惚れよりは可能性が高そうに思えた。

 葉兄ちゃんもそう思ったのか、俺の考えを否定することなく話を進めてくれる。


『そうなると……理屈として第一に思い浮かぶのは、ボヌール関連か?ボヌール関係者の弟と関係が近くなれば、何かメリットがあると勘違いしているとか』

「ああ、そういう可能性は結構あると思う。そもそも、俺が恐れていたことそのものだし」


 何せ、告白されたタイミングがタイミングだ。

 口止めを頼んだのは俺の方からとは言え、羽佐間はあの時、姉さんの写真を見た瞬間に告白してきたのである。

 ストレートに考えれば、「普通の中学生である松原玲」には興味がなく、「ボヌール関係者の弟」には興味があるということになるだろう。


 つまり彼女は俺を利用して、アイドルとお近づきになろうとしているのではないか?

 俺たちがこう考えるのは、必然と言えた。


「例えば羽佐間が実は物凄いアイドルファンで、事務所からグッズの横流しをしてもらいたがっているとか、どうしても生でアイドルに会いたいとか……或いは逆に、自分がアイドルになりたがっているとか?そういう背景があるのなら、あの告白もそんなに変じゃない」

『どんな手を使ってでも、芸能人とのコネが欲しかったということになるからな。もっとも実際に玲と付き合ったところで、そんなに上手くことは運ばないだろうが。夏美さんはそんなことを許す人じゃない』

「まあそうだけどさ。あくまで一般人の羽佐間には、そこのあたりのことは分かってないだろうし」


 故に、この仮説は説得力があった。

 別に俺が好きなのではなく、何らかの理由で芸能界に近づきたかっただけ。

 聞いていて良い気持ちになる推理でもないが、その分妥当性は高い。


 ただ────。


『しかしこれ、俺から言い出しておいてなんだが、考えにくい気がするな……まあ、ただの勘だが』

「あ、葉兄ちゃんもそう思う?」

『ああ。今日、お前は彼女に対して()()()()()と言ったんだろう?だから仮にボヌールとの繋がりが欲しいだけなら、もっと直接的な要求をするはずだ。お前と付き合うというのは、ちょっと回りくどすぎる』

「……だよね」


 この辺り、俺も引っ掛かっていた点だった。

 葉兄ちゃんに指摘された通り、俺は羽佐間に対して「姉さんのことを黙っていてくれるのなら、何でも言うことを聞く」という節の提案をしている。

 羽佐間はあの瞬間、本当に何でも言うだけ言える立場にあったのだ。


 だからグッズを横流しして欲しいのならそう言えば良かったし、アイドルに会いたいというなら直接頼めば良かった。

 俺と付き合うだなんて、余計な一手間を加える必要は無い。

 叶うかどうかはともかく、もっとストレートに願望を伝えても良かったはずなのに。


『お前と付き合って、何でも言うことを聞くように篭絡してから頼みごとをする、なんてことを目論んでいた可能性もあるが……』

「そっちも正直考えづらい。偏見だけど、あんまり篭絡なんて言葉が似合う感じの子じゃないし」

『それ以前に、この手の目論見があったんだとすれば告白後の行動が変だ。ええと確か、お前が告白をOKした後、その子は……』

「すぐに帰ったよ。俺を置いて、一人でさっさと……何で告白してきたのかも慌てて聞いたんだけど、ガン無視だった。もし下心があったのなら、あれは変だよね?」

『まあな。本気で篭絡したいのなら、自分への好感度を上げるため、間を置かずに何かを仕掛けるのが普通だろう』

「そうそう。もし羽佐間が芸能界とのコネ作りのために、好きでもない男子に告白するような計算高い子だったのなら……こんな風に宙ぶらりんにはしない」


 そもそも彼女の目的が何であれ、こうして碌に説明も去れずに放置されるのは変なのである。

 あんなにさっさと帰られては、取り残されたこっちが彼女を不審がるだけだ。

 仮に羽佐間が俺から何か──アイドルとの出会いなり、グッズなり──を引き出そうとしているのであれば、もうちょっと上手くやったはず。


「だからこそ、訳が分かんないんだよね。羽佐間が俺を好きだとは思えない。でも羽佐間に別の目的があったとしても、説明がつかないことが出てきて……また、意味不明になる」

『中々の難題だな。聞いているこっちもこんがらがってきた』

「でしょ?」

『お前が電話してまで相談してきたの、少し分かる気がするよ……女子に突然変な会話を仕掛けられると、動揺するよな、本当に』


 何故か懐かしそうな口調で、葉兄ちゃんはしみじみと語る。

 俺の相談を切っ掛けに、過去のあれこれと思い出しているようだった。

 向こうは向こうで変な女子と知り合いにでもなったのだろうかと少し心配していると、それを押し切るように会話が転換する。


『何にせよ、彼女の真意についてはここでは結論が出せない。頼ってくれたのに申し訳ないが、それが俺の正直なところだ』

「そう……でも、ありがとう。こっちとしてもある種諦めがつくよ。葉兄ちゃんで分からないなら、現時点では誰にも真意は分からないでしょ」

『それは知らないが……何にせよ、お前が言っていたもう一つの相談事がこれから重要になってくるのは間違いないだろうな。明日からどう彼女と話そうかっていうのは』

「……そうなるかあ」


 葉兄ちゃんに聞いても尚、羽佐間の真意は分からなかった。

 告白直後の対応からすると、羽佐間に動機を直接聞いても答えてはくれなさそうな予感がある。

 殺人に関する例の質問について聞いてもはぐらかされたのと同様、適当に濁されて終わりな気がした。


 だからやはり、羽佐間の真意が気になるのなら、明日以降に本人から上手く聞き出すしかないという流れになる。

 可能ならば真意そのものを、そうでなくても推察出来るような情報を。

 恋人として繰り広げる会話の中から、的確に掴んでいく必要があるのだ。


 しかしこれは、俺にとってはかなりの難題だ。

 彼氏彼女の会話どころか、クラスメイトとの会話すら碌にしない男子中学生に何ができるというのか。

 他力本願この上ないが、誰でも良いから頼りたくなってくる。


 ──ああでも、こればっかりは流石に葉兄ちゃんも苦手分野かもな……向こうも今まで、彼女とかいたことが無い人だし。


 そこでふと、俺は重要かつ失礼な情報を思い出す。

 先程、姉さんは恋人を作ったことが無いという話をしたばかりだが、思い返せば葉兄ちゃんもそうだった。


 いくら葉兄ちゃんが鋭くて優しい人だからって、経験ゼロで女子との上手い話し方を教えられるようにはなるまい。

 彼が高校に入ってからは彼の交友関係も広くなったと聞いていたが、それでもだ。


「……まあ葉兄ちゃん、会話の方に関しては俺の方で頑張ってみるよ。元々、俺が何とかしなきゃいけない話なんだし。彼氏彼女の会話作法なんて、厳密に決まっているものでも無いだろうから」


 そこまで考えて、俺は先手を打つようにフォローを入れる。

 遠回しに、アドバイスができなくても別にいいと伝えたかったのだ。

 そのことはうっすらと相手に伝わったのか、電話の向こうで頷くような音がした。


『確かにそうだな。そもそも()()()()の会話パターンを参考にしても、それがその羽佐間って子への正解になるかは分からないしな……』

「そうそう…………ん?」

『どうした?』

「葉兄ちゃん……気のせいかな、今、俺の彼女って言わなかった?」


 何かの言い間違いかと思って、俺は軽く問い返す。

 そんな話は今まで聞いたことも無かったし、純粋にミスだと思ったのだ。

 本当に言い間違いなら少し揶揄おう、なんて考えて指摘する。


 ────しかし、そこからの葉兄ちゃんの反応は俺の予想を超えていた。


 つい最近まで、彼女は愚か、学校で碌に友人が居る様子すら見せなかった俺の従兄弟は。

 その瞬間、はっきりとこう言ったのである。

 どう頑張っても推理不可能な言葉を。


『ん、ああ、そう言えば言ってなかったな』

「何を?」

『俺、彼女できたんだよ。丁度、三日前に』

「…………んあ?」


 行き場を失った言葉たちが、俺の喉奥で変な音を立てる。

 鼓膜に届いた音波を細胞が信じられなかったのか、耳も細かく震えていた。

 スマートフォンと耳の間に、妙な静寂が生じる。


 ……俺が「えええええええええええええっ!」と驚愕したのは、数秒後の話だ。

 とにかく今日は、他者からの突然の告白に驚く日である。

 羽佐間しかり、葉兄ちゃんしかり、もうわざとなんじゃないだろうか。

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