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死者への祈り

「これで最後の一人、だな・・・。」

 瓦礫の下から出てきたのは中年女性の死体。

 逃げ遅れて崩れ落ちた家の残骸に押しつぶされたのであろう。

 身体は押しつぶされ、腕や足の一部は引き千切れられていた。

「こりゃあ即死ですな。」

 死体を観察するのはジェイクとガウル。

 無残な死体を前に嘔吐する事なく平然と眺められているのは長い人生で幾多もの死体を目にしているから。

「これで死者は11人。いずれも即死、もしくは救助が間に合わず息絶えた者。」

「瀕死状態で救助した者は皆ルシアの嬢ちゃんが助けた。大した者だ。」

 スコップを地面に突き刺し、大きな一息。

 ガウルも体を地面に伏せる。

 共に精根尽きたのだ。

 二人だけではない。救助活動を行っていた者全員がその場に崩れる。

 救助活動は最後の一人の安否が確認されるまで夜通し行われていたのだ。

 誰もが歯を食いしばり、腕を動かし瓦礫をどかす。

 その背景にはルシアの存在が大きかった。

 誰よりも走り、時には瓦礫をどかし、そして怪我を負った者を癒す。

 十六歳の小柄で可憐な少女が自ら先導を立ち、皆はその背中を追いかけ、この状況を駆け抜けたのだ。

「流石あの師匠達の息子の婚約者だ。あれ程の優秀な回復魔法を扱えるとは。」

「全くですな・・・。」

 不本意だが、その行動力には素直に感服するガウル。

「さてと、ここで腰を降ろし続けても仕方がない。」

 よっこいしょ、と重たい腰を上げる。

「それじゃあ、本日の立役者を労いに行くとするか。」

 ガウルもそれに続く。


 大広場には汚れた毛布で覆われた死体が並べられていた。

 そしてその側には膝をついて悲しみに明け暮れる家族。

 嘆き悲しみの涙を流し、崩れ落ちる身内の人達。

 この光景から離れた所で両膝を地につけ祈りを捧げるルシア。

 その顔にはやり遂げた達成感や満足感は一切ない。

 あるのは後悔と自分の未熟さを思い知らされた悔しさしかない。

「ルシア殿、ご苦労様でございました。」

「お疲れさん。よく頑張ったな。」

 二人からの労いの言葉は辛さしか感じない。

「助ける事ができなかった。こんなにも多くの人が死んでしまった。」

「おいどうしたルシアの嬢ちゃん。お前さんは多くの人を助けたではないか。」

「ううん、ここにいる人達を助ける事が出来なかった。」

 最愛の名前を何度も呼び涙を流す遺族の様子が目に映り心を痛める。

「・・・・・・。」

 ジェイクとガウルはルシアにかける言葉が見つからず、立ち尽くす。

 どうしたものかと途方に暮れていると、

「宜しいでしょうか?」

 杖の音と共に近づいてきたのは村長。

「救助を手伝って下さり誠にありがとうございます。」

 ジェイクとガウル、一人一人丁寧に感謝の意を込めてお辞儀。

 そして最後にルシアの方を向き合う。

「ルシアさん、貴女には感謝しきれません。多くの村の者を助けて頂きました。」

 深々と頭を下げる村長。

 しかしルシアの表情は晴れない。

 寧ろ更に影を落とす。

「私は何も・・・。お礼を承る事なんて何も。助ける事が出来ませんでした。現に村長の息子さんを私は助ける事が出来ませんでした。」

 ルシアの言葉に村長の細目が大きく開かれる。

「ごめんなさい。」

「ふざけた事を言っているんじゃないよ!」

 怒鳴り声をぶつけてきたのは旦那を失い、遺体の傍で涙を流していた朗らかな体格をした女性だった。

「ヨ、ヨネさん。およしなさい。」

 村長が止めるのを押しのけルシアの前に立つ。

 充血した目元は涙で赤く腫れ紅潮した顔を近づける。

「ごめんなさい。」

 もう一度頭を下げる。

 赦されるとは全く思っていない。

 ただ頭を下げる事しか出来なかった。

 どんな理不尽な罵倒も暴力を受け入れる覚悟で。

 しかし彼女の身に起きたのは罵倒でも暴力でもなく、優しく温かな抱擁だった。

「何馬鹿なことを言っているんだい!アンタは誰よりも頑張ったじゃないか!なのに何でそんな悲しい事を言うんだ!」

「で、でも私は・・・。」

「確かに主人は助からなかった。でもそれはアンタのせいじゃないよ。あの人は運がなかったのさ。」

 ヨネの微笑みは心細くか弱い。

「ほら、下を向くんじゃないよ。胸を張っておくれ。お願いだ。でないと亡くなった主人達が報われないよ。」

「ヨネさんの言う通りじゃ。」

 村長が想いを伝える。

「貴女様はワシ達の命の恩人じゃ。貴女様がいなければ多くの村の者が命を落としていた。村が無くなっていた。」

 杖を静かに置き、地に正座して深々と土下座する村長。

 その行動に村人全員が倣う。

「村を救って頂き誠に有難う御座います。」

「村長さん・・・。皆さん。」

「おいルシアの嬢ちゃん、大丈夫か!?」

 張り詰めた緊張の糸が切れ、疲労感が急激に襲ってきたのだ。

 ジェイクがふらつくルシアを咄嗟に支える。

「無理もありません。交代で休んでいた我々とは違い、ルシア殿は一睡もせず救助活動をしていたのですから。」

「おまけに回復魔法で多くの魔力を消費している。疲れて当たり前だな。」

 ジェイクの提案でルシアを救助テントで休ませる事に。

「待ってください。まだ炊き出しの準備とか瓦礫の撤去がまだ・・・。」

「そんなの、他の者がやる。おまえさんが今すべき事は休息を摂る事だ。」

「ジェイクの言う通りです。さぁルシア殿―――いいえルシア様はお休みになられてください。」

「わかりました・・・・。ではお言葉に甘えて・・・・・・。」

 危なげな足取りで救助テントへと向かうルシア。

「ああ、疲労を見せずに尚、我々の村の為に尽くそうとしてくれるとは・・・。」

「まさに聖女様だ。」

 村の者達がルシアへ賞賛を贈るが当の本人には届いていない。

 彼女にはそこまでの余裕が一切なかった。

 誰もいない救助テントに腰を下ろし、大きく息を吐いた事で今まで堪えていた感情が堰を切り溢れ出す。

「エリカちゃん・・・、ユーノくん。」

 一人悲しみに暮れるルシア。

 大切な親友と愛する人が突然いなくなり寂しかった。

 苦しかった。

 心が張り裂けそうだった。

 救助活動に人一倍精を出していたのはその感情を押し殺す為。

 がむしゃらに動いて考えないようにしていたから。 

 そして今、全てがひと段落着いた事で抑えていた感情が爆発したのだ。

「無事だよね・・・二人とも。生きているよね・・・。会いたいよ・・・。」

 近くに落ちていた毛布で顔を埋め忍び泣くルシア。

 誰にも気づかれないように。

 心配をかけないように声を抑えていたが、それに気付いた者が。

 ましろだった。

「ましろ?」

 小さい身体を伸ばし、舌でルシアの涙を拭う。

「ありがとうましろ。慰めてくれているのね。」

「くぅ〜ん。」

「ありがとう・・・。でもごめんなさい。今は少しだけ・・・。」

 ましろを抱きしめる。

 前足がポン、と肩を優しく添えられたのが合図、我慢の限界だった。

 ユーノとエリカがいない悲しみと助けられなかった人への謝罪とお悔やみが悲しみの涙を降らせる。

 ましろは舌で何度も何度も拭う。

 ルシアの涙が枯れるまで。


「落ち着きましたかね・・・。」

 泣き疲れて眠るルシアの元へ現れたのはガウル。

 共に眠るましろを前足でそっと撫でる。

「全く無防備ですな。」

 犬歯を剝き出しスヤスヤ眠るルシアへ静かに唸り声を向ける。

「このガウルは貴女方をユーノ様の婚約者として認めるつもりはありません。ユーノ様の前から消えてほしいと思う程に。」

 相応しくないと思っていた。

 直接手を下し、主の前から消し去ろうとまで考えていた。

 だが、ユーノの命令でそれは出来なかった。

「ええ、認めるつまりはありませんでしたよ、今日の今日までは、ね。」

 姿勢を正し、首を垂れる。

 これはジャドーウルフが主人に服従の意を示すポーズ。

「今回の、縁も所縁もない村人の為に精根尽きるまで奮闘した貴女様の行動にガウルは感銘いたしました。ルシア殿―――いいえルシア様。このガウルは貴女様をユーノ様の妻として生涯仕える事をここに宣言します。」

 認めよう。ああ認めよう。

 彼女が眠る時に宣言するのはそれでも僅かな不満があるから。

 これはささやかな最期の抵抗だ。

 眠り続けるルシアに「今後ともよろしくお願いいたしますルシア様。」と言葉を残してその場から離れるのであった。


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