大魔武王のダンジョン(3)
「足、大丈夫?」
「ああ、固定したから痛みは大分ましになったよ。」
ユーノの右足首にはグレイオークの丈夫な骨とトマスが繰り出した蔦で固定して応急処置を施していた。
「ただ激しい動きは無理だな。」
(つまりこれからも戦いに参加できない。私がユーノを守らないと。)
エリカは気を引き締める。
「気負い過ぎなくていい。周囲への索敵や援護はできるから。」
頭を撫でてリラックスさせようと試みるが、逆効果。
照れて肩により力みが入ってしまった。
そんな二人の様子を後ろから見ているのはトマスとその仲間、ジョーである。
現在、ユーノ達が先頭を歩き、罠や襲撃がないかを索敵。
安全だと確証を得た道をドナルド達やトマスが続く隊列となっている。
「アニキ、あの二人に任せてよかったのですか?」
「ジョー、俺達が生き残るにはこうするしかなかったんだ。」
「俺は反対です。あの二人はダン兄さんの命の恩人です。なのにあの人達を盾代わりにするなんて。」
「ジョーの言い分はよくわかる。俺だって本当はこんな真似はしたくなかった。だがなここはダンジョン。地上とは全くの別世界なんだ。」
「危険なのは分かるけど、でもだからって。」
「あの二人は帝国一の学園に通う生徒。聞けば冒険者ランクも持っている。ダンジョンにも慣れているはずだし、腕も確かだ。あの二人が通用しないのであれば俺達の明日はない。」
「・・・・・・。」
「安心しろジョー。俺はあの二人を裏切らない。」
「アニキを信じます。」
素直に頷くのはトマスを信頼しているから。
今まで一度も嘘をつかれていないからこそ素直に従う弟分をみて強く願う。
頼むから面倒な事にならないでくれ、と。
「ねえユーノ。あの人達の事、信用していいの?」
視線だけを後ろに向けて尋ねる。
「ドナルドって人、私信用ならないけど。」
「ああ、信用はできないな。」
「ならどうして共に行動を?」
「だからこそさ。目の届く範囲で監視していた方が対処しやすい。」
「・・・・・・要注意。目を離さないようにするわ。」
「エリカはこれから起こるであろう目の前の戦いの方に集中してくれればいい。後ろの事は俺が何とかする。それにあのトマス、という人物は信頼できそうだからね。」
「確かにあの人達は信頼できそう。」
「あのトマスという人物は昔、どこかの軍隊に所属していたのかな。」
「かもね。彼だけ武器の構え方が他の人と違うし。ちゃんとした鍛錬を受けてきた雰囲気を感じるわ――――ユーノ、あれ。」
エリカが指さす遥か前方にまたしても大きな扉が。
「さっきの部屋の扉と同じ、だな。」
鉄で作られた頑丈で大きな扉をじっくり観察。
岩肌が露になる洞窟のようなダンジョンには似つかわしくないその扉はこの奥に何かが待ち受けている事を感じさせるのに十分過ぎる程の存在感を示していた。
「たどり着いたか!」
「待って下さい旦那。」
意気揚々と扉に触れようとするドナルドを止めたのは勿論トマス。
「罠があるかもしれません。ここは慎重に―――。」
「ここまではずっと一本道。間違いがあるわけないだろうが!」
ドナルドがトマスを振り払い扉を押す。
が、鉄製で重たいのだろう。ドナルド一人の力では開かず、傭兵達の力を借りて再度押す。
「押せ!もっと押せ!!」
「5分の2。」
「え?どうしたのユーノ。」
「いや、扉の上に刻まれた文字を読んだだけだ。」
ユーノが指さした場所に刻まれているのはまたしても古代魔文字。
「このダンジョンが造られたのは大昔。だからその当時主言語だった古代魔文字で記されているのだろうな。(どうやらこのダンジョンには5つの試練があるみたいだな。)」
ユーノが考察していると徐々に扉が開かれる。
「剣はどこだ!」
人一人分の隙間が開かれるとドナルドが我先に中へ。
それに続く傭兵達。
「剣は・・・ないわね。」
最後に部屋の中へ入ったエリカがそう呟く。
部屋の中は先程と同じ広さ。
一面石畳みが敷かれていて、上空からは光が部屋全体を照らして明るい。
影になる建造物は一切なく殺風景の中、中央には1辺2m程の立方体が一つ置かれていた。
そして奥の壁にはまたしても扉が。
「~~~~、駄目です。開きません。」
傭兵達が反対側の扉を押すがびくともしない。
「くそ、なんだよこの部屋は。何もないし先にも進めないじゃないか!」
怒鳴るドナルドに対してユーノはじっくり部屋内を観察。
そして立方体ブロックの足元に古代魔文字が刻まれているのを見つける。
「先を求める者、この彫刻を切り倒すことで道が開ける。腕に覚えがない者は先に望みはなし。」
「何を言っている?」
「この文字を読んだだけさ。多分、これを斬り壊さないと先へ進めない仕様になっているみたいだ。」
「ならオレに任せろ。」
と最初に名乗りを上げたのは顔の至る所に切傷がある巨漢の傭兵。
「さっきの部屋で手に入れたこのハルバードで叩き壊してやる。」
自慢の怪力をハルバードに込めて、上段から振り下ろす。
ガキン!
高い金属音が部屋中に響く。
ハルバードは弾かれ、尻餅をつく巨漢の傭兵。
立方体ブロックは傷一つ負っていない。
ギャハハ、と汚い笑い声が沸く。
「情けないな。退け、俺がやる。」
二の腕が異様に太い傭兵がバスターソードを高々に掲げ、勢いよく振り下ろす。
バキン!
バスターソードは真っ二つに。
折れた刃は宙に舞い、地面に突き刺さる。
「ば、馬鹿な!俺が造った剣だぞ。なんで簡単に折れる!」
「このブロック、玉鋼で作られている。」
立方体ブロックの手触りと光沢からその原料を言い当てたのはユーノ。
「何だと!あり得ない。あのバスターソードはダマスカス鋼で造ったのだ。強度はダマスカス鋼の方が上だ。」
「純度と加工方法次第で強度の優劣は変わる。」
ユーノの指摘が初耳だったのだろう。
驚愕し、言葉を失っているドナルド。
「それにこれを造ったのはおそらくジ――――Lスター。世界一と謳われた相手だぞ。」
「ぐぬぬ・・・・。」
(とはいえ、多分ある程度手加減して造ったと思うけど・・・・・流石ジーノ父さん。ただのブロックなのに素晴らしい出来だ。)
父の作品に触れ、感銘が零れる。
しみじみと鑑賞するユーノに感化されたエリカも触れてそれを吟味。
「・・・・・・。」
エリカはユーノみたいにこのブロックの良し悪しが分からなかった。
だが、別に一つだけ感じ取った事が。
「これって・・・。」
「エリカ、どうかな?」
「やってみる。」
その言葉にユーノはゆっくりとブロックから離れ、エリカはゲイ・ジャルグの剣を構える。
目を瞑り、精神統一。
触れた時に感じたブロックの繋目―――一番脆い場所を探る。
「(・・・・・・・・・見えた!)そこっ!」
一筋の光をなぞるように振り抜かれた一閃。
その一振りはこの場の時を止める。
エリカが大きく息を吐く。
目を開くとそこには真っ二つに割れたブロックの姿が。
時は再び動き出す。
「す、すげえ~~!!」
歓喜の叫びを真っ先に挙げたのはジョー。
その声を皮切りに動揺と騒めきが行きかう。
だがエリカの耳にはそれらの雑音は一切届いていなかった。
彼女の耳に届いたのはただ一つだけ。
「見事だよエリカ。」
満面の笑みを見せるユーノの絶賛だけだった。




