エリカ専用の剣
「でだ坊主。俺はもう数年武器を作っていない。そんな錆びた腕の職人に剣を作れ、と申すのか?」
「それでも俺はあなたを頼るしかないのです。」
ユーノの真剣な眼差しにやれやれ、と頭を掻く。
「わからねえな。お前さんにはデルタから受け継いだその優秀な武器があるじゃあねぇか。それなのに何故剣を求める?」
「俺が剣を欲している訳じゃないです。」
「あの、私です。」
椅子から立ち上がり、自分の名を名乗るエリカ。
「嬢ちゃんが、ねぇ~~。」
目を細めエリカを品定め。そして徐に手を差し出す。
「えっ、と・・・?」
「握手だ。手を握ればその者の腕前が分かるのさ。師匠の受け売りだがな。」
二度三度視線を彷徨わせて、不安げに握手。
「っ!!!!」
手を握った瞬間、硬直するジェイク。
彼はエリカの内に秘める才を直視したのだ。
彼女の奥深くに眠る桁違いの才能。
激しく気高く、そして美しい剣鬼を目の前にして全身から恐怖の汗が大量に吹き溢れる。
「がはっ!!」
無理矢理手を振り払い、我に返る。
息をするのを忘れていたのであろう、激しい息継ぎが部屋中に響く。
ジェイクの反応に驚いたエリカは恐る恐る尋ねる。
「あ、あの・・・大丈夫ですか?」
「何て奴を連れてきたんだ!」
「え?え?え?」
状況が把握できず困惑するエリカ。
「あの・・・、お水です。」
ルシアから水が入ったコップを受け取ったジェイクは一気飲み。
呼吸を整えて叫ぶ。
「この娘は類を見ない剣の天才だ。開花すれば右に出る者はいない。師匠すら超える剣の達人に―――、いや世界唯一の剣聖になりゆる存在だ!」
「わ、私が、剣聖・・・?」
剣聖とは、最強の剣士に与えられる称号。
数百年前にとある剣の達人が頂点に至った時に名乗った称号で、その者の死後、誰もその称号を手にしていない。
あの大魔武王ジーノですら辿り着くことが出来なかった頂である。
「成程な。暴嵐な力に生半可な剣は耐えることが出来ない。この娘には専用の剣が必要だな・・・・。」
ルシアからお代わりの水を頂き、大きく深呼吸。
そして襟を正してエリカに向き合い、そして言い放った。
「エリカと申したな。俺には打てない。」
「どうしてですか?」
ジェイクはエリカに指を二本突きつける。
「2年だ。俺が精魂を込めた渾身の剣でも長く持って2年しか持たない。お前さんの腕はそれほど気高い。」
「エリカ殿はそれほどの力を秘めている、という事か・・・。」
「ああ。そして彼女の腕に相応しい剣を打てるのはもうこの世にはいないだろう。」
それはエリカにとって死刑宣告に等しい発言だった。
「非情だな。これ程の力を秘めているのにそれに見合う剣がない、というのは・・・。30年―――いや20年生まれるのが早ければ、師匠が意気揚々と君専用の剣を繕ってくれただろうに・・・。」
深々と頭を下げるジェイク。
それは鍛治師として屈辱な行動であった。
「君の力になれずに申し訳ない。」
「さて今後ですが、どうなされますか?」
三人と一匹は机を囲んで会議。
「当てが外れちゃったね。」
膝の上ですやすや眠るましろを優しく撫でるルシア。
「ジェイクの話ではエリカ殿の腕に相応しい剣を作れるのはジーノ様かそれ以上の腕前が必要の事。」
「そんな人、いるの?」
ユーノの質問に首を横に振るガウル。
「俺も知んねえな。」
隣接する鍛冶場で作業を行うジェイクも同じく首を振る。
「となるとこのままゲイ・ジャルグの剣をエリカに―――。」
「それはなりません!!」
言葉を被せて否定するガウル。
何とか妙案がないかと知恵を絞る。
「俺もそれはおすすめしかねる。ゲイ・ジャルグは本来槍だ。その状態では本来の力は発揮できないし、それに剣身が他の剣に比べて短い。その娘にはもう少し剣身が長い方が合っているはずだ。そうだろう。」
「・・・、は、はい。」
返事が遅れたのは気持ちが沈んでいたから。
エリカは密かに今日この日を心待ちにしていた。
やっと自分の剣が手に入る、という淡い期待。
しかし、自分の事を認めつつも実力に見合う剣がない、という現実が彼女の心にヒビが入り、今にも砕け散ろうとしていた。
「ならちゃんとした剣を手に入れるべきだ。」
ジェイクの説得に心の中で感謝するガウル。
そして今思いついた事をそのまま口にする。
「でしたらダンジョンに潜り、剣を手に入れるのはどうでしょう。ダンジョンのラスボスを倒せば伝説級の武器が手に入る、の事。確か勇者カリウスが持つ剣もそれに該当するはず。」
「それは無理よ。」
ガウルの意見に待ったをかけたのはエリカ。
「今発見されているダンジョンは全て各国が管理しているの。そしてダンジョン内で発見した伝説級の武器やアイテムはその国に献上する事が取り決められているわ。悪用されないようにね。」
「へぇ~、そうなのか。」
「成程、危険な事は下々の者に任せてその手柄は横取り、ですか。」
「ちゃんと献上した者にはそれ相応の報酬を渡しているわ。奪っている訳ではないわ。」
「遊んで暮らせるほどの報酬か。確かに危険なダンジョンに潜らず暮らせるならそっちの方がいいよね。」
上手い事しているな、という感想は内心で留めておく。
「となるとエリカ殿が剣を手に入れる為には国が管理していないダンジョンに潜り、そこで剣を探すしか方法がないと・・・。かなり難問ですな。」
全員がう~んと頭を悩ませている中、カンカンと金槌で鉄を打っていたジェイクが「あ、そうだ。」
と何かを思い出し、奥へと消える。
数分後、一枚の古びた紙を手に戻ってきた。
「何ですかそれは?地図ですね。」
「この地図にはまだ誰にも発見されていないダンジョンの場所が記されている。」
「「「未発見のダンジョン!!」」」
「何故、そのような地図を持っているのだ?」
「あ〜、貰ったんだよ。」
時効だからいいか、と呟き、語り始める。
「俺が独り立ちしようとした時期だ。師匠に駄目元で武器を一つ譲ってくれないか?と尋ねたんだ。」
案の定、断られた。
武器は使われる事に意義があり、鑑賞用なんてもっての外だと豪語するジーノがジェイクに武器を授ける事はありえなかった。
薄々分かっていた事だったので大人しく引き下がった若き日のジェイク。
師匠に別れを告げ、彼の元を後にしようとした時だった、デルタに呼び止められる。
「餞別だ。受け取れ。」
「これは地図?」
「ああ、そこの記された場所にはダンジョンがあり、その奥にはジーノの最高傑作の剣がある。辿り着ける勇気があるのなら行ってみろ。」
「それがこの地図、だと・・・。」
「何故デルタ様がこのような地図を持っていたですか?」
恐る恐る尋ねるのは嫌な予感がするから。
胃がキリキリ痛む。
「このダンジョンは師匠が創ったモノらしい。」
「「「「ダンジョンを創った?!!」」」」
肝を抜かす声が家内に響く。
「成程、だからこのダンジョンにジーノ父さんの武器があるのか。」
「そこじゃないでしょう!」
「ねえガウルさん、ダンジョンってそんな簡単にできる物なの?」
「できませんよ!」
何度も激しく首を横に振るガウル。
その動きは宙に浮く勢い。
ダンジョンは大量の魔素と地殻変動、増大な自然エネルギーなど幾つもの要素が上手く混ざり重なる事で形成される。
ダンジョンが生まれるというのは正に奇跡なのである。
「でも父さん達ならありえる話じゃない?」
「た、確かに・・・。」
高笑いしながらダンジョンを生み出す三大魔王を容易に想像できてしまう。
「そもそも何であのお方達はダンジョンを?」
「暇つぶしらしいぞ。俺も気になって聞いてみたんだ。その昔、あまりにも暇だったから各々がダンジョンを創り、互いに攻略し合う話だったらしい。だけど創る事に熱を上げ過ぎて、攻略するのは面倒になって長らく放置していたそうだ。」
「ねえ、今お互いに、て言ったわよね。」
ゆっくり手を上げて質問を口にするエリカ。
「それってつまり、その人達が創ったダンジョンが他にも眠っている、て事?」
「聞きたくない!聞きたくなかった!聞かせてないでくれ!」
両耳を抑えて体を丸めるガウル。
会話の輪から離脱した彼を放置、話を進める。
「とにかく、この地図の印の箇所には――――。」
「師匠の創った剣がある。」
ジェイクがルシアの言葉を引継ぎ、答える。
「因みにこの地図が示す場所はどこだろう?」
土地勘が乏しいユーノ。
更に地図は大昔に描かれた物なので現在とは地形が変わっている為、どこなのか検討がつかない。
「この近くだ。場所は・・・、ここだな。」
現在の地図を卓上に広げて一点を指差す。
「ここから歩いて2時間ぐらいね。でもよくわかりましたね。」
「何度か行った事があるからな。」
「それじゃあ中にも?」
「いいや。一度も入った事がない。」
エリカの質問に横に振るジェイク。
「何でですか?」
「入れなかった、というべきだな。」
「???」
「行ってみれば分かる。」としか答えなかった。
「ねえユーノ君、どうする?」
「そうだな。」
ユーノはエリカをチラ見。
行きたい、という雰囲気が全面に出していた。
「よし、行ってみよう。」
ユーノの決定にエリカはガッツポーズ。
「ただダンジョンに向かうのは今すぐじゃない。」
「え?何で?」
「ダンジョンに潜る準備をしていないからだ。回復薬もないしね。」
「俺の家に備品があるが・・・。」
「足りないと思います。ガウル。」
耳を塞ぎ続けているガウルの前足を掴み、自分の声を聞かせる。
「一走りしてダンジョンに必要な道具をかき集めてくれ。」
「御意。」
すぐに行動開始するガウル。
「いつ出発する?」
「用意ができ次第。多分三日後かな。」
「分かった。」
「父さんが遺した剣、絶対に手に入れよう。」
「うん。」




