ジーノの弟子 ジェイク・ブレイズ
翌日、ユーノ達は本来の目的である鍛冶職人のジェイクが住む家へ。
彼の家は村から少し離れた場所にあり、鍛冶場を兼ねたその家は村の家より大きくて頑丈な造りとなっていた。
村人の話では現在一人暮らしで、農具の販売・修理で生計を立てているらしい。
「ここね。」
「早速訪ねてみよう。」
ユーノが木の扉をノックしようとした時、
「帰れ!!!」
三人の耳を貫く怒鳴り声が。
ユーノ達は裏に回り窓から室内を覗き見。
中では二人の男性が言い争っていた。
「あれ?あの人って、確かジェイク武器店の店長だよね。」
ルシアの言う通り、言い争っている片方はドナルド。
そしてもう一方はとても立派な白髭を生やした老人。
白髪の長髪を紐で束ねており、顔中には皺と火傷の痕。
常日頃から鍛えているのだろう、胸板の厚さでシャツはキツキツ。
腕は丸太のように太い。
「ガウル、あの人が―――。」
「大分老けましたが間違いありません。ジーノ様の弟子、ジェイクです。」
「なぁ、俺の話を聞いてくれよ。」
「オマエの話など聞く価値もないわ。」
虫を追い払う仕草を見せるジェイクにめげることなく話し続けるドナルド
「そう言うなよジイさんよ。なあ、アンタの師匠Lスターが作った武器、俺に譲れよ。あんたが持っていても宝の持ち腐れだ。俺が有効活用してやるよ。勿論ただとは言わない。言い値で買うぜ。」
「Lスターって??」
エリカの疑問にガウルが小声で答える。
「ジーノ様が鍛治職人として活動していた時に使っていた偽名です。ジーノの名は大魔武王として知れ渡っていますので。」
「相変わらずだなドナルド。鍛治の腕を磨かず、金勘定ばかりしよって。」
「何を言っている。今や俺は世界一の武器職人だ。多くの貴族が俺の作った武器を欲しがっているのだぞ。」
「武器を眺めるしか能がない奴に売って何になる。」
「金がない貧しい奴に売ってどうする。俺が店長になって売上は伸びた。店員や職人達の給料も上がった。アンタの時よりもな。」
「そうかい。それはよかったな。だがなドナルドよ。これだけは言っておくぞ。人が武器を選ぶのではない。武器が人を選ぶのだ。その者の丈に似合った物を渡さないといつの日か痛い目に遭うぞ。」
「アンタの説教など聞きたくもない。俺が欲しいのはアンタの師匠が作った武器だ。」
「そんな物などないわ!さっさと出て行け!」
「そうかいそうかい。」
大きなため息をワザとらしく落として、ジェイクに背を向ける。
「とりあえず今日の所は帰るよ。」
「二度と来るな!」
「アンタが武器を譲ってくれたら二度と来ないよ。」
閉まった扉に金槌が飛ぶ。
立ち去るドナルドを草下で見送ったユーノ達。
少し間を開けて、ユーノが代表で扉をノック。
「誰だ!」
まだ腹の虫が収まっていなかったようだ。
震えるルシアとエリカを背に隠してユーノが力強く扉を開ける。
「何だお前は?」
「ユーノ=トライシアを申します。ジェイク・ブレイズさん、あなたにお願いがあって来ました。」
怪訝な表情をするジェイク。
「あなたに剣を打ってほしい。」
「帰れ。」
有無を言わさない物言い。
ルシアとエリカは困惑する中、ユーノは怯む事なく発言する。
「あなたでないといけないのです。世界一の謡われた鍛治職人Lスター、いいや、ジーノの弟子であるあなただからこそ頼むのです。」
「おい小僧!何故師匠の本当の名を知っている。貴様は何者だ!」
傍にあった手斧に手をかけるジェイク。
今にもユーノに襲い掛かる勢い。
だが、影から飛び出てきた黒い影がそれを阻む。
「元気そうですな、ジェイク。」
「が、ガウル?!」
思わぬ再会に目を丸くするジェイク。
だが、次のガウルの発言は更に肝を抜かすものだった。
「この御方はデルタ様、ソプラノス様、そしてジーノ様の御子息ユーノ=トライシア様でございます。丁重なおもてなしをして頂きたいですな。」
「そうか、師匠達はお前さんを助ける為に死んだのか。あの人達らしいな。」
ユーノ達を招き、ガウルから話を聞き終えたジェイクはパイプの煙を天に向けて吐き出す。
その仕草は死者への手向けを行っているようにみえた。
「ジェイクよ、先程のあの者は?」
「ああ、見られていたか。あれは俺のバカ弟子だ。」
「店を乗っ取られたそうですな。」
「まあな。」
あっさりと肯定。
「俺のやり方じゃ食っていけない、ってな。仕方がない事だ。」
自分で用意したブランデーを煽り、経緯を話し始める。
「オーダーメイドで安くて良い武器ばかりじゃ儲けがねえからな。俺はそれで良かったが、弟子達はそうはいかねえ。独り身の俺と違い、弟子達には養う家族がいる。皆、ドナルドについていったさ。」
「悔しくはないのか?あそこまで大きくした店を奪われて。」
「悔しいが受け入れているよ。」
大きく息を吐き、今まで誰にも打ち明ける事がなかった胸の内を明かす。
「店を追い出された時、真っ先に浮かんだのは安堵だった。」
「安堵?」
「独り立ちした日から師匠の背中に追いつきたい、師匠を超える事を目標にしてきた。だがな、武器に向かい合う度、完成する度に思い知らされる。師匠との差。超えられない壁。明くる日も明くる日も、人生の全てを懸けても師匠の足元にも及ばない・・・。」
もがく苦しみながら武器を創る毎日。
絶望と憤りを募らせる日々はドナルドに店を奪われ、王都から追い出された事で終わりを迎える。
「王都を出た時、ほっとしたよ。もう武器を作らなくていいってな。あれから武器は作っていない。この地に辿り着き、村の為に農具を作る日々。全くとして穏やかな隠居生活よ。」
力なく微笑むその顔は影が落ちていて、ガウルは何も言えず。
伝説の鍛冶師と謡われたジーノを間近で見てきたからこそ、弟子の苦悩に感情移入してしまったのだ。
「楽しさを忘れてしまったのですね。」
静けさが支配する中、小さい声ながらもはっきりとした発言。
ルシアのこの一言にジェイクはハッとさせる。
「楽しさ、か。そうだな、俺は武器を創るのが好きでこの仕事を始めたというのに・・・。」
「そういえばジーノ様も武器を創られている時はものすごく楽しそうでしたな。子供のような無邪気な笑みを浮かべながら。」
「まずは楽しめ。全てはそれからだ。初めにそう教わったはずなのに。いつの間にかその事を忘れていたよ・・・。本当に俺は馬鹿だな・・・。」
ルシアに深々と頭を下げてお礼を述べる。
「ありがとう。少し遅いが、大切な事を思い出せたよ。師匠が生きていりゃ、張り倒されていたな。」
「それで済むなら安いものですよ。」
「ちがいねえ。」
ハッハッハ、と笑い合う。
その笑顔はさっきよりは明るく、憑き物は祓われていた。




