野外試験(3)
『何を考えておられるのですか!ユーノ様。』
その日の夜の事。
無事下山した勇者一行は今朝、旅立った場所に舞い戻り、再び野宿。
シャドーウルフの赤子を連れ帰る事に断固反対したミゼーヌであったが、彼達に迷惑をかけない事と今夜の見張りを交代する事を条件に認めさせた。
故に現在、ユーノが一人焚き火を起こしながら見張っている。
誰も周りにいないのでガウルは姿を見せてユーノへと叱責。
「何か問題でも。可愛いじゃないか。大人しいし。」
ユーノの視線はテントへ。
空腹が癒えたシャドーウルフの赤子は今、ルシアとエリカと共に幸せそうに眠っている。
『良いですか。あの赤子は我らシャドーウルフにとって災い、忌み子です。そのような子を助けて育てるなど言語両断。」
「別にガウルの群れで育てるわけじゃない。俺達で育てるだけじゃないか。」
『ユーノ様!』
荒々しく吠えるガウル。
『このガウル、絶対に認めませんぞ。あのような災いの子を我が家に連れ帰るなどーー。』
「なあガウル、その言葉、誰に向かって言っているのだ?」
『!!!』
ハッとするガウル。
ユーノの顔から笑みが消えていた。
冷たい視線。
そして気付く、自身の失言に。
(そうだ、ユーノ様も捨て子だ!)
死の病気に冒され、森に捨てられていた赤子。
デルタがそれを助けて育てられたのがユーノなのである。
『申し訳ございません。言葉が過ぎました。』
深々と頭を下げるガウル。
そして影の奥深くへ潜む。
これはユーノから逃げた訳ではない。
人の気配を察知して隠れたのである。
「励んでいるね。」
闇夜から姿を見せたのはカリウス。
眠気覚ましの飲み物を手にしていた。
一つをユーノに手渡し、焚き火の向こう側へと腰を降ろす。
「ありがとう。」
「今日は結界は張っていないようだね。」
「気づいていたのか。」
「やはり君の仕業だったか。・・・、そんなに僕達が信用ならないかい?」
「別にそんなつもりはない、ただの自己満さ。」
「自己満?」
「できるのにやらないで後悔はしたくない、それだけさ。」
ユーノが発した言葉には強い覚悟が込められていてカリウスは無言。
冷たい夜風が二人の間通り抜ける。
「失ってからでは遅い。俺は失いたくないのさ、大切な人を。もう二度と。」
「君にとってエリカ君とルシア君はそれほどの存在なのか?」
「ああ、そうだ。」
言い淀む事なく答える。
閑話休題。
互いに飲み物を一口。
「なあ、一つ尋ねていいか?」
「何かね、ユーノ=トライシア。」
「お前の目的はなんだ?」
カリウスの眼が一瞬だけ泳ぐ。
「目的?ユーノ=トライシアよ、君は一体何をーー。」
「惚けるなよ。俺は知っているぞ。今回の補習に俺達を同行させるよう学園長達に強く進言したそうじゃないか。ギルド長から聞いたぞ。補習になったのもワザとなのだろう。そうでなきゃ、昨日あんな指示なんて出せないからな。」
ユーノが指摘しているのは昨日、キャンプ地としてこの場所を提示した事。
この場所は木々に隠れていて周囲を注意深く観察しなければ見つけられない場所であった。
「・・・、他言無用と伝えたのだがね。」
呆れてため息が溢れる。
「そう睨まないでくれ。ただ僕は君とゆっくり話せる機会が欲しかっただけだよ。」
「・・・。」
「僕はね、君を高く評価している。まあ、信じてくれないかもしれないが、僕は君の事を見直したのさ。色んな人の話を聞いてね。」
色んな人とは誰の事なのか?
その説明は省き、語り続ける。
「ユーノ=トライシア、君はAクラスーーいやSクラスに匹敵する実力の持ち主だ。なのに何故その事に不平不満を言わない。」
「別に。Fクラスは居心地がいいだけだ。」
「何を言っているのだ。Fクラスでは帝国騎士団に入隊しにくい。それでは困るーー。」
「興味ないな。」
この一言がカリウスの言葉を一刀両断する。
「俺は騎士団に入るつもりはない。学園に入学したのも見聞を広める為の手段でしかない。」
「それでは学園を卒業したらどうするのだね?」
「生まれ育った村に帰るさ。ま、その前に少し世界を旅したりするかもしれないが。」
「勿体無い。」
強く首を振り、熱弁し始めるカリウス。
「ユーノ=トライシア!君には素晴らしい力の持ち主だ。それを肥やしにするなど勿体無い。世界の平和の為に使うべきだ。」
ユーノへ手を差し出す。
「ユーノ=トライシア。僕のパーティに加入してほしい。もちろんあの二人も一緒に。共に魔王を滅ぼして平和な世界を作ろう。」
ユーノは自分の手を受け取ってくれる、と信じて疑わないカリウス。
だが、誇らしげな表情はユーノの拒絶によって崩された。
「な、何故だね?何故拒否する?君は世界の為に貢献しようと思わないのか!」
「この考え方は素晴らしいと思うし、否定もしない。だけどカリウスのパーティに入る事がそれに繋がるとは思えない。」
「僕は勇者だ。」
「だからどうした?」
「僕は世界を守る使命がある。」
「俺には関係ない話だ。」
「力を持つ者としての使命と責任だ。君にもその資格がある!」
矢継ぎ早に自分の意見を押し付けるカリウスを落ち着かせるように大きなため息で間を取り成すユーノ。
核心をつく一言を放った。
「そんなにもルシアが欲しいのか。」
「っ!!な、何を言っている。」
「動揺が顔に出ているぞ。」
ユーノの指摘に顔を顰める。
「今回の件も俺と親しくなり、抱き込んでルシアを手に入れようとしていたのだろう。魂胆は見え見えだ。」
カリウスは視線を落とす。
「なぁカリウス、何故そこまでルシアに拘る?回復術士ならSクラスにもいるはずだ。なのに何故?」
カリウスは頑なに回復術士をパーティに加えようとしない話を以前リリシアから聞いていた。
ユーノの問いに対してカリウスは答えない。
ただ俯き、「彼女でないといけないのだ。彼女でないと。」と呟く。
「とにかく手伝う事はあるだろうが、仲間になる話は無しだ。この意見は絶対に曲げない。」
望みがない事を伝えるとすっと立ち上がる。
「残念だよ。分かり合えると思っていたのに。」
「話し合えてよかったよ。」
「そうだね。」
飲み物を全て飲み、席を立つ。
『ユーノ様、あの者をあのまま帰してよろしいのですか?』
カリウスの姿が完全に消え去ったのを待ってガウルが再び姿を見せる。
『あの者は危険です。いつの日かユーノ様に害も齎す存在かと。』
「置いておけ。」
今すぐに暗殺しようとするガウルを言葉で制する。
「彼も必死なのさ。それにちょっと気になる事がある。」
魔王に対する怒りとルシアへの焦り。
カリウスが見せた二つの表情がほんの少し気になったのだ。
「とはいえ、急を要する事ではないかな。気に留める程度に調べるとしよう。」
この呟きは焚き火の中へと吸い込まれた。




