野外試験(2)
翌日、朝日が昇ると同時に起床。
素早く身支度を済ませて出発。
今日の昼前に山頂まで到着し、置物を回収。そして日が暮れる前に山を降りるのが本日の目標だ。
森を抜け、山のふもとに到着。
道なき獣道を登る。
カリウス達が先頭。
昨夜の疲れはあまり見えずしっかりした足取り。
途中、崖を昇る箇所も難なく通過。
幾度による魔物の遭遇を経て目標通り、昼前までに山頂へと到達したのだ。
「後は降るだけ。余裕ですわ。」
「油断大敵よ。」
置物を回収した後昼食と休息を摂り、下山。
来た道を戻る。
全てが順調に運んでいた時だった。
「あれ?」
ルシアが何かに気付き、足を止める。
「どうしたルシア?」
「今、何か聞こえなかった?」
「いや。」
首を傾げるユーノは他の人に尋ねるが、皆首を横に振る。
「気のせいではないのかね、ルシアくん。」
「そんなはずはない。確かに聞こえたの。助けを求める声が。」
(ガウルは聞こえたか?)
(いいえ、何も。)
「空耳ですわ。さあ早く降りましょう。」
ミゼーヌが先を促す。
だが、ユーノは従わなかった。
「ちょっと貴方!」
「ルシア、その声はどこから聞こえてきたか分かるかい?」
「分からない。でもこの近くだと思う。」
「何をしているの!」
「少し時間に余裕がある。調べてからでも問題はない。」
「ですが!」
「別に手伝わなくてもいい。そこで休憩していても構わないよ。」
ユーノの無有言わさない迫力に黙るミゼーヌ。
結局、カリウスとミゼーヌはその場で休息。
他の4人は念のため、周囲を捜索。
エリカとリリシアは疑い半分。
しかしユーノはルシアの言葉を信じていた。
(何かの感性がルシアに繋がった可能性がある。)
注意深く岩裏や小さな穴に目を光らせる。
「どこ?どこにいるの?」と呟きながら必死に周囲を探すルシア。
彼女が耳したのはまさに風前の灯、助けを求める声。
早く見つけないといけない、と言う思いが彼女を焦らせる。
「お願い。もう一度だけ。声を聴かせて。」
強く願う。
「お願い。絶対に助けるから。」
ルシアの思いが通じたのか、再び
「サムイヨ、タスケテ。」の声が。
「待ってて。すぐに助けるから。」
確信を得た足取りにユーノが、そしてエリカ、リリシアが後に続く。
そして、尖った大きな岩と岩の隙間を覗き込んだルシアが叫ぶ。
「見つけた!」
「これは・・・。」
続いて覗き込んだユーノは目を見開く。
そこには身を縮ませて隠れていた、雪のように真っ白なシャドーウルフの子供が隠れていたのだ。
「シャドーウルフ?」
「え?この子、シャドーウルフなの?」
「あり得ないわトライシア君。だってシャドーウルフの毛皮は黒のはずよ。」
「分かっている。でも顔立ちや爪の並びはシャドーウルフに類似している。」
(ユーノ様の仰る通り、シャドーウルフの赤子ですな。)
ガウルが影の中から肯定する。
(産まれて間のない忌み子ですな。ごく稀にあるのですよ。黒の毛でない赤子が。実際に目にするのは初めてですが。)
シャドーウルフは影や闇に潜む生態。故に全身は黒系統に統一されている。
(孕み子?)
(あの毛では闇に潜めないですから。我らシャドーウルフは群れで暮らします。大方群れのために捨てられたのでしょう。)
「そんな!」
ショックを受けるルシア。
彼女とエリカはガウルの声が聞こえていたのだ。
「ちょっとルシア!何しているの!」
「だって助けないと。」
不用意に近づこうとしているルシアを慌てて引き止めるリリシア。
「何言ってるのよ!あれは魔物よ。」
「でも・・・。」
「でもじゃない!もう!トライシア君からも言って。」
「ルシア、君はあの子を助けるつもりかい?」
「もちろんよ。」
「それは一時の感情からか?今助けたとてあの子は幼過ぎる。過酷な自然ではまたすぐに命を落とす事になるだろう。ルシアはあの子の人生を見届ける覚悟があるのかい。」
いつもとは違う厳しい視線を向けられたルシア。
だが、怯む事なくはっきりと言葉を口にする。
「そのつもりよ。」
「そうか。なら俺はルシアの意思を尊重するよ。」
優しい笑みを見せるユーノ。
ルシアの背中を軽く叩き、後押し。
「ユーノ君、ありがとう。」
衰弱しているシャドーウルフの赤子にゆっくり近づく。
「ほら、おいで。きゃあ!」
差し伸べた手を噛みつこうとしたので慌てて引っ込める。
「ルシア!」
「大丈夫だよリリシアちゃん。・・・大丈ーーー怖がらなくていいよ。もう一人じゃないから。安心して。」
優しく語りかける。
すると唸り声は収まり、差し伸べたルシアの手を弱々しく舐め始める。
警戒心が解けたのだ。
「よく頑張ったね。一人で。もう大丈夫だよ。私達が守ってあげるから。」
回復魔法を施しながらゆっくり抱きかかる。
シャドーウルフの赤子はルシアに身も寄せるその表情はとても安らかだった。




