三大魔王としての生き様と父親としての生き様
人目を盗んで寝室まで戻っていたユーノ。抜け出した痕跡が残っていない事を確認し、一言。
「分かれ離れて。」
ユーノの声に反応して、手にしていた槍が棍と剣に分離。
剣を枕下に潜ませ、棍をベッド近くの壁に立てかけた後、寝る身支度を始めた。
「今日はいつもより遅くなったけど、いるだろうか?」
数分後、就寝体勢に入ったユーノはベッドへ潜り込み、静かに瞼を閉じた。
「・・・・・・。」
体感1分ぐらいだろうか?再び目を開けるとユーノは不思議な空間に立ち尽くしていた。
全面真っ白の異空間。地面が透明の為、宙に浮いている感覚に陥る。
慣れていないと平衡感覚を失ってしまうような場所にユーノはしっかりとした足取りで誰かを探しながら歩み続ける。
「いないな。やっぱり来るのが遅かったかな・・・。」
このまま落ちるか、と考えていた矢先だった。
全身に走る悪寒。
そして、死角から首を狙った肉弾を咄嗟のひらめきで回避。
まさに紙一重であった。
「グハハハハ、流石だユーノ。ワシの愛のラリアットを躱すとは。」
口元に豪快な白髭を蓄えた四角い顔。白髪交じり乱れた茶髪の間から見える立派な2本の角。太い眉毛に群青色の大きな眼と大きな鼻が。
2m近い身長は豪快な筋肉のおかげで横にも広く、全身の至る所にある傷痕は幾多の修羅場を潜り抜けてきた事を物語っている。
「もうびっくりさせないでよ、ジーノ父さん。」
「これぐらいはただのスキンシップだろうよ、親子の。」
「回避が失敗していたら普通に首を吹き飛ばされていたけどね。」
ユーノの皮肉に豪快な笑いと無数のマメがある手で背中を叩いて誤魔化す彼こそ、鍛冶師であり、数々の武勇伝を世に残した大魔武王ジーノ。種族はドワーフである。
「見ていたぞユーノ。グレートゴブリンの一撃を真正面から受け止めるのをな。流石ワシの息子。ワシが鍛えた筋力がここぞと発揮したな。」
自分の事のように喜ぶジーノだったが、
「ふぉふぉふぉ、何をおっしゃる。この筋肉バカが・・・。」
後ろから聞こえてきた皮肉にジーノの顔が瞬時にしかめっ面に。
「あの攻撃を受け止めれたのはワタクシが教えた魔力操作のおかげじゃ。魔力を掌に集めて斧の威力を相殺したのじゃよ。」
そう答えながらユーノたちの方へ歩いてくるのは尖った耳に金縁の丸眼鏡、薄緑の細い長髪を後ろに流した知能溢れる印象を感じさせる整った顔立ちの老エルフ。
ジーノに比べてかなり華奢な体型で見た目は40代だが、口調と両手を腰にまわした歩き方はかなりの高齢感が。
彼の名はソプラノス、大魔賢者である。
「やはりワタクシが見込んだ通り、ユーノは魔術師の才に溢れておるのう。」
薄緑色の瞳を細め、ユーノの頭を撫でるソプラノス。
「何を言っておる、この節穴眼鏡エルフが。ワシの筋肉だ。」
「いいや、ワタクシの魔術回路のおかげです、この脳筋ドワーフ。」
「何だと!」
「何ですと!」
互いの額がぶつかり、睨み合い。
一触即発の雰囲気が漂うのを蚊帳の外から眺め、事の成り行きを自然に身を任せていたら、
「何を馬鹿な事で喧嘩をしておる!!!」
と、この空間を埋め尽くすほどの大声が。
三者がその方へ視線を移すと、黒髪を逆立て立派な口髭を生やした男性がこちらへ力強く近づいてきていた。
身長は180㎝を満たないぐらいで体格もそれほどごつくない。
だが、赤黒い瞳と吊り上がった眼つき、そして彼の全身から発せられるオーラが身長以上の大きさに見える。
「デルタ父さん。来てくれたんだね。」
「当り前だろう。お前がいるのに俺様が来ない訳ないだろう。」
ユーノの笑顔に口元と目尻を緩めたこの者こそ最悪最強、傍若無人として知られる大魔王デルタである。
「それにしてもジーノとソプラノスは・・・。下らん事で揉めよって。」
鋭い眼光を戻し、そして言い放った。
「よいか。あれは俺様直伝の威圧と俺様が与えた血のおかげだ!!キサマ達の見当違いだ!馬鹿馬鹿しい!」
「馬鹿も休み休み言え!」
「あり得ませんな!」
デルタの発言に即時否定。真っ向から対立する。
「ワシじゃ。」
「ワタクシです。」
「俺様だ!」
ぐぬぬぬぬ、と唸り睨み合い三者。
戦いの火ぶたがいつでも落とされそうな緊迫した空気が流れる中、呆れため息を一つ落とすユーノ。
これは日常茶飯時。
とはいえ、このまま放っておくと本当に戦火が切って落とされるので仲裁に入る事に。
「落ち着いてよ。あれは父さん達が教えてくれたこと全てを出したからこそだよ。」
「おう、そうか。」
「そう言ってくれるとこちらも教えた甲斐があります。」
「そうかそうか。」
ユーノの言葉と笑顔に三者三様、満足そうに頷く。
険悪な空気が完全に消え去った事にユーノはひと段落の気持ち2割、ちょろいな、の気持ち8割。
規格外の強さに恐れられていた三大魔王はユーノには甘々なのである。
今ユーノがいる場所は現実の世界ではない。ここはユーノが所持している魔槍ゲイ・ジャルグの力によって作り出した亜空間。肉体ではなく、精神だけが空間に入っているのだ。(ユーノはこの場所を精神の間と呼んでいる。)
魔槍ゲイ・ジャルグは元々大魔王デルタの愛槍。死期を悟った三大魔王が自分達の魂の一部をゲイ・ジャルグに移植する為に作り出された空間であるのだ。
4年前、ユーノが暮らす村の山奥にある洞穴に封印されていたゲイ・ジャルグを手にして以降、毎日この空間に訪れてはジーノから武術全般、ソプラノスから魔術、そしてデルタから高度な戦術を学んできた。
ガウルが言っていたこの4年間の急成長の理由はここにあるのだ。
「今日はデルタ父さんの番だよね。何を教えてくれるの?」
手元に魔槍ゲイ・ジャルグを呼び出し、デルタの答えを待つ。
「いや今日は止めておこう。」
「えっ、なんで??もしかしてくるのが遅かったから。」
「そうではないぞ、ユーノよ。」
表情が曇るユーノに対してソプラノスとジーノが慌ててフォロー。
「お前さんはよく頑張っておる。ワタクシ達の予想以上の成長を見せてくれておるぞ。今日はいわば骨休みじゃよ。」
「ここまで休みなしで鍛錬を重ねてきたからな。その褒美だ。」
「そういう訳だユーノ。それに今日はこれがあるだろう?」
「ああ、そういう事ね。これのことでしょ。」
指で御猪口を口に運ぶ素振りを見せたデルタの行動に全てを察したユーノ。
腰に携えているポーチからゲイツが飲んでいたワインを取り出してみせる。
「「「それだ!!」」
三大魔王もまた無類の酒好きであった。
「いや~~、うまい!いい酒だ!」
急遽始まった酒盛り。
ソプラノスが設置した簡易的な丸テーブルを囲み、ご満悦の三大魔王一行。
「ほほう、これはこれは。上等なワインじゃのう。」
「確かにいい酒だな。ゲイツの奴、こんないい酒をガバガバ飲んでいたとは・・・、羨ましい。」
「デルタ父さん、そんなことで嫉妬しないで。」
空になったコップに酒を注ぐユーノ。
「おお、スマンなユーノ。」
「ワシにも注いでくれ。」
「わかりましたよジーノ父さん。」
ジーノにも酒を注ぐ。
「いやぁ、いいのう。こうやって大きくなった息子と酒を交わせるのは。」
「そうだろうそうだろう。その至福の為に俺様達は禁忌を犯して魂を魔槍ゲイ・ジャルグに移植したのだからな。」
ガハハハ、と高笑いする三大魔王。
この話を周囲が聞けば唖然騒然、開いた口が塞がらないであろう。
「これで後はユーノが嫁をもらい、子供を作りその子供が大きく育つところを見守るだけだな。」
「それはまた随分先の話だね・・・。どこまで長生きするつもり?って、もう死んでいるのか。」
「いや、そうとは限らんぞユーノよ。」
一人完結に待ったをかけたのは静かに酒を嗜んでいたソプラノス。
コップをテーブルに置き、赤い頬の真剣な面持ちをユーノに向ける。
「死の観点をどうみるかで変わるものじゃよ。肉体が滅んだ時点で死をみるか、魂が滅んだ時点で死とみるか・・・。通常は肉体が滅べば魂も共に滅ぶ。魂はいわば形のない光の塊。器がなければ形を保つことが出来ず、分散し消滅してしまうのじゃ。じゃが、ワタクシ達の魂はこの魔槍ゲイ・ジャルグが作り出したこの空間内に存在しておる。つまりワタクシ達は生きている、と言えるかもしれん。」
コップに残ったワインで喉を潤し、再びユーノに視線を向ける。
「まぁこの状態で現実の世界に行けば魂はすぐ消滅してしまうがな。だが、器――肉体さえあれば現実の世界で生き続ける事は可能じゃ。そのことはデルタとそして、ユーノ自身が証明してくれたからのう。」
「じゃが、ワシ達は現実の世界なんぞに未練などない。ユーノの幸せをここで見守るだけだな。」
ジーノの言葉に賛同するソプラノスとデルタ。
「証明した?それって4年前俺が初めてゲイ・ジャルグを手にした時のこと?」
4年前、ユーノが暮らしていた村が襲われた事があった。
村を助けるため、近くの山奥に封印されていたゲイ・ジャルグを手にした時、ユーノの身体にデルタが乗り移り、村を襲った者共を打ち倒した経緯があるのだ。
「それもあるが、ユーノ、ワタクシは16年前の―――お前さんが14歳であった時の事を言っておるのじゃ。」
「そうか、俺様がユーノを拾って30年が経つのか・・・。はやいものだな。」
月日の長さに一入の思いに拭けるデルタ。
瞳の奥でその当時の事を思い出しているようだ。
「全くだ。デルタが生後間のない赤子を城に連れ帰った時は大騒ぎだったからな。ガウルなんぞ『デルタ様、この赤ん坊をどこから攫ってきたのですか!?』って騒ぎだしたからな。」
30年前、森を散歩中に大病を患った事で捨てられた赤子を発見。それがユーノである。
「でデルタはソプラノスにユーノが患っている病気を治せ、って命令したんじゃよな。」
「そうでしたね。その病気はニンゲンにしか発症しない珍しい病気。死亡率が高く、その当時は治療法も発病原因も全く不明でした。いやはや、難儀でしたよ。」
「でも1年で原因究明したのでしょう。やっぱりソプラノス父さんは凄いよ。」
ソプラノスの治療により死を免れることが出来たユーノ。
当初は人里に返すつもりであったが、ユーノに情が移った三大魔王は息子として育てるとガウル含め家臣達に宣言。
当初は『身勝手な三大魔王が子供の面倒をみれるものか!』『子供に悪影響だ!』などの猛反対の嵐であったが、三大魔王の溺愛ぷりに驚愕。
ユーノの人懐こさも相まってその声は徐々に消えていったのである。
「あの時は本当に有意義だったな。」
「ええ、人生の中でとても祝福の時でしたよ。」
至福の表情で当時の思い出に浸るジーノとソプラノス。
「だが、その幸せな時間は長く続かなった。あの忌々しいエゴエスト教団のせいでな!!」
怒りのあまりワインが入ったコップを粉々に破壊するデルタ。
その怒りはジーノとソプラノスにも伝染する。
「ああ、忘れもしない16年前。ワシらが所用で離れた隙を狙い、当時14歳のユーノを誘拐しやがった。」
「そして事もあろうにユーノを殺人兵器にして俺様達に送りつけやがった。」
「『天使の贈り物』でしたか・・・。ふざけた名前を付けてましたね。」
天使の贈り物、それは子供の体内に莫大な魔力を強引に注入し、暴走させて爆発させる、という非人道的破壊兵器の名称である。
その威力は小さな町を跡形もなく消し去る程の威力であった。
「幸いにして俺様達はかすり傷程度で済んだ。だがユーノ、お前は肉体の大部分を失い、いつ死んでもおかしくない状態にだった。」
「今思い出したも腹立たしい。」
怒りにまかせワインを煽るジーノ。
エゴイスト教団はその後、デルタとジーノの逆鱗により壊滅。
その影響で幾つかの国が滅ぼされたのだ。
ソプラノスはその間、ユーノを助ける方法を模索。考えに考え、辿り着いた答えが禁術の使用――つまり禁忌を犯すことであった。
「その方法が移植魔術だったと・・・。」
「その通りですユーノ。自身の身体に他人の身体の一部を移植してそこに魂を固定させる禁術です。ワタクシは早速、デルタとジーノに説明しました。ワタクシ達に起こるべき危険性を含めて全てを。」
「で俺様達はソプラノスの案に乗った。」
「断る理由などないからな。ユーノが助かるのならワシ達の命など惜しくもないわ。」
「まぁ二人に反対されても一人で決行する予定でしたがね。ともかく二人の協力を受け、ワタクシはユーノに移植魔術を施す事にしました。」
「ワシはこの自慢の筋肉と皮膚を。」
「ワタクシは有能な魔術回路と内臓器官を。そして―――。」
「俺様は血と魔力を分け与えた。」
「これによりユーノの魂はワタクシ達が分け与えた身体によって繋ぎ止める事に成功いたしました。ですがここで一つ問題が発生しました。それは拒絶反応が興した事です。14歳という成長したユーノの身体とワタクシ達の肉体や臓器は上手く適合しなかった。」
鼻から大きなため息が零して小休止。
「そこでワタクシはもう一つ禁忌を犯す事にしました。それは時間操作です。ユーノの魂と肉体を赤子まで時間を遡れば適合するのではないか、と考えたのです。そしてその考えは正しかった。」
微笑みを零しながらユーノの頭をゆっくり撫でる。
「だから俺は父さん達の力を継いでいるだよね。」
「ああ、その通りだ。」
「そして父さん達は俺にいろんなものを分け与えたために死を迎える事になった。」
「そのせいだけではありませんがね。まぁ、禁忌を犯した影響もあったのでしょうね。全てを事終えたワタクシ達に残されたのはほんの僅かな力と命でした。」
「余命半年、長くても1年だったかソプラノス。」
「ええ、ジーノの言う通りです。」
「だからと言って隠居暮らしなんてガラじゃない。俺様達の死に場所はやっぱ戦場だよな、って話になったんだよな。」
「ええ。幸いジーノとデルタが幾つかの国を滅ぼしたおかげでイスカディール帝国がいろんな国と結託して挙兵してくれましてね。どうせなら最後は派手にやろう、ということになったのですよ。」
「何十万もの大軍に対して俺様達三人。あれは爽快だったな。」
ガウル含め三大魔王の家臣達はその戦に加わっていない。「これは俺達三人の最後の戦いだ!」と拒否したのだ。
そして自分達の死後、仇討ちや復讐を絶対に行わない事を言い聞かせ、辺境の地に避難させたのである。
「あれは楽しかったな。寝る間を惜しんでひたすら戦い。撤退はなく、ただ邁進するのみ。命尽きるまでひたすら暴れたな。そうそう、あの戦いで実はな―――。」
と最後の戦いで各々の武勇伝を語り始める三大魔王。
それをユーノは黙って聞き入っていた。
「ユーノ、もうそろそろ戻った方が。もうすぐ夜明けですぞ。」
「もうそんな時間?それじゃあ戻るよ。」
席を立ちあがり、戻る準備をしていた時だった。
「ユーノ、ちょっと待ちなさい。」とジーノが呼び止める。
「一つ、お前に伝えたい事があってな。」
ジーノの群青色の瞳に不思議そうなユーノの顔が映し出される。
「いいかユーノ。お前は俺達の息子だ。だが、だからと言って無理に魔王にならなくてもいいぞ。」
「その通りです。ワタクシ達は何も貴方に魔王を継いでほしくて力を分け与えたのではありません。幸せに生きてほしい。ただそれだけなのですよ。」
「ガウル達はお前が魔王になることを望んでいるようだが、お前が嫌なら別に構わん。」
最近の悩みを言い当てられたユーノ。
驚きのあまり声が出ない。
「ゲイツみたいにどこかの国の騎士になるのもよし、王宮魔術師になるのもよし。冒険者となって世界を旅するのもよし。」
「貴方の進みたい道を歩みなさい。」
「覚えておけユーノ。俺様達はお前の味方だ。ずっとな。」
「ありがとう・・・。うん、自分が思う道を進むね。まだ全然決まっていないけど。」
三大魔王の後押しに最近感じていた心の重みがすっと消えていくのがわかる。
「ま、これでお前が魔王になりたい、というのなら話は別だがな。ちなみに俺様達を超える魔王になれるぞ。」
「これデルタ、余計な事をユーノに吹き込むではないわ。」
ソプラノスとデルタのやり取りを見守りながらユーノは現実の世界に戻り始める。
身体が透けていくユーノが「父さん。」と呼ぶ。
「俺、父さん達の息子で良かった、って思っている。本当にありがとう。それじゃあまた。」
その言葉を最後にユーノの姿は完全に消えた。
「本当に素直で賢い子に育ちましたな。」
ユーノが居なくなった場所を見つめながら、ぼそりと呟くソプラノス。
「そうじゃな。ワシらが教えた事も見事に会得したしな。」
「ああ、本当にな。あそこまで育ててくれたガウル達とゲイツに感謝だな。」
「ええ、特にゲイツには感謝しきれませんのう。彼が14年間、しっかり育ててくれたおかげでここまで強くなったのじゃから。」
「そうだな・・・。ユーノがあそこまで強くなったのは彼等のおかげだ。俺様達はただきっかけを与えただけにすぎん。」
空のコップにワインを注ぎ、天にかざすデルタ。
ジーノとソプラノスもそれに続く。
「ガウル達家臣に、そして友人ゲイツに感謝の意を。」
コップ達がぶつかる音が空間に響くのであった。