決意
「ユーノ様、このガウルめがどうしてこれほど怒っているのかお分かりですかな。」
尻尾を器用に使い、仁王立ちするガウルとなんとなく正座させられているユーノ。
「お分かりではないようですね。では言いましょう。何故あのような危険な行いをしたのですか?」
「危険って、ただドルネロの魂をゲイ・ジャルグの封印しようとしただけだよ。」
「その行動が危険だというのです。そのような事をせずともユーノ様の炎で完全に討ち滅ぼせたはずでしょう。」
「でも生き延びてしまう可能性があった。だから魂をゲイ・ジャルグの元へ送ったのさ。(後はデルタ父さん達が何とかしてくれるしね。)」
ドルネロの正体とデルタ達との因縁を耳にしたユーノは密かにゲイ・ジャルグの中にいる父親達と交信。
責任を押し付けて、ドルネロの始末を擦り付けたのである。
(咄嗟の作戦だったけど、さすが父さん達だったな~~。)
ドルネロの胴体にゲイジャルグを突き立てれば後はこっちで上手くやる、と言われたのでユーノはその通りに行動したのみ。
その後、ドルネロはどのような状況に陥っているのか全く知らないし、興味もなかった。
「ユーノ様!話を聞いていますか!」
「聞いているよ。」と生返事。
「結果良ければ全て良し、さ。」
「よくありません!ユーノ様の身に何かがあっては困るのです!よいですか、貴方様は御三方が残された大事な忘れ形見。ユーノ様の身に何かがあれば我々はあの方々に合わせる顔がございません。どうか無謀な事はお辞めください。」
何卒、と深々頭を下げるガウルの行動に良心の痛みがチクリ。
「わかったよガウル。気を付けるから頭を上げて。」
謝罪の誠意を見せた事でガウルの表情は和らぐ。
「ええ、今度から気を付けてください。事前にこのガウルに相談してくだされ。」
この話はこれで終い、と四つ足で立ち上がったガウル。
ここで攻守交替となる。
「じゃあ次は俺の番だね、ガウル。」
「は?」
「言ったでしょう。説教だって。俺の正体を勝手にばらしたことに対しての、ね。」
途端顔が真っ青になるガウル。
完全に忘れていたようだ。
「も、申し訳ございません。つい頭にカッときてしまいまして・・・・・・。」
「悪いと思っているのか。じゃあ罰を受けてもらおうかな。」
罰、と言う単語に敏感な反応を示すガウル。
デルタ達から過去受けていた様々な(理不尽な)仕打ちが甦り、身体を震わす。
「罰、とは一体どうのような・・・。」
「こんなに難しい事ではないさ。そうだね・・・・・・、今日一日俺の言う事には絶対服従、はどうかな?」
「あの今日一日、というのは今から24時間という事ですか?」
「いいや、日付が変わるまででいいよ。」
ユーノの返答に、チラリと時計を盗み見。
「(日付が変わるまであと4時間少々。)分かりました、その罰甘んじて受け入れましょう。」
「じゃあ早速だけど、喉が渇いたからハーブティーを淹れてもらおうかな。」
「畏まりました。」
4時間ならば無茶な命令はないと考えたガウル。
素直に従い、食堂へ。
その背中に向かってユーノはもう一声追加する。
「ちゃんと三人分用意してね。」
シャワーを浴びる音が二つ。
そのうちの一つ、エリカは整理が出来ないでいた。
「ユーノが大魔王の息子・・・。」
無意識に零れた独り言。
(英雄ゲイツの息子だと聞いていたのに、それは嘘だったというの。兄さまはこの事を知っているの?どうしてこの国に?目的は?私達に近づいてきたのは何故?)
「―――ちゃん、エリカちゃん!」
我に返ると隣でシャワーを浴びていたルシアが目の前で名前を呼んでいた。
「体が冷えちゃうよ。」
ルシアに促され、湯船へ。
広い湯舟で大きく伸びをするルシアに対してエリカ膝を抱えたまま、先程の思考の続きに迷い彷徨う。
水滴が湯船に落ちて水面に波紋が広がり二人の身体に衝突した時、ルシアが呟いた。
「私達、生きているんだよね。」
「え?」
「私達、助かったんだよね。ユーノ君のおかげで。」
「・・・・・・。」
「あのね、実はいうと私ね、諦めていたの。あの時―――魔王ドルネロに捕まってひどい目に遭わされた時、もう駄目、私は殺されるんだ、て。だからユーノ君が助けに来てくれた時、本当に嬉しかったの。」
隣に腰掛けるルシアがエリカの手をそっと握り、言葉を続ける。
「大丈夫だよエリカちゃん。ユーノ君はユーノ君だよ。大魔王の息子だったとしても、私達を何度も助けてくれた、私達の事を第一に、大切に想ってくれているユーノ君だよ。」
「ルシア・・・。」
握られた両手から少しばかりの強がりを感じる。
「だからね、ユーノ君の事、信じてみたいの。」
「・・・・・・、そうね。」
ルシアの想いにエリカの腹の内も決まった。
手を握り返し、しっかりとした口調で答える。
「ユーノにはちゃんと説明してもらいましょう。嘘ついていた事を含め、正直にね。」
「うん。」
意思が固まった所で浴槽から上がる二人。
部屋着に着替えた後、揃ってユーノが待つ応接室へ。
「湯加減はどう?ゆっくりできたかい?」
「こちら、ハーブティーでございます。」
エリカとルシアがソファに腰を降ろしたタイミングを見計らい、ガウルがティーカップを丁寧に置く。
「何か?」
ルシアの熱視線を感じ取ったガウル。
「いいえ、ガウルが本当に喋っていると思って・・・、あ、ガウルさんってお呼びした方がいいですか?」
「ご自由に。」
興味なさげの素っ気ない返事でそっぽ向くガウルの行動に微笑ましい表情を見せるユーノ。
「ユーノ、洗いざらい話してもらうわよ。私達に隠していた事や嘘をついていた事を含めて全部ね。」
「わかった。いずれは全てを打ち明けるつもりだった。でもまさかこんな形で知られるとは思わなかったよ。」
ユーノの意味深な視線に顔を伏せるガウル。
「ただ二人にはわかってほしい。俺は隠し事をしていた。けど俺は二人に対して一度も嘘は言ったことはない。」
「英雄ゲイツの息子だと名乗ったのは嘘じゃない、って事?」
「そうだよエリカ。前に言ったよね、赤子の俺が森に捨てられている所を拾われ、ゲイツ父さんに育てられたと。それは本当だ。ただ少し隠していた事実があるのさ。俺は30年前、森に捨てられた赤子の俺をデルタ父さんが拾われ、その後ゲイツ父さんの元に預けられた。」
「ちょっと待ってユーノ君。30年前って・・・。ユーノ君は私達と同じ年だよね?」
「ああ、そうだよ。ちょっと事情があってね。」
ユーノはエリカとルシアに自分の身の内を全て打ち明ける。
自分が生まれつき重い病気を患い、それが原因で捨てられたこと。
デルタがそれを知り、ソプラノスに治療を行うよう厳命した事で病気は全快に向かい、以後三大魔王の元で暮らし始めた事。
しかし14歳の時、ある組織に誘拐され、破壊兵器として改造され、三大魔王暗殺に利用された事。
暗殺は失敗に終わるもその結果、身体の大部分を失い、風前の灯火となった事。
そんな自分を助けるため、三大魔王は自分達の身体の一部を与えて禁術を施し、赤子に戻して生き長らえさせた事。
そして三大魔王の死後、ゲイツに預けられてこの国に来た理由に至るまで全て話した。
「―――以上が俺の全てさ。」
ハーブティーで喉の渇きを潤すユーノの瞳には驚きの表情を見せる二人が映る。
「あなたの出生の秘密は分かったわ。まさか大魔王の血を引いて英雄に育てられたなんて・・・。」
「ねえユーノ君、今後はどうするの?」
「今後?」
「だってユーノ君がこの国に来た理由はその予言があったからでしょう。でもその予言があったデルタって多分あのドルネロの事だよね。」
「多分そうでしょうな。」と二度頷くガウル。
「だったらユーノ君がこの国にいる理由ってもうないよね。もしかして帰っちゃうの?」
目を潤ませるルシア。
「帰らないよ。村を出た理由の一つに見聞を広める目的があるからね。ただ俺の出生の秘密がバレるとここを去らないといけない。」
「未だにデルタ様方の影響が強く、ユーノ様がデルタ様方の息子と知れば首を取ろうとする不届き者がおります故。実際4年程前にそのような事もありました。」
「だからお願いだ。俺のこと、秘密にしてくれないか?」
頭を下げるユーノ。
「わかった。私達、誰にも言わないよ。ねエリカちゃん・・・・・・エリカちゃん?」
即答したルシアは隣で厳しい表情をするエリカに一抹の不安を感じた。
「ユーノ、一つだけ聞かせて。あなたは魔王なの?」
時が止まったかのような静かさ。
10秒ほど経ったのだろうか?返答したのはユーノではなくガウルだった。
「今はまだですが、ユーノ様は魔王としての素質は十分おありです。いずれは即位してもらいます。それが我ら村の総意であります。」
「・・・・・・それはつまり人の敵となるという事?」
「必要とならば―――。」
「ガウル!」
叱責で無理矢理口を閉じさせる。
「エリカ、その質問に答える前に一つ君の解釈違いを指摘させてほしい。」
「解釈違い?」
「ああ、エリカが思う魔王像とガウルが言う魔王は全く異なる。多分エリカは魔王と聞いて、魔族の頂点に立つ者で世界の支配を望む者と考えていると思う。」
「違うの?」
「ああ。ガウルが言っている魔王とは魔族の国の王の事。イスカディール帝国国王や他の国の王と同じさ。多分エリカ達は知らないかもしれないけど、魔族領には魔王が数多くいるよ。」
「このガウルが把握しているだけで50名。実際にはもっと居られるでしょう。」
ユーノとガウルの説明に眼を見開いて驚く二人。
「魔族は弱肉強食社会です。力ある者が上に立ち力弱き者を護り従える。そのようにして国が作られます。そして魔王となった暁にその国に名が与えられるのです。我々が暮らす村が『名の無き村』なのは魔王様がいない故。このユーノ様が魔王となった時にようやく村に名が与えられるのです。」
「つまり俺は魔王ではない。それに俺がもし魔王だったとしてもエリカが考える事はするつもりはないさ。」
「でもいずれは魔王になるのよね?」
「そのつもりなのですが・・・・・・、実はユーノ様から良い返答をもらえていません。」
「あれ、そうなの?何で?」
不思議そうに首を傾げるルシア。
「俺自身が相応しいと思っていないからかな。」
「何をおっしゃりますかユーノ様、我々の村は貴方様を差し置いて魔王になれる者はおられません。それに今後、ユーノ様の強さは否応なしに世に知られる事になるでしょう。そうなればあらゆる手を使い、ユーノ様を自分達の魔王として奉りたてる者達が現れるはずです。」
「だよな・・・・・・。わかっているさ。それぐらいは。」
額に手を当て、大きなため息を落とすユーノ。
彼の苦悩が少し垣間見た瞬間である。
目を瞑り、自分の考えを纏める事数分。覚悟を決めた表情を見せたユーノはガウルに決意を告げる。
「わかったよガウル。俺は魔王となろう。」
「本当ですか!?」
「但し、今すぐにはムリだよ。」
「勿論ですよとも。ユーノ様はまだ見聞を広めている最中。魔王となるのはもうしばらく先で大丈夫です。我々の方も準備があります故。」
ユーノのよき返答に小躍りしそうな足取りを見せるガウル。
先程まで見せていた厳しい表情が完全に緩んでいる。
「いや、今日は良き日となりました。こうしてはおれません。至急村の者達に報告を―――。」
「ちょっと待ってガウル。」
「なんでしょうか?」
「俺はガウル達の願いを聞いたんだ。一つばかり俺からのお願いを聞いてくれてもいいよね。」
通信室へ向かっていた軽快な足取りが完全に止まったガウル。
何故ならユーノが浮かべる不敵な笑みが昔、無理難題を申し付けてきた三大魔王達の表情と全く一緒だったのだ。
嫌な予感に脳裏によぎるガウル。
恐る恐る尋ねる。
「その、お願いとは一体・・・。」
「簡単な事さ。俺の願いはただ一つ。エリカとルシアを俺の妻として認める事。それが俺が魔王になる条件だ。」
「な!!!」
「「っ!!」」
驚き過ぎて声が出ないガウル。
そして予期せぬ発言に心底驚かされたエリカとルシア。
「エリカ、そしてルシア。俺は二人がドルネロに攫われた時、心臓が潰されるほど苦しかった。そして同時に再認識した。俺は二人の事が心の底から愛していると。」
エリカとルシアの瞳を真っすぐ見つめ、告白する。
「一目惚れだった。そして会う度に、親しくなっていく度に好きという気持ちが日に日に強くなっていた。ずっと一緒にいたい、ずっと俺の側にいてほしい。俺と共に歩んでほしい。それぐらい俺はエリカとルシアの事を愛している。この世界で一番、誰よりも。」
ユーノはポケットから小さな箱を2つ取り出し、二人の前に置く。
「エリカ、ルシア。俺と結婚してほしい。ダメかな?」
「ちょっとユーノ!」
「これってエンジェルリング!」
箱の中身は初デートの時に見つけたエンジェルリング。
ユーノはあの日――デートの時、密かに購入していたのだ。
「受け取ってくれませんか?」
ユーノのプロポーズに即答したのはルシアだった。
「嬉しい・・・、嬉しいよユーノ君。私も同じ。初めて会った時からずっと好き。ずっと一緒にいたい。大好きなユーノ君の側にいたい。だから私、ユーノ君と結婚する。」
「ありがとうルシア。」
嬉しさ満点のルシア。
その一方でエリカは「何よ今更・・・。」と小さく呟く。
「エリカ?」
「~~~~~。」
言葉にならない小さな悲鳴を上げた後、顔を真っ赤にしてエリカは立ち上がり叫ぶ。
「今更よユーノ!私はユーノの婚約者よ。当主の兄様が正式に認めた事忘れたの!?私はもうあなたから逃れることは出来ないのよ!!」
建前をユーノに一通りぶつけた後、本音を口にする。
「好きなの!大好きなの!どうしようもなく好きなの!あなたに助けてもらったあの時から。あなたが魔王の息子とかどうでもいいぐらい大好きなの!私はユーノと別れたくない!魔王になるユーノと戦いたくない!」
「俺も同じさ。共に歩んでいきたい。傍にいてほしい。」
「誓ってユーノ。道を誤らないって。人の道を踏み外す魔王にならないって。」
「勿論だとも。エリカを悲しませるような事は絶対にしないよ。」
「ユーノ・・・。」
自然と体が抱擁を求める―――が、ガウルがそれを阻止。
「何を言っておられるのですか!!!駄目です!!駄目に決まっているでしょうが!!!!」
ガラス戸が割れそうな大音量で全否定。
「ユーノ様!貴方様は魔王となられる御方、妻にはそれ相応の身分が必要です。」
「二人は俺に似つかわしくないというのかい?」
「ええ、その通りです。配下としてならば何も言いません。ですが妻になるには彼女達の身分は低すぎます。名声もありません。どうかお考え直してください。」
「そこまで気にする必要はないと思うけど・・・。」
「ユーノ様!!このガウル、これに関しては一歩も引くつもりはありませんぞ!」
唸り声でエリカとルシアを威嚇するガウルに対して、ユーノは余裕の冷ややかな視線で言い返す。
「そう、そこまで言うんだ。いいよ別に・・・。所でガウル、君は俺が課した罰のこと、忘れてはないよね?」
「罰?それがどうか――――――。」
「今日日付が変わるまで俺の命令には絶対服従、だったよね?」
絶句するガウル。
開いた口が塞がらない。
(やられた!!まさかユーノ様はこれを見越して――――。)
「さあガウル、命令だよ。君はエリカとルシアを俺の妻になることを認める。そしてその事を村に報告して反対する者を説得すること。わかったかい。」
「御意・・・・・・、今すぐに出発いたします。」
肩を落とし、頼りない足取りで村へと旅立ったガウル。
その後ろ姿は哀愁が漂い、エリカは居た堪れなくなってしまった。
「大丈夫なの彼?」
「大丈夫大丈夫。ガウルは最初頭ごなしに否定する節があるだけ。でもすぐに考えを改めて二人の事も認めてくれるようになるさ。さ、二人とも手を出して。」
ユーノは二人の左手の薬指にエンジェルリングを着ける。
照明の光に反射して輝くエンジェルリングに見惚れるエリカとルシアを十分に堪能したユーノは次の行動へ。
自然な動作で二人の間に入り、耳元で囁く。
「それじゃあ二人とも、行こうか?」
「えっ?」
「行くって、どこに行くのユーノ君。」
「そんなの、俺の部屋に決まっているだろう。」
「「っ!!!!」」
赤面する二人の腰を掴み、本能的に逃げ出そうとするのを阻止する。
「前から決めていたのさ。その指輪を受け取ってもらえたら絶対に抱こう、て。幸い今この家には俺達三人しかいないしね。」
「もしかしてそれが目的でガウルにあんな命令を!!」
「さぁ、どうだろうね。」
腕に力を強め自分の方へ抱き寄せると同時に二人の柔らかくて張りのある尻を鷲掴み。
可愛らしく淫らな吐息がユーノの両耳をくすぐる。
「ちょっとユーノったら。」
「ユーノ君のエッチ。」
口では不満を漏らすが、身体は抵抗していない。
寧ろ受け入れているご様子。
「さあ、エリカにルシアおいで。可愛がってあげるよ。今夜は寝かさないから覚悟しててね。」
無言で頷いた最愛の女性を両手に抱えて自分の部屋へと連れ込む。
応接室に残されたティーカップが片付けられたのは翌日の夕暮れ時であった。
第1部 完となります。
第2部は少し期間を開けた後、投稿する予定です。
自由気まま徒然に。
どうぞごゆるりと。




