正体
二人の額に浮かぶ紋章はユーノが以前キスした時に施した魔術の一つ。
隷属魔法を改良した物で施された者の命に危険が及ぶ時、発動。強力な魔力熱で護ると同時に術者へ居場所を知らせる効果がある。
『祝福の聖痕』と名付けられたこの魔法はユーノの相談の下、ソプラノスが開発したのである。
「待たせたね。」
魔力の塊を二人を縛る鎖にぶつけて破壊。
両腕で二人を抱きとめる。
「ごめんねエリカ、ルシア。遅くなって。」
自分が来ていた上着をルシアの肩に被せて美しい素肌を隠す。
「ううん。ユーノ君はちゃんと来てくれた。約束を守ってくれた。」
背中に両手を回し、胸元に顔を埋めるルシア。
エリカも安堵の涙を目尻に溜めてユーノに寄り添う。
「そうか、キサマがユーノ=トライシアだな。」
「お前だな。エリカとルシアを攫い、彼女達を酷い目に遭わしたのは・・・。」
二人の肩を2度優しく叩き、引き離し、デルタなる者と対峙。
「お前は俺が倒す。」
「我を倒す、だと。笑止。この我を誰と心得る。我が名はデルタ。大魔王デルタであるぞ!」
轟々如く名乗りを挙げたデルタなるモノ。
ユーノの眉毛がピクリと動く。
「どうした、我の名を恐れなして言葉を失ったか。」
勝ち誇る大きな笑い声。
「そうか・・・、お前がデルタの名を語る偽物だな。」
「偽物?」
「どういう事よ、偽物って。」
ユーノの発言に驚くルシアとエリカ。
そして笑みが消え、動揺を見せる偽物。が、すぐに虚勢を張る。
「我が偽物だと!馬鹿も休み休み言え!」
「お前が本物ではない。お前からはあの人の恐ろしさを一切感じないからね。」
「知ったような口振りを!スケルトンよ!この我を愚弄する愚か者に天罰を下せ!」
控えていた鎧を着たスケルトンが数体、武器を構えユーノへじりじりと近づく。
ユーノは背負っていたゲイ・ジャルグの槍を手にして構えた時、
「影針山乱!」
ガウルの声と共にユーノの影から無数の影の針山が飛び出し、迫るスケルトン達を串刺し。
「デルタ様の名を語るとは!とんだ不届き者だな!」
唸り声を喉で鳴らしながらユーノの影の中から飛び出たガウル。
ユーノのペットが影から飛び出し、さらに喋ったことに驚き、言葉を失うエリカとルシア。
そしてデルタの偽物も眼を見開き、驚きの表情を見せる。
「ガウル・・・。シャドーウルフのガウルか・・・。」
「まさか、また貴様と出会う事になるとはな、魔王ドルネロ!」
「ドルネロ?それがアイツの本当の名か。」
「その通りですユーノ様。奴は500年程前に突如魔王として名乗り上げますが、その直後デルタ様の反感を買い、僅か3日で魔王の座を剥奪された愚か者でございます。ドルネロは再生力に優れ、肉片の一部が無事であれば何度も復活し、デルタ様方の手を幾度も煩わせてきました。しかし100年前、全ての肉片を焼き払い、完全に消滅させたはず・・・。」
「あの時、小指程度の肉片が生き残っていたのだ。ここまで復活するのに100年はかかったがな・・・。」
「相変わらず悪運が良いな、ドルネロよ。」
「それよりも驚いたぞガウルよ。三大魔王の腹心であったお前が今、こんなガキの子守だとはな。」
ドルネロの小馬鹿にした笑み。
見え透いた挑発であるが、ガウルはまんまとそれに乗ってしまう。
「どうだガウルよ。我の配下に加わらないか?そんな先のないガキを見限り、我と共にこの世界を手にしようではないか。デルタ達やそのガキでは味わえないようないい思いをさせてやるぞ。」
「貴様、デルタ様方だけでな、ユーノ様まで愚弄するかっ!」
「ガウル、落ち着け。」
ユーノが会話に割って入り忠告。しかし虚しくもその忠告はガウルの耳には一切届かず。
雄叫びを響かせてドルネロへと言い放つ。
「痴れ者が!よく聞け!ここに居らわせる御方を誰と心得る。この御方こそ誰もが恐れられた三大魔王、ジーノ様、ソプラノス様、そしてデルタ様の御子息、ユーノ=トライシア様であらせられるぞ。平伏せるがよい!」
意気揚々と口上を述べるガウル。
その横ではユーノが額に手を乗せて大きくため息、天を仰ぐ。
「ユーノ君が・・・。」
「大魔王の息子・・・。」
「そうですよ小娘達。本来であれば易々と話しかけれる御方ではないのです。立場を弁えるの事ですな。」
ドン!
突如ゲイ・ジャルグの石突を地面に叩き付けるユーノ。
その行動にその場にいた全員が一瞬硬直する。
「ガウル、それ以上余計な事を口にするな。」
「も、申し訳ございません。」
瞬時に伏せの体勢をみせるガウル。
「それ以前に、ここへ辿り着く前に言ったよね。影の中で大人しくするようにって。何で言う事が聞けないのかな。」
「もも申し訳ございません。あまりにもドルネロの言動が腹立たしく思いまして―――。」
言葉の途中で口を噤むガウル。下手な言い訳は死に繋がると察したのだ。
ユーノの怒りは全てガウルへ向けられている。
地に額をつけユーノの言葉を待つ。
「いいかいガウル。ここからは手出し無用だよ。君はそのままエリカとルシアの身を護る事。二人に怪我を負わせれば承知しないから。」
「御意!」
すぐさまエリカとルシアの前に立ち、防衛態勢に入る。
「後、この件について後で説教だから覚悟しててね。」
「ぎょ、御意・・・。」
項垂れるガウルから視線をドルネロへ。
「我の軍勢にたった一人で挑むつもりかデルタの息子よ。愚かだな。」
自分が負けるわけがないと高を括っているドルネロからは余裕の笑みが。
「ああ、俺一人で相手をしてやるよ。そうじゃないと気が済まないからね。」
「ほう、我が自分の父親を名乗った事への憤りか?」
「まぁ、それもあるけどね。」
ゲイ・ジャルグの槍を器用に回転させて構え、そして言い放つ。
「だけど、それ以上に許せないのは俺からエリカとルシアを奪おうとした事。エリカとルシアを泣かせた事さ。ドルネロ、お前だけは絶対に許さない。生きていた事を後悔させてやる。」
「抜かせ、青二才が!」
ドルネロの指令に無数のスケルトンが一斉にユーノに襲い掛かる。
「コイツ達を他のスケルトンと同じと思うな。これらは帝国騎士を捕らえて造り出したスケルトン。我の力を与えた事でスケルトン・キングにも匹敵する力を持っているのだ。」
「では、俺も本気を見せてやろう。」
槍を横一閃。
盛んに飛び出した三体の首がボトリ、と地面に落ちた音が合戦の合図となった。
骨をカタカタ鳴らして襲いかかるスケルトンの群れに対して槍を振るって斬り倒し、拳や蹴りで骨を砕き、そして魔法を放ち骨を粉々に。
一対大多数の圧倒的不利を感じさせない強さを周囲に見せつける。
「ユーノ君、凄い・・・。」
「こんなに強いの、ユーノは。」
「当然です。」
我が事のように自慢げに話すガウル。
「ユーノ様はあの御三方の力を受け継いでおられるのですから。ジーノ様の皮膚と筋肉、ソプラノス様の魔術回路と内臓、そしてデルタ様からは血と槍を。ユーノ様こそ我らの魔王に相応しい御方なのです。」
「ユーノが魔王・・・。」
「案外大した事はなかったね。」
最後の一体を簡単に仕留めたユーノは服に付着した埃を払う。
「さて残るはお前だけだ。」
槍の矛先を突きつけられたドルネロ。
しかし彼は余裕があるのか高々に笑う。
「見事だ!まさかここまでの力を持っているとは。素晴らしい!我に相応しい力だ。」
「何だ?俺を配下に置くつもりか?」
「まさか。キサマのその力を我のモノとするのだ。さあ、大人しく我に取り込まれろ!」
鞭のようにしなるドルネロの腕をゲイ・ジャルグの槍で腕を切断。
「ユーノ様!!」
切り落とされた腕がユーノの隙を狙い背後から襲いかかる。が、反射的に魔法を発動し焼き払った事で難を逃れる。
「なるほど、本体から切り離されても動けるのか。聞いた通り厄介だな。だけど。」
ゲイ・ジャルグの刀身に炎を纏わせる。
「全てを焼き払えば問題ない。」
「おのれ・・・。」
切り落とされた腕を再生させるドルネロ。
彼は身体を自在に変形させる事が可能。
先程エリカとルシアに触れて溶かされた腕も元の形へ戻っていた。
しかし失った肉片が戻ってきた訳ではなく、失えばその分力も失っていく。
ドルネロは自分の肉体の強度を上げ、さらに魔法で耐火を付与させる。
「舐めるなよ、青二才が!!」
八本の腕を切れ味抜群の刃物に変え、猛進。
乱れ舞う八本の腕。
それを難なく捌くユーノ。
「我は最強。我こそが世界を統べし選ばれた者だ。デルタではない!我こそが最強なのだ。」
「ほう、デルタ父さんよりも自分の方が上だと言うのかお前は?」
「ああ、そうだ。奴は死んだ。ジーノもソプラノスも人間という下等生物に殺されて死んだのだ!奴は弱者。我こそが大魔王に相応しいのだ!」
猛撃するドルネロ。声を荒げ、紅潮する一方、ユーノは涼しげな表情を一切崩さない。ドルネロとは違い、全てにおいて余裕が感じられる。
「ならば問おうドルネロ。お前は何故デルタ父さんの名を騙った。自分よりも劣る者の名を何故使った?」
「っ!そ、それは・・・。」
「お前は認めているのさ。自分はデルタ父さんに敵わないと。負けを認めているからこそ父さんの名を騙り、本物になろうとした。威を語るなんとか、所詮お前はその程度の小物さ。」
「黙れ!!キサマさえ、キサマの身体さえ手に入れれば我は!!」
怒りに任せて腕を大振り。
威力はありそうだが、隙が多すぎるために全ては空振り。
ゲイ・ジャルグの槍に切断されて炭と化す。
「くそっ、耐火魔法が通用しないだと!」
反射的に距離を取ったドルネロ。
しかしそれが悪手だった。
「そしてお前はここで終わる。お前が最も恐れているデルタ父さん達の手によってね。」
ドルネロの体は一瞬硬直。
ゲイ・ジャルグの槍を構えるユーノの姿をデルタと重ね恐怖を抱いたのだ。
「さあ終わらせようゲイ・ジャルグ。」
ユーノの呼びかけに答えるように炎が大きくうねりをあげる。
「行くぞ!貫け!ゲイ・ジャルグ。」
地を駆け迫るユーノに対しドルネロは全ての腕を一箇所に集結、盾の形に変形させて槍を受け止めようとする。が、たちまち炎に焼かれて焼失。
槍は胴体へと到達。
絶叫するドルネロ。
「ゲイ・ジャルグよ、全て燃やし尽くせ!」
「まだだ!終わってなるものか!!」
肉体が消滅していく中、最後の力を振り絞り肉体の一部をユーノへ差し向ける。
「その体、寄越せ!!」
生と欲望による執念。
その刹那、閃光が二人を飲み込んで―――。




