大魔王デルタの復活
話は少し遡り、それはレスター隊が村を出発してしばらく経っての事だった。
とある家の一室に軟禁されていたダートの元に返り血を浴びたゴルドーが現れたのだ。
「おい、ここから逃げるぞ。コイツを使え。それでも騎士団を目指してた身。これぐらい扱えるだろう。」と騎士団に配給されている剣を投げ渡す。
「逃げるって。それよりその返り血は?」
「斬ったんだよ。ここに残った奴全員な。」
ゴルドーの発言に心臓が握りしめられる痛みが襲う。
賽は投げられた。
もう逃げ出すことは出来ない。
このような事態を招いたのは自分自身なのだから。
思考を放棄したダートはゴルドーにただ従い、この場から逃げ出す事を選択した。
「後はこの村に火をつけて逃げ出すだけだ。・・・・・・、と一つ忘れていたな。」
ダートが視線を向けた先。それは保護した村人、リサがいる部屋であった。
「おい、お前は入り口を見張っていろ。」
そう言い残しリサのいる部屋へ向かうゴルドー。
ダートは彼が何を行うのか尋ねる事はしなかった。
聞いた所で止める権利も力もない。
これから聞こえるであろう女性の悲鳴と行為にから眼を背けようとした、その時だった。
「ぎゃあああああああ!!!!」
悲鳴の主はダートだった。
死と直面した切羽詰まった悲鳴に顔を引きつらせるダート。
脳内に危険のサインが激しく点滅し、この場から逃げ出せと命令するが、足が竦んで動けない。
木の戸がギィィィと鳴きながら開き、そこから出てきた――ゴルドーを飲み込んだリサらしき物体にダートは悲鳴を上げる。
転がるように外へと逃げ出したダートは村まで撤退してきたレスター隊と遭遇。
そこで大魔王デルタの名を聞かされるのであった。
ダートの説明を聞き、恐怖と驚きのあまり声を失うエリカとルシア。
「それでお前はどうしたのだ!?」
「に、逃げた。レスター隊の騎士は次々のデルタの身体に取り込まれて、そしてスケルトンにされて・・・。オレは怖くてずっと逃げて来たんだ。」
(デルタ様がニンゲンを身体に取り込んだですと。そんなことありません。)
ダートの説明を聞いていたガウルは頭ごなしに否定。
他の可能性を探るべく、考えているとある事を思い出した。
(まてよ、そういえばその昔・・・・・・、いやだが、アレはすでに・・・・・・。っ!)
「ルシア!!」
ガウルとユーノは何かを察した。
名前を呼ばれたルシアは咄嗟に魔法防壁を展開。
二本の矢はルシアの魔法防壁によって弾かれる。
「ユーノ、あれ!」
木の影から出てきたのは騎士団の甲冑や武器を装備したスケルトンが5体。
先程討伐したスケルトンよりもかなり強い印象を感じ取った。
(ユーノ様、囲まれております。)
「上手く気配を消していたか・・・。」
まだ身を潜めているスケルトンもいる、と考えてユーノは最善の手を打つことにした。
「エリカ、ルシア。聞いてくれ。俺が一瞬の隙を作るからダートを連れて砦へ逃げるんだ。」
「逃げるって、ユーノはどうする気?」
「俺はここで足止めをする。」
「そんな!一人では無茶だよユーノ君。」
「大丈夫、俺はここで死ぬつもりはないさ。それよりも大魔王デルタの事を一刻も早く伝えるべきだ。」
ユーノの指示にエリカは覚悟を決めてゆっくり頷く。
「エリカ、ルシアの事を頼む。」
「任せて。さぁルシア。」
エリカがルシアの側に寄り、逃げ出す準備が整ったのを確認。
ユーノはスケルトン達の足元にファイヤーボールを数弾撃ち放ち、砂埃を起こさせる。
「今だ!」
「ユーノ君待ってて。すぐに応援を呼ぶからね。」
駆けてスケルトンの包囲を抜けるエリカとルシア、そしてダート。
その三人を追いかけようとするスケルトンの頭蓋骨を棍で破壊する。
「この先へは絶対に通さない!ガウル。」
ユーノの影から勢いよく飛び出したガウル。
そのまま弓を構えるスケルトンの首に牙を突き立て、圧し折る。
「ガウルはそのまま後方と身を潜めているスケルトンを。」
「畏まり―――ユーノ様!」
「?!」
突如、ガウルの横を走り去り、ユーノへ猛進している1体のスケルトン。
明らかに連携を乱す行動であり、逸脱した迫力にユーノはたじろぐ。
「何ですかあのスケルトンは?ユーノ様に対して凄まじい執着心を感じますぞ。」
荒々しい雄叫びとユーノの名を叫ぶスケルトンは渾身の力で剣を振り下ろし、それを棍で辛うじて受け止める。
「この攻撃は・・・。」
止まることがない怒涛の攻撃を続けるスケルトンの動きをユーノは覚えていた。
「お前はもしかして、あの時の試験官か?!」
「ユルサナイゾ~~~~~!!!」
恨みつらみが込められた斬撃を後方に飛び跳ねて躱す。
「あの試験官!確か名はゴルドーだったはず。何故その者がここに―――、いやスケルトンに?」
「分からない。けど相当俺に恨みがあるみたいだな。ガウル、他のスケルトンを頼む。」
「御意。」
棍を構え、スケルトン化したゴルドーと対峙。
「そこまで俺に執拗するのなら相手になってやるよ。」
「コロスコロスコロスコロス。」
狂った奇声を発しながらユーノに襲い掛かるスケルトン化したゴルドー。
試験時の相手をなめた態度や動きは一切なく、明確な殺意が込められた斬撃を繰り出す。
鋭い突きからの身体を捻っての袈裟斬り。
惜しみなく繰り出す連続技をユーノは躱し、そして防御。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス。」
「大分苛立っているね。手に取るようにわかるよ。本気で俺を殺したいって。でも・・・。」
焦りと怒りで大振りとなった所に棍を腕の間に差し込み、剣を弾き飛ばす。
「あの時アンタが本気ではなかったように俺も本気ではなかったのさ。」
ユーノの渾身三連突きが頭蓋骨と喉と心臓部に突き刺さり、膝から崩れ落ちたスケルトンゴルドー。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス。」
瀕死の状態で陥っても尚ユーノに対すて怒りを向けるスケルトンゴルドー。
その者に対してユーノは慈悲や同情を向けることなく、冷酷な眼差しで魔物と化した彼にトドメを刺した。
「しっかり走りなさいダート。」
後方を走るダートを叱責するエリカ。肥満体でここまで懸命に逃げ延びてきた彼に残酷な事を言っているがエリカ自身にも余裕がないのだ。
(一刻も早く砦に戻ってこの事を。そしてユーノに応援を。)
ただその事を考え、走り続けていた。
「うわっ。」
自分の足に躓き、転ぶダート。
その後ろから襲い掛かるスケルトンに自然とエリカの足が助けに向かう。
「スピーダー!」
ルシアの補助魔法で駆ける速度がアップ。
一瞬でダートとスケルトンに割って入り、ゲイ・ジャルグの剣を突き刺して倒す。
「大丈夫、エリカちゃん。」
「ええ、助かったわルシア。」
「・・・・・・エリカ、こんなにも強かったのだな。」
倒されたスケルトンとエリカを見比べてダートはぼそりと呟く。
「そんな事を今言っている暇があったら早く立って。」
エリカの逸る気持ちを遮ってダートが突然土下座をする。
「すまなかった。オレはお前にひどい事ばかり言ってしまった。許してくれ、とは言わない。だけど今回の事でオレは深く反省している。本当にすまなかった。」
「もういいわよ。私は別にあなたの事を恨んだりはしていない。あなたとはもう赤の他人。今後関わってこないのであればあなたを如何こうするつもりはないわ。」
「そ、そうなのか・・・。」
「ええ。」
目尻に涙を浮かべるダートに手を差し伸ばす。
「ほら、早く立ちなさい。早く砦に戻らないと・・・・・・。」
「ソレはムリだな。」
「えっ?」
「きゃあ!」
ダートの口から全く違う声が聞こえた瞬間、突然二人に黄色い粉を撒き散らした。
「ダート!何を―――?」
怒りの声は突然途切れ、身体の力が自分の意思に反して抜けていき、崩れ倒れる二人。
(これって、催眠粉・・・。)
霞行く視界には昏睡状態に陥ったルシアへ近づくダートの足が。
(眠っては駄目・・・。)
必死の抵抗を虚しく、奇しくも意識を手放したエリカ。
高笑いするダートの笑い声が脳裏に焼き付いたまま。
「これで終わり、かな。」
「そのようですな。」
最後の一体を倒し終えて一息つくユーノ。
「お見事でしたユーノ様。これくらいならばお一人で何とかなったのでは?」
「伏兵が潜んでいたからね。ガウルの力が必要だったのさ。」
「成程、その為にあのお二人をこの場からお逃がしになられたのですな。」
「そういう事。それにしてもまさかここでデルタの名を聞くとはね・・・。」
棍を背負い考えに耽る。
「ガウルは本物だと思う?」
「思いませんな。デルタ様はスケルトンを毛嫌いしておられてました。そのような者達を配下にするとは到底思えません。」
「だよな~~。ま、考えるのは後だ。とにかくエリカ達に追いつこう。ガウル、影移動で俺を砦に送ってくれ。」
「御意。」
ガウルが造り出した影に飛び込むと次の瞬間、砦近くの大木の影から飛び出たユーノ。
何食わぬ顔で砦に戻るとちょうど人知無法の二人に遭遇。
「お、どうした坊主、もしかして忘れ物でもしたのか?」
二人の対応と砦内の静けさに嫌な胸騒ぎを覚えるユーノ。
「エリカ達は戻ってきているよね。生存者を見つけたからここに連れて来ているはずだけど。」
「いや知らないが・・・、ちょっと待ってろ。」
砦内へ入って数分後、
「今、騎士団の方にも確認したがそんな報告を受けていないそうだ。」
「ユーノの坊主、一体何が―――、ておい!どこに行く?」
ユーノは二人の呼び止めなど聞いてはいなかった。
「ガウル、エリカとルシアの匂いを辿れ!なんとしてでも探し出すんだ。」
「無理です。魔物の瘴気のせいで匂いは分かりません。」
「ならゲイ・ジャルグの剣の気配を探せ!」
声を荒げて指示を出すユーノの顔には焦りの色が見える。
「ユーノ様、こちらです。こちらからゲイ・ジャルグの剣の気配が。」
地面に転がるゲイ・ジャルグの剣を発見。
しかしエリカとルシアの姿はどこにもなかった。
「・・・・・・。」
無言で剣を拾うユーノ。
その周辺をガウルは鼻を動かし、探る。
「どうやらここでお二人は攫われたようですな。僅かながらですが催眠粉の形跡と踏み荒らされた跡がいくつかあります。」
「・・・・・・。」
「奴らの本当の狙いはあの二人だったとは。不覚でしたな。」
やれやれ、と首を何度も横に振るガウル。
彼にとってエリカとルシアが攫われたことなど微々たる事。
冷酷な態度に思われがちだが、彼には大きな使命が課せられている。
それは前主人達の形見であり、村の希望であるユーノの安否。
ユーノの安全が全てであり、最優先とされる事柄。
その為ならば全てを切り捨てる覚悟を持っているのだ。
「ユーノ様、この瘴気の影響でこれ以上の追跡は出来ません。完全なお手上げです。・・・・・・?どうかなされましたか?」
「・・・・・・。」
そのユーノは剣を拾った格好のまま全く動かない。
ひたすら無言。
「ユーノ様?」
少し心配になり傍へ歩み寄ろうとした時、クククと小さな笑い声が。
「どうなされたのですかユーノ様?」
前足が肩の上に置かれようとした時だった。
ドーン!
振り下ろされた拳によって作られた窪みと震度1の揺れにガウルが反射的に一歩身を引く。
「ああ、そうか。これが大切な物を奪われた気持ちか・・・。」
「ユーノ様?」
恐る恐る問いかけるガウル。
しかしユーノの耳にはガウルの言葉は全く届いていない。
「この俺からエリカとルシアを奪うとは。いい度胸をしているじゃないか。さあ、これからどうするかな?フフフ・・・。」
冷酷な笑いを零しながらゆらりと立ち上がるユーノ。
棍と剣を連結させてゲイ・ジャルグの槍とした後、石突で地面を一突き。
その立ち振る舞いと表情、そして彼から零れ出る魔力の濃さにガウルは身震い。
以前仕えていたあの三大魔王達と同等の恐ろしさ―――いやそれ以上かもしれない。
(本気で怒っていらっしゃる。これが我々の次期魔王様の御力、御姿・・・。)
「いくよガウル。」
「御意。」
首を垂れるガウル。
それ以上は何も言わない。
ただ主の後に続くのみ。
静かなる怒りを持ちた一人と付き人は森の中へと姿を消えて行くのであった。




