弱肉強食
ルシア達が襲われた場所から数キロ先にある森深くの洞窟。
自然が作り出した歪でそれほど広くないその洞窟を住処として屯うのは30体ほどのグレードゴブリン。
若いオスが5体に老人が1体、他はメスと独り立ちできていない子供ばかりである。
「おお、なんという事だ。まさかお前達がニンゲンから物を奪っていたとは・・・。」
一番体格のいい若いオス――ウバーから事情を聞いた老ゴブリンは頭を抱える。
「仕方がないだろ長老。生きるためだ。それに今オイラ達がこの状況に陥っているのはニンゲンのせいだろうが。」
若いオスの眼には憎しみの炎が宿っている。
「これは復讐だ。同胞を、父や母を奪ったニンゲンへの復讐だ!」
「やめるのじゃ、ウバーよ。復讐からは何も生まれん。」
優しい口調でウバーの怒りを鎮めようと試みる長老。
「それに怒りを向けるのは帝国軍であってニンゲンではない。無作為な怒りはやがて身を滅ぼす。」
「もうオイラ達は滅びゆく寸前だ!見ろあの子供達を!食料も乏しくやつれた姿を!これを見てまだそんなことを言うのか長老!」
ウバーの怒り静まるばかりか膨れ上がるのみ。
長老の言葉など一切心に届かない。
「もう話など無駄だ。行くぞお前達。」
「待て、どこに行く気だ!」
若いオスを全員引き連れて出かけようとするのを見て長老は声を荒げる。
「近くにあるニンゲンの街を夜襲する。」
「やめるのじゃウバー。そんなことをすれば帝国軍に狙われる。我々はお終いじゃ。」
「もう死の沼に片足が入っているんだ!ただ餓死を待つぐらいなら――――。」
「どうも今晩は。いい月夜ですね。」
「「「「「ッ!!!!!!」」」」」
突如現れた乱入者。
あるモノを驚き、あるモノは恐れ、あるモノは武器を構える。
「会話の途中にすいませんね。でも物騒な単語が聞こえたのでおもわず割り込んでしまいましたよ。」
にっこりを微笑むユーノ。
和ましたつもりであるが、ゴブリン達には恐怖の笑みにしか見えなかった。
「キサマはあの時の!くそっ!」
ウバーの背後から1体のゴブリンがユーノに攻撃を仕掛ける。が、ユーノは手にしている棍でゴブリンの攻撃を弾き返す。
「いい特攻だったけどちょっと力が足りないかな。まぁその状態で本来の力を出せ、というのは酷だけどね。」
ユーノはゴブリン全員に見渡す。
グレードゴブリン本来の隆々たる肉体は見る影もなく瘦せ細り、子供に関しては眼の生気を失っている状況。
大人達も気力で立ち振舞っているように見える。
「お主は何者だね?」
長老が立ち上がりユーノへと数歩近付く。長老はユーノに対して得体の知れない何かを感じ取っていた。
「俺の名前はユーノ=トライシア。あ、別に君達を討伐しに来たわけではないよ。ただちょっとした交渉をね。」
ユーノは腰に携えたポーチ(魔法によってかなりの量が収納できるように施されている)から大きな袋を取り出した。
「これは?」
「中には大量の果実が入っている。そこの若い衆が昼間に手に入れようとした果実さ。」
ゴブリン達に襲撃された際、地面に落下して痛んだのを譲ってもらっていたのである。
「さぁ、どうぞ。」と差し出すも受け取る素振りを見せないゴブリン達。
かなり警戒しているようだ。
「毒なんて入ってないよ。安心するといい。」
「信用などできるか!」
「本当だよ。ならまず俺が食べて証明してみせようか?」
「いや、それは無用だ。」
そう答えたのは長老。
「ワシが毒見する。」
「長老様。」
他の制止を振り払い、袋を開け無作為に一つ選んで口にする。
「・・・・・・、確かに毒は入っていないようだな。」
「勿論さ。そんな姑息な手、俺には不要さ。」
「・・・・・・、確かにそうかもしれん。だが目的は何だ?何故ワシらに施しを行う?」
相手の狙いが見えず、未だに疑いの目を向ける長老に対してユーノは呑気な返答を返した。
「そんなの、君達から話を聞きたいからさ。でも腹が減っていては穏やかに話などできないだろう。」
予想外の答えにゴブリン達は大きな眼をさらに大きくするのであった。
「ワシらはここから数百キロ離れた山林で平穏に暮らしていました。」
ユーノが持ち運んだ果実が全員により空腹を満たされたゴブリン達。
小さな焚火を囲み(若いゴブリン達は未だにユーノを警戒しており、いつでも戦闘態勢に入れるように見張り続けている)事情を窺う。
「ですが今から半年以上前の事です。突如、帝国軍が我々の暮らしていた山林を攻めてきたのです。何でも軍事施設を建てるために新たな土地が必要だったみたいで。我々は必死に抵抗いたしました。ですが、その抵抗虚しく。この場に若いオスが少ないのはそれが原因です。彼等は我々を逃がす為に自らを犠牲に・・・。」
「くそっ、あの忌々しい勇者め!」
「勇者?」
「はい、当初は我々の方が優勢でした。帝国軍はかなりの強者でしたが、地の有利がありましてそれで戦えていました。ですが、突如現れた勇者の登場によって状況は一変。たちまち不利に陥りまして。」
「その勇者とは如何程の者なのだ?」
「??今の声は?」
「気にしないでくれ。それでその勇者とは?」
影の中にいるガウルに一瞥を送りながら先を促すユーノ。
「お主と然程変わらぬほどの年齢かと。技量と身体能力も高い。だがそれよりも突出するべきは勇者の加護だ。」
「成程、正真正銘の勇者って奴だね。」
勇者の加護とは選ばれし者のみに与えられる恩賞で、その力は偉大。
全ての能力と技能を上昇させる効果と特別な力があるといわれている。
「それで我々はその地を捨てここまで逃げてきたのです。」
「で、ここを新たな住処にするつもりかな?」
「いえそこまでは。ただ見ての通り、まだ赤子などもいますのでしばらくはこの地に留まろうかと。」
「それは止めた方がいい。」
ユーノの否定に若いゴブリン達は一斉に武器を抜く。
「キサマ何を根拠に!」
「数日後、ここに帝国の騎士団が来る。お前達が夜襲を仕掛けようとしていた町の領主が要請した。」
「なんですと!」
長老のこの一言を皮切りに怒りと戸惑い、悲壮感の言葉が沸き上がる。
「悪いことは言わない。今すぐこの場から避難すべきだ。今逃げ出せば騎士団の手から逃れるはずだ。」
「逃げろだと。そんなことできるか!」
ウバーを始め、若いオスゴブリンは武器を力強く握りしめる。
彼等は戦いつもりだ。勝てる見込みに一切なくても。
「逃げろ、と言われても一体どこへ・・・。半年間彷徨い続けようやくここへと辿り着いたのというのに。」
「ならば俺が避難場所を提供してやろう。」
ユーノの一言に驚きの声をあげる長老。
「俺が育った村がここから5日程歩いた所にある。そこにはお前達が好みそうな山林もあるしうってつけの場所だと思うぞ。」
ユーノの提案にゴブリン達が戸惑うのは無理もない。
人族からこのような提案をされた事がないのだ。
長年生きていた長老でさえどう返答すべきか悩み、長考。
「キサマ、何が目的だ!?」
そんな中、ウバーだけはユーノへ巨大な斧を突きつける。
「目的ね・・・。強いて言えば先行投資、と言う奴だよ。」
「何?」
「一時とはいえ、帝国軍と互角に渡り合えたその防衛力が欲しいのさ。今は数が少ないから厳しいかもしれないが、その赤子達が大きくなり数も増えて土地を知れば強固な防衛陣が敷けるはず。それを期待しているのさ。」
「防衛力だと。嘘つくな!」
今まで溜めてきた怒り全てをユーノにぶつけるウバー。
「自惚れたことをばかり言いやがって!キサマみたいなガキにそんな権限も力もないだろうが!!」
「さっきから随分生意気な言動を致しますね。若造ゴブリンが!」
狼の遠吠えが響き渡る。
「大人しくしていて、と命令したよね。ガウル。」
イントネーションをつけて名を呼ぶユーノに、影から颯爽と現れたガウルは首を竦める。
「申し訳ございませんユーノ様。ですがあまりにもユーノ様に対して無礼がすぎるのでつい・・・。」
「ガウル?まさかお主はあのシャドーウルフのガウルなのか?!」
「久しいなグレードゴブリンのグーよ。」
「もしかして顔馴染?」
「ええ、何度か。」
ユーノに対して頭を垂れるガウル。
その光景を目にした長老は驚きを隠せない。
「何だ、と思えば年老いた狼一匹にガキ一人だろうが!」
「よ、よさぬかウバー!その者達は――――。」
「控えよ!!!!!!」
ガウルの咆哮に怯むゴブリン一同。
「この御方をどなたをご存じるか!この御方こそ三大魔王として名を轟かせたジーノ様、ソプラノス様、そしてデルタ様の血を受け継ぎし後継者、ユーノ=トライシア様であらせられるぞ!図が高い、平伏せよ!」
「はっは~~~。」
ガウルの文言にいち早く反応したのは長老。
地に頭をつけ、平伏せる。
彼は三大魔王達の強さと恐ろしさを身に染みて知っているのである。
長老の態度に事の重大さを察した他のゴブリン達もそれに続く。
「はぁ~~、ここまで大袈裟にしなくても。」と愚痴をこぼす後、長老に言葉を続ける。
「まぁ、そういう訳だ。俺が育った村は三大魔王に仕えていた家臣ばかり―――つまり魔族が多数いる。お前達を引き取る事ぐらい造作もないのさ。」
「我々を保護してくださるのですか?」
恐る恐る顔を上げる長老。
「もちろん。実は村は少し人手不足でね。前から人手が欲しかったのさ。」
ユーノの差し出す手に長老は一つ頷き、握手をかわそうとした時だった。
「オイラは認めねぇ!!!」
ウバーの怒号が纏まりかけた話を破綻させる。
彼は唯一、平伏すことなくずっとユーノを睨み続けていたのだ。
「そいつはニンゲンだ!オイラ達を両親を無残にも奪ったニンゲンだぞ!」
「よさんかウバー。」
身体に縋り、思いとどまるよう促す長老。
だが怒りと憎しみに憑りつかれたウバーに長老の言葉など届かない。
「それに魔王の息子か知らないが、力弱きモノのいう事など聞けるか!」
「やめるのじゃウバー。ユーノ様、申し訳ございません。是非とも是非ともお許しを!」
「大丈夫ですよ、長老。俺は何も怒っていないですから。」
ユーノの一言に懇願していた長老は安堵。
しかしそれは杞憂だとすぐに知る事になる。
「それに彼の言葉にも一理あります。魔族の掟―――強きモノに従う。」
青ざめる長老。
「お、お許しを・・・。ウバーをここで失えば我々はもう―――。」
「ガウル。」
「承知。グーよ、許せ。」
ガウルは影を操り長老を拘束。
「さぁ、これで君を邪魔する者はいない。」
「その余裕、すぐさま後悔させてやる。」
ウバーは全身に力を籠める。すると彼の筋肉が膨張、一回り大きくなる。
「へぇ、凄い肉体強化だな。俺には無理な芸当だな。」
ユーノは手にしていた棍と腰に携えていた剣を抜いて合体、槍へと形を変える。
「さ、ウバーと言ったな。お前の力を見せてみろ。」
槍を構えるユーノ。
その構えは恐れも力みもない自然体。
「ぬおおおおおおお!」
ウバーは猛進、斧を力の限り振り下ろす。
(さぁ、この攻撃をどうする?)
ウバーはユーノが回避一択だと読んでいた。
ひ弱な体格では自分の攻撃を受け止めることが出来ないと。
現に自分より力強かった両親の攻撃を勇者は回避していたのだから。
しかし、ユーノはその場から一歩も動かず、槍を頭上にかざす。真っ向から受け止めるつもりだ。
斧と槍がぶつかる衝撃音に地面が減り込む音。
「やっぱり、凄いなグレードゴブリンの力。俺の思っていた以上の力だ。」
(コ、コイツ、受け止めやがった・・・。)
ウバーの重たい一撃を難なく受け止めたユーノ。
「ウバー・・・。」
「全くユーノ様はお戯れ過ぎます。」
押し込んでいるウバーに心配な表情を浮かべる長老と呆れるガウル。
二人は気付いているのだ。
ユーノが本気でウバーを相手にしていないことを。
「このまま圧し潰してやる。」
ウバーをさらに力を篭める。
「まだ力が上がるのかい。そいつは困ったな・・・。」
言葉とは裏腹に余裕な表情をみせるユーノに優勢であるウバーは若干、恐怖を抱き始める。
(コイツ、何でこんな余裕を―――。)
「それじゃあ、俺も少し力を入れてみるかな。」
次の瞬間だった。
ユーノが少し右腕を動かしただけ。
ただそれだけの動きでウバーの巨体は軽石のようにいとも簡単に吹き飛ばされたのだ。
突然の事に受け身を取り損ねたウバーはすぐに立ち上がることが出来ない。
(な、何が起きた!?)
思考が追い付かず理解に苦しむ。だがそれの一瞬、
「さて、次は俺の番でいいよね。」の一言と同時に途轍もない圧がウバーに襲い掛かる。
「が、あ、ああ・・・・あああ・・・。」
ウバーは恐怖する。
相手は少し凄んだだけ。
ただそれだけなのにウバーは恐怖で足が竦み、立ち上がることが出来ないでいた。
(な、何だよこの魔力!コ、こんなの、勝てるワケ・・・・・・。)
今まで感じた事がない強さ。
一息で周囲にいる全てを塵と化する程の魔力を彼から感じ取る。
(コ、殺される・・・。オイラは奴に殺される。だ、だが・・・。)
恐怖を抱きながら立ち上がる。
(オイラが死ねば皆が・・・。)
ユーノの圧に恐怖で竦み震える仲間達を守る為、立ち向かおうとするウバー。
「ぐおおおおおおおおおおおおお!」
恐れの重みを背負いながら突撃。
決死の一撃を放つウバー。
だが、ユーノは槍を最低限の動きで斧を払い、柄で足払い。
「俺の勝ちだね。」
仰向けに倒れたウバーに向かって無邪気な笑顔見せるユーノ。
先程まで見せた威圧感は完全に消え去っていた。
「お、オイラを殺さないのか?」
恐る恐る尋ねるウバーに対してユーノは「えっ、なんで??」とあっけらかんの一言。
「お、オイラはお前を殺すつもりで―――。」
「ただの力比べじゃないか。それにこれ程の優秀な人材を殺す訳ないでしょう。」
(コ、コイツ―――。)
ウバーは感服する。
ユーノの器の大きさに。
そして再び恐怖する。自分が向けた最大の殺意は彼にとって只のお遊びでしかないことに。
「ユーノ様。」
ウバーは片足を地につけ、首を垂れる。
「オイラは誓う。貴方様に忠誠を誓うことを。」
この者に従えば皆は助かる。
いやそれ以上にこの者の強さに心動かされた。
死を感じるほどの圧倒的な力。
そして尚、更なる高みがあるこの者に。
ウバーの行動に次々と首を垂れるゴブリン達。
そんな中、拘束を解除された長老が慈悲を求める。
「ユ、ユーノ様。是非ともウバーを―――。」
「さっきも言った通りウバーを殺すつもりはないよ。」
「ほ、本当でございますか?」
刃向かう者には容赦なき恐怖の死を。
長老は三大魔王の口癖を思い出していたのだ。
「長老は俺を父さん達を重ねて見てるみたいだけど俺はあの人達とは違う。だから安心して。」
その言葉に長老は安堵、全身の力が抜ける。
「それじゃあ、皆は村近くの山林に住むことでいいかな?」
ゴブリン達は頷く。
「それじゃあ、ガウル。道案内をよろしく。」
「は?」
「どうしたのガウル?そんなひょうきんな返事をして。」
「ユ、ユーノ様。もしかして我一人でこのモノ達を案内しろ、と・・・。」
「そうだけど、何か問題でも?」
「ワレはユーノ様が直接案内するものだと―――。」
「無理だよ。俺は街を抜け出してここに来ているから。このままいなくなれば問題でしょう。」
「ですから、あの町を出てから案内を致せれば――――。」
「ガ ウ ル。」
「ッ!」
「俺はガウルにお願いしているのだけど。」
「ぎょ、御意。」
鋭い眼光、そして言葉と同時に発せられた圧に首を垂れるガウル。
「よかった。それじゃあ後はよろしくね~。」
槍を肩に担ぎ、笑顔で手を振りこの場を立ち去るユーノ。
彼の姿が完全に消え去ったのを確認して「全く・・・あの御方ときたら・・・。」と盛大なため息と愚痴を零すガウルに長老は一言。
「三大魔王が死去した後も苦労は絶えないようですな・・・。同情致しますぞ。」
傍若無人に思い付きで即行動。
荒らすだけ荒らして後始末はしない。
長老もユーノの姿を亡き三大魔王を重ねていた。
「全く昔は素直で聞き分けのよかったのですが、あの槍を手にして以降、強さだけではく思考や行動も似てきました。まるであの御三方のようだ・・・。」
ガウルの嘆きは夜空に吸い込まれた。