ルシアの意思
「そこで何をしているのだ、勇者カリウスよ。」
「「ユーノ(君)!」」
カリウスの腕を捻り、ルシアとエリカを引き離す。
「二人共、大丈夫かい?」
「うん!」
「助かったわ。ありがとうユーノ。」
二人を背中に隠しカリウスと対峙する。
「それで二人に何をしていたのかな、勇者カリウス。」
「僕はただ二人と会話していただけさ。」
「へえ、俺には強引に連れ去ろうとしていたように見えたけどね。」
二人の視線が激しくぶつかる。
「ユーノ=トライシア。僕は前に行ったはずだ。身の丈にあった行動を心掛けろ、とね。」
「ユーノ君、実はね―――。」
ルシアがここまで顛末を説明する。
「へえ、勇者はそんな強引な引き抜きでメンバーを集めているのかい。」
「彼女の為さ。」
カリウスの熱弁が始まる。
「いいかユーノ=トライシア。ルシア君は本来Sクラスにいるべき存在だ。彼女の才能はSクラスでこそ輝ける。」
「Sクラスではなく自分の側に置いておきたいだけだろう。」
ユーノに下心を見透かされるが、彼の熱弁は止まらない。
「いいかい、今のままではルシア君は危険に晒される。君達では彼女を守る事はできない。この僕が守るべきなんだ!」
「その為に無理矢理、攻撃魔法を覚えさせて前例もないSクラスへの移籍をさせるのかい?」
「学園の先生方もルシア君の本当の力を見れば考えを改めてくれるはずだ。そう、これはルシア君の為さ。」
「確かにルシアはSクラスに相応しい実力を持っている。エリカも同様に。」
「よく分かっているではないか。エリカ君も剣から弓に持ち替えれば、Sクラスも夢ではない。」
ユーノから同意を得られた、と確信したカリウスが訴える。
「ならばユーノ=トライシア。君が取るべき行動はただ一つ、パーティ解消を行い、彼女達を僕に―――。」
「断わる。」
「な!?何を言っているのだ君は。」
「見る目がない者に二人を渡すわけないだろう。」
「見る目がない?この僕が。あり得ない。僕は多くの実力者から師事を受けてきたのだ。その僕が見る目がないだと。」
「幾ら一流に学んだとても当人が二流ならそれまでさ。」
「この僕が二流?馬鹿も休み休み言いたまえ。」
珍しく声を荒げるカリウス。
しかしユーノは動じない。
「少なくとも才を見抜く目は二流だ。それにお前は肝心な事が抜けている。」
「肝心な事?」
「本人の意思さ。幾ら君が導こうとしても当人達の意思がなければ意味がない。そうだろう?」
「何かと思えばそんな事か。ルシア君、君は賢い女性だ。為すべき事はわかるよね?」
「ルシア、俺は君の気持ちを尊重するよ。」
「ユーノ君。」
ユーノに優しく肩を叩かれた事で意を決したルシア。
ユーノの側から離れ、カリウスの元へ。
「流石ルシア君だ。君なら正しい判断を下すと信じていたよ。さあ僕と―――。」
「ごめんなさい。」
目の前で断られ表情が固まるカリウス。
「私、あなたの元へは行きません。迷惑なので帰ってください。」
完全な拒絶。
断られる事を一切考慮していなかったカリウスは動揺。
吃りながら「何故?」と尋ねる。
「私が傍にいたい相手のはユーノ君です。あなたではありません。ユーノ君は私を助けてくれました。ゴブリンに襲われていた所を。」
「その話なら聞いている。だが、それなら僕も同じだ。ただ出会いが遅かっただけで何も変わりはないはずだ。」
「違います。私はあなたに助けてもらっていません!」
「何を言っているのだ。僕は君達を輩から―――。」
「あの人達は私達の身を案じて声をかけてくれた優しい人達です。ちょっと酔っぱらっていたけど。それをあなたはあの人達の話を聞かずに大怪我を負わした。私はあの事を今だに許していません!」
普段のルシアから想像出来ないきつい口調に流石のカリウスも言葉が詰まる。
「Sクラスなんて私にはどうでもいい事です。私はユーノ君とエリカちゃんと一緒のパーティを組みたい。一緒にいたい。ただそれだけです。なので邪魔しないでください。」
頭を下げ、そしてユーノの元へ戻るルシア。
その姿をカリウスは呆然と見送るのみ。
「随分厳しく言い切ったわね。」
感心したわ、と頷くエリカはカリウスに向き直る。
「じゃあ私からも一言。多分あなたの眼中にはないと思うけど一応ね。私もあなたの元へは行かない。私は剣の道に極めたい。家とか関係なく私自身が求めている事。ユーノはそんな私を認めてくれた。誰もが嘲笑う中、ユーノだけが私の言葉に耳を傾けてくれた。私はあなたではなくユーノを信じるわ。それに私もあなたの事を軽蔑しているの。自分の意に染めようとするその態度に。」
「だそうだ。」
ルシアとエリカの腰に腕を回し引き寄せる。
「これに懲りたらもう少し他人の意見に耳を傾ける事をおすすめするよ。」
女子二人に責められ玉砕したカリウスはユーノの忠告は全く耳に届いていない。
そんな彼を置き去りにしてユーノは二人を連れて立ち去る。
「そうそう。最後に一つ。今回は見逃すけど、次はないよ。次、ルシアとエリカを強引に連れ去ろうといた時は容赦しないから。ルシアとエリカは俺の最愛の女性だ。誰にも渡さない。それが例え勇者の君でも絶対にね!」
「ルシアとエリカは俺の最愛の女性だ。誰にも渡さない。例えそれが勇者の君でも絶対にね!」
「堂々と言い切ったな~~、おい。」
「茶化すならもう注いであげないよ、デルタ父さん。」
「すいませんでした!」
「よろしい。」
許されたデルタは嬉しそうにユーノに注がれた酒を飲み干す。
その日の夜、久しぶりに精神の間へ訪れたユーノは父親達の宴会に同席。
本日の酒のアテはもちろん放課後の出来事である。
「しかし大丈夫なのかユーノ。あの勇者に対してあんなにも煽って。逆恨みを抱いて妙な真似を起こすのではないか?」
「心配なさるなジーノ。そのような事は起こらん。このソプラノスが断言しよう。」
「なぜそこまで言い切れる?」
「それは奴が勇者であるからじゃよ。」
「???どういう事だ?」
「あのカリウスという者は自分が勇者であることに誇りを持っておる。彼の行動理念は勇者であることが前提。周囲から勇者であると認められることに最大の幸福を見出しておるのじゃ。」
「言動からその節がよく見受けられるな。そんな奴がただ一人の女性の為に荒手を使う事はせんだろう。あのような気概は大衆の眼を気にするだろうからな。」
「デルタの言う通りじゃな。おそらくですがあのカリウスという若い勇者はルシア嬢を好いたのではなく、彼女の回復魔法が目的だったのでしょう。自分の側に相応しい逸材。その程度ですよ。まぁ、あわよくば自分の妻になればいい程度の感情があったかもしれませんが。」
「そしてフラれれば、さっぱりと次へ者を探すさ。少々のやっかみはあるだろうがな。だから、あまり深く考えなくていいぞユーノ。」
デルタの催促に促され、お酌。
「それにしてもあのルシアという女性は中々の逸材じゃ。回復魔法と魔法防壁は勿論の事、魔力量もピカイチ。おまけに気立ても良い。」
「エリカという娘の事を忘れては困るな。あの娘も素晴らしい才の持ち主だ。剣だけなら将来、このワシを上回る逸材だ。ああ、あの娘にワシが打った剣を授けたい・・・・・・。」
「しかしユーノよ、お前はこれからは苦労するぞ。」
「苦労?」
「二人の言う通り、エリカとルシアはかなりの逸材だ。才能が開花すれば惹く手の数多。それにあの容姿だ。男共がわんさか寄ってくるぞ。」
「デルタの言う通りだ。あれ程の別嬪は滅多にお目にかけねえぜ。」
「世界を見渡しても五本の指にははいるでしょうな。」
父親達の発言には全面同意。
道端ですれ違う時、二人の事を見返す男性達を何度も目撃してきたからである。
「ちゃんと捕まえておけよ。胡坐をかいていると誰かに奪われちまうぞ。」
「わかっているさ。実はそこの事で少し考えている事があるのだけど・・・。」
ユーノは父親達に自分の考えを打ち明ける。
「成程な~~。いいじゃねえの。やっちまえば・・・。」
「これジーノ、何ですかその態度は。真剣に考えているユーノに対して失礼だと思わないのですか!?」
「失礼も何も、今回の事に関してはワシは専門外だ。お前の領分だろうに。」
興味がない、と言わんばかりに酒瓶を手にして直接煽る。
「ジーノの言う通りだ。俺様達は高みの見物をさせてもらうぜ。」
「全く・・・、この者達は。仕方がありませんな。ユーノ、ワタクシめが相談に乗ってあげましょうぞ。」
こめかみを抑え大きなため息の後、親身に耳を傾けるソプラノス。
外野の妨害があり、紆余曲折ありつつも活路を見出して所でその日はお開きとなった。




