門出
「エリカちゃん、この荷物はどうするの?」
「持って行くわ。あ、ルシア、それはこっちの鞄に入れて。」
「わかった。」
せっせと行われている荷造りはエリカ主導で行われており、ルシアはエリカの補助。
テキパキと動く二人の連携はお見事の一言で2時間程で終了。
「ありがとうルシア。折角の休みに手伝ってもらって。」
「ううん、気にしないで。これで全部だよね。」
「ええ。」
エリカは鉄の門を閉めて鍵をかける。
(これでこの家とも暫しの別れになるわね。)
生まれ育った我が家に感涙の想いを浸るエリカ。
その様子を心配そうに見守るルシア。
「エリカちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ。さあルシア、行きましょう。」
我が家に別れを告げたエリカは前へと歩み始めた。
ガウルがタラジムを除霊して1週間が経過。
その間、エリカの周辺は激動。
タラジムに憑りつかれたエリカの両親は周辺で待機していたアルベルトによって無事保護された。
命に別条はなかったが、2年程憑りつかれた後遺症で記憶障害を患っていた。
その後遺症は日常生活にも支障をきたす程でアルベルト、ユーノ、そしてマイクが話し合った結果、二人を避暑地の別荘にて療養させることにした。
数人の使用人を連れ立って帝国を旅立ったのが二日前の事。
その他の使用人には暇を出しアルベルトの斡旋で次の職が充てられ、そしてウィズガーデン家の当主はマイクへと引き継がれる事となった。
それに伴い、エリカが長年暮らしていた家は引き払う事となった。
家はタラジムの巣化により数年かけて除霊しなければならない状況に陥っており、これによりエリカは引っ越しを余儀なくされたのである。
引っ越し先はユーノ宅。
この決定に頑固反対したのはもちろんガウル。
「なりません!年相応の男女が同じ屋根の下で過ごすなど!言語道断です!あのような小娘にそこまで気をかける必要などありません!」と吠えるが、
「ユーノと一緒なら安心だ。よろしく頼むよ。」
マイクのこの一言で全てが覆り、最終的に賛成3、反対1の多数決により可決されたのである。
「うわ~~、ここがユーノ君の家・・・。」
「本当に大きいわよね。」
ユーノ宅に到着したエリカとルシア。
初めて来たルシアが驚くのは勿論のこと、エリカも驚いているのは前回来た時は別の事で頭が一杯でユーノ宅の全貌まで目が行き届いていなかったからである。
「こんな広い家にユーノ君一人で住んでいるの?」
「ええ、そうらしいわ。使用人も雇っていないそうよ。」
エリカが閉じている門を押す。
「中に入っていいの?」
「ええ、事前にユーノから許可をもらっているわ。」
門を潜り、庭を歩く二人。
(うわ~~、広いお庭。ここでピクニックとかしたら楽しそう。)
(広い庭。ここでユーノと手合わせ出来たら最高ね。)
それぞれそんなことを考えながら屋敷へ。木製の扉をノックした時だった。
「ガオオ~~~。」
大声で吠えながらエリカ達へ駆け迫る大きな黒い狼――ガウルの姿が。
エリカを住まわす事に未だに納得出来ていないガウルは敵対心剥き出しである。
「な、何?」
驚くエリカ。反射的にルシアを庇う体勢を見せる。
(前に来た時はいなかったはず。迷い込んだ?)
「ルシア、下がって。」
「か、か・・・。」
小気味に身体を震わすルシア。
恐怖で立ち竦んで動けない、と思ったが違った。
「可愛い〜〜。」
「ガウ!??」
ガウルの首元に飛びつくルシア。
その行動にエリカはもちろん、ガウルも驚く。
「うわ〜、凄いフワフワ、モフモフ。」
ガウルの滑らかな毛触りを堪能するルシア。
「だ、大丈夫なのかしら・・・。」
エリカがそう思うのも無理もない。
ガウルは尚も唸り声をあげているが喉元にしがみついているので振り解けず。
苛立つ表情を見せるがルシアはお構いなしにモフモフし続ける。
「ガルルル。」
「騒がしいね。どうしたの?」と扉の向こう側から姿を見せるユーノ。
「やあ、エリカ。待っていたよ。ルシアもいらっしゃい。」
「ユーノ君、この子は?」
「彼はガウル。番犬さ。」
「確かに番犬には相応し過ぎるわね。」
唸り続けるガウル。
「大丈夫さ。彼は賢いから。だよね、ガウル。」
「ガウ!」
ユーノの冷たい視線に肝を冷やすガウル。唸り声が止まる。
「彼女達は俺の大切な人だ。まさか襲ったりなんかしないよね。」
「くぅ〜ん。」
途端に大人しくなるガウル。
「さあ二人とも中へお入り。」
身を竦めたガウルを庭に残し中へ招く。
「エリカに用意した部屋は階段を上がって右奥。掃除はすでに終わっているからすぐに使えるよ。」
「ありがとう。」
案内された部屋に入り、ルシアと共に荷解きを始める。
最低限の荷物しか持ってきていないなので大きな問題なく少しの時間で荷解きを終えた。
「これで大丈夫ね。足りない物は後で買い出しに行くとして。」
「それじゃあ食堂に行こう、エリカちゃん。」
食堂に移動。
「うわ~~。」
「凄い。」
二人が驚くのも無理もない。何故なら机の上にはご馳走が沢山並べられていたのだ。
「美味しそう〜。」
「これ全部ユーノが用意したの?」
「まぁね、お菓子はお店で買ったけど、それ以外はね。」
ユーノの答えに立ち尽くすエリカ。
彼女は料理が苦手なのである。
「さあさあ、二人とも。席に座って。」
ユーノに促され、席に座る二人。
「それじゃあ俺の祝勝会とエリカの引っ越し祝いに乾杯!」
「「乾杯!!」」
コップを天に掲げ、祝賀会は始まる。(ちなみにリリシアは都合が悪く辞退。三人だけの祝賀会となった。)
「美味しい!」
スープを一口したルシアが目を輝かせる。
「お口にあって良かったよ。」
(本当に美味しい。どうしよう・・・。)
内心焦るエリカ。料理はおいしいのだが、ユーノが自分より家事が優れている事に少々のショックを受けていた。
「エリカ?もしかして味が合わなかった?」
「え、ううん。美味しいわよ。」
覗き込むユーノに慌てて答える。
「ただちょっと考え事をして。」
「考え事?」
エリカは自分が料理ができない事を白状する。
「なんだ、そんな事か。気にしなくてもいいよ。エリカは他の事で助けてくれればいいさ。」
「ユーノ君は料理をどこで覚えたの?」
「村で住んでいた時に自然とね。ゲイツ父さんは家事全般が苦手で、それでさ。」
「この家に使用人がいないのもそれが理由なの?」
「そうだね。家の事は俺が大抵出来るから。節約にもなるからね。(まあ実際にはガウルと分担しているけど。)」
「でも一人でこの広い家を管理するのはしんどくない?」
「そんな事はないさ。と言っても普段は使っている所しか掃除してないからね。」
「でもいいな~。」
ルシアが本心を口にする。
「エリカちゃんが羨ましい。こんな素敵な家に二人で過ごせるなんて・・・。」
心底羨ましいのだろう。口を尖らせる仕草はとても可愛らしい。
「私もここに住みたいなぁ。」
何気なしに零した一言。
「だったらルシアもここに住む?」
「え!いいの!?」
身を乗り出すルシア。
「構わないさ。部屋は余っているからね。エリカもいいよね。」
庭でガウルが騒ぎ立てているが当然のように無視。
「問題ないわ。」
内心安堵するエリカ。
実の所、ユーノとの二人っきりの生活に緊張していたのだ。
「けどルシアの方は大丈夫なの?勝手に決めて。」
「うん大丈夫。実は家賃がちょっと高くて少し困っていたの。」
ルシアは寮生活。故郷からの仕送りはあるが、寮の家賃が高くて実は厳しい状況に立たされていたのだ。(ちなみにリリシアは奨学金で賄っている。)
「ならここで暮らせばいいよ。家事を手伝ってくれるなら家賃も要らないよ。」
「本当!じゃあ私もここに住む!」
ユーノの手を握りぴょんぴょん跳ねるルシア。
嬉しそうなルシアにユーノとエリカも幸せな心地になるのだった。
「さて、いい頃合いかな。」
食後のお茶を楽しんでいた最中、徐に席から立ち上がるユーノ。
「エリカ、ちょっといいかな?」と手招き。
向かった先は通信機が置かれている小部屋だった。
「何、この部屋?」
見慣れない通信機に若干の不信感を表情に出すエリカ。
「よく見てて。我ユーノ=トライシア、汝名も無き村に告ぐ。」
「こちら名も無き村。どうしたんだユーノ。こんな時間に。」
「に、兄さま?!」
通信機から聞こえたのは久しく会っていない兄の声。
「そ、その声はエリカ?エリカなのか!」
水晶から四角い画面が浮き上がり驚くマイクの顔が映る。
「これはどういう事?!」
「ユーノ、お前謀ったな。」
苦笑するマイクに困惑するエリカ。
「これは通信機さ。お互い色々話したい事があると思ってね、この場を設けたのさ。」
「個人的な使用は禁じていたはずだが。」
「さあ、何の事か知らないね~。」
白を切るユーノの仕草に「仕方がないな。」肩を竦めるマイク。
「という事で後は兄妹水入らず。ごゆっくり。」
エリカを残して小部屋から退散するユーノ。
ルシアがいる食堂へと戻る。
「エリカちゃんどう?」
「兄のマイクと話しているよ。気まずそうだったけど、すぐに溝は埋まるさ。」
「それなら良かった。」
ソファに腰を下ろすとルシアが隣に座り、ユーノの胸元に頭を乗せる。
「ごめんねユーノ君、我儘言って。」
「それは一緒に住みたいと言った事?それなら構わないよ。我儘の内に入らないさ。」
優しく頭を撫でる。
心地よさに目を細めるルシアが胸の内を明かす。
「エリカちゃんが羨ましかったの。もちろんエリカちゃんの状況は理解してる。でもユーノ君と一緒に暮らす話を聞いて嫉妬して・・・、だからあんな事を。」
「俺は嬉しかったよ。ルシアが本心を口にしてくれて。」
頭を撫でていた腕がルシアの肩へと移動する。
「俺はルシアの事が好きだ。誰にも渡したくない。この想いは誰にも負けない。だからさルシア、君の想いを、願いを俺に伝えてくれ。全てを叶える事は出来ないかもしれないけど、尊重する。君を大切にするよ。」
「ユーノ君。じゃあ一ついい?」
「なに?」
「もう少しこのまま。エリカちゃんが帰ってくるまでいいから。駄目かな?」
「駄目なものか。俺もこうしていたいさ。」
力強く、そして優しく抱きしめる。
「私も大好きだよユーノ君。」
互いの想いを感じ合いながら幸せのひと時を過ごした。




