終わらない悪夢
「お帰りなさいませ、エリカお嬢様。」
帰宅すると初老の男性が出迎え。
彼はウィズガーデン家に長く仕えている一番古参の使用人――セバスチャンである。
「ただいま。」
「お嬢様、旦那様がお呼びです。」
「お父様が?」
「はい。」
自室へと向かう足が止まり、書斎へと方向転換。
コンコン。
「エリカか、入りなさい。」
扉を開けると、灰色のスーツを着ているエリカの父と淡い赤色のドレスを着飾った母の姿が。
「そこにかけなさい。」
視線で示された一人掛けのソファーへ腰を降ろす。
「昨日、ナタクバード家の使いが来た。」
両親が対する側のソファーに座り、話し始める。
「三男ダートは罹患の為、婚約破棄の申し立てがあった。」
「そうですか・・・。」
正式にダートの婚約解消がなされ、心の中で胸を撫で下ろす。
しかし、それは時期尚早であった。
「なので次の縁談を進める事にした。」
「次の縁談って・・・。」
ソファーから腰が上がるより先に見合いの写真をエリカに見せる母。
「歳はあなたより少し上ですが、財政がある大貴族様ですよ。」
「年上ってこの人私より二回り上ではありませんか!」
写真で紹介されたのは清潔感が一切感じられない40代男性。
職に就くこともなく先代が残した莫大な財産を食い散らかしている事で有名。
そして彼は無類の女好きで多くの愛人を抱えている。
「い、嫌です!私、こんな人と結婚したくありません。」
嫌悪感から本能的に否定するエリカに対し、両親の顔から険しさを増していく。
「何を言っている。何もできないお前がウィズガーデン家の為に出来る唯一のことだろうが。」
「唯一って、そんなことありません。お父様、私の話を聞いてください。私は必ず――――。」
「剣の道を究めて名声をあげる、と言うつもりか。ふん、田舎上りの男に誑かされよって。オマエには剣の才能に満ち溢れている、と言われたそうだな。」
「お父様、どうしてそれを・・・。」
「ふん、これでも学園にはそれなりに顔が利く。最近、ダート以外の男が言い寄ってきていると耳にしたからな。ユーノ=トライシア、だったか。全く余計な事をしよって・・・。」
「全くですわ。」と賛同する母。
「田舎者の青二才に何がわかる。いいかエリカ、言っておくぞ。オマエには剣の才能なんぞ一切ない!」
全否定され、反論を口にしようとするエリカ。
だが父親はそれを許さず言葉を畳みかけてくる。
「オマエは騎士になれない、落ちこぼれだ。出来損ないだ。兄のマイク同様にな。くそっ、何故俺の子供はどいつもこいつも使えないのだ!」
バン!
机を力任せに叩く音に怯むエリカ。
「いいか、お前が成すことはこの男と結婚し、ウィズガーデン家に金を貢がせることだ。金さえあれば、この家を大きくすることが出来る。」
「お金の為に・・・?お父様、考え直してください。そんなことをしてもウィズガーデン家の為にはなりません!」
「口答えをするな!」
唐突に暴力を振るう父親。
頬を殴られ、その衝撃でソファーの縁に頭をぶつける。
「あなた!何をするのですか!」
父親の行動に奇声を上げる母親。
すぐさまエリカの元に駆け寄る行動に母親なら理解を示してくれる、と期待。だが、それはすぐに裏切られる。
「傷でも負ったらどうするのですか!婚約破棄を言い渡されてしまうでしょう。」
「お母、様・・・。」
「いいですかエリカ。あの御方はあなたの顔と美貌を欲しているのです。男好みのその身体を・・・。」
一瞬母親の言葉が理解できなかったエリカ。
心を今まで支えてきた柱がひび割れ、崩れているのがわかる。
「私は知っていますよ。前の婚約者、ダートには一切媚びなかったそうですね。普段から笑顔なく、辛気臭い表情を見せてばかり。今度の婚約者には多くの愛人がいます。その身体を使って他の愛人を蹴落とし、この家の為にあの御方の財産を使わせるのです。あなたにはそれしかできないですから。それを自覚しなさい。」
「そんな・・・・・・。」
両親から浴びせられる罵倒に打ちひしがれるエリカ。
そんな彼女に父親はとどめと言わんばかりに話を進める。
「いいか、今週末に見合いを行う。そこで何が何でもあの御方に気に入られろ。そして数日後には式を執り行う。それまでは外出は一切認めん。」
「認めないって、学園は?」
「学園にはすでに退学の意思を伝えた。」
「そんな!!」
「これは決定事項だ!異議は認めん!」
叩き付けるように言い放ち、作業机に置かれたベルを鳴らす。
「お呼びでしょうか、旦那様。」
「コイツを部屋に閉じ込めろ。外部との連絡を一切取らせるな、いいな。」
「かしこまりました。」
主人の命を忠実に承るセバスチャン。
抵抗するエリカを若い男性の使用人数人が押さえつけ、部屋まで連行。
「お嬢様、大人しくお休みください。」
セバスチャンは一礼して扉を閉め、外から鍵を閉める。
「お願い!誰か私をここから出して!」
力の限り扉を叩くもエリカの味方は誰一人居らず。
悔しさと悲しさから涙があふれ、その場に崩れる。
「そんな・・・・・、これから私、どうすればいいの・・・。」
ふと窓を見つめる。
窓には鉄格子が付けられており、監獄に閉じ込められた絶望感が重くのしかかる。
「いやよ、結婚なんて・・・。あんな人と結婚なんてしたくない。お願い・・・誰か、誰か助けて・・・。」
涙を流しながら助けを求めるエリカ。
しかしその声は屋敷にいる者は誰も耳を傾けない。
(お願い、助けて・・・・・・。助けて、ユーノ・・・。)
嘆き悲しむエリカ。ただひたすら助けを求める。
砕け散った心の片隅に微かに見える男の子の名を呼びながら。
「エリカちゃん、今日もお休みなのかな・・・?」
「そうみたいだな。」
ユーノの右隣の空席に眼を向ける二人。
「風邪かな~?」
「どうだろうね。」
「週末の祝賀会、エリカちゃん来れるといいけど・・・。」
「駄目なら日にちをずらせばいいさ。」
「そうだね。」
和気藹々と話す二人の元に近づく一つの影。しかし二人は話に夢中でその影の存在に気付いていない。
「明日、来るといいねエリカちゃん。」
「残念ながら彼女は来ないよ、永遠にね。」
二人の会話に割って入ってきたのはカリウス。
「カリウス=バードナーか。エリカが永遠に来ないとはどういう事だ。」
「言葉通りの意味だ。エリカ=ウィズガーデンは退学したよ。」
「退学!どうして?」
「何故か?それは彼のせいだよルシア君。」
批難の眼を突きつけるカリウス。
「エリカ君は結婚することが決定したのさ。」
「け、結婚って、あのダートって人との婚約は解消されたはずじゃあ。」
「新しい婚約者が出来たそうだ。相手は富豪の大貴族で近日中に式を挙げる予定だそうだ。君のせいでね。」
「どうしてそこでユーノ君のせいになるのよ。」
珍しく怒りを見せるルシア。
しかしカリウスは彼女の怒りには気付かず、ユーノを否定し続ける。
「君が余計な事をしなければ彼女は学園に通い続けることが出来た。騎士をいう夢を追いかけることは出来たはずだ。だがその夢を君が奪ったのだ。君の愚かな行動のせいでね。」
「そんな言い方は―――。」
「ルシア、庇わなくていいよ。」
反論するルシアを宥めて自分の非を認める。
「確かに今回の事に関しては俺の不甲斐なさが招いた結果だ。認めるよ。」
「・・・なるほど。その素直さは評価すべき点だね。」
満足そうに頷くカリウス。
「なら今後は自分の身に合った行動を心掛けることだ。今回の事を反省しているなら、ね。」
ルシアに目配せをあからさまに見せたカリウスは「それでは。近いうちにまた会おう、ルシア君。」とセリフを言い残して立ち去って行った。
「何しに来たの、あの人?」
不平不満を表情に見せるルシア。
「何って報告と忠告さ。」
「報告と忠告?」
「ああ、エリカの事で堪えたのなら、以後ルシアに付き纏うな、ってね。」
「私に付き纏う?!そんな事ないのに!」
「ルシアはそう思っていなくても彼からすればそう見えるのさ。前にリリシアが言っていただろう、カリウスはルシアを狙っているって。」
「それは聞いたけど・・・・・、私あの人はちょっと・・・。」
「安心していいよ。ルシアは渡さないつもりは一切ない。絶対に、誰にもね。」
頭を優しく撫でるとルシアの表情はいつもの柔らかさを取り戻す。
「それに彼は悪い人間ではないよ。今回もエリカの事を教えてくれたしね。(それにしても・・・ダートから無事奪えた事に満足していたな。)」
心の中で反省の弁を述べるユーノ。
(気を緩めていた・・・。徹底的にすべきだった。完全に俺の彼女にするために。)
今後は手を抜かない、と決意を拳に込める。
「それでどうするつもりなの?」
「そうだな。考えないと・・・。(まずは情報だ。)」
と影の中で転寝していたガウルを起こし命令を下す。
(至急、エリカの近況を探れ。)
(御意!)
欠伸一つ残して人知れず立ち去るガウルを見送った後、窓の外を見上げて誓う。
エリカは必ず取り戻す!と。