策略と思惑
「さぁ、いよいよ始まりました。最高学年首席ダート・ナタクバードVS新入生Fクラス、ユーノ=トライシアの決闘。討議場はすでに大熱気に包まれています。」
「凄い歓声だな。」
「本当ね。」
席を埋め尽くすほどの観衆はこの決闘の注目度を物語っている。
「それにしても皆、よくこの決闘のことを知っていたな。」
「それは学園中に宣伝していたからね。」
「あ、リリシアちゃん。」
控室に姿を見せたリリシアに抱きつくルシア。
「宣伝ってどういうこと?」
「あのダートって人、今回の決闘のことを各方面に言いふらしていたわ。トライシア君の悪行を含めてね。今いる観客の殆どはあなたのアンチよ。」
「そんな噂、私は一切聞いていないわ。」
「そこは周到でね。1年のFクラスには届かないように徹底していたみたいね。」
「なるほど。」
「所でトライシア君。自信の方はいかが?」
「バッチリ。この数日、エリカとルシアに練習を付き合ってもらったらね。姑息な手なんか通用しないさ。」
「そう。それならよかった。あなたが負けてここからいなくなったらルシアが悲しむのだから、絶対に勝ちなさい。」
リリシアの檄を授かり、その後エリカとルシアの激励を受け入れていると今回の審判を務める教員が姿を見せる。
「時間だ。用意はいいか?」
一つ頷き、愛用の棍を手にして立ち上がると突然、審判が制し、
「今回使う武器はこれだ。」と模擬剣を渡される。
「今回の決闘は剣のみだ。他は認められない。」
「ちょっと待ってください。」
審判の発言に異議申し立てするエリカ。
「そんな話、聞いていません。」
「こちらはすでに通達している。」
エリカが抗議するも審判は聞く耳持たず。
「してやられてるわね、トライシア君。」
「仕方がないさ。」と肩をすくめる。
「受け取らないのなら棄権とみなすがいいのか?」
「受け取りますよ。」
ユーノは素直に従い、模擬剣を受け取る。
「武器はこちらで預かろう。」
「いえ、大丈夫です。2人に預かってもらうので。」
審判の提案を丁重に断り、エリカに剣、ルシアに棍を渡す。
「ユーノ君、頑張ってね。」
「ユーノ、気をつけて。」
「しっかりしてきなさい。」
ユーノを見送った3人は控室から観客席へ移動。
最前列を確保した時、ちょうどダートが入場を終えた所であった。
「それでは次にユーノ=トライシアの登場だ。今年入学してきたFクラス。入試では逆上して試験官に脚蹴りした問題児。素行不良のこの生徒を最高学年首席にどのように成敗されるのか!」
(酷い言われようですな。)
「ガウル、大人しくして。」
実況に敵意剝き出しのガウルを窘める。
「よく逃げずにきたな。この大観衆の中で無様な敗北を晒す事になるのに。」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。」
審判の合図で互いに模擬剣を構える。
集中しているユーノに対しダートは未だに笑みを浮かべたまま、隙だらけ。
「始め!!」
先に動いたのはユーノ。
油断を見せるダートに対し一瞬で勝負を決めようと考えたのである。
勢い良く駆けだして剣を振おうとした瞬間、突然足が絡まって頭から滑り転ぶ。
「っ痛~。」
「どうした、お金でも落ちていたか?」
剣を高々に振り上げるダート。
ユーノは慌てて身体を横に転がしてダートの攻撃を躱す。
「何だよ、あの転び方は。」
「格好わる~。」
「無様だな、おい。」
と囃し立てる野次。
しかしユーノはそれらには耳を貸す事なく、立ち上がり呼吸を整える。
「どうした、もう終わりか?なら今度はオレから行くぞ!」
雄叫びを上げて突撃してくるダート。
(遅いな。)
これなら躱してカウンターできると即座に判断。
ギリギリまで引きつけて身体を右へ捻る。が、躱し損ねてしまい、脇腹に痛烈な一撃を受ける。
「???」
顔をしかめたのは身体のダメージではなく、攻撃を躱せなかったことに対する困惑から。
自分の想像する動きに身体がついてきていないのである。
「まだまだ!」
再びダートが突撃。
先程の事が脳裏によぎったユーノは今度は防御を選択。
力任せの攻撃を受け止める。が簡単に弾き返され、無防備な体勢に。
その隙をダートが力任せに振るい、ユーノの身体に剣を突き立てる。
(これは・・・。)
ユーノは動揺を隠せなずにはいられなかった。
「酷いな。全く動けていないではないか。」
「勇者様の言う通りですわ。」
観客席よりも上の階にあるVIP席にて観戦しているのはカリウスと1年Sクラス所属のミゼーヌ。
彼女は貴族出身で身なりと立ち振る舞いから上品さのオーラが眼に見えてわかる女学生である。
「足捌きも防御も無茶苦茶。ほら、また崩された。」
「これで絶対に勝つ。と大見得をきったものですわ。」
「全くだ。そして一番の被害者はエリカ君だ。彼のせいで彼女の立場はもっと苦しくなるだろう。」
カリウスの視線はユーノを応援するエリカ達の方へ。
「自業自得ですわ。信じる相手を間違えたのですから。」
おほほ、と口に手を当てて高笑いするミゼーヌ。
ぐるぐる巻かれた濃い紫色の髪が笑い声と共に揺れる。
「その通り、だね。」
「あら?勇者様、どちらへ。」
「もう結果は見えた。これ以上は時間の無駄さ。」
全てから背を向けて立ち去るカリウス。それに続くミゼーヌ。
扉を閉める直前、ユーノを応援するルシアの方を見てぼそっと呟く。
「君は間違った選択をしないことを願っているよルシア君。」
「ちょっと何をしているの、トライシア君は。ああ、危ない。」
一方的な展開。
防御を崩され、肩に重たい突きを受け後退るユーノに叱責。
その隣で祈りながら戦況を見つめるエリカ。
「ユーノ、頑張って・・・。」
縋る思いで応援するその横で、ルシアがぼそりと一言。
「何かおかしい。」
「おかしい?」
「うん、リリシアちゃん。ユーノ君の動きがおかしいよ。随分ぎこちないよ。」
「確かに言われてみればおかしいわね。」
ルシアの発言に同意するエリカ。
エリカはこの数日、ユーノの練習相手として剣を交えていた。(ルシアは二人の練習を毎日見学していた。)
その為、今のユーノの動きが普段と全然違うことに気付けたのである。
「このアウェイの空気の飲み込まれたのよ、きっと。」
「そうかな・・・?」
入場前のユーノの振舞いを思い出し、リリシアの発言に賛同出来ないルシア。
「それかあの先輩に萎縮しているかもね。あの人と対すると彼の圧に負けて普段の力が出せない、て聞いたことがあるから。」
「その話は本当よルシア。私も何度かダート様と手合わせしたことがあるけど、まさにその通り。何もできずに負けたわ。でもその事を私はユーノに伝えた。」
「伝えたからと言って対策出来ていなければ意味ないわよ。」
「でも・・・・・・。」
リリシアの発言に納得ができないエリカ。
(だってユーノはダート様に気負いしていなかった。逆に威圧していた。)
首席室での出来事を思い出し自分の考えを肯定する。が目の前の現実――ダートの完全に押し込まれているユーノ――に考えが揺らいでいるのも事実。
「お願いユーノ、勝って。」
目を瞑り天に祈りを捧げる。
一方のルシアはじっとユーノを見つめていた。
一心不乱、僅かな動きも見逃すまい、と。
(ユーノ君、所々で間合いを広げてる。何をしているの?)
ダートから大きく間合いを空けると手首や足を何度も振ったり、肩を回したりなど体の動作を確認する仕草をその都度していた。
(身体の動かし方を確認している。どこかおかしいの?それに時々観客側に視線を向けるのは何故?――――あれ?)
その時、ユーノの身体が一瞬、極僅かに光ったのを目撃したルシア。
それは一瞬で注意深く見ていないと気付かない程。
「もしかして。」
ある事を閃いたルシアは胸の前で手を組んで目を瞑り集中。
「どうしたのルシア?」
「シッ。」
問いかけるエリカを止めるリリシア。
「やっぱりそうだわ!」
「やっぱりって、どうしたの?」
リリシアから許可が出たので再度問いかける。
「ユーノ君、妨害されてる。誰かがユーノ君に身体弱体化魔法にかけている。」
「何ですって!」
驚くエリカ。
リリシアが真剣な眼差しで再度確認。
「それは本当なのルシア?」
「うん、辛うじてわかる感じ。今も誰かがかけ続けている。」
「どこに行く気なの?エリカさん。」
「どこってこの試合を止めるのよ!こんな卑怯な手、認めさせるわけにはいかないわ。」
「無駄よ。」
エリカの行動を制するリリシア。
「何故よ。」
「ルシア、その弱体化魔法は目に見えるの?証明できる?」
「・・・、難しいと思う。今は誰かがかけているから気付けたけど、凄く巧妙に隠されている。調べてもよくわからないかも。」
「という事よエリカさん。証明が難しい以上、試合を止めても意味がないわ。こちらの分が悪くて言い訳をしているとしか思ってくれないわね。」
「じゃあどうするのよ!」
憤りを見せるエリカを落ち着かせ、再度ルシアの方に向く。
「ルシア、今トライシア君を妨害している相手、特定できそう?」
「・・・、やってみるわ。」
力強く頷いたルシアは大きく深呼吸。
そして再び手を組み、ユーノにかけている魔法を逆探知して、犯人の特定を試みる。
それをエリカは固唾を呑んで見守る。
(頑張ってユーノ。お願いもう少し耐えて。)
(何遊んでいるのですかユーノ様。)
ダートの力任せの猛攻を辛うじて防ぐユーノに対して影の中から叱責。
(そのような者、一瞬て薙ぎ払えましょうに。何故ワザと攻撃を受けているのですか?)
「ワザだと思う?」
(どういう事ですか?)
「思うように力が出せない。多分誰かが俺に弱体化系の魔法をかけている。」
(な、何ですと!)
「体感的に普段出力している8割は封じられている感じかな。」
掌を何度も握り直し確認。
(まさか・・・、このような卑怯な手を使ってくるとは。)
影の中で毛を逆立て怒りを露わにするガウル。
(ユーノ様、このガウルに御命令を。すぐさまその不届者を見つけ出し、相応の報いを受けさせて見せましょうぞ。)
意気込みガウルに対してユーノの出した命令は待機。
無論、反論するガウル。
(何故ですか!)
「ガウルが動かなくても大丈夫さ。」
チラリとルシア達の方に視線を一瞬向けこう続けた。
「すでにルシア達が動いているからね。」
「見つけた!」
「流石よルシア。どこにいるの?」
「ルシア、指を刺さないで。口頭で場所を教えて。」
「私達から見て10時の方向。壁近くにいるフードを被った人よ。」
ルシアが示した方向をよくよく目を凝らして探す。
「いた!あいつね。」
その人物を発見した瞬間、エリカの行動は早かった。
ルシアとリリシアの制止に耳貸さず、観衆の隙間を上手く掻い潜ると犯人の元へ全力疾走。
(よし、まだいるわ。)
残り数mの所で足を止め、物影に隠れて相手を観察。
その人物はこの場ではかなり浮いた存在だった。
観衆の輪から少し離れた位置で歓声を一切出さずに佇み、周囲に顔を見られたくないのだろう、フードを深く被っているのでこちらからは誰かは確認できない。
瞬きをする事なくユーノだけを見つめて周囲には聞こえないぐらいの小声で何かを呟き続けるその姿を目視したエリカはクロだと判断。
気づかれないように気配を殺してゆっくり近づく。
相手はユーノの方に集中しているため、エリカが近づいてきている事に全く気付いていない。
3m、2m・・・、焦る気持ちを抑え確実に近づき、そして相手の肩を掴んだ。
「っ!」
「そこで何をしているの?」
フードの人物は目を見開いて驚く。が、その後の行動がとても迅速だった。
「なっ!」
隠し持っていた煙幕玉をエリカに投げつけ逃亡。
「待ちなさい!」
一瞬怯んだエリカは慌てて追いかける。
周囲は決闘に夢中でこの騒動には全く気づいておらず、エリカの鋭い声は歓声にかき消されてしまう。
フードの人物はバレた時の事を想定していたのだろう。確保していた逃走経路を足早く駆けていく。
(マズイ、このまま外に逃がせば人混みに紛れて逃げられる。)
最後の最後に油断した事を後悔。
唇を噛み締めながら相手を追いかける。
二人の差は縮まる事なく闘技場の外へ。フードの人物は学園の外を目指す。
「待ちなさい!」
このままでは逃げられる、咄嗟に出た叫び。
その想いが通じたのか、突然フードの人物はひっくり返り尻餅をつく。
それはまるで何かにぶつかったかのよう。
「なんだよこれは!」
慌てて立ち上がるが、目の前に見えない壁があるらしく足止めされて苛立ち声を荒げる。
(アレはもしかして防壁魔法?)
心当たりがあるエリカは後ろを振り返ると少し離れた所でルシアが自慢の防壁魔法を展開していたのだ。
「ルシア、ナイス!」
「オマエか!!」
フードの人物がルシアへ突進。
「させない。」
エリカは間に割って入りユーノから預かった剣で相手の鳩尾を一突き。
呻き声を漏らしながら蹲る人物のフードを後から追いついたリリシアが無理矢理剥ぎ取る。
「さて正体を見せてもらうわよ。」
「っっ!」
「この人は!」
「エリカちゃん、この人を知っているの?」
「ええ、ダート様の付き人よ。確か名前はクロックだったはず。」
「なるほど、つまりダート先輩の指示だった訳ね。」
「何の話だ。俺は何も知らないぞ。」
「白を切る気?あなたがトライシア君を妨害しているのを私達は知って―――、あら?」
その時、リリシアが剥ぎ取ったフードから一冊の分厚い本がこぼれ落ちる。
「っ!」
クロックの目の色が変わる。
本に飛びつくがそれよりも早くエリカがその本を掠め取る。
「そんなに必死になる、てことはこの本に何かがあるって事ね。」
「バインド。」
返せ、と暴れ出すクロックをリリシアが魔法の鎖で拘束。
その横でエリカは本を開き、ルシアと中身を確認。
そこには数々の妨害魔法が記載されていたのだ。
「何これ!こんな方法で簡単に魔法をかけることができるなんて・・・!」
魔術科次席で入学したリリシアですら驚愕する内容。
「証拠もでてきたわ。観念してユーノにかけた魔法を今すぐ解除しなさい。」
「無理だよエリカちゃん。」
「どういう事ルシア?」
「あの弱体化魔法、一度かけると数時間持続するわ。」
「おまけにこれ、重ね掛け可能。どうやらずっと呪文を唱えていたのはこれが理由ね。」
「そんな・・・・・・。」
足に力が抜けていくのがわかる。
「完全に手詰まり、ね。」
「いいえ、まだよ。」
自分自身を鼓舞して立ち上がるエリカ。
本を抱えて、再び闘技場へ。
目指す場所は今まさに決闘が行われている舞台。
(この本を見せれば、きっと・・・。)
淡い期待を胸に行く手を阻む警備員を振り解き、入場口へ。
「ユーノ!」
エリカの歓声に負けない大声が彼の耳に届いた。