エリカ=ウィズガーデン
「本日はこの競技場にて実技を行う。」
GG教諭のこの言葉に歓喜を上げるFクラス一同。
「くぅ~~~、長かった。」
「この2週間、ずっと座学ばっかりだったもんな。」
久々に身体を動かさせれることに喜ぶ生徒達。
「ってか、何で俺達はこんなに実技を遅れたんだ?」
「噂ではSクラスが優先的にここを使いたい、って要望があって俺達の時間を奪ったらしいぜ。」
「マジかよ・・・。本当に俺達の事を見限っているな。」
不平不満を口にしながら手にした模擬剣を振るう生徒達。
今までの鬱憤を発散したい、という思いが行動から十二分に伝わる。
「それでは今日は皆さんの腕前を見たいので実戦形式の模擬戦をしてもらう。相手は先生が決めるからな。」
適当に組み合わせを決められた結果、ユーノはレイドと名乗る男子生徒と対戦することに。
「よろしく。」
「こちらこそ。」
軽い挨拶の後、割り当てられた舞台へ。
その途中、
「なんで俺が名折れと対戦なんだよ!!」
エリカを指差し、叫ぶ男子生徒を見かけた。
(またエリカの事を『名折れ』と呼んでる。)
ふと足を止めるもレイドに呼ばれたのでその疑問を脇に置き、対峙。
針金みたいな体格で手足が長いレイドは上段の構え。
(ロングソードか・・・。リーチの長さに警戒が必要だな。)
相手を一通り観察して棍を構える。
「始め!」
先に動いたのはレイド。上段からの振り下ろしに対して右に躱すユーノ。
「ふっ!」
レイドは即座に反応。片手に持ち替え身体を回転させてロングソードを追撃させる。
(1歩分・・・、いや3歩分!)
横切りに対して大きく後方へ飛び下がるユーノ。
ロングソードは絶妙な距離間で空を斬る。
「へ~~、上手いね。大概の人は俺の間合いに驚いて一撃受けるのに。」
「実戦経験の差だよ。」
村にいた時は日中の狩りと三大魔王による愛の特訓のおかげで実戦を数多くこなしてきたからこその動き。
「ふ~ん、じゃあこれはどう?」
足の長さを利用しての跳躍で一瞬で間を詰めるレイド。
しかしユーノはその動きに惑わされることなく冷静に対処。レイドの攻撃を棍で難なく受け止める。
(リーチの長さはちょっと脅威だけど、威力はね・・・。)
針金みたいな細身の為、筋力はあまりないのだろう。一撃一撃はあまりにも軽い。間合いの感覚さえ掴めれば苦にすることはない相手であった。
「一つ質問してもいいかな?」
「な、なんだい?」
鍔迫り合い中、疲労の汗を流すレイドに端へと置いていた疑問を持ち出す。
「何でエリカのことを『名折れ』と呼ぶの?」
「ああ、それはね―――。」
レイドの説明を遮る何かが折れる音。
エリカが手にいていた模擬剣が真っ二つに折れる音だった。
「チッ!」
苛立ちを隠す事なく表に出す男子生徒にお詫びして新しい模擬剣を取りにいくエリカの表情はかなり暗い。
「アークの奴、荒れてるね〜。で、なんだっけ?ああ、彼女の二つ名の理由ね。」
レイドは彼女の後ろ姿を目で追いながら説明を続ける。
「今見た通りさ。彼女は自分が持つ剣を必ずと言ってもいいほど折ってしまうのさ。」
「今みたいに?」
「そうさ。騎士にとって自分の剣を折られることは一番屈辱な負けだとされている。剣には家の誇りが背負っていると教えられているからね。剣を折る=家名を折る、から『名折れ』という不名誉な二つ名がついたのさ。ほら。」
レイドの言葉に導かれ、その方へ目を向けるとエリカの剣が再び真っ二つに。
悔しさと苦しみの闇に埋もれるエリカにアークは声を荒げる。
「おい、誰か相手を代わってくれ。こんな奴と模擬しても全然練習にならない!俺の腕が落ちる。」
GGは我関せずの立ち位置を貫く。
他の生徒も見て見ぬふり。
誰もエリカの相手をしたくない、という空気。
居た堪れない気持ちに陥るエリカ。
「だったら俺が代わるよ。」と手を挙げたのはユーノ。
「ちょっと待ってくれよ。」
引き留めるレイドの声に聞く耳持たず、
「お、いいぜ。よろしくな。」と手を差し出すアークを通り過ぎてエリカの前へ。
「エリカ、お願いできるかな?」
「え?ワタシ?」
自分が指名されるとは思っておらず戸惑いの中、頷くエリカ。
「という事でいいよね?」
「ああ、俺は構わないぜ。」
物好きだなぁ、と言葉を言い残してレイドは置いてけぼりのアークの所へ。
棍を構えるユーノに釣られて反射的に模擬剣を構えるエリカ。
大きく深呼吸して出来るだけ心を整える。
「じゃあ、いくよ。」
エリカは一つ頷き試合開始。
棍の鋭い突きを剣先で軌道を変える。そしてガラ空きの胴へ斬り込む。が、ユーノは巧みに棍を扱い受け止め、鍔迫り合い。
男女の力の差を感じたエリカはすぐに後方へ飛び退く。
そして息つく間もなく攻撃を仕掛ける。
華麗な足捌きで怒涛の連続攻撃を仕掛けるエリカ。
心なしか彼女から焦りの色が見える。
そして、
バキッ!
振り下ろした剣が棍で受け止めた瞬間、真っ二つ。
折れた剣の片割れは宙に舞い、虚しい音を鳴らして地面に転がる。
「ごめんなさい・・・。」
心苦しくなるエリカ。
剣が折れる度に騎士を志した決意が崩される。
何より相手を名乗り出たユーノの表情の変化を見るのが一番辛かった。剣が折れた瞬間、目を見開きそして険しい表情に変わる様に心を締め付けられる。
ああ、彼が口にする言葉は何だろう?
罵倒。それとも失望。
辛さに目尻に熱い涙が込み上がってきた時、突然ユーノが両肩を力強く掴む。
「エリカ!君は凄いよ。俺の思ったとおりだ!」
それは予想を反した絶賛。
言葉を失うエリカに対しユーノは賞賛を送り続ける。
「君は稀にない剣の才能の持ち主なんだね。騎士――ううん、いずれは世界に名を轟かせる剣士になれるよ。」
「そ、そんな事ないわ。私なんて。」
今まで誰からも、両親でさえも言われたことがない褒め言葉に戸惑いから溢れ出た否定。
それをユーノは自分の発言の正当性を証明するためにエリカが折った剣を地面に並べて見せる。
「ほら、何か気づいたことはない?」
首を傾げるエリカ。
「よく見てごらん。折れている箇所は全部同じだよね。」
ユーノに言われて初めて気付く。
綺麗に並べられた折れた剣は一寸狂わず同じ、切先から10cm辺りで折れていた。
「折れているこの箇所はね、一番力が入り易くて斬れ易い箇所。エリカはこの箇所を確実に当てている。同じ個所を寸分狂わず当てているなんてエリカは素晴らしい技術をもっているよ。(あのジーノ父さんですら同じ箇所に当て続けることは出来ない、言っていたからな。)」
「でも剣を折っていることには変わりはないわ。」
「それは仕方がないさ。エリカの実力に剣がついていけてないだけ。剣は持ち手を選ぶ、という言葉があるようにね。そうだな~。」
ユーノはエリカの身体をじっくり観察。
「うん、伝説級以上の剣がエリカに相応しい。」
「そんなの無理よ。」
伝説級以上となると大抵は国宝に認定され、王族や実力が認知されている者しか手にする事が出来ない、エリカにとっては一生縁がない業物である。
(からかっている?ううん、違う。彼の言葉には他の人と違って見下している印象は受けない。もしかして親友の妹だから励ましてくれているだけ?)
そんな彼女の心情をユーノはまだ信じていない、と解釈。
「なら教えてあげるよ。俺の言葉が正しいことをね。」
(ユーノ様!何をしているのですか!)
ガウルが影の中で悲鳴をあげるも無理もない。
ユーノは腰に携えていた剣――ゲイ・ジャルグの刀身部分をエリカに手渡ししたのだ。
(それはデルタ様の形見!それをよく知らぬ小娘に渡すなど―――。)
棍で自分の影を一突きしてガウルを黙らす。
「その剣を使ってもう一勝負しよう。」
「駄目よ。折ってしまったら弁償出来ないわ。」
「大丈夫、折れない折れない。」
「でも・・・。」と渋るエリカに耳元で囁く。
「だってその剣は聖剣級と同等だからね。」
「聖剣!!」
「しー!他の人には秘密にしておいてね。」
ユーノの人差し指がエリカの口元に添えられた事で叫びは口内で収まる。
「信じられないのなら鞘から抜いてごらん。エリカならすぐに気付けるさ。」
ユーノに促され、恐る恐る鞘から剣を抜く。
真新しさは全くないが、隅々まで手入れが行き届いた刀身の輝きにすぐさま眼を奪われるエリカ。
鞘を静かに地面に置き、両手で柄を握り2度3度素振り。
折れるのではないか、という疑心暗鬼は彼方へ消え去り、心の底から漲る自信が湧き上がってくる。
それを見てユーノは所定の位置に移動して棍を構える。
「さあ、やろうか。その刀身には切れないように魔法のプロテクトをかけてあるから心置きなく狙っていいよ。まぁ、俺に一撃を当てれる、と思えないけどね。」
「あら、言ってくれるじゃない。」
ユーノの軽口に軽い笑みで返すエリカ。今までとは違い、余裕があるのを感じる。
視線を交わす2人。
お互い準備ができたことをアイコンタクトで伝え合い、勝負開始。
今度はエリカからの先制攻撃。ユーノは回避ではなく棍で受け止めるを選択した。
―――――――。
ゲイ・ジャルグの剣と棍のぶつかる重たい音が体育館内に響き渡る。
エリカの動きは先程とは全く違っている。
心配が完全に取り払えたのであろう、
一撃一撃は鋭くて重く、そして迷いは一切ない。
洗礼された動きから繰り出される連続攻撃に影の中にいるガウルはただ驚くのみ。
(イケる!!)
その事を誰よりも実感しているのはエリカ当人。
今まで出来なかった、思い描いた動きを今体現していることに感激。自然と笑みが零れる。
「おい、アレを見ろよ。」
「マジかよ・・・。」
エリカとユーノの勝負に周囲は気付き、手を止めて注目。
それ程二人の動きは目を見張る程で自分達よりもレベルが高いと実感させられる。
「名折れの奴、あんなに動けるのかよ・・・。」
「それよりもあのユーノって奴も凄いぞ。あの猛攻を全て捌いているぞ。」
言葉通り、ユーノはエリカの攻撃は防ぎきっていた。
それも苦し紛れではなく完全に見切っており、その証拠に表情は笑みを零すほど。
その笑みにエリカにも微笑みが。
防がれている悔しさよりも純粋に剣を交わる喜びが勝っているのである。
(一本を取ってみせる!)
休みなく足を動かし間合いを詰めて、剣を振るう。
この一撃で仕留める!と牽制からの一撃をユーノは巧みな棍捌きで剣を往なして手から弾き飛ばす。
あ!と思った瞬間、棍の先がエリカの喉元へ。
「・・・、俺の勝ちだね。」
額から汗を流し大きく息をついたユーノの言葉に、同じく汗を流すエリカは「ええ・・・、参りました。」と笑顔で答えた。