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虚勢

「ユーノ=トライシア、待っていたわよ。」

 翌日、ルシアと仲良く登校していると校舎の前で仁王立ちするエリカの姿が。

 口を一文字にして厳しい表情でユーノを睨んでいたが、隣にいたルシアの「おはようエリカちゃん!」の声と愛くるしい笑顔で陥落。

「おはようルシア。」と優しい笑みへと変わる。

「おはようエリカ、俺に何か用?」

 二人の和やかな抱擁を十分に堪能した後、用件を尋ねるユーノ。

「あなたに用があるの。ついてきて。」

「拒否権はなさそうだね。わかったよ。」

「じゃあ私は先に教室に行ってるね。」

 後でね、と言葉を残して教室へ向かったルシアを見送った後、エリカを先頭に校舎内へ。

 教室とは別方向へ足を向ける彼女の後ろを黙ってついていく。

(どこへ向かっているのでしょうか?)

(さあね。)

 影の中にいるガウルの問いに小さく肩をすくめて答える。

「今、ダート様の所へ向かっているわ。あなたに話があるそうよ。」

 ユーノの方を見ることなく話し始めた。

 表情は固く感情を奥に押し込めている為、冷淡に感じてしまう。

「一つ忠告しておくわ。いい、騎士を目指すのなら絶対にダート様に逆らわないで。」

 お願い、と念押しされたのでユーノは無言の笑みを返す。

「ここよ。ここにダート様がいるわ。」

 案内された場所は特別棟の小さな一室。

 艶ある扉には『騎士科主席室』と書かれた金のプレートがつけられていた。

「・・・・・・。」

 扉の前に立ち、静かに深呼吸。

 表情はさらに固くなり、扉を2度ノックする。

「エリカ=ウィズガーデンです。ユーノ=トライシアを連れてまいりました。」

 扉の向こう側から「入れ。」と命令口調を受け、扉を開ける。

 エリカに促され、入室。

 中は両面に本棚が聳え立っているせいで狭く圧迫している印象。

 さらに高級な木製机の後ろで高圧的な態度で座るダートがさらに重苦しく感じる。

「よくやったぞエリカ。まぁ、これぐらいは子供でもできること。出来損ないの落ちこぼれにはちょうどいい言付だったか。」

「・・・・・・、ありがとうございます。」

 散々馬鹿にされるも怒りをぐっと堪えて礼を述べるエリカ。

 ここまでして耐える彼女にユーノは不憫さとやるせない怒りを抱いた。

「さて、ユーノ=トライシアよ。キサマを呼んだのは他でもない。昨日のオレに対する態度だ。」

 どうやら昨日、ユーノがダートを睨みつけた態度が気に食わなかったようだ。

 席から立ち上がりユーノの前へ。

 騎士には相応しくない腹の贅肉が歩く度に揺れる。

「オレは最高学年の首席。そんなオレを睨みつけるとはいい度胸だ。キサマには教育が必要だな。」

 指の骨を鳴らすダートに対し「ああ、そうですか。」と興味なさげに返事するユーノ。

 暴力に訴えられても怪我することなくやり過ごせる、と考えているからである。

「とはいえ、オレは寛大な人間だ。キサマのその不敬な態度は水に流してやろうではないか。」

「それはどうも。」

 これで終わりではない、という確信は次の発言で判明する。

「ほら、感謝の印に土下座しろ。そしてこのオレに忠誠を誓え!」

(ユーノ=トライシア、従って。)

 扉近くに控えていたエリカが心の中で祈る。

 今までダートに逆らい、出世コースを外されたりこの学園を去った者は数多くいるのだ。

「さぁどうした?」

(お願い!)と心の中でエリカ。

 だが、「何故俺がお前にそんなことをしなければいけないのだ?」

 ユーノのこの発言に心の中で悲鳴を叫ぶエリカ。

「ほう、まだこのオレに逆らうのか・・・。」

 怒りで眉毛をぴくぴく動かすダート。

「申し訳ございません!彼は田舎から出てきたばかりでよくわかっていないのです。」

 反射的にユーノの前に飛び出て頭を下げる。

「よく聞いて。ダート様はナタクバード家出身、彼の父親や兄はエリートでとても有名なお家柄なの。」

「その事は知っているよ。でもそれは家が凄いだけの事。その権力に胡坐をかくだけのドラ息子なんだろ。」

 ユーノの毒舌に悲鳴に似た声でユーノの名を叫ぶエリカ。

「おい、オレの右胸にあるこの首席バッチが見えないのかテメェ!」

「見えているさ。でもそれはこの学園内で1番なだけで世界に通用するわけではない。まぁ腐った脳みそしかない君にはわからないか。」

「何だと!」

 怒りを噴火させたダートに慌てて訂正の言葉を口にする。

「ああごめんごめん。訂正するよ。空っぽなのに脳みそが腐ることはないよね。」

(ユーノ様・・・・・・。)

 影の中で頭を抱えるガウル。

(完全にお怒りになられている。そしてこの煽り、完全にソプラノス様に瓜二つ・・・・。嗚呼、こんな所似てほしくなかった・・・。)

 父親の悪い所が似たことに嘆き悲しむ。

「ユーノ!よく聞いて。ダート様はもうすでに帝国騎士団への入団が決まっているの。それも小隊副隊長というポジション。幹部候補として将来が有望されているの。」

「へぇ~、それで?」

「ここまで言ってもわからないのか。いいか、オレは力を持っているのさ。キサマを騎士団へ入団させるかどうかを決めれる程のな。ここまで言えばもうわかるだろう。」

「成程、つまり騎士団に入りたければお前の言う事を聞け、ということか。」

「やっとわかったか。さぁ、早く土下座をしろ。」

 優越感を露わにするダート。

 生意気なユーノの土下座を今か今かと待ち構える。

 だが、ユーノが平然と「お断りだね。」と答えたことでダートは驚愕。

 彼の優越感が終わりを迎える。

「な、なんだと・・・。」

「今まで権力をちらつかせば誰もが自分の言う事を聞くと考えているみたいけど、考えが甘いね。努力も足りないよ。」

「キサマ、オレに逆らう気か?そうすれば騎士団に所属することが叶わなくなるのだぞ。」

「全然構わないよ。そもそも俺は騎士団に入るつもりは全くないからね。」

 本来、ライトザルト学園の騎士科を目指す者は帝国騎士団に憧れる者が殆どであり、その為には上位の成績を残す必要があるのだ。

「じゃあ、何でこの学園に入ったのよ!?」

「何でって、マイクに進められたからさ、エリカ。そもそも俺が村を出たのは見聞を広める為。騎士団には一切魅力も感じていないさ。まぁ、後は―――。」

「えっ?」

 ユーノからの熱い視線にドキッとするエリカ。

「マイクにエリカの事を頼まれたからね。」

「何よ今更。」と小声で呟くエリカ。

「ということで俺はお前に謝る事もしないし、忠誠を誓う事もしない。残念だったね。目論見が外れて。」

「なら卒業後はどうするつもりだ。言っておくがオレの力があればキサマなぞこの帝国に居座る事すらできないのだぞ。」

「全く考えが浅いね。俺はこの帝国に未練は全くないさ。卒業後は村に戻ってマイクの後を継ぐつもりさ。そうすればマイクはこっちに戻ってこれるからね。」

「戻る?あの落ちこぼれが?」

 クックックと意地汚い笑みを漏らすダート。

「戻った所で居場所などあるわけないだろう、勘当された奴にがよ。」

 その場にいないマイクの事をここぞとばかりに罵倒し始めるダート。

「噂になっているぞ。愚かで身勝手な行動で部隊を全滅させた張本人。どうせ辺境の地でも失態ばかりなんだろう。だから今更手紙を送って許し乞いをしたのだろう。両親には送りにくいからエリカ宛にしてな。」

 ダートの暴言に無言になるユーノとエリカ。

 歪んだ表情を見せればダートを喜ばすだけと顔を伏せるエリカ。

 血が滲み出る程の強さで両手を握りしめる。

「なあエリカ、憎いよな。愚かな兄のせいでこのオレと政略結婚する羽目になって。最もお前自身も落ちこぼれだから仕方がないか。」

 ダートの言葉がエリカの心の奥底を深く深く傷つけていく。

「あんな落ちこぼれで最低な騎士が家督を継がなくて良かったな。ええ、そうだろうエリカ!」

 どうなんだ?と強要するダートにエリカは心無い言葉を発しようとした時だった。

「おい、黙って聞いていれば好き勝手言いたい放題だな、無能が。」

「何だと!」

「どうせ、家では無能な振る舞いばかりしているせいで、居場所がないのだろう、ダート=ナタクバード。」

「キサマ・・・。」

 怒りを前面に出して睨みつけるダート。

 エリカは身震り。

 それはダートではなく、眼を鋭く細めてほくそ笑むユーノに対して恐れを感じたのだ。

(ユ、ユーノ様、どうか落ち着きを。)

 ガウルは慌てる。

 表情は変わらないが激怒しているユーノが次にどんな行動見せるか全く予想できないから。

 しかし、ダートはユーノの怒りに全く気付いていない。

 恫喝すれば萎縮するだろう、と軽率に考えていた。

「このオレがあのマイクより劣っているというのか?ああん!」

「その通りだ無能豚。いいかよく聞け。マイクは俺の唯一無二の親友で素晴らしい騎士だ。村の者達は皆マイクを慕い、尊敬している。恫喝しかできないお前とは天と地の差だ。そんなお前がマイクを馬鹿にすることは俺が絶対に許さない!」

 ダートみたいに声を張り上げた訳ではない。いつもの声量であるが口調は鋭く、言葉には重みがある。

 エリカが、そしてガウルが怯む中、唯一人この場の圧を全く知ろうとしないダートは無礼な言動を続ける。

「許さないだって。フッ、じゃあどうなるか見せて――――。」 

 ダートの挑発はユーノの棍による鋭い突きによって強制終了。

 彼の耳を掠り、壁に突き刺さる音が部屋内に響き渡る。

「いいかい、これは警告だよ。次にマイク、そしてエリカを侮辱してみろ。この突きをお前の空っぽの頭にお見舞いしてやる。」

 ユーノの動きに全く反応できなかったダートはここで初めて身の危険を察する。

 遅れてきた恐怖で口をパクパク動かす事しかできない。

(え?何、今の突き?)

 エリカもユーノの動きは微かにしか見えなかった。

(あんな早い突き、見た事がないわ。)

 先程から抱いていた恐怖は更に増し、震える足がユーノがこちらを向いたので反射的に一歩下がる。

「さあ、エリカ。教室へ戻ろう。」

 その言葉は普段のユーノと同じ。

 圧や恐怖は全く感じられず、呆気にとられたエリカはユーノに導かれるまま小部屋を後にする。

 呆然と立ち尽くすダートをその場に残して。

「う~~~ん、今日から始まる授業。楽しみだな~~。」

 大きく伸びをしながら前を歩くユーノから怖さはやはり感じられない。

 まるで先程の圧が嘘であるかのように。

 そんな温度差で気が緩んだせいなのか、心に浮かんだ思いが口から洩れてしまった。

「ありがとう・・・。」

「ん?どうしたの?いきなりお礼を述べて。」

「兄さまの事、あんな風に怒ってくれて。誰もが兄さまの事を悪く言うから。」

 口にしてしまった恥ずかしさと気まずさでユーノを直視できないエリカ。

 そんな彼女にユーノは自然な足運びで近づき、そしてちゃんと視線を合わせてこう言った。

「どういたしまして。」

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