怒りの矛先と座右の銘
「さて、どういう事か説明してもらおうかな、アルベルトさん。」
「おいユーノ・・・・・・、これはどういう事だ?」
ガウルに緊急の用件だ、と言われユーノの家までやって来たアルベルト。
急ぎの用事がなかったので軽い気持ちで訪れたのだが、既に帰ってきていたユーノの凄みに負け、ただいま絶賛正座中。
「それは俺が聞きたい事だよ、アルベルトさん。」
ニコッ、とほほ笑むユーノ。
しかしその裏から激怒のオーラが漏れているのを感じ取ったアルベルト
一回り以上年下の彼に対して恐怖で大きな身体を小さくする。
「ねぇ、何でマイクが左遷されて勘当されているの?」
「な、何だと!」
「アルベルトさん、言ってくれたよね。マイクの名誉や将来に傷がつかないように最大の配慮をする、て。それがこれなの?」
「ちょっと待ってくれ!!」
話が全く見えてこないアルベルトが声を震わせながら詳細な説明を求めたので、ガウルが学園のやりとりを全て話した。
「そんな馬鹿な!!俺はマイクの両親には説明もした。そもそも左遷扱いになっていないぞ!」
「本当に?」
「本当だとも。そもそもマイクの評価は騎士団の中ではかなり高くてな。4年前もアイツが欲しい、と手を挙げる部隊は多かったんだ。それを何とかごり押しで俺の部隊に入れたのだ。」
4年前、ある将軍の命でゲイツへの指南の為、ユーノが暮らす村へ視察しにきたマイク。
その将軍の真の目的はゲイツはなくユーノの首でその事実を知ったマイクは命令に刃向かった事で命を狙われ、殺されかけたのである。
幸いユーノが助けた(本当はデルタがユーノの身体を一時拝借した)のだが、それに伴いマイクの所属していた部隊は全滅。
唯一、生き残ったマイクはそのまま村の駐在騎士となり、現在に至るのだ。
「書類上は俺の部隊と共に防衛前線に立っていることになっているし、勿論、幹部候補生として推薦も通っている。あと数年経てばかなりいい役職の話が来るはずだ。」
視線で念押しするユーノ。
圧ある眼光にも目を逸らさないアルベルトにユーノはその話が真実だと納得する。
「じゃあ何でこんな事になっているんだ?」
「それは分からん。ただ俺も長らくこの首都にいた訳ではないからな。誰かが意図的に情報を操作した可能性はある。」
「アルベルト殿、ガウルからも一つ質問が。マイク殿は毎月欠かさず家族へ手紙を送っていたのですが、届いていないそうです。」
「それもおかしな話だ。俺の部下が何度か、直接家に届けていたはずだぞ。」
「おかしいな~~。」
「おかしいですな・・・。」
「ああ、確かにおかしい。」
膝を一つ叩きして立ち上がるアルベルト。
「ちょっと俺の方で調べてみよう。今の所立て込んだ案件もないし、重点的に調べられるだろう。」
「うん、よろしくねアルベルトさん。」
笑みの奥に潜んでいた怒りが消えた事に心の中で安堵するアルベルト。
だが次の瞬間、嫌な想像が脳裏に浮かび、早口。
「とにかく調べがつくまで大人しくしていろよユーノ。お前が変に動いておかしな方向へ進まれては敵わんからな。」
「了解ですアルベルトさん。」
最敬礼するユーノがどうしても信用ならず、ガウルへ念押しをして立ち去るアルベルト。
「はぁ~~~~~。」
「困りましたなユーノ様。」
「全くだ・・・・・・。」
ソファーに身体を預けるユーノとカーペットの上で伏せるガウル。
二人が頭を悩ませている理由は定期連絡の件。
週に1回か2回、村と連絡を取り情報を共有しているのである。
「よりによって今日だもんな~~、定期連絡。」
「マイク殿がこの事を知ればどれほど悲しむことか・・・・・・。」
出会った当初はマイクの事を毛嫌いしていたが、彼の人望と果敢な行動力に感化され、今では大切な仲間として認識しているガウル。
「そうだね、何かいい手はないかな・・・。」
天井を見上げて思考を巡らす事、数分。
「ユーノ様。少し早いですが今から定期連絡を入れてみてはいかがでしょう。」
「今から?」
「はい。この時間帯ならばマイク殿は村の巡回に出ています。ですので今のうちに連絡を終わらせばマイク殿と会わずに済みます。」
「次の連絡は来週。それまでに進展があれば良し。」
「ええ、先延ばしでしかありませんが今回の状況を教えるよりはまだマシかと。」
「確定情報が少なすぎるからね。」
ガウルの案に採用することに。
二人が向かった先は一階の小部屋。
人が3名入れば窮屈となる部屋には机が一つ。その机の上には人の顔よりも一回り大きい紫色の球体の水晶が一つ。
これは大魔賢者ソプラノスが発明した通信機。
どんなに離れた距離であろうと対の水晶に映像と音声が届けられる品物だ。
水晶に手を触れて魔力を送り込むユーノ。
「我、ユーノ=トライシア。汝、名の無き村へ。」
ユーノの音声と魔力に反応して長方形のスクリーンが映し出される。
スクリーン上は乱れた映像が流れるがそれも徐々に安定し始め、認識できるようになる。
「こちら名の無き村。ちゃんと聞こえているよユーノ。」
画面に映し出されたのは一人の青年。耳元まで伸びる金髪に碧色の瞳。エリカによく似た顔立ちの青年にユーノとガウルは揃って驚きの声を上げる。
「マイク!」
「マイク殿、何故ここに?貴方は今、巡回中では?!」
「いや~、実は僕が指導している自衛団の人達がさ、巡回を持ち回りでやる、て言ってくれてさ。」
「そうだったのか。」
ユーノとガウルの額から流れる冷や汗。
「ああ、それにユーノが勧誘したゴブリン達もかなり優秀で彼等のおかげで防衛面も強化できたよ。」
「それは喜ばしい事ですな。」
「それにしても早い連絡だね。もしかして何か問題でも?」
「そ、そんな事はありませんぞ。」
「(ガウル、動揺をみせない。)違うさ。ただこの後、アルベルトさんと食事に行く約束をしていてね。それで早めに連絡を入れただけさ。村長達は今呼べる?」
いつもと変わらない態度を意識してマイクに話しかける。
「ああ、今呼んでくるよ。」
村長達の姿が画面に映り、報告会が始まる。が、お互い大した報告はなく、他愛のない雑談でこの場を締めようと誘導。
「楽しそうな学園生活を送れるのなら何よりです。」
顔があらゆる毛で覆われた村長が何度も頷く。
「敵陣にユーノ様を向かわせるという話になった時はどうなるかとヒヤヒヤしておりましたが、どうやら取り越し苦労でしたか。」
「だから言ったでしょう。今のユーノなら何があろうと大丈夫だと。」
ユーノを推薦したマイクは自慢げに語る。
「そっちも問題なしみたいだし、今日はこの辺で―――。」
「ちょっと待ってくれユーノ。」
通話を切り上げようした時、今まで後方に控えていたマイクが前に出てくる。
「なぁユーノ、僕は君をかけがえのない親友だと思っている。」
「ああ、俺もそう思っているよ。」
「なら隠し事はなしだ。ユーノ、何かあったのか?」
マイクの追及におもわず言葉が詰まるユーノ。慌てて言い繕うとするが、
「何があったんだユーノ。教えてくれ。」
マイクの真剣な面持ちを前に誤魔化せないと判断したユーノはエリカの事を全て話す。
「やっぱりそうだったか・・・。」
「やっぱり?」
「4年間送り続けた手紙の返信がないからな。ある程度は覚悟していたさ。」
力ない微笑みを見えたマイクはウィズガーデン家について語る。
ウィズガーデン家はマイクの曾祖父が騎士団の元帥を務めた事もある旧家。だが、曾祖父以後は目立った功績を上げることが出来ず衰退の陰りが見え始めていたそうだ。
「僕の父は優秀な騎士であったけど、訓練中に足を大怪我してね。その後遺症で前線に立つ事が出来なくなり、内務へ異動。出世コースから外された過去がある。故に僕に対する期待がかなり大きかった。だから今回の事で失望も大きかっただろうな。でも、まさかエリカに政略結婚をされるとは・・・。しかもよりにもよってダートなんて・・・。」
「ダートを知っているのか?」
「ダートの兄は僕と同期でね。ナタクバード家を訪れた時に何度かね。ダートは格下の人間や女性には高圧的で見下した態度を度々見せていてね。その都度、両親や兄に叱責されていたのだけど、どうやら改善されなかったみたいだね。」
温厚なマイクには珍しく、発言の所々に不信感が込められていた。
「不満そうだね。」
「もちろんさ。大切な妹だからね。ところでユーノ、エリカと会ってみてどうだった?」
突然、話題を変えてきた事に困惑。
「どう?て言われてもまだ2回しか会ってないけど・・・けど―――。」
引ったくり犯を追いかけた後ろ姿。
襲い掛かるひったくり犯を無効化する立ち姿。
そしてダートに罵られ苦しむ姿。
ほんの僅かな出会いしかないのにエリカの事を鮮明に思い出せる。
「ふふふ。ユーノはどうやらエリカに想い拭けているね。まあ僕の妹は可愛いからね。」
「可愛い、と言うよりは綺麗や凛々しい、という言葉の方が似合うよ。エリカは。」
「そうかそうか。」
ユーノの答えに好感触を得たのだろう。マイクは意を決して想いを口にする。
「実はなユーノ。僕が君を学園へ通う事を進めた理由はエリカに逢ってほしかったからなんだ。」
「俺とエリカを逢わすため?どうして?」
「僕はね、もしユーノが良ければエリカを貰ってくれないか?と思っているのさ。」
「ガッハッハハ。あのマイクという男、中々面白い事を言うなあ。」
ジーノの高笑いをBGMに素振り。
結局、あの後「何を言っておられるのですか!!!」とガウルが激怒して通信を切った事でその話は打ち切り。
しかしゲイ・ジャルグ越しから盗み聞きしていた三大魔王は「ユーノに彼女が出来たぞ!」と既にお祭り騒ぎであった。
「本当に楽しそうだね。」
「当り前だ。今まで一度もなかった息子の恋愛話だぞ。楽しいに決まっておるわ。それにまんざらでもないのだろう。あのエリカという女に。」
「気になっているだけだよ。好意かどうかは分からないよ。それに―――。」
「ルシア、という娘にも一目惚れしたようだしな。」
「!!」
図星を射抜いてきたのは突如姿を現したデルタ。
「おいデルタ、今日はワシの番だろうが。」
「わかっておる、邪魔はせん。少しユーノに助言をしたくてな。」
「助言?」
「そうだユーノ、俺様達が授けた座右の銘だ。」
「ああ、『欲しいものは全力で。』でしょ。」
「そうだ。本当に欲しいものがあれば何が何でも、どんな手を使ってでも必ず手に入れろ。」
「覚えているよ。そして手に入れたものには最後まで覚悟と責任を持て。その為に最大限の努力をしろ、でしょ。」
「その通りだ、偉いぞユーノ。さすが俺様の息子だ。」
ユーノの髪をわしゃわしゃと撫でまわすデルタ。
「それを覚えているのなら大丈夫だ。後は己の思うがままに己の道を貫き通し歩き続けるのだ。」
そこにいるのは恐れられていた大魔王の姿ではない。我が子の成長を見守る優しい父親の姿だった。