Fクラス
「僕達は晴れてこの学園に入学できたことを誇りに、この学び舎で沢山の知識と戦友を得、来たる日の危機に立ち向かい平和を掴む為に日々努力します。新入生代表、勇者カリウス=バードナー。」
学園長とイスカディール国王が並ぶ前で立派な代表挨拶を行うカリウス。
新品の制服をきちんと纏い、Sクラスを象徴する白ネクタイを綺麗に束ね、そして右胸ポケットの上には主席を意味する金色のバッチが輝き放つ。
彼の堂々たる振る舞いに学園長と国王両者は満足そうに頷き拍手。
それが周囲に伝染し、割れんばかりの大喝采となった。
「あれが勇者カリウスですか・・・。」
式典後、大講堂から出ると同時に影の中で警戒心を鳴らすガウル。
「あ~、息苦しかった。やっぱりネクタイは苦手だ。」
黒色のネクタイを軽く緩める。
「デルタ様とおなじ事を言わないでください。」
ブレザーのボタンを外し制服を着崩したユーノは周囲を見渡わす。
「それにしても、本当に一目で学科とクラスがわかる仕様になっているね。」
騎士科と魔術科の制服は同じ基調の色合い。
しかしブレザーを着用している騎士科と違い、魔術科はベストとローブの着用が義務つけられている。
そして、クラスはネクタイの色で人別されている。
Sクラスの象徴である白ネクタイをしているカリウスに顔を覚えてもらおうと群がる新入生達。
ユーノはその光景に脇目を振る事もなく、自分の教室へと向かう。
「かなり古そうですが、手入れはしっかり行き届いているようですな。」
ライトザルト学園はクラス毎に校舎が別。
優秀な生徒が揃うSクラスの校舎は綺麗で手入れが行き届いているのに対して、最低位のFクラスの校舎は古びた建物。
一足先にFクラスが使用する校舎を視察してきたガウルの感想を耳傾けながら校舎の中へ。
「さて、どんな生徒がいるのだろう。」
教室前で立ち止まり、期待で心躍らせる。
笑顔で扉を開けると、そこはどんよりした重たい空気。
まさにお通夜状態である。
「ああ、Fクラスだ・・・。」
「この世の終わりだ・・・。」
「どうしよう、親に怒られる。」
「終わりだ。勘当されるよ~。」
絶望に打ちひしがれて頭を抱える者、嘆く者、恐怖に震える者。
ユーノは前もってクラスを教えてもらっていたが、通常はこの入学式直前に知らされる運びとなっている。
故に嘆き悲しんでいるのである。
「まさに阿鼻叫喚ですな・・・。」
「そこまで絶望することかな~?」
教室を見渡すユーノはここである一点に視線を向ける。
「あれは・・・・・・。」
「はぅ~~~。やっぱり駄目だった・・・。」
どんより空気が漂うFクラスで頭を抱え下を向くルシア。
彼女は元々学園に通う事に積極的ではなかった。
親友のリリシアが受験するので一緒に通えればいいな、ぐらいの軽い気持ちであったが、数日前から絶対にSクラスで合格したい。と気持ちが高まっていた。
しかし受験を終えた手応えは全くなく、そして迎えた当日、淡い期待も黒ネクタイを手渡された事で、崩れ落ちたのである。
「でも仕方がないよね。上手くいかなかったわけだし・・・。うぅ~~。ユーノ君と同じクラスになりたかったな~~。」
「俺が何?」
「ふぇ?!!!」
脳内に思い浮かべる人物の声が真横から聞こえてきたので反射的に顔を上げると、爽やかな笑顔で挨拶をするユーノの姿。
「おはようルシア。久しぶりだね。」
「ユーノ君!どうしてここに?」
「どうして、って俺のクラスはここだからさ。」
「本当に!?」
先程までの暗い表情は空の彼方へ。心に祝福の光が舞い降りる。
「私、ユーノ君は上のクラスになると思っていたから。」
「まあ事情があってね。」
と、午後の模擬試験の事を話す。
「そんなことがあったんだ・・・。」
「それよりも何でルシアがこのクラスに?ルシアこそもっと上のクラスにいるべきでは?」
「あ・・・、私はね。その・・・。」
言い悩むこと十数秒、意を決して白状する。
「私ね、実は攻撃魔法を扱えないの。」
「扱えない?それは全く?」
「うん、初級のファイヤーボールすらもね。」
力なく微笑むルシア。
「小さい頃、リリシアちゃんと一緒に魔法を教えてもらっていたことがあったの。リリシアちゃんは次々と色んな魔法を覚える中、私は全然で・・・。魔法防壁と回復魔法だけしか使えないの。」
「でもそれだけで最下位のクラスにはならないとおもうけど。」
「後、受験当日ちょっと失敗してしまって。」
午前中の筆記はそれなりに出来たルシア。
しかし午後の実技の魔力量検査で問題が発生。
測定器がエラーを起こし、測定不能と表示されてしまったのだ。
再度、測定を依頼したが、「後が閊えているので。」を理由に拒否されてしまい、傷心のまま向かえた実演では攻撃魔法の披露が課題として提示されたが何もできないまま時間切れ。
不本意のまま試験を終えたのである。
「魔力量は全員の平均値を割り当てられたみたい。でもその後の実演がボロボロだったから半分諦めていたんだ。」
(何ですと!この娘、自分の魔力量の異常さを知らないというのか!)
影の中で話を聞いていたガウルは絶句。
ガウルはルシアが通常の人よりも5倍以上の魔力量の持ち主だというのを見抜いていたのだ。
「だから私がFクラスにいることはごく自然な事なのよ。」
まるでそれは自分に言い聞かせるかのよう。
「全く・・・、見る眼がないな。」
「えっ?」
自分の言葉で落ち込むルシアにユーノは手を差し伸べて引き上げる。彼もルシアの魔力量に気付いていた。
「皆、ルシアに凄さに気付いてない。君は落ちこぼれじゃないよ。」
ユーノのガラスのように透き通ったコバルトブルーの瞳と泣き黒子に吸い込まれる。
気付けば彼の顔がすぐ目の前に迫っており、恥ずかしさから顔が赤くなるのが感覚でわかる。
「でも私、攻撃魔法が使えなくて―――。」
「そんなことは関係ないよ。」
顔を背けようとするが、ユーノがそれを許さなかった。
両肩を掴み、顔を自分の方へ向けさせる。
「ルシア、君はあのゴブリン達の猛攻を完全に防げる強力な魔法防壁とあの大怪我を治せる回復魔法を扱える素晴らしい魔術師だよ。俺は君を尊敬するよ。」
「そ、そうかな・・・。ありがとう。」
嬉し恥ずかしさを誤魔化すかのように髪の毛先を弄るルシア。
「俺は嬉しいよ。ルシアと一緒のクラスになれた事を。」
「はぅ~~~。」
再び顔を伏せるルシア。だが今回は暗さは一切なく、反対に赤面。
「これからもよろしくね、ルシア。」
「うん、よろしく。」
照れながら握手するルシア。
ガラガラガラ。
教室の扉が開く音が聞こえ、何気なしに視線を向けるとエリカが教室へ入ってくるのが見えた。
「エリカもFクラス・・・?」
「あれ、その人ってユーノ君と一緒に泥棒を捕まえた人だよね。」
頷くユーノの視線はエリカに向けられたまま。
彼女の表情は他の者達同様、落ち込んでおり真っ青。
しかしただ一点違うのは彼女の顔色から疲労の色が濃く見えていた。
そんなエリカに様子が気になり、声をかけようと立ち上がるが、
「おはよう、諸君!」
担任が入室したことで機会を失ってしまった。
「私がこのクラスを担当するギル・ギャレットだ。気軽にGG先生と呼んでくれ。」
皺だらけでよれよれのスーツに不精髭、汚れがやや目立つ眼鏡に白髪が目立つ灰色の散切り頭。
そんな中年男性の風貌からやる気は一切感じられない。
「新入生諸君、合格おめでとう。今日から君達は晴れてこのライトザルト学園の生徒だ・・・・・・、と喜べないよな。」
嫌味な笑みを浮かべるGG。
「そう、君達はFクラス―――落ちこぼれだ。この学園において最下層の地位。他の者から蔑まれる存在だ。」
担任の発言にさらに落ち込む生徒達。重たい空気は倍増される。
「悔しいか?ならば努力することだ。血を滲む程では足りないぐらい努力をみせろ。まぁ、だからと言って上のクラス―――特にSクラスの者達には絶対に勝てないがな。何故かって?それは彼らがお前達と違い才溢れる者達だからさ。お前達がどれだけ努力しようと彼等の小さな努力と才能ですぐに抜き去り、彼方先、追いつけない領域までいってしまうのだからな。」
(はぁ、今年も駄目だな。)
悲壮感で落ち込む生徒達を見渡しGGは心の中でため息。
Fクラスを受け持つ事10年。
毎年、同じ内容を新入生達に言い続けてきた。
(まぁ変に期待なぞを持ち、打ちのめされるぐらいなら今ここで現実をわからさせた方がいい。)
極稀に自分の言葉に反骨心を持ち、駆けあがる生徒もいた。
しかし、現実は残酷でどう足掻いてもSクラスの生徒には勝ることは出来ず、心折れて学園を去る生徒を幾人を見てきた彼にとってはこの状況は望んでいた光景なのかもしれない。
(大人しくしていれば、誰にも目をつけられずに平穏な学園生活が―――、ん?)
ふとGGがある一カ所に眼を止める。
扉から一番離れた列の最後尾の席。
そこには笑顔でこれからの学園生活に期待で胸躍らせる女子生徒――ルシア。ではなく、その隣のユーノにだった。
彼はただ平然と席に座っている。
周囲の生徒みたいに落ち込んでいる訳でもなく、隣のルシアみたいに心躍らせているわけでもない。
何事もなく席に座っているだけ。
GGの言葉に左右されることなく、まるでそんな些細な事など気にする必要なし、といわんばかり。
そんなユーノの姿にGGは注目した時、彼と視線がぶつかる。
ニコッ!
(っ!!!)
笑みを見せるユーノ。
その瞬間、GGの背中に無数の冷や汗が。
見てはいけない―――いや、対峙してはいけない、と直感が全身を走り無意識に視線を背けた。
「そ、それでは各自、自己紹介でもしてもらおう。」
ユーノ達の正反対側の生徒に促すGG。
以降、彼はユーノの方へ視線を向けることはなかった。
「エリカ、待ってくれ!」
終業のチャイムが鳴り、一目散で教室を去ったGG。
続けてエリカも早足で教室を出たので、ユーノが慌てて呼び止める。
「・・・・・・、なにかしらユーノ=トライシア。」
初対面の時とは対応が雲泥の差。冷たい眼差しでユーノを見つめる。
「用事があるんだ。」
「私にはないし、あなたの用事など聞きたくもないわ。」
話すことはない、と突きつけるエリカ。背を向けて立ち去ろうとするが、
「いや、俺じゃなくて彼女がね―――。」
という言葉で引き留められる。
「あの、初めまして。私、ルシアって言います。」
「ええ、知っているわ。自己紹介をしていたから。」
お通夜状態の自己紹介で唯一、幸せそうな笑顔で自己紹介していたので印象に残りやすかったのだ。
「それで用事って何?」
「あの、ありがとうございました。」
突然、ルシアが頭を下げてきたが予想外だったのだろう。目を丸くするエリカ。
「な、何の話?」
「この前、ユーノ君と一緒に泥棒を捕まえてくれたことです。」
「成程ね。もしかしてあのお婆さんの血縁者?」
「いいえ、違います。」
「???」
「お婆さんの代わりにお礼を言いました。あのお婆さん、とても感謝していたので。」
「そう。別にお礼を言われることではないわ。ただ私がそうしたかった。それだけよ。」
「だからです。あの場ですぐに動いたのはユーノ君とエリカ・・・ちゃんだけだったから。」
少し言い淀みを見せた後、突然エリカの右手を両手で掴むルシア。
顔を近づけて真剣な眼差しで言葉を口にする。
「あの、お願いです。私とお友達になってください!」
「えええ?」
唐突の告白に戸惑うエリカ。
「私、今日教室で見かけた時、ひらめいたんです。この人と友達になりたいって。駄目ですか?」
眼を潤ませて上目遣いするルシアの無自覚なあざとさに耐えることが出来なかったエリカは弱々しく白旗を上げる。
「いい、わよ。」
「良かった!!よろしくね、エリカちゃん!」
満面の笑顔で握った手を振るルシアからユーノの方へ視線を移すエリカ。
(あなた、図ったわね。)
「俺も予想外だよ。」
アイコンタクトに苦笑で答えるユーノ。
「でも、俺自身もエリカに用事はあるのだけどね。」
ルシアに手を握られて逃げられないのを承知の上で、ユーノは懐から一枚の封筒を差し出す。
「何これ?」
「君の兄――マイクから君宛てへの手紙さ。」
「なによ、今更。」
顔を背けるエリカ。
「今更?それはどういう事だ。」
「言葉通りの意味よ。この首都を離れてから4年間、一度も連絡を寄こさないで。今更よ。」
「そんな馬鹿な。あり得ない。マイクは月に一度、欠かさず君宛と家族宛の手紙を送っていたはずだ。」
(ええ、ユーノ様の言う通りです。このガウルもマイク殿が手紙を送っている所を幾度も目撃しておりますぞ。)
「そう、なの・・・?でも、お父様達は一度も手紙が届いていないって・・・。」
(これはどういう事でしょうか、ユーノ様。)
(わからない。)
「ともかく、マイクは家族を、特に君の事を心配していた。この手紙を受け取ってくれないかな?」
状況が把握できず、戸惑いを見せるエリカ。
恐る恐る手紙を受け取り、封を開けようとした時だった。
「エリカ!!!!!」と怒号の大声で廊下中に響き渡る。
その声に一番びっくりしたのは呼ばれた当人だった。
身体は硬直、顔色は瞬時に陰りを見せる。
大声でエリカの名を呼んだのは上級生男子生徒だった。
騎士を目指す者としては相応しくない肥満体。二重顎に太眉毛と吊り上がった口元。黄色の髪をオールバックにしたその男子生徒は高圧的な態度をみせながらエリカ達の元へ近づいてくる。
「何をしている、エリカ。すぐにオレの元へと来い、と言っただろうが。」
「申し訳ございません、ダート様。」
「全く、だからFクラスという落ちこぼれクラスになるんだ。出来損ないが。剣の腕もなければ、約束すら守れない。」
威圧的な態度でエリカを貶すダート。
友人を馬鹿にされた事が許せなかったのだろうルシアは言い寄ろうとするが、エリスがそれを制する。
「なんだ、こいつらは?」
ダートがルシアとユーノに視線に向ける。
自分に対しては見下した視線を見せた反面、ルシアに対しては下心の視線を見せたのをユーノは見逃さなかった。
「クラスメイトです。入学を機にこの首都に来たので土地勘がないので道などを教えていたのです。」
慌てて言い繕くエリカ。
ダートにユーノ達は部外者であることを印象付けたい口振りである。
「ふん、そんな落ちこぼれなんぞ放っておけばいいだろうが。何か、オレよりもコイツ等の方が重要なのか?」
「そういう訳では・・・。」
「口答えするな!」
他の者達が注目されている中で平手打ち。
エリカはただ「申し訳ございません。」としか言わない。
「ん、お前、何も持っている。」
エリカが持っていた手紙をひったくる。
「キサマが渡したのか?」
反抗的な視線に気付いていたのだろう。ユーノに高圧的な態度をみせるダート。
「確かに俺が渡したが、それは俺が書いたのではないさ。彼女の兄、マイクからだ。」
「ほお~~、そうか。」
ビリビリ!
ダートは大袈裟な動作で手紙を粉々に破り裂いたのだ。
「おいお前、何をしたのか――――。」
「やめて、ユーノ=トライシア。」
問い詰めようとしたユーノを止めたのはエリカであった。
嘲笑うダートがユーノに言い放つ。
「そうさ、俺はコイツの為にやったのさ。なぁエリカ、オレに何かいう事があるだろう。」
「・・・・・・・、ありがとうございますダート様。私の為にしてくれて。」
悔しさを押し殺すエリカ。強く握りしめた右手がそれを表している。
「何故だエリカ。何でこんな奴の言う事を聞いている。こんな弱い奴、お前なら簡単に打ち負かせるだろう。」
素朴な疑問をぶつけるユーノ。
「フ、フハハハ・・・。このオレが弱い?エリカに打ち負かされる?馬鹿だな!!!」
怒りと哀れさを混ぜた笑いを見せたダートは自分の右胸にある首席バッチをみせ、そして言い放つ。
「おいエリカ、この馬鹿に教えてやれ。オレが誰なのかを、な。」
「この人はダート・ナタクバード。3年のSクラスで主席。・・・・・・、私の婚約者よ。」
「「婚約者!!」」
驚愕するルシアとユーノ。
「そんな話、マイクから聞いていないぞ。」
「何だキサマ、マイクを知っているのか。ならば教えてやれエリカ。オレがお前みたいな落ちこぼれと婚約する訳をな。」
「兄さまのせいよ。兄さまが任務で失態を犯し、辺境の地へ左遷されたから。」
「失態?左遷だと!」
「ほう、その様子だと知らないみたいだな。どうせ後ろめたさから隠していたのだろうな。この女の言う通り、マイクはとある重要な任務で大きな失態を犯し、左遷された。それを知ったウィズガーデン家はマイクを勘当、絶縁。お家存続の為にオレがこの出来の悪いエリカと結婚し婿養子としてウィズガーデン家を継ぐことになったのさ。」
ダートに無理矢理抱き寄せられても抵抗せず従うエリカの苦痛の表情が何とも痛々しい。
「という事だ。良かったなエリカ。オレのような優秀な婚約者がいて。不名誉な二つ名持ちのお前では家を潰すだけだからな。」
何も言い返さないエリカの態度に優越感を満たすダート。
「いくぞ。」
「はい・・・。ごめんねルシア。」
ルシアにだけ聞こえるように呟き、ダートの後に立ち去るエリカ。
「酷いねあの人。初対面の人をあまり悪く言いたくないけど、エリカちゃん可哀そう。」
「そうだな。」
ユーノは気の利いた答えが出来なかった。
何故なら彼は心の奥底で激怒していたからだ。
(ガウル、至急アルベルトさんを家に呼べ。用事があったとしても俺のを最優先させろ。)
(御意!)
ユーノの内なる激怒にガウルは身を縮めながら猛スピードでこの場を立ち去った。