襲撃
「お父さん!」
森の中に泣きじゃくる男の子の声。
彼の傍には横転した馬車と腹部から血を流し果実が詰められた袋々にもたれかかる父親。
そして、その二人に襲い掛かる灰色の身体をしたゴブリン達から守る為、透明な魔法防壁を展開している水色の長い髪が特徴の少女の姿があった。
「ルシアお姉ちゃん、お父さんが・・・。」
「大丈夫よフレッド。すぐに私が治してあげるから。だから泣き止んで。」
「で、でも、いっぱい血が―――うわああ。」
泣き叫ぶ子供―――フレッドにこん棒を振りかざすゴブリン。
だがルシアが展開しているドーム状の魔法防壁は強固でゴブリン達では突破できず。
打開策が見当たらず手詰まりな状況。
そしてそれは少女―――ルシアも同じだった。
フレッドの父親はかなりの重傷で腹部から大量の出血。
意識も朦朧としていて息子の問いかけにも反応なし。
(どうしよう。今すぐ治癒魔法を施さないとダレスおじさんが死んでしまう。でも―――。)
その為にはこの魔法防壁を解除しないといけない。
ルシアは魔法防壁と治癒魔法を同時に発動することが出来ないのである。
(この魔法防壁を解除すれば私だけではなく、フレッドやダレスおじさんが襲われる。どうすればいいの?)
ダレスの命の灯が刻々と消えようとしているのをただ手を咥えて眺めるのみ。
助ける手立てがあるのに。
悔しさと不甲斐なさに唇をかみしめ、そして祈る。
もうそれしかできない。
(お願い!誰か助けて。あの二人を助けて。)
何度もお父さん!と叫ぶフレッドの悲痛な声と血眼で魔法防壁を叩き壊そうとするゴブリン達の奇声と猛攻の打撃音が耳を突き刺す中、必死に助けを求めるルシア。
彼女の必死の願いは一人の少年に届いた。
「こっちだ!」
投石を受け、一瞬怯んだゴブリン達は声の方へと振り向く。
「さぁゴブリン達よ、この俺が相手になるぞ。」
長さ120㎝程の棍を構え、ゴブリン達に立ち向かうコバルトブルーの瞳を持つ少年。
ダークブラウンの髪は急いで駆けつけた為か少し乱れ、血色がよい肌にはいくつもの汗が滴り、引き締まった肉体を纏う質素な服には草木を横切ってきた跡が残っている。
少年の名はユーノ=トライシア。
彼は目的地へ向かう途中、この異変を察知して一目散に駆け付けたのだ。
突然現れた乱入者にゴブリン達の意識はユーノへと向けられる。
(ゴブリン達の意識がこっちに向いている今のうちに。)
ルシアに目配せするユーノ。
左側の目尻にある薄っすらとした泣き黒子の色っぽさにドキッとしながらもゴブリン達が全員ユーノに襲い掛かるのを確認して、魔法防壁を解除。
すぐさま怪我人の元へ駆け寄る。
「おじさん、もう大丈夫です。しっかりしてください。」
呼吸を整え、ダレスへ回復魔法を施すルシア。
眩い暖かな光がダレスの傷口へと集い、傷を塞いでいく。
(この調子なら。)
血の気を失っていたダレスの顔色が徐々に良くなっていくのを見て安堵した時だった。
「お姉ちゃん!」
フレッドの叫び声に振り返ったルシアが眼にした光景。
それは錆びれた剣を振り下ろそうとするゴブリンの姿。
(殺される!)
咄嗟に身を挺して親子を庇おうとするルシア。
「させない!」
ユーノが横やり。
棍でゴブリンを薙ぎ払い吹き飛ばす。
「彼女達には指一本触れさせないぞ。」
ルシア達を背にして立ち塞がるユーノ。
再度襲い掛かるゴブリン達。
しかし実力差があり過ぎるのか、ユーノは余裕ある最小限の動きであしらう。
たった16歳の少年になす術なし。
攻めあぐねるゴブリン達に更なる刺客が。
「お~い、ユーノ。」
茂みの奥から姿を現したのは中年男性。
ビール腹と不精髭、ぼさぼさの髪で一見頼りなさそうにみえるが、前髪の奥に隠れた茶色の瞳から鋭い眼光にゴブリン達はたじろぐ。
「遅いですよ、ゲイツ父さん。」
「お前が速過ぎるのだよ。年寄りを労わってくれ。」
「まだ40代の働き盛りでしょ。」
などと間の抜けた会話をしているが、二人に隙は一切ない。
その気配を感じ取ったのであろう、ゴブリン達はユーノとゲイツと呼ばれた男達から背を向け撤退を図る。
「おっ、逃げるのか。」
「ゲイツ父さん。こっちが優先。」
後を追おうとするゲイツを呼び止めるユーノ。
(ガウル、あのゴブリン達を―――。)
(御意。)
ユーノの影に潜んでいた黒い狼が誰にも気づかれずに逃げ去ったゴブリンを追う。
「おい、大丈夫か?」
ダレスの安否を確認するゲイツ。
「な、何とか・・・。」
「傷はふさがっていると思う。彼女が回復魔法を施していたから。えっと―――。」
「私の名前はルシアよ。」
ユーノの視線に気付き、名乗るルシア。
肩元まであるウェーブが掛かった水色の髪と淡いピンク色の瞳は光を浴びて輝くようで綺麗。
幼さが残る顔立ちとは裏腹に年相応しくない豊満な胸は小柄な体型の為に余計に目立つ。
「あの、ありがとうございます。おじさん達を助けてくれて。」
佇まいを整え、お礼を述べるルシア。
「お礼を言われるほどの事はしていないよ。俺はただゴブリン達を引き付けていただけ。この人達を助けたのはルシアだよ。」
「えっ、そうかな?」
「そうだとも。ゴブリン達に囲まれる中、強固な魔法防壁で守っていたからこそ俺が間に合い、回復魔法があったからこそあの人が助かったのだから。」
ユーノの誉め言葉にルシアは照れ隠しに右人差し指で髪の緒を弄る。
「おいユーノ。俺は馬車をここへ持ってくる。」
「その方がいいかもしれないね。こっちの馬車はもう使い物にならないし。」
ルシア達が乗っていた馬車はゴブリン達に襲われて大破、馬は殺されて奪われてしまったのだ。
数分後、馬車を連れ立って戻ってきたゲイツはユーノと共に、負傷したダレスと残された荷物やルシア達を荷台に乗せて、出発。
「助けていただいてありがとうございます。」
意識を取り戻したダレスが弱弱しい声でお礼を述べる。
「気にするな。それに助けたのは俺じゃない。息子のユーノだ。」
ゲイツは馬車を操るユーノの方に視線を送る。
道案内は隣に座るルシアが行い、フレッドはダレスに付き添っていた。
「あの・・・一つお伺いしてもいいですか?」
「何だ?」
「貴方様はもしかして、あの三大魔王を倒された英雄ゲイツ様でしょうか?」
「人違いだ。」
「で、ですが、その右腕の青い痣はどう見ても――――。」
その指摘を受け、言葉が詰まるゲイツ。
「ほら言ったでしょうゲイツ父さん。身元を隠したいならその痣を隠した方がいいって。」
「ちっ。」と舌打ちをしながら痣を隠す為に布を腕に巻き始めるゲイツ。
それを横目にユーノが彼の代わりに答えた。
「ええ、そうですよ。この人は英雄ゲイツです。」