世界の理
ヒナの過去と、この世界のお話です。少し難しくなりましたが楽しんでいただけましたら幸いです。
師匠と私はテーブルを挟んで向かいあって座り、二人同時に『ズズ……』とお茶を啜り、
「「ふう……」」
とこれまた二人同時に息を吐いた時には二人で笑った。
何だか本当の親といるよりも、親子みたいだって思った。
勿論、こちらの両親を私は知らない。
向こうのお母さんは専業主婦で、亭主関白なお父さんの顔色を常に伺ってる人だった。
弟は何でもそつなくこなす器用な子で、お父さんからの心象が良かったけれど、不器用で人付き合いも苦手な私は、いつも怒られてばかりいた。
私が悪い、だから怒られても仕方ないんだ、って思ってた。
だけどその事でお母さんが、お前の教育が悪いからだってお父さんに怒鳴られているのを見るのは凄く辛かったな。
だから必死に上手くやろうって頑張ってたけど、何もかも上手く行かなかった。
私なんてこの世に生まれてこなければ良かったのかなって思うこともあった。
『ワタシガシンデ、オトウトダケニナッタラ、ダレカワタシノタメニナイテクレルノカナ…………?』
そんな私にとって、師匠は本当のお母さんみたいだって思ってる。
今まで生きてきた中で今が一番幸せだ。
師匠と暮らしている今が、一番楽しいって心から思ってる。
それでも……
「ワシとおぬしが出会ったのは、まさにおぬしの母親がおぬしの首を絞めて殺そうとしていた時じゃった。」
と聞いた時は、やっぱりちょっとだけショックだった。
ああ、またかって思った。
でも今の私には師匠がいる。だからそこまで落ち込んではいない。誰かに愛され、必要とされてるってやっぱり大切なんだね。
「ワシは咄嗟に母親に麻痺の魔法をかけ、おぬしを母親から奪い逃げた。そしておぬしをワシの子供として育てようと決めたのじゃ。」
その話を聞いても、それほど動じていない私を見て、ショック過ぎてリアクションできないのだと思った師匠は、
「す……すまぬ。やはりこの話はまだおぬしには早かったか……。」
と謝ってきたが、私は首を横に振り、
「いいえ。助けてくれたのが師匠でホント良かったな〜って思ってます。ありがとうございました。」
と満面の笑みで答えた。でも私には腑に落ちないことがある。
「何で母は私を殺そうとしたんでしょうか?まだ赤子の私が母に何かしたとも思えないんですが……?」
私があまりに夜泣きが酷いから……とか?まぁ、向こうの世界では実際にそういった事件もあったけど……。
「それは……。多分おぬしの中の強大な魔力を感じたからかもしれぬな……。」
「どういうことですか?」
「隠していても仕方ないから話すが、この世界では、特に貴族や王族に多いのだが、魔力を持つ者を疎む傾向があるのじゃ。」
「何故ですか?魔法使いが何かをしたのですか?魔法の失敗で世界が滅びそうになったとか?」
ここぞと言う時にちょっとしたボケを入れてみた。
「いやいや、そうではない。というかそんな強大な魔法を扱える者などおらんわ。どんな古代魔法じゃそれは…。」
すかさず師匠はツッコミを入れてくれた。師匠、ありがとう。と私は心の中で師匠に謎の感謝をする。
なるほど。『古代魔法は危険』、というワードが私の頭の中にインプットされた。
そういえばさっきもこの国は魔法使いは剣士よりも地位が低いって言ってたっけ。
「何故魔法使いが疎まれているのですか?」
「この世界では、常に魔力を持つ者と、力を持つ者が争ってきた歴史があるからじゃ。」
「魔力と力、ですか?」
「うむ。つまりは魔法を使う魔法使いと、魔法を使わず己の力だけで戦う剣士との争い、ということじゃな。」
「魔法使いと剣士の戦い……?」
「そうじゃ。その争いの引き金になっておるのが空に浮かんでおる二つの月、蒼の月セレスと紅の月アレスじゃ。」
へ〜、月に名前なんてあったんだ。まぁ蒼の月と紅の月って呼び方も格好いいけどね。
でも、月が争いの原因なんてどういうことなんだろう……?
「話は神話の時代にまで遡る。創世神に遣わされた女神エルファーレ様は、我々の住まうこの星そのものとなった。その時、一人で寂しいと思ったエルファーレ様は双子の男神アレス様とセレス様をこの地に呼び、アレス様は紅き月、セレス様は蒼き月となった。」
フムフム、まぁ正直、色々ツッコミどころはあるけど、神話ってこんなもんだよね。ツッコんだら負けか。日本神話も似たようなもんだしな〜。
「アレス様は魔導を司る神で、魔法によりエルファーレ様を助けた。セレス様は力を司る神で、武力によりエルファーレ様を助けた。双子は共にエルファーレ様を助けていたが、ある日二人の間で争いが起こる。どちらがよりエルファーレ様を助けられるか、とな。」
あぁあぁ……だから言わんこっちゃない。女一人に男二人なんてそりゃ喧嘩になるわ……。うわ〜…三角関係の抉れか〜……。
あれ?私もしかして人間関係ドロドロ漫画に感化され過ぎかしら?
「そこで、二人で戦って勝った方が、よりエルファーレ様を守るに相応しいとすることに決め、大戦が始まったのじゃ。お互いに勝ったり負けたりを繰り返し、それは今でも続いていると言われている。」
「その神話が今のこの世界にも多大な影響を与えている……と。」
師匠は頷く。
「魔力を使う種族、まぁ筆頭はエルフじゃが、その他にも精霊族、妖精族、龍族等はアレス神を崇め、武力を使う種族、筆頭は人間になるかの、あとはアンデット族がセレス神を崇めておるの。その他に傍観しているのがドワーフ族と魔族じゃ。」
ほう……、四種族対二種族か。
「魔力を持つ者の方が圧倒的に種族の数で勝っているように思いますが違うんですか?」
「うむ。そう思うじゃろう?しかし今、実質この世界を支配しているのは人間じゃ。何故だがわかるか?」
「いいえ。」
「まぁ単純に人間の頭数が多いというのもあるのじゃが……。一番の要因は不確定要素が現れたからじゃ。それがおぬし等旅人の存在じゃの。」
そうえいば、何で私はこちらの世界に来てしまったんだろう?そういやあんまり細かく考えた事なかったな。
「旅人がこちらに来る理由はわからぬ。しかし旅人の持つ強大な力が戦況を変えた。大戦は人間側が勝利し、エルフ達は辺境の地へと追いやられた。これが先の大戦じゃ。その前はエルフ側が勝ったと記録には残っておる。」
「えっ?ってことはまさか、こんな不毛な争いが何度も起こってるんですか?」
「ククク……。不毛か……確かにな。しかし争いのきっかけなど、ほんの小さな小石程度でも良いのじゃ。心の中にある互いへの不満が積もり積もって、何処かで爆発させたいだけなのじゃよ。」
う〜ん……これは…………。
私の立場って、もしかしたらかなり重要?
私が旅人だって事は、周囲には知られないほうがいいな。
……にしても、こっちでも戦争か…………。
私は自分の両肩に乗っかる大き過ぎる荷物の重さに、一つ深いため息を吐いた。
ついにヒナの過去が断片的に明かされました。そしてこの異世界エルファーレのお話。何だか作者が思っていたよりも壮大なお話になってきて、作者も少し困惑気味です。まだまだお話は続きます。これからも何卒よろしくお願いします。