愛ゆえの罵倒
『これまでか、、、』
雪化粧された日本庭園。
あたりには、父上を慕う家臣が控えている。
涙を流すまいと体をこわばらせているのがわかる。
雪はしんしんと降り続いていた。
畳から見える雪が降る音だけがこの空間の音を支配していた。
齢40。
父は今、病床に伏せていた。
武家の息子だから、泣く真似は許されない。
そもそも父上とも年にどのくらい会っていただろうか。
母君が幼少の頃亡くなり、乳母に育てられてきた。
父がわりは今、父上のそばで涙に耐えている初老の家臣である。
泣く真似どころか、感情的にすらなれない。
このような空虚な家族。
どこにいようか。
父上が死んで半年か。
私は、まだ10代半ばにしてこの藩の藩主となった。
あたりの藩からは軽んじられた。
世が世ならあっという間に攻め込まれていた。
『刀を振らない世の中か、、』
もう少し経ったら江戸に出向かねばならない。
旅費がかかる。
しかしこのおかげで私は、生きながらえているのだ。
『旅に出る前に遺品整理だけは終わらせようか。』
父の遺品がある蔵へ行く。
『ああ、お殿様!いかがなされました??』
蔵には遺品整理を行なっている係がいる。
こいつから仕事を取り上げてしまうようで悪い。
『いや、何。父上の遺品整理をしようとな、、』
『いやいや、それは、私目の仕事にございます。』
『うむ。お主には、わしの旅支度にまわってほしい。』
『は、はあ。左様ですか、、、』
顔は笑っている。
引き攣りながら。
恐らく、蔵を出たら私の悪口を叩くに違いない。
そりゃ、そうだ。
はっきり言って父上の影響力が大きいのと、
こんな若造に仕えているのだ。
最近屋敷は淋しくなった。
父上の死をきっかけに暇を請う使用人が増えたと聞く。
結局、実際の執務は私を育てた初老の家臣が行っている。
『殿は父上の死を弔ってくだされ。』
ていのいい厄介払いだ。
父上の死など、、私には、、
蔵を漁る。
こうやって体を動かしていないと気に病みそうだった。
『ん、、、、、??』
漆塗りの立派な小箱。
箱をゆする。
カサカサと音が鳴る。
『はて、、、?』
蓋を開けると神が出てきた。
父上の字だった。
読んでみる。
・我が息子は、まだ世の理を知らぬ阿呆である。であるからにして、算術を始め、教養を身につけさせよ。
・我が息子は、人の気持ちを推量れぬ阿呆である。であるからにして、学問所に通い、外を知らせよ。
・我が息子は、体が弱い。まるで白化粧をした女子のようである。朝の鍛錬、夜の鍛錬に励まさせよ。
はっきり言って不快な文章だ。
一人息子の欠点だけあげて、嫌悪感しか感じさせない文章。
阿呆だとか体が弱いとか。
『くそっ!!』
残り1枚紙が残っていたが、同じ事が書いてあろう。
蓋を強く閉めた。
父上の遺品整理なんてやるんじゃなかった。
辺りを見渡す。
鉄兜や、刀、書物がたくさんある。
『私に対する嫌味か、、、!!!』
お前は学もない。
お前は力もない。
書物や鉄兜でせいぜい化けの皮が剥がれないように身を守るのだなと。
そう言われてるような気がした。
父上の49日が終わった。
少し春の暖かさと梅の花が咲き始めた。
私は、相変わらず自分の部屋にいた。
畳から江戸へ行く支度に右往左往している家臣を見ていた。
『殿、失礼します。』
『うむ。くるしゅうない。』
初老の家臣だ。
私に代わって執務に追われているようだった。
いや、私なんぞただの傀儡なのだろう。
真面目くさった顔をしてもダメだ。
わかるのだ、私には。
『殿、本日から江戸に出向くまで学問所と鍛錬をやってもらいます。』
『うん?なぜだ?』
知っている。
あれは、父の遺言。
こいつにあてたものだ。
腹立たしい。
こいつも私を阿呆で、体が弱いとしか思ってないのだろう。
『は、、亡き殿のご遺言についてでして、、、49日を終えたらと、、、』
私は結局、父上亡きあとも、父の手のひらの上か。
ここで、断ればどこかで暗殺でもさせられるのかもしれない。
まだ20を前に、自分の生き方を決められたような気がした。
『では、これにて。』
家臣は出ていく。
『うん?』
何か紙を落としていった。
『ああ、これは蔵にあったやつかな。』
見るのも嫌だった。
しかし、開いた。
最初の何枚かは、蔵で見たのと同じ。
ただ、最後の1枚は。
まだ見ていなかった。
我が息子。
愛しい我が息子。
戦乱の世を終えて、我が愛妻との間に生まれたかわいい息子。
今の世になり、一年の半分を屋敷をあけることになり、幼きお前に会えなくて父は寂しかった。
妻が死に、まだ親の愛を知らぬまま乳母や、じいやに任せてみたがお前のことを思わぬ日はなかった。
日に日に大きくなるお前を見て、頼もしく感じた。
ただ、この手紙を書いている今、私の命は尽きようとしている。
ああ最後でいい。
最後に思い切り抱きしめて、
思い切り思い切り、、、、
このような手紙でしか思いを吐露できぬ、父を許してほしい。
ここから後の文は息子の為を思い、指示させていただく。
少し言葉がきついが、我が息子の為を思い、心を鬼にして育てよ。
『あ、、、う、、、ああああ、、、』
涙を流すまいと決めたのに。
父上が死に、跡取りとして気丈に振る舞い、弱さをみせまいとしてきたのに。
『ああああああ、父上!!ああああああ!!』
そうだ。
本当に嫌いな父だったら。
私はなんで遺品整理なんてしようと思ったのだ。
本当は、、
本当は。
父上に愛されている証を見つけたかっただけなのだ。
『う、、うぅ。。』
涙が止まらなかった。
だって私は確かに愛されていた。
父上も私も不器用で。
お互いの心のうちを吐き出せずに。
ただでも、やはり親子であり、家族であった。
49日の猶予は、父なりの気遣いだった。
家族がいなくなりたった一人になった息子に悲しみにくれる時間を与えたかったようだ。
初老の家臣からそう説明を受けた。
私はあの日から学問所に通い、鍛錬に励んでいる。
江戸に行く日は近い。
江戸についたら、堂々たる姿勢を持って上様に頭を垂れるのだ。
そしてーーーーー