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「……帰りは自力なのか」
駅のホーム。
次発の電車を南部達は待っていた。
白い長方形のタイルが張り巡らされ、電光掲示板が発車時間を無機質に光る。どんな事情を乗客が抱えていても、掲示板の光は平等に文字を映し出す。
初めて神を鎮めたのだから、もっと祝ってくれてもいいのにと、頭上の看板を南部は睨むが、電車の発車時刻を告げるばかりだ。
「はぁ……」
平日の昼間だからか、人は少なく自動販売機の脇に置かれたベンチには、南部とイネしか座っていなかった。
離れた場所へ一瞬で移動する『神鎮隊』の技術――『猿飛』。それを使って帰れると南部は思っていたのだが、イネ曰く「『猿飛』にはいくつかの条件がある」とのことで、行き専用の技術らしかった。
初めての戦いで疲労する南部と違い、イネは慣れているのか地元の名産品である餃子を大量に買い込み、自分の膝の上に広げていた。
どうやら、イネは食べることが好きらしい。
「……なに、肩を落としてるのよ。お金なら心配しないで。『コレ』があれば、公共費用はタダよ」
南部が落ち込む原因が、「移動手段の費用」だと勘違いしたのか、箸を置いてポケットから、パスケースを取り出す。ピンクの髑髏模様が付いたパスケースを、南部に投げ渡す。紫という名字のイネにピンクは似合わないと南部は思うが、好きな色と名字は関係ないと辛うじて言葉を飲み込んだ。
「これは……?」
パスケースを開くと、中には『神鎮隊』の一員である証明書が挟まれていた。青い背景を背に真顔でカメラに視線を向けるイネ。
「写真でも性格がキツイのが伝わってくる」
写真の感想を呟いた南部に餃子が額に飛んできた。べちゃりと額に当たった餃子を器用に口へ運び租借する。
「美味い」
「じゃないわよ。私が言いたいのは、それを使えば公共機関は自由に乗り入れが可能になるってことよ」
いいから返しなさいと、写真の感想が余程、気に入らないのか引っ手繰るようにパスケースを回収した。
「いや、俺は別にお金の心配は――してないこともないんだけど」
とはいえ、南部の財布には帰りの切符代を払えるほどのお金は、残っていなかったのだが。
便利なのか不便なのか分からぬ『神鎮隊』の移動方法に、もう一度、大きく肩を沈める。
イネは、新たな餃子のパックを広げながら、「あ、そうだわ」と口を開いた。
「一応、連絡先を交換しときましょう。専用の端末はその内支給されるとは思うけど、それまで不便でしょうし……」
イネは餃子を二個ずつ口に放り込み、瞬く間にパックを空にした。
美味しそうに食べるイネを見ると、南部は父の言っていた「無駄に食べるな」が間違っているように思えてきた。
食事はただ、エネルギーを補給するための手段ではない。
今度、自分も各地の名産品を買おうと思う南部。
イネは、自由になった手でスマホをポケットから取り出して振る。
「ちょっと、なに固まってるのよ。私と連絡先を交換するのが嫌だってわけ?」
「あ、そういうわけじゃ……」
南部が慌ててポケットから出したのはスマホ――ではなく、キッズ携帯だった。一昔前に流行った端末型玩具に似ている機器。
見慣れない機種に困惑したのか、イネは一瞬固まるが、
「ま、連絡が取れればいいわね……」
どんな種類だろうと目的が達成できればいいと割り切った。
イネはスマホを。
南部はキッズ携帯を手に動きを止める。
互いに相手が登録してくれるのを待っていた。
「ちょっと、早く登録しましょうよ」
「……これ、どうやって登録するのかな?」
南部は全て登録された状態で親から渡されていた。自分から誰かを登録することを禁じられていたがために登録方法を知らなかった。
二人は駅のホームでキッズ携帯の操作に苦戦するのだった。