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大型ショッピングモールから移動した南部達は、日本でも有数の高さを誇る霊山。
その麓にいた。
雲が山の頂を隠し、地面に広がる日向を喰らう曇天。駐車場でもない只の砂利にバイクを止めたイネに、南部は驚いていた。
「バイク乗れるんだね、イネさん」
「ええ。三角さんが、ヒーローは乗れないと駄目だって、無理矢理教習所に通わせたのよ」
イネは、黒い振るフェイスのヘルメットを脱いで、バイクから降りる。メタリックな黒を基調として、銀のラインが走る風貌は確かに格好いい。
少しだけ目を輝かせた南部に、「子供の頃に憧れたヒーローみたいでしょ?」と笑う。
イネの言葉に南部の輝きは、空に浮かぶ灰色を帯びた雲のように色褪せた。
「そうだね。ただ、俺は最初から最後までヒーローを見たことがないんだ。クラスメイトが話してるのを聞いたことがあるだけでさ。あんなのは作り物で独善的だって父親が――」
「はい、ストップ!」
唐突にイネが両手を広げて叫んだ。昼間でも光を通さぬほど重なり合った木々が、声すらも吸収していく。いきなりの大声に南部は思わず会話を止めてしまった。
イネは、自分が生み出した沈黙を破る。
「あなた、父親に逆らってるんでしょ? だったら、父がとか言わない方がいいわよ。ていうか、自由になったのに、規則に逆らうってこと自体がナンセンスだと私は思うわよ」
「……急にそう言われてもな」
現在、南部が取っている行動は、父親の規則に背くこと。そうすることで、自分はどう感じて何を思うのか、一つずつ確かめていた。
父親の規則と云う名の物差しで測っていた世界を、自分で測り直すために。
そんな南部の考えをイネは無意味だと言い切った。今のままでは、結局、測ることに使用しているのは父親の物差しだと。
「という訳で、ほら、出しなさいよ」
イネは何かを欲求しているのか。チョイチョイと指先を動かす。出せと言われても南部が持っているのは財布だけ。
「まさか、父親の代わりにイネさんがルールになる気なのか?」
南部は財布の中身さえも父親に管理されていた。勝手にお金を使うことすらも許されなかった。それと同じことをイネが企んでると考えたようだ。
「そんな訳ないでしょう。私が求めてるのはあなたのメモ帳よ」
「あ……へ? でも、なんで?」
イネが求めていたのは父親の作った規則が書かれたメモ帳だった。そんなものをどうするつもりなのかと、疑問に思いつつ、ポケットからボロボロになった小さなメモ帳を取り出し渡す。
「よし、じゃあ、これを……えーい!!」
イネは可愛らしい掛け声でメモ帳を投げ捨てた。
「ふぅ。いい仕事したわ」
パンパン。と、手を叩いたイネは満足気な表情を浮かべる。強引な行動に南部は「ちょっと……」とメモ帳を拾いに行こうとするが――、
「さあ、じゃ行くわよ」
イネに腕を掴まれて山の中に連行される。南部は投げ捨てられたメモ帳を名残惜しく見つめるが、草木が跡形もなく飲み込んでしまったかのように姿は見えなかった。
「ほら、いつまで見てるの。アレを捨てることが最大の反骨精神の現れでしょ?」
強引なイネの行為。
しかし、言っていることも一理あると、南部はメモ帳から目を逸らす。だが、チャンネルを変えるようには簡単に切り替わらない。頭の中に残る苦みは南部の顔を歪める。
口に広がる苦みを冷たい水で押し流すように、南部は無理矢理に別の話題を口にした。
「こんな場所に、本当に『神鎮隊』があるのか? 前にテレビで見た時は、どっかのビルにあるとかやってた気がするけど?」
「あー、あれね。あれは比較的現代的な『支部』よ。こんな山の中にあると「現代においては信用できん」とかいう輩がいるから、まあ、はっきり言えばテレビ映えを意識したのよ」
「そんな理由が……」
草木を掻き分けながら歩く。花壇もなければ世話も受けずに伸びる植物は自由なのかもと考えながら、南部は足を動かしていた。
五分程歩いたところで、目的地にたどり着いた。
「確かに、これを見たら心配になるかも」
今にも幽霊が出てきそうな暗さに、嵐がくれば全てが崩壊するのではと心配になるほどボロボロな木造建築。
「というか、あなた前にも来たじゃないの」
「いや、そうなんだけど、あの時は、出入りに目隠しして担がれて、車に乗せられ、何時間もかけて帰ったから、周囲の景色は覚えてないんだ」
「なるほど。念には念を入れたのね。それは悪かったわ。私や三角さんは、そこまで心配しなくてもいいと思っているのだけど、他の人は心配性だから」
良く誘拐犯たちがやる手口よねとイネは笑った。『神鎮隊』を自ら犯罪者と並べるイネが案内した先は、こないだ訪れた道場ではなく、事務所として使われているらしい場所だった。外見は古めかしい日本家屋。
「ようこそ、『神鎮隊富士山支部へ』
一目では自動と分からぬ扉の前に立つと「ウィン」と機械的な音と共に入口が開いた。イネの案内で中に入ると、そこには巨大な画面がいくつも並ぶ、近未来的な光景が広がっていた。
「す、すごいな……」
「ここは日本全国の『神鎮隊』と繋がってるの。また、現れた『神成』の通報も来るわね。まあ、基本的にはそれぞれの支部で対応するから、私たちは基本的にはこの県を守ってるわね」
「そうなのかー」
「ま、私があんたに見せたいのはここじゃなくて、別の場所なんだけど……。あ、いたわ!!」
イネさんは部屋の中を見渡す。すると、部屋の隅に置かれた黒いソファに座る人物に近寄った。
「三角さん!」
長い足をソファの前に置かれたガラステーブルに乗せる三角。顔に乗せていた週刊の漫画雑誌を退けて二人を見る。
「おー、イネくん。それに南部くんも? あれ、ここに南部くんがいるってことは、ひょっとして二人で組む気になったということかい? それはめでたいね」
相変わらず声を張り上げて、左手でイネを、右手で南部を指差す。南部はその指先から視線を外し、黒いタイル張りの床を見つめた。
「俺は今のところ入る気はないですよ」
「そうなのかい?」
三角は指を戻してイネを見る。
「みたいなのよ。だから、『申』になるのが、いかに大変かを知って貰おうと――」
イネが言葉を言い終わらぬ内に、部屋中にサイレンが響いた。モニター前に座る女性が画面を操作しながら、三角に顔を向ける。
「県内西部に『神成』が現れたとの通報です。直ちに『申回士』に連絡をします!」
緊迫した声が
「その必要はないのだよ!」
サイレンが木霊する中。
はっきりとした声で三角は言った。
「折角、この場所に二人がいるんだ。この『神成』は君たち二人が鎮めてきなよ」
「し、しかし……」
三角さんの言葉に女性は戸惑うが、
「責任は私が持とうではないか! だから、この二人を『申回士』として現場に向かわせる。イネ、『猿飛』の準備はいいか?」
「私は問題ないわ。あなたは……とにかく、付いてきなさい!」
この数日で南部は、イネにどれだけ手を引かれるのか。返答を待たずに隣接する部屋に連れてこられた。
そこは成人した大人が4人はいれる程の狭い部屋だった。だが、何よりも目を引くのは床に書かれた複雑な模様。悪魔でも召喚するような陣にも見える。
「この模様はなんだよ! 気味悪いぞ」
「これは『猿飛』って言って、マーキングした場所に自在に移動できる技術よ」
「自在に移動って、本当に俺を連れて行くつもりなのかよ」
「ええ。もう一度、『神成』に対面した方が決心つくでしょ」
床に描かれた模様に手を当てると、模様を形成する線が眩く輝き始める。目も開けられぬほどの眩しさに腕で光を遮ると――、
「ここは?」
次の瞬間、二人は別の場所に移動していた。