5
南部が『神鎮隊』からスカウトされてから二週間が経過していた。スカウトされた程度では、気持ちも日常も変わらない。
いつものように学校をサボリ、父親の作った規則を破る生活に明け暮れていた。
「はぁ……」
月曜日。
夕方6時。
帰宅した南部は、直ぐに自室に籠る。祖母が用意してくれた部屋は、一人部屋にしては充分過ぎるほど広かった。
広い部屋で暮らすと自分が小さくなったかのように錯覚する南部は、壁に沿うように段ボール箱を乱雑に置く。整理されていない部屋にいると、自分がモノに溶け込むようで安心する。
唯一部屋に置かれたベット。
南部は両手を広げて倒れ込む。
「取り敢えず、学校をサボってはみてるけど、結果は出たな。父親の教え第三条。『学校は休むな。毎日通え』か」
父親が逮捕されてから一か月。
南部は一度も高校には通っていなかった。小学生のころから風邪を引いていようが、無理やり頬を叩かれ、「痛いのと風邪、どっちが辛いんだ?」と、どちらを選んでも苦痛しかない二択を迫られた。
休むことは悪だと刷り込まれていたけど、実際に休んでみて分かった。
「別に休んだからって何かが変わるわけじゃない。なんで、あんなに休むことを良しとしなかったんだろうな?」
南部はポケットから小さなメモ帳を取り出す。そこに書かれているのは、かつて父親が南部に与えた数々の規則だった。「キュ」とメモ帳に引っ掛けた赤いマジックの蓋を外して、三つ目に書かれた文字にバツ印を付ける。
「あ、ついでにこれも消しとくか」
ついでにとバツ印を付けた規則。
それは、『自棄になるな』という内容だった。
如何なる時も芯を持って行動しろ、男ならスジを通せ。
「今思えば、それが一番言われたくない言葉だよな」
何がスジを通せだ。
母という妻がいながら、生徒に手を出した父親。一度愛した人間を捨てるなど、どこに芯があるのだろうか?
恋愛を許されてこなかった南部にだって、芯が折れていると理解できるのに……。
「でも、この規則のお陰で『申』に適性があることが分かったから、一応、意味はあったのか?」
自棄になって命を捨てて『神成』に挑んだ結果、得るモノはあった。
「でも、まあ、だからって、『申』になりたいかと、言われれば「別に」って感じだな」
才能があるからと、人に言われて動いたのでは――従っていた相手が父親から『神鎮隊』に変わっただけになる。
それじゃあ、駄目だと南部は強い思いと共にメモ帳を閉じた。
俺が自分でやりたいと思うこと――何かを通してではなく、自分を通して世界と向き合える秤を生み出さなければ。
「誰に決められるでもない。自分でやりたいことを見つけるんだ」
でも、いきなり自分で全てを決めるのは不可能だ。まずは、父の言葉に全て逆らう。
南部は自分の意思が身体から漏れるのを防ぐように、目を閉じ眠りに落ちていった。
◇
「えっと、今日、逆らう内容は教えの第八条。「無駄に食べるな」か……」
父親は膨らみ始めたお腹を気にしてか、自分に言い聞かせるように食事の度に南部に忠告していた。
だが、食べることが大好きな父にとって食事の制限は相当なストレスになっていたのだろう。その時は決まって南部を叩いた。
「姿勢が悪い」「食べ方が汚い」と何かしらの理由を付けて。
「ま、それも今だから分かるんだけどな。怒っていたのは俺が悪いからじゃない。機嫌が悪かったからだってさ」
翌日。
学校をサボった南部は、新しく地元に作られた大型ショッピングモールにやってきた。無駄に食べるなという教えを破るには、打って付けの場所だ。
最上階にはフードコートがあり、地下には個別店舗として様々なジャンルの店が集められている。
ここに来れば食べ物は選び放題だ。思い付いた自分は天才だと十分前の南部は浮かれたが、現在、選択肢が多数にあるがゆえに、迷いに迷っていた。
エスカレータの脇。
フードスペースを示す地図を食い入るように見つめるが、答えはそう簡単に出て粉に。
「何が食べたいかと言われるとな……」
食事とは必要なエネルギーを摂取するモノ。「好き嫌いするな」と言われて育ってきたために、南部には好きな食べ物も嫌いな食べ物もなかった。
「となると、色んなモノを食べられる方がいいか」
悩んだ末に南部が入ったのは地下にある食べ放題の店だった。焼肉、寿司、揚げ物、スイーツ。ありとあらゆるジャンルをタブレットで注文する食べ放題の店。
制服を着た南部を店員は不審そうに見るが、追及するのは自分の管轄外と思ったのか、決められた定型の言葉と共に、空いているテーブルに案内した。
「あ……」
幸運は単発だが、不幸は連鎖する。
不幸の連鎖は、日を跨いでも作用するようで、案内されたテーブルの隣。そこには栗色の髪を持ったギャルがいた。
巨大なパフェを右手で突っつき、左手はスマホを器用に操作する少女。
彼女は――。
「紫 イネ……」
『神鎮隊』の一員である少女だった。
何故、こんなところにいるのだろうか? まさか、自分が付けられているのかと考える。じっと見つめる瞳にイネは気付くと――、
「こ、これは! その!」
テーブルに広げられた大量の皿を両手で隠すように前のめりになった。彼女の小さな体では隠し切れないほど、テーブルに広がる料理たち。
イネは恥ずかしそうに顔を上げて、必死に言葉を紡ぐ。
「私、一人で食べてたんじゃない。そ、そうよ。わ、私は三角さんと――!」
言い訳がましく言葉を並べるイネ。
南部はテーブルに置かれた伝票を掴むとその内容を読み上げた。
「『食べ放題セット 最上級コース 一人前』って書いてあるけど……?」
「……」
言い逃れが出来ないと判断したようだ。イネはソファに深々と腰を降ろすと乱雑にパフェを口に運んでいく。
「そうよ。これは私、一人で食べたのよ。それがあんたに知られたところで別に私は困りはしないわ」
完全なる開き直りに、さしもの南部も苦笑する。
自分のテーブルに座ると、壁にタブレット端末が設置されていた。どうやら、これを使って注文するようだ。
画面を見ながら南部は、一番先頭に書かれた料理を注文していく。
「それより、あなた、学校は良いのかしら? 教師の父親に怒られるわよ」
挑発的なイネの態度を軽々と流す。南部は既に学校の出席については、自分の中で答えを見つけているから、誰に何を言われても気にはならなかった。
「うーん。そろそろ行こうかなとは思ってる。サボっても結局詰まらないから。それより、イネさんこそ良いの? 『神鎮隊』は常に人で不足だって聞いてるけど?」
「まぁね。でも、私は特定の相棒がいないから――暇なのよ」
隠すことなく自分の暇をアピールする。思えば父親は家にいる時は常に忙しそうにしていたな。「俺は特別だ、優秀だ」と態度で分からせようとしていたのかも知れない。
父の態度を思い出す南部に、
「あ、そうだ。丁度良かった。折角なら案内してあげるわ」
イネが、カランと空いたパフェの容器にスプーンを転がした。
「あ、案内……?」
「そ、『神鎮隊』のことがまだ悩んでるんでしょ? 見学すれば入るか入らないかの判断に約立つかも知れないじゃない。そうと決まれば善は急げよ」
イネはソファから立ち上がり、隣のテーブルに座っていた南部の手を掴んだ。強引に立たせると、二つの伝票を持ってレジへ進んだ。
「お会計お願いします! あ、二つ一緒でお願いするわ」
食べ放題二人分の金額が表示される。その画面を見やすいように半歩下がるイネ。
「……?」
「……ん?」
どういう意図があるのかと、疑問符を南部は顔で表現する。イネは下唇を口にしまって顎を突き出して聞き返した。
「まさか、これ俺に支払えってこと?」
まだ、一口も食べていない南部は自分が支払う意味を見出せなかった。自分だけ食べて料金を高校生に払わせようだなんて……。
「……もちろん冗談よ。割り勘に決まってるじゃないの」
「ですよね……」
良かった。二人分の金額は財布の中に入っていなかったと、密かに胸を撫で下ろす南部。だからだろうか。南部は自分が頼んだコースが一番安かったことを忘れていたようだ。
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